第29章 ── 第28話
謎の発光現象の後でしばらく身構えていたが、それ以上何も起こらなそうなので緊張を解いた。
「俺はこれから工房に戻ることになるけど、皆はどうする?」
「私も戻るわよ。
ケントが工房に行くんだもの、工房の責任者として私も戻らないといけないでしょ?」
冒険の旅について来てるんだし別に戻らなくてもいいんだが、大量に魔力を使う事になりそうな予感がするし、イルシスの加護持ちが複数いるに越したことはないか。
「オーケー。
他に来るものは?」
「私も行きましょう」
アモンが進み出る。
アモンはついてくると思ったよ。
護衛執事を自称しているしね。
アモンが来るから他の魔族二人もついていくと言い出すかと思ったが、今回は自粛するみたいだ。
多分だけど、他のチーム・メンバーと一緒に密かにレベルアップを目論んでいる様子だ。
世界樹にいるモンスターたちはかなりの高レベルなので、この機会を有効活用したいのだろう。
既にレベル一〇〇のトリシアとマリスはサポートに回るのかな。
「んじゃ、行ってくる。
それほど掛からないと思いたいが、一週間程度は見ておいてくれ。
それと
MPがかなり掛かるが、イルシスの加護持ちには関係ない。
「了解じゃ。
チームと仲間たちは我にまかせておくのじゃ」
先程までべそを掻いていた割りに曇りのない笑顔だな。
「頼んだよ」
マリスの頭をポンポンしてから、部屋の隅に工房への
「いってらっしゃいませー」
「仕事が終わったら早く帰ってこい」
アナベルがにこやかに手を降って見送ってくれた。
トリシアは腕を組んで顰めっ面なので、本当は行かせたくない思ってるんだろうな。
「お帰りなさいませ、ご主人さま」
「ご苦労さん。変わりはないか?」
「ございませんが、フィルさまがご主人さまにお話があるようです」
「ほう。出来たのか?」
「そのようでございます」
やはりフィルは優秀だ。
「もう特級MP特級回復ポーション作ったのかしら?
HPの時より早いわね」
「マリスたちが嫌がったドラゴンの汗を渡してあったからな……」
「ああ、あの変態素材はMP回復ポーションに使ってたの」
エマは心底嫌そうな顔をして肩を竦めた。
「ドラゴン系の体液は錬金術の素材として色々と使えるみたいだからな」
「体液……その言い方、なんか卑猥よ。止めて欲しいわ」
確かに。
だが、重要な素材だ。
世界樹の古代竜とは定期的にドラゴン素材を提供してもらえる契約なので、今後の商品開発に大いに役に立つだろう。
研究室に入るとフィルが出迎えてくれる。
「閣下、姉さま、お帰りなさい」
「MP回復ポーションが完成したって?」
挨拶もせずに俺が直球で聞くとフィルはすごい笑顔になった。
「ご期待通りのものが出来たと自負しております」
オーバー・アクションでお辞儀をするフィルが、ベルトに装着しているポーション・ポーチから二本のポーションを取り出してテーブルの上に置いた。
「おいおい……SP回復ポーションもか?」
「左様にございます」
フィルめ、やりやがった。
何度も言ってるけど、これほどの天才を専属に出来たのはマジで幸運だったな!
彼とエマの存在はトリエンでは戦略物資扱いにするしかない。
他国……いや他領地に出ていかれないよう、給料アップするべきだな。
「寝ないでやってるんだもの。当然の結果よ。
この子は夢中になると昔からこうなんだから。
フロル。フィルにちゃんと食事させたでしょうね?」
「もちろんです」
後ろからついてきたフロルが苦笑気味に答える。
「フィル、各種特級ポーションを一〇〇本ずつ製造してくれ」
「承知致しました」
「材料は足りているよな?」
「はい。五〇〇本分は頂いておりますので」
俺は頷く。
「素材の安定確保にも目処が立ったので、これからもしっかり製造してくれ」
「おお……助かります!」
助かってるのは俺の方なんですけどね。
「ところで、大口の商談話でも持ち上がったんでしょうか?
各一〇〇本となると、かなりの金額になるのですが」
「ああ、毎月一〇〇本ずつ買ってくれるそうだよ。
納品先が面倒な場所なので、納品は俺が出張る事になるんで頼むよ」
「承知致しました」
俺は研究室の一角を占領しているVRシステムのベッドの一つに腰を下ろす。
「この機材も専用の部屋に納めた方がいいかもしれないな」
「工房を拡張するなら、仮眠室も広げておくといいかもしれないわよ」
「何でだ?」
「最近、工房に出入りするものが増えてるんだから当然じゃない?」
「そうなの?」
聞き返すと、エマが呆れた顔をする。
「神さまたちが、頻繁に出入りしているのよ?
気付いてないの?」
はい。気づいてませんでした。
「マジで?」
「うん。ケントが腰掛けているベッドと頭につける装置を良く使ってるわね」
「ああ、アースラか」
「いえ、それ以外の神々もよ。
私はその機械が何なのか教えてもらってないけど、神々にとっても重要な機械なの?」
アースラは妻子の事があるし元プレイヤーだからしょうがないが、他の神どもは何をやってるんだ?
ドーンヴァースはかなり面白いRPGだし、遊びたいのは判らんでもないが……
あいつらって娯楽に飢えてるんだろうか?
まあ、いいか。
後で何をしているか聞けばいいしな。
今は、それどころじゃない。
俺はVRギアを手に取り弄ぶ。
皆には簡単にできそうに言ったけど、御霊分けの方法など知る由もない。
そもそも誰もやったことないんだから、シャーリー図書館にも参考にできそうな文献はないだろう。
腕を組んで悩んでいても始まらないので、VRギアを装着してドーンヴァースのログイン画面あたりまでダイブ・インする。
リストコンピュータのキーボードを叩き、あちら側のインターネットの情報を漁る。
何時間か神社などのホームページやお守りや護符などに関連するサイトを回ってみたが収穫はない。
分霊は無理な話だったのかもしれないと思い始めた頃、俺は記憶の片隅にある情報を唐突に思い出す。
それはオカルト系の掲示板に書き込まれた話だ。
超常現象系の話なので眉唾すぎて記憶の奥にしまい込んだままにしていた情報だが、二〇世紀頃の神智学者たちによって提唱されたとある概念の事だ。
チベット仏教における
これは子供が稀に作り出すイマジナリー・フレンドなどの感情、意識を持つ思念体を指す概念である。
人の「思い」は別人格としての思念体すら作り出すことができるという話だが、これは御霊分けに使える概念ではないだろうか?
俺はインターネットで「タルパ」について調べる。
基本的には想念や思念を集めて一つの形にするんだが、これは相当大変らしい。
目に見えるものではないので、強いイメージ力を持っていないと直ぐに四散してしまい思念体とする事ができないらしい。
集中力が必須の作業になりそうだ。
俺はと目を閉じて「むむむ」とか唸りながら脳裏にもう一人の俺のイメージを必死に作り上げようとする。
俺の分身なので全くの別人格を作るよりは間違いが少ないはず……
だが、想像の中の俺は二割り増しでイケメンだし、ナイスガイになってしまっている。
身贔屓というか、自分自身だけに美化してしまうというか……
ここまで等身大の自分を想像するって事の難しさを思い知らされる。
驕り高ぶり、自惚れ、根拠も裏付けもない自信……
厨二病にはあたり前に備わっている自己保身的特殊能力が正確なイメージを妨げる。
ログイン画面から外に出てVRギアを外す。
ベッドから起き上がると「はぁ」と溜め息を吐く。
呪文書を広げて椅子に座っていたエマがこちらに目を向ける。
「どうしたの? 何か問題?」
「ああ、等身大の自分をイメージするのは中々に難しいな」
「ん? どういう事? 自分の事は自分が一番解ってるんじゃなくて?」
「そうなんだけど、そこに理想像みたいなのがちょっかいを掛けてくるんだよねぇ。
全く別の人格をイメージする方が楽だな」
「そういうものかしら……
でも、確かに人形を作って名前を付ける方が楽なのかもしれないわね」
エマは見た目は人形遊びをしててもおかしくない感じだしな。
俺は苦笑する。
ん? 人形だと?
俺はまとまりきらない頭の中でフワフワしたアイデアをあちこちから拾って来る。
そもそも「タルパ」という思念体を頭の中だけで作り出す必要はないよな。
概念やら何やらを頭の中でイメージしようとするから難しいんだよ。
まずは魂が収まるフレームというか、外枠から作っていけばいいんじゃないか?
ドーンヴァースのキャラ作成システムを利用してだ。
外枠だけだからアバター作成とでもいうのかな?
この部分を作り出すプログラムだけ拝借すれば外見は一瞬で作れるね。
そしてアバターに俺の魂を注入していくと考えればいい。
この部分だけ、タルパを作り出す方法から借用する。
漸く考えがまとまってきたので、早速実験を開始しよう。
魂を分ける部分は流石に実験しておきたいしな。
まぁ、魔族三人衆の言葉が真実なら、俺は何をやっても失敗しないはずなので楽観的に行きましょうかね。
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