第29章 ── 第19話
マリスは大はしゃぎしていたので、俺や他の仲間よりも早く睡魔に負けてしまった。
今ではヤヌスの膝の上でぐっすり寝ている。
アナベルやエマもマリスと一緒に騒いでいたからか早い内にテントに引っ込んでしまい、今では静かながら寝息が聞こえている。
円形の石の囲みの中の焚き火を囲みつつお茶をすする俺はセリソリアと話していた。
「改めてマリソリアを保護し、お連れ頂き感謝します」
「まあ、成り行きだったし」
「私どもが寝ている内に外に飛び出していようとは思いませんでしたし、まだ幼竜であったあの娘を保護して頂いた事に感謝しかないのです」
まあ、出会った当時の危なっかしいマリスを放っておけなかったのは事実だから保護と言えなくもないが、その後しっかりと成長してきたマリスはパーティの防御の要として十分役割を果たしている。
礼を述べられる事はない。
「その口調だと、マリスは実家に残るように聞こえるけど、残る残らないに関してはマリスの自由意志に任せるようにね」
「心得ております」
セリソリアはそういうが、やはり内心は実家に残ってもらいたいと思っていそうだね。
「僕はマリソリアは残らないと思う。
あれだけ楽しそうなマリソリアは見たことがなかったし、これからも楽しい外の生活をマリソリアが諦めるなんて考えられないよ」
ヤヌスの隣に座っているゲーリアが小さい声でそういった。
「そうかもしれん。
だが、マリソリアは跡取り娘だ。
成長したというなら、一族の将来を考えるくらいの分別はあろう」
セリソリアの隣にいるアガリスは謹厳そうな顔しつつ父親らしく厳しい意見を言う。
「我は戻らん……」
マリスがボソリと喋ったので一瞬ビックリしたが寝言だったようで、周囲の大人たちは緊張を解く。
「マリス殿は一流の
我が主を放ったまま戻ることはありますまい」
アモンの意見にアラクネイアもフラウロスも頷いた。
「ふふふ。マリス殿の忠誠心は我らに匹敵する故」
「妾もそう思います」
ヤヌスは顰めっ面になるが、マリスを起こさないよう黙ったままだ。
「貴殿はそういうが、マリスはもう当主が若竜と認定した身、ワガママを通せる歳でもないのだ」
古代竜の中のしきたりか何かなんだろうけど、それに縛られて自由に行動できないのは可愛そうではある。
マリスは基本的に自由奔放な元気っ娘なので、鹿爪顔で規則を守っているところは想像できない。
「俺はマリスの仲間としてマリスの自由意志を尊重するし、マリスが望むなら全面的にマリスに味方をする。
これは俺の仲間たち全員の総意だと思ってくれていい」
俺の言葉にハリスが頷きながらニヤリと笑う。
「その通り。
マリスの有り無しで戦術は大いに変わってしまう。
マリスは我らガーディアン・オブ・オーダーの最前衛を任せられる唯一の存在だからな」
トリシアはライフルを拭きつつ何故かしたり顔だ。
「我が一族の習わしなのだ。
跡取りを指名された若竜は成竜からの指導を受けて修行せねばならん」
アガリスは頑なに習わしについて説明する。
特にニズヘルグ一族においては、世界樹の門を守護する役目をニーズヘッグ氏族として遂行する必要があるため、古代竜と他の種族の橋渡しという役目とも考えているようである。
外交官的な感じか?
もっとも門番として侵入者を撃滅している存在なんだし、全然「外交官」してない気がするんだが、そう指摘したら怒られそうなので黙っておこうか。
俺が黙っているのを良いことにアガリスは「いわば古代竜の窓口でもあり、他の一族や氏族よりも多くのことを学ばねばならない」などと自慢げに主張している。
そんな面倒な事をマリスがやるのか?
余計イメージできなくなって来たよ。
それに繋ぎと強調してたけどセリソリアが現在の当主だし、アガリスが偉そうにするのは違う気がするが。
「その話はマリソリアが起きてからにしなさい」
セリソリアが静かにアガリスを制する。
アガリスは渋々口を閉じてお茶をすすり出す。
「夫が申し訳ありません」
「まあ、自分の子供の将来の話だし仕方ない事だよ」
苦笑しつつアガリスを擁護してやる。
アガリスが「その通り」って顔で当然のように頷いているので、もう擁護してあげない事にしよう。
「ところで門番と言っていたけど、世界樹の中ってどうなってるの?」
「世界樹は全ての古代竜の聖域です。
我ら古代竜がカリスの元から逃げ出した時、一番最初に隠れた場所がここになります」
セリソリアによれば、全古代竜の初代たちがカリスの元を逃げ出した時、木の精霊であるリサドリュアスによって世界樹の中に保護されたそうだ。
世界樹の中はこの手の巨大生物ですら悠々暮らせる広さもあるし食料もあるそうだ。
その辺りはドーンヴァースの世界樹の中と同様なのかな。
エンド・コンテンツとされたダンジョンなので、強力なモンスターだらけってイメージなんだよね。
古代竜が何匹も住んでいるそうだし強ち間違いではないだろう。
セリソリアも世界樹の中は入り組んだ構造になっていて大小様々な生き物が生活を営んでいると話しているしね。
ただ、お世話コボルトの例もあるように強い種族だけというワケでもなさそうだ。
強い種族は他の種族に隷属しようとはしないので、無駄な争いが生まれるからかもしれない。
ま、ドラゴンに逆らうとなるとそれだけ強力な能力を持った生物になるんだろうけど、一体どんな生物が生息しているのかと気にはなりますな。
その後も古代竜について色々と質問した。
セリソリアは自分が答えられる事は積極的に教えてくれる。
他の氏族や一族に関する事は全く教えてくれない。
守秘義務的なモノなんだろうと納得しておく。
もちろん、いつもマリスがどのように生活をしているのか逆に質問攻めにあったのは言うまでもない。
俺は包み隠さず教えてやったよ。
食いしん坊チームの突撃隊長とかな。
深夜も過ぎた頃にパーティはお開きになった。
古代竜は全く眠そうではなかったが、人間はそうは行かないので仕方がない。
最もマリスは人間と同じサイクルで寝たり起きたりしている。
もしかしたら慣れなのかもしれない。
寝て数時間した頃、テントの外に誰かが来たのに気配で気づいた。
気配を窺っていると「もし……もし……」と呼ぶ声が聞こえてきた。
他の仲間は寝たままなので仕方なく俺は起き出してテントを出た。
外に出てみるとコボルトが数匹跪いて待っていた。
「我が主たちのご友人にお礼を申し上げたく参上仕りました」
「お礼? 何か礼をされる事したっけ?」
「我が主たちと食事を共にする栄誉を賜りました」
ああ、アレですか。
そんなのに礼する価値があるんだろうか?
確かに人間の世界でも偉い人物との食事は栄誉ではあるか。
「ま、気にすんな。
俺は食事は全員でする主義だからね。
君たちだけ立ち働いているところで食べるなんて我慢ならなかったんだよ」
「そのような主義は聞いたことがございませんが、なんとも優しき主義でございます。
お陰様を持ちまして我らも主たちと同じ時に、同じ物を食す機会を与えられました。
大変有り難い思いをさせて頂きました。
つきまして、こちらをお納め頂きたく持参致しました」
代表者らしきコボルトが、後ろのコボルトに振り返って頷くと、何か
俺は布をつまんで持ち上げた。
そこには青緑に輝く金属のインゴットがあった。
「これは?」
俺は金属を持ち上げてしげしげと見つめる。
光沢や色はアダマンチウムに似ていなくもない。
重さはミスリル並に軽い。
「これは我らコボルトに伝わる製法で作られた金属インゴットにございます」
「ほう。コボルトにもそういう伝承製法があるのか。
なんて金属なの?」
「コバルトと伝わっています」
「なん……だと……」
コバルトの製造方法があるだと?
俺は手に持っている金属を観察してみる。
俺の知るコバルトとは色が違う。
現実世界では金属コバルトは鉄やニッケルのように銀白色だし、青いヤツは宝石みたいに半透明だったような気がする。
今手に持っている物は金属のようにメタリックな青緑色の物だ。
結晶構造でもないし、俺の知る現実世界のコバルトとは別物だと判断する。
「中々興味深い代物だな。
作り方はともかく、これは何に使える金属なんだい?」
「何にでも加工は可能でございます」
代表者のコボルトは腰から一本のナイフを取り出すと俺の前に捧げた。
俺はそのナイフを手に取って無詠唱で鑑定を行う。
『コバルト・ナイフ
コボルトの製法で作られた鉄とコバルトの合金製ナイフ。
使用者によって追加ダメージが変わる不思議な能力を持つ。
追加ダメージ:Lv×五、命中率:Lv×二』
なんとこのナイフはレベルがダメージと命中率に影響を与えるというとんでもない能力が付いていた。
「これは凄い……
鉄との合金って事は、他の金属との合金にする事で追加で能力を付けられるって事か?」
「我らの鍛冶師はそのように言っております。
秘伝の金属故、本来は門外不出なのですが、貴方様には是非お礼の品としてお渡し致したいと……」
こんなお礼なら大歓迎である。
「俺は鍛冶も得意なんでね。
有り難く頂いておくよ」
俺が嬉しそうに笑ったので、コボルトも安堵の溜め息と共に笑ったようだった。
もっとも、コボルトの笑い顔がどんなモノなのか判らないので、本当に笑っているのかは知らないよ。
ニュアンス的に笑っているんだろうと思っただけだよ。
コボルトの説明では、人間用のロングソードくらいの大きさに能力を加えるなら、爪の大きさほどのコバルト片で先ほどのナイフ程度の威力を発揮するらしい。
他にも鎧や盾などの防具にも使えるようで、その場合は防御力に影響を与える事になるらしい。
要は使いようって事だな。
これほどの能力がある金属となれば門外不出なのも納得するしかない。
それにしても、あの程度の事でこれほど貴重なモノを貰えるとは思っていなかった。
コボルトたち、マジでありがとな!
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