第29章 ── 第20話

 次の日、俺は清々しい気持ちで目が覚めた。

 インベントリ・バッグに収まっているコバルト・インゴットのおかげである。


 この金属があれば、自分の装備も含めて仲間たちの装備もパワーアップが可能となる。

 できればオリハルコン装備に混ぜ込みたいところだが、オリハルコンは神の金属なので異物の混入を許さない気がする。

 まあ、神の金属をさらなるパワーアップというのは相当な反則装備になりそうなのでやるつもりはないが。


 強力な武器や防具は自分たちが使っている分には申し分ないが、敵方に奪われたりした場合、最悪の事態を招きかねない。

 鹵獲武器の使用ってのは現実世界にもままある状況だからだ。

 だから武具の性能はそこそこで、使用者の技量が凄いってのが理想形なんだよ。


 その点コバルトは性能が使用者のレベルで変化するのがイイね。

 レベルに合った武器性能ってのは、使用者にとってもありがたい。

 レベルに合わないような凄い性能だったり、逆に弱すぎたりすると使っている者に違和感を与えることになる。


 やはり使用感ってのは俺的には一番重要だと思うのよ。

 長く愛用される製品を作り上げるってのは職人の喜びですからな。



 などとニヤニヤしているとトリシアが怪訝な顔をしている。


「何をヘラヘラしているんだ?

 古代竜の巣でそんな顔をしていられるのは、ケントくらいなものだろうがな」


 昨日の夕食時の打ち解けっぷりを思い出す限りそんな素振りは見せていなかったんだが、マリスの実家といえど伝説の古代竜の住処で一晩過ごすというのは相当なプレッシャーだったらしい。


 まあ、そういう危機感の無さってのは日本人特有ともいえるかもしれないな。

 一度信じてしまうと疑うことを完全に忘れるってのは悪い癖だよね。

 冒険者という立場としては完全に間違っている性質だし直したいところだ。


 だが、インゴットの事を考えると顔の筋肉が緩むのも仕方ない事だよ。


「ああ、ちょっと良いモノを手に入れたんでね。

 みんなの装備改造計画を練っているところだ」


 俺がそういうと周囲の仲間の目がキラリと輝く。


「ケントさんがああ言い出したということは……

 凄い装備がまた作られるってことなのです!」


 アナベルが期待に胸を揺らせまくる。


「今度はどんなトンデモ兵器を作るつもりかしら……」

「前回はワイバーンを一撃で殺すヤツじゃったが?」


 エマが人差し指を顎にやって思案しはじめ、相槌を打つマリスが例の携帯型地対空誘導弾をトンデモ兵器に分類しやがった。


「期待……しよう……」

「せめてドラゴンの鱗を簡単に貫ける程度の威力は欲しいところだな」


 ハリスの期待が凄い重い気がするが、トリシアの方の希望は考慮しないといけない事案ではある。

 単純に弾丸を重くするだけで威力は上がるのだが、弾丸を重量のあるアダマンチウムにした場合、弾丸の発射機構が力不足になると思われる。

 魔導発射機構の強化も含めた改造が必要なのだ。


「そこは考えておく」


 思案顔で請け負うとトリシアがようやくニヤリといつもの笑みを見せた。



 鼻歌交じりに朝食を用意する。

 本日は和風で行ってみましょうか。


 とはいっても明らかに朝食のメニューではないところが俺クオリティ。


 マリスの好物の筆頭の天ぷらを中核に鮭の塩焼き、厚焼き玉子、味噌汁、蓮根と人参と鶏肉の筑前煮、茶碗蒸し、たけのこの炊き込みご飯。


 鼻歌交じりだが、とんでもないスピードで準備を進める俺の聞き耳スキルが小声で喋る会話を拾ってくる。


「今日は何の日じゃ……?」

「何の日って何よ……?」

「ほら……人族は何か記念になる日にご馳走を作るのじゃろ……?」

「ああ……そうゆうヤツね……私は知らないわよ……?」

「俺も……知らない……」


 マリスとエマとハリスらしいが、ハリスはいつも通りだな。

 気にしたら負けだ。


 あえて記念日というならコバルト入手記念日だが、コボルトは一族秘伝のアイテムとして俺に託してくれたんだし、みんなにも秘密だ。


 仲間たちは朝食の準備にテーブルや椅子を並べ始める。

 仲間たちに混じってセリソリアやアガリス、ヤヌス、ゲーリアがいるのは想定の範囲内だ。

 俺の料理に魅了されたのは昨日の夕食で解っていたし、俺が料理を作れば食べに来る事は予想できる。

 だから、この量だったワケだ。

 俺って策士だね!


 ティエルローゼ自体の料理文化がトホホなレベルなので、古代竜が料理というものを全く知らなかったのは仕方ない。


 実際、オーファンラントやブレンダ帝国、竜王国など、俺が滞在した国では教えたレシピ等で使う食材や香辛料、調味料の流通が活発化し始めて停滞気味だった経済が動き出していると各地の知り合いから集めたデータから読み取れる。

 食文化というモノは世界の経済を動かすほどのエネルギーを持ち合わせているのである。

 現実世界でも胡椒が黄金と同じ価値を持っていた時代があるのを知っている者は多いはずだ。


 その流通を支えるのが街道や海路を使った貿易だ。

 今、大陸東と中央南部を繋ぐ街道が急ピッチで整備されるるある。

 街道整備が完全に終わっていないというのにルクセイド方面から商人の流入が増えているという。


 海路を使った輸送船団も活発に行き来を始めている。

 西の人魚たちや海の守護者であるテレジア女史に海の安全を約束されたのが大きい。

 大型魔獣の脅威は残っているものの、以前とは比べ物にならない安全な航海ができるようになっているはずだ。


 俺が思い描く巨大経済圏構想がだんだんと形作られていっている感じだね。



 朝食の準備が終わって

 仲間たちも古代竜もテーブルに付いた。

 もちろんコボルト用の料理のお裾分けもしてあるよ。


 パチンという音がしたのでそっちを見てみると、ヤヌスの右手をマリスが強かに平手打ちした音だった。


 マリスも行儀良くなったものである。

 頂きますをする前に手を出してはならない事をしっかり覚えているという事だしね。


「それじゃ、頂きましょう」

「「「頂きます!!!」」」


 大合唱に古代竜たちがビックリした顔をしているが、仲間たちが一斉に料理に手を付けているのを見て慌てて自分たちも食べ始める。


「な、なんだこれは……」

「美味すぎる!」

「凄い事です! 味と味の融合でしょうか!」

「いえ、これは属性同士を結びつける接続子コネクタセンテンスと同等でしょう。まさに芸術です!」


 昨日は焼肉パーティだったので大味な味付けだったが、今日は日本食なので繊細な味にこだわっています。

 古代竜にもこの味が解っていただけたようで何よりです。


 こういった俺料理を振る舞うのも、古代竜はあまり興味を持っていない人間たちと良い橋渡しになるかもしれないと思っているからだ。


 基本的に古代竜と人類種に交渉はない事になっている。

 竜と関係が深いと聞いていたフソウ竜王国でさえ、古代竜との接触は今の時代では完全に絶たれている。

 トラリア王国が唯一ヤマタノオロチと繋がりがある国だったのだが、その関係も風前の灯だった。


 ここに来て、実は魔族がちょっかいを掛けていたらしいとヤヌスの言葉から解ったので、奴らの陰謀だった可能性は否定できなくなった。


 離反工作。

 アルコーンなら考えそうな手である。


 人類種をはじめとした他の生物は、古代竜が守護者ではなく破壊の権化であり恐怖の象徴として刷り込まている。


 古代竜も他の生物がそれを望んでいるからと住処にそれを演出する広間まで儲けているのだから離反工作は実際上手く行っていたという事だ。


 話してみれば古代竜は結構良いやつが多いし話も通じる。

 もちろん全部がそうではないと思うが、俺が出会った奴らはみんなそうだ。

 血の気が多いのと酒癖が悪いのが玉にキズだけどね。


 それにしてもアルコーンは相当優秀だったんだなぁ。

 人類種はヤツの策謀にきっちりハメられてたし、どこに行ってもヤツの計画通りに事態が動いていた形跡がある。

 一番最初に討伐できて幸いだったと思う。

 カリス四天王「智」の体現者は伊達じゃなかったのだろう。


 そんな存在を味方に引き入れられなかったのは勿体なかったかも。

 軍師とか参謀ってのがいると色々楽できそうだしねぇ。


 うーむ、「いかん! 孔明の罠だ!」とか敵に叫ばせたい厨二病な俺がいる。

 え? 俺がそうなればいいって?

 冗談言うな。

 そんな存在になる為に、どれだけの情報インテリジェンスをモノにしなければならないと思うのか。

 俺程度でなれるわけないだろ。


 傍から見て孔明の手腕は既に魔法。

 目からビームが出るレベルである。

 某ゲームでは実際に出てたし。


 まあ、今の俺なら魔法使えるから出来ない事もないんだけどね。

 え? うん、目からビームね。

 憧れではあるんだけど、使い所が難しいんだよね。

 ほら、ビーム出してる最中は眩しくて周囲が見えないじゃん?


 いかん。こんな事を口走ると何度も実験を重ねたことばバレてしまう。

 君たちは聞かなかったことにしてくれたまえ。

 って、誰に言っているんだ俺は。


 つい、頭の中の観客に言い訳をかましてしまう厨二病っぷりに少々顔を赤らめてしまう。


 食事後、ゲーリアに分けてもらった美味いお茶を仲間たちにも振る舞ってマッタリタイムを楽しんでいると、アガリスが昨日とは打って変わってフレンドリーに話しかけてきた。

 餌付け成功である。


「ケント殿、今日は暇であるかな?」

「まあ、急ぎの用事はないけど……」

「できればでいいのだが、是非手合わせをしてくれないだろうか」

「手合わせ?」


 出た。バトルジャンキーなドラゴン思考。


「娘がどの程度の実力を持った者と旅しているのか知りたいというのもある。

 お仲間ですら義父を打ち負かす実力だし、ケント殿が相当な腕の持ち主なのは見当が付いている。

 ただ、それでもこの身体で体験しておかないと不安は拭えないと申し上げておきたい」


 言い分は解った。

 噂に聞く親心ってやつなのだろう。


「合点承知のスケじゃ!」


 俺が返事をする前にマリスが返事をした。


「その代わりと言ってはなんじゃが、ガーディアン・オブ・オーダー全員でお相手して進ぜようぞ」


 仲間たちに目をやるとマリスの言葉に目を輝かせながらニヤリと笑いやがった。

 君たちもやる気満々ですか。


 うーむ……

 仕方ない。

 ここは「やる」一択ですかねぇ。


 現役の古代竜相手にどこまで行けるか解りませんがやってみますかねぇ。


 マリスが宣言した以上、ガーディアン・オブ・オーダーに登録されていない魔族三人組とエマは観戦組ですよ。

 彼らも早急に登録しておきたい気分になって来ているのは秘密です。


 一応、不殺ってルール加えていいですかね?

 人死を出されても困ってしまいますので。

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