第29章 ── 第29話

 再びログイン用のダイブ空間に戻り、キャラクター作成プログラムを呼び出す。


 基本的にはドーンヴァースで使っていたアバターをコピーするだけなので外見パラメータを弄る必要はない。


 出来上がったアバターにタルパの作成方法をもとに俺的独自解釈の魂注入を試みる。


 魂の容器としてのアバターに、俺の魂を注ぎ込むワケだが、ジュースの瓶からコップに注ぎ込むようなイメージでは上手くいかなかった。

 色々試してみたところ、ガスガンにガスボンベからガスを注入するイメージが近いだろうか……微妙な例えだが。


 魂をアバターに注入していく過程で、それ以上注入できなくなったんだよね。

 本体とアバター間で魂の濃度が均衡状態になったという感覚かな。


 そうなった時、アバターの目がゆっくり開いたんだよ。


 そして……


「お、上手く行ったか?」


 アバターがそう喋った。

 まあ、見慣れてる俺そっくりのアバターなので驚きはしなかったけど、自分と同じ顔の人物が喋ると奇妙な感覚を覚えるね。


「上手く行った感じだけど……声は俺と違うのな?」


 俺がそういうと、新アバターの俺が笑った。


「確かに。でも、多分他人が聞いたらどっちも同じ声なんだろうな」

「ああ、あれか。レコーダーに自分の声を吹き込むと別人に聞こえるヤツ」

「そうそう、アレだね」


 目の前にいるヤツも俺自身なので喋らずとも話は通じるし、感情や感覚なども共有できるみたいだ。

 念話通信も顔負けのシンクロ機能搭載です。


「俺が行こう」


 どっちが行くかと言おうとしたら、あっちが先にそう言った。


「いいのか?

 失敗したら消滅するかもしれないぞ?」

「俺が? 消滅?

 するわけないだろ」


 まあ、そうだな。

 二つに分けたとしても創造神の力があれば何とでもなると思うし。


「じゃあ、よろしく頼む。

 あっちから戻ってきたら知らせてくれ」

「了解だ」


 アバターがドーンヴァースのログイン・ゲートに辿り着く前に、俺は脳内で神の力を発動させてドーンヴァースとティエルローゼをリンクする力に接続する。


 そして「こうなると良いな」というイメージを送り込む。

 俺がそう考えるだけで世界が勝手にそうなっていくからだ。

 創造神の力を自覚してからは、顕著になった俺の権能であるが、知らぬ間に常時使っていた転生したばかりの頃ではないので、どういうタイミングで使うかは俺がコントロールできるようになってきている。


 目は閉じていたが、アバターがトリシアみたいにニヤリと笑ってログイン・ゲートを潜っていったのが解る。

 アバターの目が目を閉じている俺を見たのが普通に解るし、アバターが何を考えているのかも理解できたからだ。

 あちらも俺の見えているもの考えている事が解るんだろうな。


 面白い機能だね。


 目を閉じてアバターの目線を確認する。

 アバターはステインの町に無事に降り立ったことが解った。

 ここまでは問題ない。

 では、ここからはアバターの方の俺に思考を切り替えよう……




 目を開くとステインの町のワープゲートの前だ。


 自身の装備やインベントリ・バッグの中身を確認する。

 ティエルローゼで手に入れた物も入っているし、ドーンヴァースのアイテムもある。


 ティエルローゼの俺の持ち物と一緒だが、あっちのインベントリ・バッグは無事だろうか?


 俺がそう考えると、ティエルローゼの俺からの思念が伝わってきた。

 どうやらあっちのインベントリ・バッグにも同じものが詰まっているようだ。


 俺は一番安い下級SP回復ポーションを取り出して使ってみる。

 ポーションは一瞬で効果を表し、左下にあるチャット・ログ部分に「SPが一〇〇ポイント回復しました」というシステム・ログが表示された。


 まあ、SPは減った状態じゃないから溢れたんだけどね。


 するとあっちの俺の思考が流れ込んでくる。

 あっちのインベントリ・バッグ内の下級SP回復ポーションが一本消えたそうだ。


 なるほど……

 どっちにも存在していて、どっちかが使えば、どっちも消えるという仕組みか。

 持ち物二倍化計画は頓挫だな……


 まあ、アイテム増殖バグはMMOでは最も潰さなければならないバグだし、システムの穴を突いたDUPE技は最も罪が重くてBAN対象でもあるから仕方ない。


 時計を確認する。

 俺がドラゴンのブレスで死亡した時刻の一分後の時間である。


 あっちの俺が微調整した結果がコレである。

 俺がティエルローゼに転生したとほぼ同じ時刻に、分霊状態の俺を転送したワケだが。


 時間軸操作に関してはハイヤーヴェルを超える精度を叩き出せたという事だ。

 魔族三人組が言っていた通り、俺の思い通りにならないことはない可能性が上昇したね。

 自信たっぷりに言っていたので信じてみたけど、正解だったのかもしれない。


 ここで何故高い精度を出せるのかと考えるのが俺の悪い癖で、いらぬ時間を浪費してしまうことになるので自重する。

 簡単な推論を上げるなら、ハイヤーヴェルも言っていたように、俺がカリスの魂の色も兼ね備えているからではないだろうか?



 俺はメニュー画面を呼び出すとログアウト画面を出す。


 眼の前には……


┌──────────┐

│ログアウトしますか?│

│  Yes/No  │

└──────────┘


 ……と表示されている。


 右の「No」を押せばこのままだが、左の「Yes」を押すとどうなるのか……


 少しだけ不安と恐怖が襲ってきたが「俺が消えてもティエルローゼにいる俺が何とかするだろう」という楽観的な考えが脳裏に湧いてくる。

 それと同時に「あまり俺に期待するな」という思考が。

 あっちの俺は眉間にシワをよせつつ鼻で笑ったらしい。


 さすがは俺様か。頼りがいがありそうだ。


 俺はニヤリと笑って「Yes」のボタンを押した。

 その瞬間、俺の視界が暗転する。


 気づいた時には、眼下にベッドに寝そべっている俺の身体が見えた。

 周囲を見回せば、俺自身は空中に浮いている事が解る、


 下のベッドに寝そべっている俺は本来の俺の身体であり、魂が抜けた状態なんだろう。

 服装もVRギアを装着しているのも、周囲に見える家具や何もかもが、ここは現実世界の日本であると主張していた。


「第一段階は成功か……」


 俺の魂が抜けた身体を見下ろしながら囁くと心の中で「グッジョブ!」と親指を立てる俺がいた。


「さて……次の実験段階に入る」


 この実験段階が一番大事だ。


 元の身体にこの俺の転移してきた魂は戻れるのか?

 これがクリアできなければ、分霊体である俺はこの世界に取り残されることになる。


 俺は目に神の力を宿してみた。


 周囲にティエルローゼで見る時とは比べ物にならないほどの白いウネウネした例のアレが見えた。


「うは……なんだこりゃ……」


 神の目で見ているからウネウネがハッキリと見えるんだろうけど、ちょっとスピリチュアルな超能力持ちの人間が見たら現実世界は光り輝いて見えるかもしれんな。


 これがプルーガートーリアの神々が好き勝手に弄った世界の姿なのだろう。


 ただ、魔力は世界からあまり感じない。

 やはり大規模な魔法を使うことは難しいかもしれない。

 精霊を見つけ出して協力を仰げれば別だろうけどね。



 身体に戻る実験を再開する。


 俺は寝ている身体と単純に重なってみた。

 そのまま身体を起こそうとすると、やはり分霊体の俺だけが起き上がってしまう。


 うーむ。

 スピリチュアル系雑誌の幽体離脱体験談だとコレで上手く行く事が多いんだが。


 綺麗に手を重ねてからニギニギしてみる。

 分霊体の手だけが閉じたり開いたりするだけだ。

 やはりこの方法は上手くいかない。


 そういえば、スピリチュアル系雑誌とか漫画では、魂と身体は尾っぽみたいな物で繋がれていて、それが切れると人間は死ぬとか書いてあった気がする。


 俺は魂の抜けた身体を入念に観察してみる。


「あ? これか?」


 ヘソのあたりに、今の俺を形成する分霊体っぽい残滓が見えた。


「ってことは?」


 分霊体のヘソあたりを確認すると、何故か家電用のコンセント・ソケットが付いていた。


「なんじゃこりゃ」


 それはやはりどう見ても家電用のコンセント・ソケットである。


 分霊体に何故だろうという疑問が膨れ上がるが、そういう暇はない。

 人間が心肺停止状態になった場合、AEDでも無ければ蘇生できる可能性は圧倒的に短くなる。

 五分も立てば四分の一以下だ。


 俺は、横たわっている身体のヘソの部分の残滓を摘んで引っ張ってきた。


 ズルズルと何かが引き出されてくる。

 どう見てもそれはコンセント・プラグだったよ。


 俺はガックリと力が抜ける思いだ。


 多分、俺がイメージしたのがコレだったんだな。

 家電とかは一番身近なコードとか紐とかの類だもんな……


 俺はプラグをソケットに突き刺した。


──ギューン!!


 猛烈に引っ張られる感覚と共に世界が再び暗転した。


 数分ドキドキしながら目を閉じていたが、閉じたままでは何もわからないので俺はゆっくりと目を開く。


 眼の前にVR-OSの画面が見えた。

 上下左右見ても、変わった様子はない。


 右下のステータス表示を確認すると、空腹、尿意、便意ともに正常。

 ただ、ステータス・ログを表示するボタンの右下に赤いエクスクラメーション・マークが点滅していた。


 目線を合わせてクリックすることを考えると、ステータス・ログが画面中央に表示された。


 あー……やっぱりね。


 そこには二分ほど心肺停止状態だった事が記録として残っていた。


 俺、マジで死んでたわ。

 奇跡的な復活劇じゃん。


 VRギアを外して生身の肉眼で現実世界を見る。


 マジで生き返れた。

 俺すげぇ!


 と思ったのも束の間、股間が少し冷たいのと尻のあたりにムニュという感覚があった。


 そして俺は絶望した。


 二四歳にもなって寝小便だけでなく寝ウンコか……


 この後、稲妻のような速さでバスルームに飛び込んだのは言うまでもない。

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