第29章 ── 第33話

 俺は一人ひとりのステータスやら光点をクリックしてダイアログ・ウィンドウを表示してフレーバー・テキストを確認する。


 このアジトまで一緒に来た賊はともかく、アパート内から連れ出された者は名乗ったのに「誰だよ?」という顔のままだ。


「何でお前らが集まってギャングなんかやってるのかは理解した」


 彼らは、はみ出しものだ。上流階級ハイソサエティの綺羅びやかな生活についていけなかった。

 必然的にグレたりする。

 最初のうちは、何か問題を起こしても家族たちが金の力で守ってくれた。

 だが、問題ばかり起こしていれば色々と迷惑だし、家族も最終的には見捨てることになる。


 そこまでいっちゃうと家から逃げ出す者が出てくるのも仕方がないだろうね。

 行き場がなければ同じような連中が自然に集まってくるもんだ。

 最初はただの不良グループみたいなもんだったんだろうけど、食うものも寝るところにも困ることになる。


 元々金持ちのガキどもだから初期の頃は何とかなってたのだろうが、集団が大きくなれば必要な金も増えてしまう。

 ガキの小遣い程度ではどうにもならない。


 このアパートを占拠してアジトにしているのも、父親が持ち主のヤツがいるお陰なんだが、集まってる連中がガラの悪い奴らだと知って放置されてるようで、何かあればいつ警官隊が突入してくるかもしれん状態だ。


 金が無くなれば必然的に悪いことに手を染めることになる。

 コイツらは生きていく上で金を稼ぐために群れているワケだね。


 俺はそんな奴らに目を付けられて襲われたワケだね。

 あそこのホテルの管理人が俺のマネーカードの残高を見た。

 かなりの金が入ってるのは確認したはずだ。

 んで、分け前を期待して俺の情報をこいつらに売ったんだろうな。


 それにしても良く警察に一網打尽にされないな。

 やはり金持ち実家の力かね?


 金持ちはスキャンダルを嫌うだろうから、家から追い出したとしても身内が犯罪者になるのは困るんだろう。


 それに、こいつらは追い剥ぎ、カツアゲ、窃盗なんかがメインで、麻薬とか「人間やめますか」的な犯罪に手を染めるほどのバカはしていない。


 まあ、襲われる被害者にはたまったもんじゃないんだが。


「兄貴は何者なんです?」


 一五歳くらいのヤツが手を上げて質問してきた。

 俺を襲ってきた奴らは年長組なのだが、そいつらが素直に俺に従っているのを見て、見たこと無い新顔なのに何でだろうと思ったようだ。

 俺は日本人なので彼はそれほど歳が変わらないと思ったようで、気軽な感じで声を掛けてきた。


「俺か? 俺はビジネスマンだな。

 人が欲しがるモノを作ったり売ったりしている」


 俺がそう答えると「日本人ビジネスマンが何故俺達の前に……?」と更に疑問が湧いたようだ。

 頭の足りない奴らではあるが「家族の差し金」という疑いに思考が到達する。

 今まで様々な干渉を受けてきたのだ。

 日本人ビジネスマンを送り込んでくる可能性も否定できない。

 何故、日本人ビジネスマンなのかは謎だが。


 何人かが同時に口を開きかけたので、俺はすかさず口を開いた。


『黙れ』


 意図せずにしてとなってしまった。

 誰もこの言葉に逆らうことは出来ない。


 そこら中で「うぐっ」と強制的に口を噤まされた者たちが唸る。


 俺のひと睨みで仲間が黙らされたの感じたヤツが恐る恐る手を挙げる。


「はい、君」

「あの……日本のビジネスマンが俺たちに何の用事で……」

「ああ、そうだなぁ。

 君たちを更生させたら君たちの家族が喜ぶだろうし、そうしたら取り入れるんじゃないかとか思ったが……」


 俺がそういうと、何人もの奴らがガッカリした顔になる。


「それもつまらないかな」

「え?」


 質問者が首を傾げた。


「お前らだけで暮らしが立つようにしてやったら面白いかもしれんね」


 ポカーンとした顔は「何を言ってるんだろう?」と思っているに違いない。


 俺はニヤリと笑う。


 別にコイツらに肩入れしても何の得にもならないが、俺には重要な任務があるのだ。

 コイツらを使って実験できれば、今後の計画に大いに役に立ってくれるはずだ。

 俺を襲いに来たんだから、こいつらギャングにその程度の役割を与えてもいいだろ?


「お前ら……家族の手の届かないところへ逃げたくないか?」

「「「え!?」」」


 何人もの若者から期待に満ちた声が上がった。


「で、でも。

 俺の家族は世界中に……」

「世界ねぇ……

 お前らの想像もできない方法で、この世界から脱出することが可能だ。

 まあ、こんな文明の栄えた世界でもないし、危険極まりない場所だけどな」


 どんどんと期待が膨らんでいく瞳が確認できる。

 実験に協力してくれそうだねぇ。


「気が進まない人には断る権利もある」


 ヒソヒソと話し合うヤツらも出てきた。


「……アフリカとかかな……」

「……南米じゃ……?」

「……日本人なんだし日本だろ……?」


 俺はしばらく無言でその状況を放置しておいた。


 結論は出ないんだろうけど、仲間と話し合う行動が心の整理に必要だろうしね。

 もちろん、あっちに転移させる実験には大きな危険が伴う。

 もしかしたら死ぬ事もあるかもしれん。

 まぁ、社会のクズどもが、世界を結ぶ実験に使われるんだ、文句は言わせないぞ。


 優しい口調で接してはいるが、俺の心の中はこんな感じで考えていたりする。

 悪魔だな、こりゃ。


 俺は心の中で苦笑いした。


「さて、選択肢は二つだ。

 一つ目はこの世界からおさらばして新天地でやりなおす。

 二つ目は、ここに残って頑張る……

 好きに選んでくれ」


 一つ目の選択と言った時に左を指差し、二つ目の時は右を指差しておいた。


 若いギャングたちが顔を見合わせて話し合ってる。

 しばらく見ていると、二つに分かれて並び始める。


 俺を襲った奴らは右側に並んだ。


 当然だろうな……

 得体の知れない不思議な力を使う男に着いていったら、大抵は碌なことにならないと考えるに違いない。


 ありがたい事に、それでも殆どの若者が左側に並んだ。


 実験対象の本人たちから了承を得られたので俺は自然と笑顔になる。


 俺は大マップ画面を開き、転移実験希望者にピンを立てる。

 これでタグ付け完了です。

 どこに逃げても解るようになりました。


「ご協力感謝します。

 では、やり直し希望者以外の人は、解散してもらって構いません」


 襲ってきた奴らのリーダー格っぽいヤツが話しかけてきた。


「な、仲間をどうするつもりなんだ……?」

「ああ、さっきの言葉通りだよ。

 この世界ではない場所に連れていく」

「それはどこなんだ……?」

「ティエルローゼ。地球とは別の世界だよ」


 俺はずっと嘘は言っていない。

 嘘を言う手間も惜しい。

 真実を言っておいた方が言い訳が要らないので楽だしな。


「ティエルローゼ……?」

「ま、地球の平行世界だな。

 異次元とか異世界とか言ったほうが解りやすいか?

 俺はそこから転移してきたんだよ」


 リーダー格のヤツは目をぎょろぎょろさせながら「日本から来たんじゃ……」などと言っている。


「もちろん日本から来たよ。

 魔法門マジック・ゲートって転移魔法でね」


 先程骨折を一瞬で治したのを思い出したのか、身震いしている。

 ま、人間って理解できないモノに遭遇すると恐怖を覚えるからなぁ。


 リーダー格のヤツは、押し黙って仲間の元に戻って行こうとする。


「あ、すまんが……このアパートの部屋を一つ貸してもらえないか?」


 俺はリーダー格のヤツの背中にそう声を掛けた。

 リーダー格のヤツは「す、好きにしてくれ……」と短く答えた。


 俺に逆らっても無駄だと思ったのだろう。

 一瞬で自分を気絶させた手際、理解不能な威圧感、これだけの人間に囲まれてもおそれもしない胆力……

 彼には全てが理解できなかったのだ。


 危害を加えてくる気配がないので、放置しようと思ったようだね。


 俺は転移希望者の一人に案内されてアパートの一室に陣取った。


 日本のアパートに比べるとすごい広い。

 個室は二部屋もあるし、リビングも一〇畳くらいありそうだ。


 一つを寝室に充てがおうか。

 もう一つは作業場かな。

 こちら側にも魔法道具か必要になるかもしれないし、作業部屋にするのがいいかもね。


 こうして俺はアメリカでの拠点を確保することに成功したのだった。


 防衛や警戒用の魔法を仕掛けておく必要はありそうだが、現実世界の人間は総じてレベルが低いみたいなのでティエルローゼよりも安全だろう。

 実験体が逃げられないようにするだけで問題はなさそうだね。

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