第29章 ── 第31話

 諸々終わってぼーっとしているとズボンのポケットに突っ込んでおいた携帯が鳴り始める。

 画面を見ても知らない番号だ。


「もしもし?」


 夜中だし、いつもなら知らない番号なんかに出ないのだが、ぼーっとしてた所為もあって無意識に出てしまった。


「え……? あ! こちらの番号は草薙剣人さんのご家族の物でよろしいでしょうか?」

「えー、いえ、この番号は草薙剣人の携帯ですが……?」

「ああ、それは失礼致しました。

 先程、ご遺体の処理についてネット・オーダーが入ったのですが、失礼ではございますがご家族の方でよろしいでしょうか?」

「え……?」


 今度は俺が聞き返す事になった。


 そういや、ドーンヴァースに繋がるようになった時、そんな手続きをしたっけ?

 それが今来る理由は何だ?

 ああ、そうか。

 少し時間が巻き戻ってるからか……

 面倒クセェな。


 俺は苦笑しつつ応対を続ける。


「いや、本人です」

「は?」

「ですから、私が草薙剣人です」

「え? ということは、先程入りましたネット・オーダーはイタズラという事なのでしょうか……?」

「ええ、多分そうです」


 俺がそう言うと、微かに「チッ」と舌打ちする音が聞き耳スキルで聞こえた。

 音が小さかったのは、受話器を手で押さえたんだろうな。


「なるほど、解りました。

 ネット・オーダーの場合こういう事が時々ありますので、確認のご連絡を差し上げたんです。

 本当であればご遺体の処理は放置しておくと大変ですしね」

「なるほど……

 誰か解らないけど、イタズラなんて困ったものですね!」


 俺は怒り混じりに同情しているようなニュアンスを演技しつつ応対する。

 本当は、過去の俺が申し込んだオーダーの所為なのだが。


「全くです。確認が取れたから良かったものの、連絡が取れなかったらお申し込みの住所に警察と同伴で向かうところですからね」


 ああ、色々危ない事になってたんだな。

 流石に警察の介入があるとは思ってなかったが、そりゃ死体の処理依頼なんか警察が入らなきゃ法律上勝手にできないよなぁ……


 さすがのアホっぷりに俺は自分自身にあきれてしまう。


 言い訳臭いが、家族の死とか経験ないし、どういう流れで処理されるかなんて知らねぇし。

 一応、特殊清掃とかいう奴らがやってるって知識はあったから、そういう業者にメールで申し込んだだけだし……


 とにかく、業者が警察が介入する前に確認の電話してきてくれて助かったよ。


「それでは、キャンセルという事で扱います。

 夜分遅く申し訳ありませんでした」

「こちらこそ、確認の連絡ありがとうございました。

 お手数をお掛けしたようで申し訳ありません」

「いえいえ、それでは失礼します」


 業者はそういうと電話を切った。


「ふう……」


 俺は溜め息を吐きつつ、インベントリ・バッグからパソコン等を取り出して設置し直し電源を入れる。


 メール画面を呼び出すと、他に何かバカな申請をしていないか確認した。


 三億の寄付に関してお礼メールが届いている。

 開いてみると「ご寄付ありがとうございました」的な定型文と寄附金額が書いてあるだけだ。


 まあ、巨額の寄付にこの文言はチープだと思うけど、これって自動返信か何かだろうね。

 人間が書いてたとしたらコレは無いわ。


 他にも申込み確認メールが来ていたが、大抵の手続きはアクティベート用のURLを踏まないと申込みはされないようで、申込み作業は完了していなかった。


 俺って結構間抜けだな……


 あの時はアースラ待ちで急いでいたので、申込み確認メールとかが届いていたのを見てなかったんだよな……



 もちろん、申込みが完了している手続きもいくつかある。

 俺はそれを一つずつキャンセルしていく。


 ちなみに、水道、ガス、電気の契約解除手続きはアクティベートしておいた。

 もう、この部屋には住まない事にしたんだから、これらは切っておかないとね。

 既にアパートの解約手続きは完了しているので当然だが。

 そういやアパートの解約手続きは、まだ確認メールが来てないな。



 朝まで寝て、少し遅く起きたら腹が減ってたのでコンビニに向かう。


 おにぎりと飲み物を買って外のベンチに腰掛けて食べていると、アパートの管理会社から電話がかかってきた。

 解約手続きの件だ。

 俺は「はい、はい」と確認事項を聞きながら返事をした。

 ものの数分で解約手続きが終了する。


 割りと呆気ないもんだ。

 こうして、俺があのアパートに住んでいた形跡は完全になくなった。

 他には転出転入の手続きを役所に行ってやらなければいけないとも思うが、それは放置しておいても良いだろう。


 ウチの家族が役所の記録から俺を探そうとしても誰も住んでいないか、別人が住んでいるなんて事になる。

 それはそれで面白いだろう?


「よし、第二段階開始だな」


 夜に調べておいたデータから、アースラの家族はアメリカのロサンゼルス西部のビバリーヒルズに住んでいるらしい。


 となれば、まずは航空券の手配を済ませねばならない。


 携帯を取り出してポチポチと激安航空券を確認する。

 キャンセル待ちらしく、良い航空券が見当たらない。


 俺は無意識に画面右上の時計を確認してから、一瞬で硬直した。


「なん……だと……?」


 何故だかは解らない。

 ティエルローゼで過ごした数年の所為だろう。

 こんな事を見落としているとは。


 俺が何を見落としていたかだって?


 君の視界の右上に現在時刻は表示されているかい?

 普通は表示されてないよな?

 でも、今、俺の視界にはしっかりとAR拡張現実で現在時刻が表示されているんだ。

 それだけでなくミニマップもな。

 左端なんか、俺のHPやSPなどのステータス・バーまで表示されている。


 要は俺の視界表示はティエルローゼのままって事だ。


 最近、それがデフォだったから何の違和感もなく受け入れていたよ。

 さっき、携帯から航空券探してた時、携帯の時間を見たら、そこに被ってAR拡張現実の現在時刻が見えたのでやっと気づいた感じだよ。


 うーむ。

 という事は、ステータス画面も表示されるんか?


 試してみると、ティエルローゼのステータス画面と同じものが普通に表示される。


 俺は検索画面を出して、アースラに聞いた彼の娘の名前を検索してみる。

 ストッと効果音と共にピンが大マップ画面のある場所に落ちた。

 世界地図表示にしていたんだが、アメリアの西海岸にピンが立った。


 ふむ……

 娘さんはアメリカにいるようだな。


 アースラのインベントリ・バッグに家族写真があったから見せてもらってたので問題なく検索できたね。

 奥さんも検索してみたら、最初のピンの近くに落ちた。


 食べ終わったおにぎりの包み紙をコンビニ袋に入れてベンチ横のゴミ箱に入れる。


「ステータス画面が出るってことは……」


 俺は人差し指を自分の目の前に立てる。


点火イグニッション


 当たり前のように指先に火が灯る。


 現実世界でも魔法発動するとか……マジパネェ。

 厨二病心が躍りますなぁ。


「航空券いらんな……」


 俺はコンビニ前の公園に行き、公衆トイレに飛び込んだ。


魔法門マジック・ゲート


 淡く光る水面のような転移門ゲートが狭いトイレ内に出現する。

 転移門ゲートを潜ると、同じ様なトイレの中に出る。


 トイレには誰もいなかったのでホッと一息吐く。


 トイレから出ると、既に陽が暮れていた。

 それ以外には南国風の木々が立ち並ぶ風景が見える。


 時計を確認すると午後四時を回っている。

 さっきまで午前中だったが、こっちは午後四時過ぎですよ。



 ここはグリフィス・パークの動物園だ。

 商談の際に接待で来たことがあるし、ビバリーヒルズへのバスが出ていたと記憶していたので、ここに転移してみた。


 まずは、動物園からグリフィス天文台まで行こう。

 大マップを確認しつつ向かう。


 グリフィス動物園の柵を越えてから、二時間ほど森の中を歩いて俺はようやく頭を抱えた。


 ああ、マジでティエルローゼに毒されてんな。

 こんな森の中を直線的に突っ切っていく段階で普通じゃないよ……

 ティエルローゼの冒険者なら普通かもだが、ここは現実世界だった。

 数キロある山の向こうに行くならタクシーなりバスなりを使うべきだ。


 とは言っても、ここまで来てしまったんだしそのまま進むか……


 グリフィス天文台までの道中、夜道だからか何匹かの野生動物に出会った。

 危険だったのは熊だが「グボァ!?(こんなところに人間が!?)」とか唸ったのが熊語で理解できてしまったので、穏便に説得して事なきを得た。


 いやぁ、動物でも話せば解るもんですね。

 熊語で説得したからか、人間そっくりの熊だと思ってくれたようだけど……


 というか、ロサンゼルスって熊いるんだな……

 都会のイメージがあったんだけどなぁ……

 仕事でしか来てなかったから知らなかったよ。



 それから一時間も掛からずに天文台の北側にあるチャーリー・ターナー・トレイルヘッドに到着。


 ここまで来れば無人タクシーなどが普通に停まってるので、ビバリーヒルズまでは簡単に行ける。


 もう夜だし、どっかのチープホテルにでも泊まった方がいいかもしれないな。

 アースラの奥さんや娘さんに不審に思われたくないしねぇ。



 俺はタクシーのコンソールに近くの安ホテルまで行くように指示する。

 二〇分も経たない内にウェスト・ハリウッドにあるチープホテルに到着する。

 ここから西に行けば、ビバリーヒルズに行けるしね。


 ホテルのフロント(?)というにはお粗末な鉄格子の嵌った受付でチェック・インの手続き。

 シーツの保証金に二〇ドルとかボッタクリじゃねぇか? とも思ったが、金に困ってるワケでもないので、マネー・カードから支払う。


 三〇四号室だというので階段を登って部屋を探す。


 目的の部屋は三階の一番奥だった。

 部屋への扉の更に向こうに非常階段に繋がる扉があったので、一応外の様子を確認すると、案の定、非常階段が錆びて腐り落ちていた。


 マジで火事が起こったらどうすんだよ……とか思ったけど、チープ・ホテルじゃ仕方ない。

 もっと高い普通のホテルに泊まる事もできるが、今俺はアメリカ滞在の手続きを全てすっぽかして来ているので、IDとか求められると困る立場なのだよ。

 だから、こういう身分証明とか求められそうもない治安が悪そうなホテルを使っているワケです。



 充てがわれた部屋の扉の鍵を開けている時、後ろから襲われた。

 銃を突きつけられて「金目のもんを出しな」と言われた。


 振り返りざまに賊の銃に裏拳叩き込んだら、勢いあまって肘あたりでポッキリ折れちゃった……


 現実世界の人間、脆すぎねぇか……?


 俺は溜め息交じりに部屋に入って鍵を掛けた。


 ちなみに、賊は折れた腕を抱えて逃げていったよ。

 やっぱアメリカは場所によっては治安悪ぃな。


 ま、ティエルローゼの能力ごと現実世界に来ちゃった男に、拳銃程度は全く脅威じゃないんだよねぇ。

 多分、軍隊も一人で相手できると思うし。

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