第29章 ── 第30話

 ひと風呂浴びて汚物を洗い流した後、とりあえず部屋の電気を付けてパソコンデスクの前に座る。

 そして冷蔵庫から持ってきた麦茶をペットボトルごと仰いだ。


 数分死んでた所為か、微妙に身体の節々が痛い。

 生命力が身体全体に戻ってきた感じがしていないと表現したほうが良いだろうか。

 筋肉弛緩で脱糞は仕方なかったし、死後硬直が始まる前に蘇生できたのは僥倖ぎょうこうと言わざるを得ない。

 あっちの俺が最後に調節してくれたお陰だろう。


 あっちとこっちの時間軸が以前のままだったら、この部屋に横たわっていたのは腐乱死体だったって事になりかねなかったかも。

 いや、腐乱死体になってたら、臭いとか虫大発生とかで早晩発見されて特殊清掃員に処理された後って可能性の方が高いかな?


 何にせよ、俺は生身の身体を五体満足な状態で取り戻したという事だ。


 ティエルローゼにいる本体に蘇生成功の報告をする。

 言葉で送ってるワケじゃないけど「お疲れ。引き続き作成を進めてくれ」という思考が送られてきた。

 分霊体だからか、ドーンヴァースを介さずにリンクが保たれている。


 リンクも確認できたので、俺は情報収取を開始する。


 パソコンを立ち上げてネットの海からドーンヴァースに関係ありそうな死亡事後の記録を調べた。

 検索結果によれば、ドーンヴァースをプレイ中に亡くなったプレイヤーは俺が確認している七人、アースラ、セイファード、タクヤ、シンノスケ、シンジ、砂井、俺以外にも結構いるようだ。

 その数、およそ四〇人。


 これが全部が全部転生プログラムの犠牲者だとは思えないけど、色々不安が溢れる数字だよね。

 俺が存在するティエルローゼ時間では現状七人というだけで、今後更に転生者が現れる可能性が出てきたワケだよ。


 ハイヤーヴェルも言ってたけど、リンクしている次元と次元の間は時間軸が不安定で「いつ」を特定しておくのは相当な難易度らしい。

 今回、俺が死後数分程度の時間差で魂の転移できたのは奇跡に近いらしいんだよ。


 この実験は何度も繰り返す事になると覚悟していただけに、一発で上手くいった事に都合の良さを感じざるを得なかったからな。

 それこそ魔族連がいう「失敗しない」に繋がっているのではないだろうか?


 しかし、失敗しない人生ってのは結構味気ないかもしれんね。

 失敗したら「悔しい」とか「悲しい」とかの負の感情が生まれるかもしれないが、最初から成功するのが解ってたら感動する事もないし、「嬉しく」思ったり「楽しく」感じたりすることも無くなる気がする。


 俺はそんな人生はまっぴらだなぁ……

 苦難を乗り越えて達成するからこその冒険であり人生だろう。


 あ……もしかして……

 こんな思考形態だから次々と事件が発生してたのか……?


 それにしても限度があるだろう。


 今まで降り掛かってきた色々な出来事を思い出して俺は苦笑した。


 その辺りのイベント発生率を調整してる誰か……もう少し手加減よろしく!

 まあ、この願いを聞いてくれるメタ存在がいるとも思えないけど、一応念のためにお願いしておくね?


 プレイヤーの死亡記事を一つずつチェックしていく。


 直近の死亡事件は、タクヤのものだと思われた。

 それは東京の現役高校生の死亡記事だ。


 私立星城高校の塩野目拓哉、享年一七歳、剣道部所属……

 ドーンヴァースをプレイ中に急性心不全……


 塩野目拓哉はゼクス・ゼインと名付けたキャラクターを操り、ドーンヴァースではかなりの上位プレイヤーだったと記事には載っていた。


 なるほど……タクヤは「斬撃のゼクス」だったのか。

 ゼクスはサムライを極めて侍大将サムライ・タイショウという特殊職業スペシャル・クラスになった有名プレイヤーだ。

 これは、定期的に開催される「大規模対抗レイド」、俗に「PvPレイド」と呼ばれるイベントにおいて稀に優勝賞品とされる事がある職業クラスだ。

 ただ、職業クラスサムライでないと取得条件を満たせないとか、転職後に追加される職業チュートリアル・ミッションが難しすぎて不評だったりと不遇な職業だった。

 その代わりと言っては何だが、この職業は集団戦闘においては無類の強さを発揮する。

 中でも「ウルドの光」というスキルは、レイドメンバーの底力を二割増しにするというチート級の壊れスキルだった。

 名前が示す通り、軍神ウルドの加護を受けたという設定のスキルだ。


 ま、追加される数々のスキルが、集団戦闘を対象としたものばかりなので、個人戦闘では殆ど役に立たないのではあるが。


 ゼクスはそんなネガティブ要素を物ともせずに侍大将サムライ・タイショウを使いこなしていたプレイヤーなのだ。

 PvPレイドでも五本の指に入るプレイヤーだろうと思う。

 もちろん、通常の個人対抗戦であるノーマルPvPでもそれなりの順位にランクインしていた記憶があるので相当プレイヤースキルを磨いていたんじゃないかな?


 ちなみにアースラのクランはPvPレイドでも上位に入る有名どころです。



 続いて見つけたのはセイファードの死亡記事じゃないかと思われる。

 ドーンヴァースのクローズドベータ期間中にVRギアの漏電による死亡となっていた。

 クローズド・ベータで死亡したのはこの事件しか出てこないので、これがセイファードである可能性が圧倒的に高い。

 クローズド・ベータ時期の話なので、事件も詳しく載っていないので、これ以上の情報がなかった。

 VRギアの漏電事故と分類されているので、ドーンヴァース自体への影響はなかったようだけどね。



 シンノスケの死亡記事も発見した。


 秋田県の農業技術者がドーンヴァースのプレイ中にショック死したという記事だった。

 どのようなショックを受けたのかが判明せず、事件なのか事故なのかも不明な出来事だったらしい。

 ゲームのやり過ぎによる興奮が心停止を引き起こしたという憶測が巷では大勢を占めたようだが、有名な分析医が出した著書ではその説は否定されているそうだ。

 このような事からオカルトやスピリチュアル系のサイトでは、ゲーム系の都市伝説として名前が上がる事件になっているようだ。


 シンノスケであると思われる理由としては、死亡したプレイヤーがドーンヴァース内で黒騎士ダーク・ナイトであった事、コロシアム(PvPイベント)の優勝者である事などが挙げられる。

 極めつけは、メディアにも取り上げられる有名な人物だったのでニュースなどを記録した動画にも出演していたりするのだが、その動画に出てくる人物が俺が召喚した黒騎士に似ていたのと、口調がいちいち時代がかった言い回しだったので確信に至った感じ。

 ほら、彼の幻影戦士エインヘリヤルが登場した時の「大見得」を思い出してくれ。

 あんなヤツがこの世に二人もいてたまるかよ。



 そしてアースラの記事だ。

 これは他の記事よりも大々的にネットニュースになっていたし、定期的に取り上げられるネタなので簡単に調べがついた。

 何でかといえば、マイクロン・システムズの天才プログラマーの死亡記事だからだろうか。


 グラフィカル・ウィンドウOSは、全世界のコンピュータで採用されていると言っても過言ではない普及率を誇るOSだし、それの設計開発を行ったのが、アースラの中の人である。

 本名は岡村陸人。

 アメリカに渡って大成功を納めた日本人として有名で、彼の死はビジネス界で度々惜しまれるのだ。


 理解はできるが、あの酒好きの無精髭オヤジってのしかしらない俺にとっては首を傾げたくなる話だけどね。



 俺はアースラの記事を入念に調べた。

 そしてアースラの奥さんとお子さんの名前をゲットした。

 本人ならともかく配偶者などの一般人の情報がいつまでも流出したままってのはネット・リテラシー的に問題あるなぁと思うが、奥さんや子供までパソコンやらネットやらに詳しいとも思えないので、仕方がないのかもしれない。


 ただ、その辺りはマイクロン・システムズがフォローしてやるべき案件じゃないのか?

 ベストセラーOSを作ってくれた技術者のご家族だぞ?


 少々訝しみたくなる情報だが、そのお陰で色々と作業が省けたので良しとしよう。

 このまま計画を進めれば、彼女たちはこの世界からいなくなるし、その程度のデータが残っていようが関係ないだろう。



 調べ物が終わったので、今度は明日からの準備。

 まず、自分の銀行口座の残高を調べてみる。

 ティエルローゼからドーンヴァースにダイブできるようにした時、銀行口座の残高の殆どをゲーム内ポイントを購入することに使ったので、あまり残っていないのは解っているが、こっちで生活する上で当面の資金は必要になる。

 ポイントに全額突っ込んだワケではないので、端数は残っているはずだ。

 調べてみれば、残高が一二八四万円ほどあった。

 これだけあれば何の問題もなさそうだ。


 二八四万円はマネー・カードに転送していつでも使えるようにしておく。

 残りの一〇〇〇万円は別の銀行の口座を作ってそちらに転送しておいた。


 このアパートはいつでも使えるように残しておきたいところだが、家賃とか光熱費とか考えると無駄かもしれないので、今月末で引き払うという手続きをしておく。

 家財道具はインベントリ・バッグに全部仕舞った。


 はい。ここで「え?」と思った人。鋭いね。


 そう、俺の生身にはなぜか腰にインベントリ・バッグ(不可視化)が装備されていたのだ。


 ええ。

 この現実世界でですよ。


 いつも通り、無意識にインベントリ・バッグを開ける仕草をした所為で発覚しました。

 どうやら俺の権能で作り出してしまったようです。

 無意識で権能を使わない訓練はしていたんだけど、インベントリ・バッグはそこに「ある」のが自然だったので、当然「ある」という認識で開閉のアクションを起こしてしまった結果、現実世界ですらインベントリ・バッグが使える状態になったのだと思います。


 インベントリ・バッグがあるだけで現実世界でも無双できる気がするのって俺だけ?


 何にせよ、神の権能が現実でも働くという決定的証拠にはなりました。


 乱用するつもりは毛頭ありませんが、ピンチの時は使おうかしら?

 でも、そんな事したら、日本の八百万の神々に怒られちゃうかな?


 まあ、現実世界を混乱させるようなことはしないつもりですので……

 日本の神様たち!

 大目に見て下さい!

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