第29章 ── 第32話
翌日の朝、鍵を返しに行くと受付の男は怯えたような目で俺を見てくる。
どうも昨日の賊とグルっぽいな。
この国、こんなに治安悪かったっけ?
まあ、チープホテルだしなぁ……
普通なら何か理由をつけられて返ってこないと思っていた保証金が全額返してもらえたので、とりあえず文句を言うのは勘弁してやろう。
ホテルの外に出ると、一〇人程の男どもに囲まれた。
腕を釣っているヤツが一人いたので、昨日の賊とその仲間たちだと判断した。
人数集めれば勝てると思ったんだろうな……
「
無詠唱で魔法を唱え、全員眠らす。
賊が糸が切れたようにバタバタと地面に転がっていく。
「
また魔法を使って道路の隅に移動してやる。
放置したままじゃ轢かれるかもしれんしねぇ。
そして腕を釣った男をピックアップしてホテルの壁のあたりまで運んでデコピンを食らわす。
眠りの魔法の影響下にある者に何らかの攻撃をすると一瞬で覚醒するので、デコピンの効果で昨日の賊が目を覚ました。
「イテェ!」
デコピンされた部分を無意識に折れた右手で抑えようとして「ウッ」と短い悲鳴を上げる。
そして左手を動かしておでこを擦った。
しゃがんで見守っている俺の顔に気づいて「ヒッ」と息を呑む。
「やあ。昨日振り」
ニッコリと微笑む俺に恐怖の表情を浮かべる賊の兄ちゃん。
「お、俺たちにこんな仕打ちをしてタダで済むと思ってるのか!?」
道路の隅で仲間たちが転がっているのを見て賊の兄ちゃんは凄んでみせた。
「ほう……それは楽しみだね。どうしてくれるんだい?」
ビビリもせずも笑顔のままでそう言う俺を、兄ちゃんは得体の知れないモノ、関わってはならぬモノだと気づいたようだ。
恐怖と絶望に染まる目には、無言ながら助けて欲しいと懇願する色さえある。
「俺をマフィアの幹部とか凄腕のエージェントとか思ってるような目だな」
俺はやれやれと肩を竦める。
別に俺には怪我をさせる気も、殺す気もない。
「お、俺たちを……こ、殺さないのか……?」
「なんで?」
俺は心底こいつらの精神が解らない。
小首を傾げていると、もっと奇妙なモノを見るような表情になった。
「お、俺……俺たちはお前を襲ったんだぞ……」
こいつはかなり荒んでいるんだなぁ。
普通、むやみに人は殺さないだろう?
ああ、そうか。
ここは日本じゃないからなぁ。
「まあ、別に被害を受けたわけじゃないし殺しはしないよ。
警察を呼んでもいいんだが、被害者いなくても逮捕してくれるんかね?」
俺が眠りこけている賊たちに目を向けた時、昨日の兄ちゃんがナイフを抜いて俺に突きつけてきた。
「こ、このまま、た、立ち去れば、み、見逃して、や、やる!」
「お前はハリスか」
クスクスと笑いながら、突き出されたナイフの尖端を人差し指と親指で摘んだ。
賊の兄ちゃんは慌ててナイフを引いたが、その行動は何の結果も産まなかった。
摘まれたナイフはピクリとも動かない。
引いても押しても、捻っても何の動きも見せない。
当然だ。
俺の筋力度は六〇〇を越えてるからなぁ……
ちなみに平均的なドーンヴァースの戦士系Lv一〇〇キャラクターの筋力値は二〇〇~二五〇くらいだよ。
それのほぼ三倍ね。
神々の加護パネェ。
「まあ、イキがるなよ。
お前ら程度じゃ俺をどうにも出来ないよ」
さて、どうしたもんかな。
こういうギャングというか愚連隊みたいな奴らでも、何かあった時に役に立つかもしれんよな。
コネクションの一つとしてキープしておくか?
「ま、殺しはしないから」
笑う俺に「仲間たちを殺しておいて何いってんだ!」と怯えながらも兄ちゃんは怒鳴る。
「あ、あれ寝てるだけだよ。死んでない死んでない」
ナイフを奪い取ってそのまま握りつぶしてゴルフボールみたいに丸めて道路の隅に放る。
その所業をみた兄ちゃんは抵抗する事を諦めたようでガックリと項垂れた。
そしてブツブツ何か言い始める。
「神よ……こいつはヤバいヤツだ……人間じゃない……悪魔……? いや、死神か……? 悪さのツケが回ってきた……ああ、神よ……」
ああ、その神が俺ですね。
こっちの世界でもそうなのかは解らんけどな。
「さて、目立つのも問題あるな。
お前、仲間を起こしてお前たちのアジトに案内しろ」
俺は優しく言ったつもりだが、兄ちゃんは「はい……」と力なく言うと仲間たちを起こしに掛かる。
俺も何人かを軽く蹴って起こしてやる。
兄ちゃんの仲間たちは、眠らされたのを一瞬で俺に気絶させられたと勘違いしたらしく、相当な手練だと見たようで途端に卑屈になった。
「へへへ……兄さん、申し訳ねぇ。
まさかこんなに強いお人だと思わなくて……」
「ああ、気をつけた方がいいぞ。
人は見掛けによらないからな。
俺は優しい方だが、世の中は優しくない人間もゴロゴロしてるしね」
昨日の兄ちゃんにアジトへ案内されながら歩いていると、後ろをついてくる賊の仲間たちが時々俺を背後から攻撃しようとする。
殺す事はマジ簡単なんだけど、現実世界での殺人は色々と不都合が出るので控えたい。
町中にはそこら中に監視カメラがあるので、騒ぎになるのは間違いないからな。
攻撃の意思を感じる度に威圧スキルをピンポイントで攻撃者に放って行動を抑制してやる。
しばらく、そんな対処を繰り返すと、背後の賊たちは完全に大人しくなった。
マジで威圧スキルが有能。
「ここがアジトです……」
案内された建物は四階建ての古アパートだ。
このアパート全てが彼らのアジトなんだと兄ちゃんが言う。
マップで確認すると、中に二〇人足らずの人間がいるようだ。
全員レベルが一桁。二~五レベルといったところだよ。
「
即席で魔法を作り、そのまま無詠唱で行使する。
この即席魔法はアパート全体に効果があるようにセッティングしてある。
レベル三の人を気絶させる魔法だが、範囲内の人間は全てがレベル一桁なので抵抗もできずに気絶するだろう。
まあ、高ステータスの俺が行使したらレベル五〇くらいまでなら無条件で気絶するような気がしないまでもない。
魔法に抵抗するなら判定の目標値は俺の知力から算出されるからね……
レベル一桁が抵抗できる数値じゃなくなるんだよね。
最低でも抵抗判定の目標値は一〇〇を越えますし。
「今のは……?」
魔法の名前が英語(古代魔法語)なのでこいつらには理解できたようだ。
「魔法だよ」
「魔法……?」
胡散臭そうな顔をする賊の兄ちゃん。
「そ、魔法」
「そういえば、俺の曾々々祖父さんの日記が家にあったけど、日本人は呪術師だとか書いてあった……」
「あー。
昔、日本人はそういう目で見られてたんだってね。
中国人は洗濯屋だっけ?」
「それは知らない……」
ふむ。
まあ、昔のファンタジー小説界隈の認識では日本人はエルフに該当する種族だとか言う作家もいたそうだし、不思議な民族だと思われていたんだろうね。
今の時代だとナンセンスな考えだと思うけど。
「ま、俺が
俺は昨日の兄ちゃんに手の平を向ける。
「
俺は神の力を手に入れてから、アナベルに神聖魔法を教えてもらった。
「ヒール?」
「ああ、もうその腕は治っているはずだ」
兄ちゃんは「まさか」と言いながらも腕を動かした。
「あ、あれ……? 痛くない?」
「これが魔法だよ」
俺はニヤリと笑った。
後ろで見ていた賊の仲間たちもどよめいている。
「神よ……」
「昨日確かに脱臼してた……」
「一日で動かせるようになるわけない……」
しかし、アメリカ人ってマジで「オーマイゴッド」って口にするヤツ多いよな。
ゴッドの部分がゴッシュになってたり色々だけど。
悪党ですら言うんだから笑える。
普通、神なら悪党には天罰を落とすもんじゃないの?
というか、こっちの神がプールガートーリアの神々と同一だったとすると、既に現実世界に神は存在しないはずだから天罰は落ちないか……
そりゃ救いが無いのも仕方無い頃なのかもしれない。
「おい」
振り返って賊たちに声をかける。
「「「は、はい!」」」
「中のヤツらを気絶させてある。
全員外に引っ張ってきて整列させろ」
賊たちはすぐにアパート内に飛び込んでいく。
「マジで全員気絶してるぞ……」
「さっき魔法を使ったってヤツは本当だった」
「手品じゃないのか!?」
「彼は本物だ……」
聞き耳スキルが中に入ってった奴らの声を拾って来た。
俺はニヤリと笑う。
マジで魔法だよ。
種も仕掛けも無いのは当然さ。
しばらくすると、一人ひとり気絶した仲間を引きずり出してくる。
一〇分もしないウチに気絶した奴らを全部出せたと報告が来た。
「ご苦労。
魔法を唱えると全員が一斉に目を覚ました。
目が覚めるといつの間にか外に出ていた所為で、覚醒した者たちはどよめいている。
「静かに」
俺がそういうと視線が俺に集まり、どよめきも消えた。
「えー、俺はケント・クサナギ」
一人ずつ顔を見ていくと、二〇代前半から一〇代の者ばかりだ。
マフィアの構成員というより、若い奴らが集まってできたギャング団という事だろう。
はみ出しものは単独では生きていけない。
だから若い連中は直ぐに集団を作る。
一人ひとりステータスなどを見ていったら解った事だが、彼らは実家が金持ちのものが多い。
全員がそうだとも言えないが、
だからと言って人を襲って良い理由にはならんけどな。
ただ、こいつらを更生させたら、彼らの身内……即ち西海岸の
俺としてはかなり勝算が高そうな気がするんだが、どうだろうか?
あっちの世界であれ、こっちの世界であれ、言い方は悪いが使える駒を増やしておくのは悪くないだろ?
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