第29章 ── 第23話

 俺が上の方を見ているうちに仲間たちが砕けた鱗とか切り落とした尻尾などを回収して俺のところに持ってくる。


「ケント、ちゃんと保存しておくのじゃ」


 マリスが爽やかな笑顔で言う。


「これ、マリスの身内のヤツだけどいいのか?」

「構わぬ。弱者は強者に搾取されるのが道理じゃ。

 負けた父上、兄者、おじじの不甲斐なさの証拠じゃ」


 マリスは自分の一族がトップではないにしろ強者の一角を占める存在だと思っていたようだが、今回の事で世界樹上層に住む氏族に自分の一族が蔑まれていたのではないかと疑問が湧いてしまった。

 実際、俺らのパーティで簡単に蹴散らされている段階で、疑問は確信に変わったようだけどな。

 そんな不甲斐ない父親や祖父に失望しているようだね。


「ああ、了解した。仕舞っておくよ」


 俺は仲間が集めてくるドラゴン素材をどんどんインベントリ・バッグに仕舞っていく。


 全て回収し終わった頃、頭上が気になってふと見上げる。

 案の定、何かが複数落ちてきた。

 いや、降りてきた。


 青色の身体に大きな翼、明らかにドラゴンだ。


──ドシシーン!


 三匹の巨大なブルー・ドラゴンだったが、ニズヘルグや先のバハムートやドライグと違い体躯がほっそりしていて東アジア圏の龍に少し似ているなと思った。


「わはは、其方らの戦いしかと見せてもらったぞ。今代の勇者たちよ!」


 なんだか、真打ち登場的な現れ方に俺は厨二病臭を敏感に感じ取った。


「ふっ、その魔王然とした登場……貴様がラスボスか!?」


 つい、立板に水といおうか、ああ言えばこう言う、あるいは打てば響くように応じてしまう俺も厨二病。


「いや……それは」


 青いドラゴンは一瞬否定仕掛けたが言葉が途切れた。


「いや! いかにも!

 我らこそが世界樹を守る青竜が一族なり!」


 ノリはいいらしい。

 自分で仕掛けた以上、そのノリを自から壊すことは恥だと感じたのかもしれない。


「青竜だと?

 そうか、お前の一族が竜王国建国のドラゴンか!」


 俺がそう指摘するとドラゴンの眉間にシワが寄るのが見えた。


「その者と我ら三姫衆一緒にしてもらっては困るのじゃ。

 人などに悪戯に関わるなど、ヤツは我が一族の面汚しの変わり者よ」


 どうやら、フソウ建国の立役者セイリュウは青竜一族では鼻つまみ者扱いだったらしい。

 さっきの名乗りからこの三匹は雌らしいし、どこの古代竜も雌の方が権力が強いのかもしれない。

 ティエルローゼでは長寿種にこの傾向が多い。

 エルフもそうだしフェアリーも女王だったな。


 それに比較して人族やドワーフ、獣人族なんかは男社会だなぁ。

 短命種だからかね?


「それで……そのお偉い青竜様がやられに来たと」

「言いよる。たかがニーズヘッグの一角を崩した程度で驕るとは」


 その言葉にマリスの目がギラリと光った。


「その言葉、そっくりお返しするのじゃ。

 ニーズヘッグ氏族をと抜かしたな?」


 ギラリギラリと赤く光る目は、俺が見ても背筋がゾクリと寒くなるほどの殺気を孕んでいる。


「我の一族を舐めて掛かると痛い目を見る事を教えてやるのじゃ」


 そしてマリスの頭が俺の方へグルリと回る。


「ケント、さすがの我も一人で青竜一族を三匹も相手にするのは骨が折れるのじゃ。

 我に力を貸してくれるかや?」

「当然だろう? 俺たちは仲間だからな」


 俺がにニヤリと笑うと、マリスがいつもの太陽のような笑顔でニッコリと笑った。


「そうと決まれば、もう一戦だ! 戦闘態勢!!」


 俺たちの会話を聞いていたトリシアが仲間たちに号令を掛ける。


「であれば、私たちも加勢いたしましょう」

「然り。我らも主の下僕なれば」

「妾たちは主様の盾ですので」


 魔族三人衆が次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールドの中にスッと入ってくる。


「あ! 待ちなさいよ! 私も頃合いを見計らっていたのに!!」


 エマまで転がるように入ってくるのには驚いた。

 レベル六八程度だと瞬殺されかねないのだ。


「私の友人のご家族に舐めた口聞くヤツは例え古代竜としたって許さないわ!」

「エマ、ありがとうなのじゃ」

「べ、べつに貴女の為ってだけじゃないんだからね!」


 マリスが太陽のような笑顔でエマに振り返ると、エマは顔を真っ赤にしてプィッと横を向いて憎まれ口を叩く。


 久々のツンデレ頂きました。ありがとうございます。


 一瞬、ニヤニヤが止まらなくなりそうになったけど、俺は気を取り直して三姫衆とか名乗る青竜たちのレベルを調べてみる。

 先頭にいるのが八八で後ろの二匹は八四だ。


 何だよ……ヤヌスよりもセリソリア母さんよりレベル低いじゃねぇか。

 それであれだけ偉そうにしてんのか?

 姫って付けてるくらいだから族長ってワケじゃないよな?

 だとすると一族の地位を笠に着ているってヤツかもしれんな。

 マリスとは雲泥の差ってヤツです。


 マリスも同じ姫扱いされていたけど、彼女は好奇心もあったとはいえ、外界という厳しい世界に飛び出した向上心の塊だ。

 それもレベルが低い人の姿に変化へんげしてだ。


 古代竜だとしても、自分の一族の庇護の元でのうのうと暮らしていた雌ドラゴンなどにマリスが負けるわけがない。

 まあ、数の暴力ってのがあるから、俺が手を貸すのも反則ではないよな。


「アナベル。防御、耐性系魔法をエマに集中して掛けておいてくれ」

「任せておきな。エマは死なせやしないよ」


 俺が指示を出す前にトリシアがやってくれる。

 やはりトリシア姉さんは頼りになるわ。


「よし……こっちも準備完了だな。

 んじゃ、やりますかね駒鳥三姉妹?」


 俺は古代竜三匹にニヤリと笑いながら顔を戻す。


 バカにされていると感じたのか、先頭の一匹がクワッと口を開けた瞬間に電撃のブレスを俺たちに吐き出した。


 バリバリと嫌な音を立てながら稲光が走る。

 金属製鎧などを着ていると一瞬で避雷針的に雷撃が襲ってきそうなのだが、青竜の吐く電撃ブレスはそういう事もなく、一直線に飛ぶだけだった。


 流石にそんな形状の攻撃では、俺たちを捉えることはできない。

 エマですら簡単避けられている。


「あ、危ないわね! 加足ヘイストの魔法を掛けてなかったらヤバかったわよ」


 ああ、魔法使ってたのね。

 ちなみに加足ヘイストの魔法は行使レベル分だけ自分の敏捷度を上げる効果がある。


 レベル一〇で行使すると一〇倍ね。

 レベル一で行使したら無意味って思われがちなのでドーンヴァースでは初心者が取らない魔法ではあるが、レベル一を使っておくと鈍足スロウ効果のデバフを食らいずらくなるって効果があるので本来は無意味ではない。

 要は使いようって事だ。

 ちなみに無属性なので俺も覚えている。


 自慢のブレスが誰にも当たらない為、先頭の青竜が一瞬呆然とした隙をマリスは見逃さなかった。


「スィフト・ステップ!! 伸びよ! 刃!!」


 電撃よりも早くマリスが突っ込んでいく。


「ファイナル・スラッシュ!!」


 小剣ショート・ソードから伸びる光の刃が先頭の青竜を捉えた。


 俺としては光る刃よりも赤く光るマリスの目の方が怖いです。


 迫るマリスの殺気に青竜は無意識に首を引っ込めた。

 それが功を奏したと言えようか。

 マリスの攻撃は、青竜の首があった場所を鋭く切りつけた。


「ちっ……外したのじゃ。運の良いヤツめ」

「「姉さま!?」」


 一瞬の出来事だったが、その光景を後ろから一部始終みていた二匹の青竜が同時に声を張り上げた。


 だが、完全に外れた訳ではなかった。

 青竜の立派な二本の角の一本がボトリと地面に落ちたのだ。


「お、竜素材新しくゲット」


 俺の嬉しそうな声にハリスの分身が影から出てきて角を回収して、すぐに影に沈んでいく。


 角を切られた青竜はというと自分の頭の上で感じた軽い衝撃を気にしてか、短い腕を頭部に伸ばしている。


「あれ?」


 姉さまと呼ばれた古代竜は角が切られた部分を撫で回して頭の上にハテナマークを出している。


 影から現れたハリスが五〇センチもある巨大な角を俺に渡してきた。

 俺は溜め息交じりに姉さま青竜に声を掛ける。


「捜し物はコレかい?」


 俺の言葉に姉さま青竜が俺の方に黄色い目を向ける。

 そして角の切られた部分を撫で回しながら、俺の手の彼女の角をジッと見ている。


 数秒後……


「あああ!!! それ!!! 我の角!!!!????」

「その通り」


 俺はニヤリと笑う。

 マリスも小剣ショート・ソードを肩に担いで不敵に笑う。


「今頃気づくとは、随分と呑気さんじゃのう。

 もっとも、運良く避けられたからいいのじゃが、そうじゃなければ首を撥ねていたところじゃがな」


 不殺ルールは先程のアガリス・ヤヌス・ゲーリア戦でのルールであり、今回の戦闘にそのルールは適用されない。


 そう宣言したワケではないけど、マリスが殺す気で攻撃したのは明白なのでそういう事にする。

 俺たちの承諾なしに攻撃を仕掛けてきたんだから、当然ルールの決定権は俺たちにある。

 なので文句を言わせるつもりはない。


 三匹分の古代竜素材は色々な用途に使えそうだし、全殺しで問題ないよね?

 いや……待てよ?

 そこまでしちゃうと世界樹に住むドラゴンたちからのマリスの家族への風当たりが強くなりそうだな……


 やはりここは不殺でやるしかないのか……

 少し残念だ。


「マリス、不殺で行け」

「何故じゃ! 我の一族を蔑んだのじゃぞ!?

 許してはおけぬ!!」

「いや、その一族の為だ」


 俺がそういうと、マリスは「むむむ」と唸った。


「我にはケントの深い考えは解らぬ……

 じゃが、ケントの考えに間違いはなかろうしのう……

 よい。今回はケントに免じて不殺を貫こうぞ」


 マリスは渋々ながら俺の指示に従ってくれた。


「だが、殺さぬ程度に素材は剥ぎ取る。

 それなら問題はないだろ?」


 そう俺が付け足すとマリスの目が再びキラリと輝く。


「それは死ぬよりもっと屈辱じゃのう。

 ケントも人が悪いのじゃ。

 落として上げるって例の手法じゃよな?」


 情報操作について色々教えた事があるんだが、その一節をマリスは覚えていたらしい。

 ま、俺の浅知恵なんだが、下げてから上げる方が効果的な事例が時々あるので、そういうテクニックの事を言っているんだよ。


 ま、マリスが意気揚々とした雰囲気を取り戻したので良しとしよう。


 さて、殺しはしないが……

 この三匹にはアガリスたちから取りっぱぐれたドラゴン素材をたんまりと置いていってもらうとしましょうかね?

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