第29章 ── 第25話
アースラは現実世界とティエルローゼを繋ぐリンクを利用して妻子をこちらの世界に呼んで欲しいという。
「言ってる事が解ってるんだろうな?」
「理解はしているつもりだ……」
いや、多分これは解ってない。
「俺はそれが意味する事が解っているのかと言ってるんだ」
「ああ、あっちの世界で妻と娘が死なねばならんって事は解っている」
「違う。
それに俺が手を貸すって事は、受け継いだ力でアースラの家族を俺が殺すって意味だ」
「え…………?」
あのシステムは、ドーンヴァースのシステムによって魂の色を判別する。
これはハイヤーヴェルと同質の魂を選別する為のものだ。
そしてドーンヴァースに組み込まれた魂を抜くプログラムによって肉体から魂を抜き取り、アバターであるプレイヤーキャラクターに魂を定着させる。
魂の選別については、ドーンヴァースのデザイン、システム設計、プログラムを一人でこなしていた住良木が意図せずに作りだした代物だが、彼がハイヤーヴェルの子孫だった為にプレイヤーを転生させる下地となった。
ハイヤーヴェルは、この仕組みを自分の権能を上手く組み込む事で転生機能完成させたというワケだ。
さて、魂を抜き取られれば現実世界の人間は死ぬ。
それを意図して実行するのなら、俺は確実に殺人を犯している事になる。
転生に失敗したらマジでただの人殺しだ。
血しぶきが飛ぶような凄惨な感じにはならないけど、あまり気持ちのいい事じゃない。
「転生に失敗したら取り返しはつかないんだぞ?」
「お前なら可能だろう?」
俺は渋面を作って腕を組んだ。
そんな簡単な問題じゃない。
先程も言ったようにドーンヴァースからティエルローゼに人を転生するシステムは確立しているのだが、これは俺たちハイヤーヴェルの子孫に限定したシステムなのだ。
ハイヤーヴェルの子孫だからというより、ハイヤーヴェルが用意したシステムに耐えられるのが俺たちのように彼に魂の色が似ている事が条件と言ってもいいだろう。
創造神の子孫以外に転生してきた事例がないのはそういう理由でもあるだろう。
それを全く魂の色の違う他人にやったらどうなるのか……
ドーンヴァース内のシステムの手直し、組み込んであるハイヤーヴェルの権能を微調整……
やらなければならない事やリスクが脳裏に次々に浮かぶ。
いくら考えてもデメリットがメリットを超えない。
失敗確率が高すぎるのだから仕方がない。
「本来なら、こういう事は実験ありきの話なんだぞ?」
人命に関わる話なので実験するのは当然だ。
しかし「実験する」という事は、現実世界の側にも準備してもらう必要があるし、それをアースラの奥さんにやってもらうって事になる。
実験……人間が使えないので動物を使う事になるんだが……
動物用のVRギアなど現実世界にはない。
そもそもドーンヴァースは人間用なので動物でダイブする仕様など組み込まれていない。
じゃあ人間で実験か?
冗談じゃない。
大量殺人を是とするような計画に加担するつもりは毛頭ない。
俺がブツブツ言っているのをアースラが顔を青くして聞いている。
「す、すまん……
ケントなら何でも解決できるんじゃないかと幻想を抱いていた……」
「確かに創造神の力は受け継いだ。
だからって、俺が万能とか思われると困るな」
そもそも、魂の色に関わらずに転送させるように作り変えたら、ドーンヴァース中のプレイヤーが一度に転生して来るなんてこともありえる。
強力なプレイヤーが大量に転生してきたら、現在のティエルローゼがどうなるか解ったものじゃない。
確実に現実世界人にティエルローゼは制圧されるだろう。
神たちですらプレイヤーには太刀打ちできないと思う。
転生してくるプレイヤーが全て善人ならいいだろうが、そんな都合の良い話はないし、経験上では悪人の方が多いんじゃないかと思っている。
色々とハブられていたプレイヤーが言うんだから間違い無いだろ?
前にも言ったが俺は性善説は全く信用してないんだ。
「どうしても駄目か……」
アースラの落胆ぶりは相当なものだった。
膝から崩れおちて完全に脱力状態。
こんなアースラは初めて見る。
愛する妻と子供に会えないというのはそこまでの事なのだろうか……
俺の心には憐憫の情が沸き起こってくる。
十中八九失敗なんて言葉は生ぬるい。
成功率は五%もないだろう……
それでもアースラの為にやるというのか……?
アースラの訓練がなかったらアルコーンの段階で死んでいた。
その恩を返す為に自分の手を汚すってのは悪くないのではないか?
しかし、失敗したらアースラが敵に回る可能性があるのでは?
俺の中で正反対の思考が激しくぶつかり合う。
「成功する可能性は限りなく低い」
俺の言葉に顔を伏せて泣き、震えているアースラが顔を上げる。
「それでもやるか?」
「やってくれるのか……?」
「失敗したらアースラの妻も子もあっちの世界からもこっちの世界からも消える。
その覚悟はあるのか?」
「あるとは言えない……」
俺は渋面のまま世界樹の中で上を見上げる。
神の介入で落ちてくるモンスターはいなくなったが、頭上の横穴からはまだ顔を覗かせるヤツらが多数いる。
神への畏れと興味、色々な感情が表情に浮かんでいる。
「はぁああぁぁぁぁぁぁぁ……」
俺は盛大に溜息を吐く。
「仕方ねぇ……以前考えてた計画を前倒しにするしかねぇな」
「計画?」
「上手くいくとも思えない、突飛な考えだが……
上手く行けば、人をこっちに連れてくるなんて事もできるかもしれないな」
「まさか、扉を開くつもりじゃないだろうな?」
「似たような気もするが、全く違う」
そもそも、これは日本人独特の考えだし、上手くいくのかマジで判らないものだ。
「
「は? 何だそれは?」
「知らないか? アースラは日本人だよな?」
「現実世界では外国住みの日本人だったよ」
「分霊とも言うんだっけ?
神社を分社する時とかに使われる手法だな」
神様の霊を分けて祀る方法だ。
これができるから日本の色々なところに同じ神様の神社が乱立することになるワケだね。
ビバ神道!
「それをするのと妻と娘を転生させるのに何の関係が?」
まあ、解らんよな。
「あっちに俺を分霊して第二の俺を存在させれば、俺とそいつで繋がりを作れる。
全く同じ人間が二人、別々の世界にいる事になるわけだな。
しかも、どっちもハイヤーヴェルの魂を受け継いでいるという寸法だ。
それに思考もリンクできると俺は踏んでいるので、あっちで色々させればお前の妻子を転生させる事も可能なんじゃないかな?
なにせ創造神の後継が二人になるんだからな」
そうすれば、あっちの世界で放置されたままの俺の死体とかを処分できるし。
色々と安心である。
もちろん危険性はある。
分霊体と俺の思考がリンクしない場合、コントロールが全く利かない創造神の後継が現実世界に解き放たれる。
俺の分霊体なんだから無碍な事はしないと思いたいが、腹黒の俺の事だし神の力を行使して恨んでいるヤツを殺し周ったりするんじゃないかと……
ま、考えるより産むが易しとも言うし、やってみたら思いの外上手く行くかもしれない。
「まあ、やってみなければ解らんが」
「それをするとお前があっちに再転生って事になるんだろう?」
「そうだな」
「こっちのお前はどうなるんだ?」
「だから分霊だって言ってるじゃないか。
魂を分けるんだからな」
「弱体化したりしないか?」
まあ、そういう可能性もあるな。
やってみなければマジで解らん。
「まずは自分でリスクを被ってみなくちゃな」
俺がそういうとアースラ目を伏せた。
「そんな危険なことはさせられん」
「アースラ、お前が頼んできた事だろうが」
俺は「ふひひ」と少しいやらしい笑いを漏らしてしまう。
「ようやくティエルローゼには創造神が戻ってきた。
それをぶち壊す事になっては、神界の神々はきっと俺を許さないだろう」
「その覚悟もなく奥さんと子供さんを呼ぼうとしてたのか?」
アースラが泣きそうな顔になる。
「ドーンヴァースに妻と子供が来るようになった。
俺はあのダイブ・システムを使わせてもらって妻たちと面会を繰り返した」
知ってた。
工房への出入りが頻繁だったとエマから報告は受けていた。
時々他の神々を同伴してVRギアを使う事もあったとか。
大方、奥さんをこちらに召喚できるか色々試していたんだろう。
プレイヤー権限では難しいが、神の権能を以てすれば可能かもといろいろ試していたんじゃないだろうか。
まあ、試して無理だったので、それを可能にできそうな俺に頼んできたって事なんだろうが。
「リスクは承知の上だろう?
それはアースラも妻子の命を掛けるんだから一緒だぞ?」
「しかし……」
「御霊分けが上手くいけば、その妻子の命への危険が圧倒的に低くなるんだ」
「だが、お前の命が危険に晒される!! この世界の神として看過できん!!」
やれやれ、ワガママな奴だな。
「んじゃ、奥さんと娘さんを転生させるのは諦めろ。
とても成功させる自信がない」
そういうとアースラは顔をくしゃくしゃにして項垂れた。
ま、そう落ち込むな。
ちょっとワクワクしてきたんで、御霊分け計画実行しようと思います。
俺がいつかやろうとしていた計画が前倒しになるだけだしな。
「今日はもう帰れ。
ここの事態を収集したら俺たちも一度トリエンに戻る」
俺はアースラの肩をポンと叩いて仲間たちの方へと行く。
後ろではアースラの帰還の光柱が立ち上がった。
旅がまた中断されてしまうが、それはそれで仕方ない。
俺にとってはこの実験も冒険の一つだ。
仲間を伴えないのが痛いところだがね。
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