第29章 ── 第18話

 マリスに案内された部屋は先程までいたゲーリアの部屋よりは少し狭い空間だった。

 狭いといっても幅二〇〇メートル、奥行き一〇〇メートル、天井まで一〇〇メートル程度あるんだから、人間サイズの俺らにとって寒々しい巨大な空間である。

 お世話コボルトたちがしっかり掃除をしているらしくゴミなどもないので余計そう感じるのかもしれない。


 部屋の奥にはゲーリアの部屋にもあったように金貨の山が鎮座している。


 何億枚程度あるのか解らんけど、これ持って旅に出たら貧乏からは無縁だったんじゃないか?


 出会った頃のマリスはあまりお金を持ってなかったので、ふとそんな事を考えてしまう。

 まあ、フルプレートとか無限鞄ホールディング・バッグを最初から持ってただけでも相当お金持ちなんだが、装備を売るまでの貧困に直面しているなら冒険者には向いてないと判断するべきだろう。

 マリスは一年以上ソロで活動していたようなので結構有能な方だと思いますが。


 さて、金貨ベッド以外には、部屋の中央に俺の腰の高さくらいある岩が円形に並んでいる物体が目につく。


「あれは何だ?」


 マリスに聞くと「判らんのか?」という顔で見上げてくる。


「寒い時にあそこで火を焚くのじゃ。

 寒い日には小さき者が勝手に火をつけていく仕組みじゃ」


 仕組みなのかよ。

 コボルトは命じられてやるというより、周囲の状況を判断して命じられるよりも前に行動しているということか。


 それにしても部屋の中で火を焚いたら煙がすごいことになりそうだが……


 天井を見上げると、直径五〇センチくらいある穴が四方八方に開いていた。

 やはりあった。通気口とか換気口だろう。

 外気を取り入れにくいこの手の構造物では必須だな。


「よし、んじゃコレの横にテントを張るか」


 俺の号令で仲間たちが野営準備を開始する。

 マリスも喜々として手伝う。


「自分の部屋で野営って、中々に興奮体験な気がするのじゃ」


 まあ、部屋の中に秘密基地的な空間を作る感覚なのかもしれんな。


 みんなで野営の準備をしていると、それを見ていたコボルトが動き出し、どこからか薪の束をいくつか持ってきて俺たちのテントの横に置いていった。


 野営だと判断して薪を用意してくれるとは、こいつはかなりデキるコボルトだ。

 一家に一匹ほしいって類の奴だな。


 そういや、コボルトの原型といえば北欧に伝わる精霊の類だったっけ?

 木の実とかミルクをやると家事を手伝ってくれるなんて伝承が残ってたような。


 ティエルローゼで見るコボルトの行動と現実世界のコボルトの伝承に妙な類似点を発見して少し笑ってしまった。


「む。何か面白い事でもあったかや?」


 俺がコボルトを見て笑っているのに気付いてマリスが寄ってきた。


「いや、俺のいた世界のコボルト伝承によく似た性質だと思ってな」

「ケントの世界にも小さき者が?」

「本当にいたかは知らないけど、そういう昔話があるんだよ」

「やはり、ケントの世界とこのティエルローゼには昔から繋がりがあったのじゃろうのう」

「そうなんだろうなぁ……」


 俺たちが遠い世界に思いを馳せていると、「遊んでないで仕事しなさいよ」とエマに怒られた。

 俺とマリスは顔を見合わせて苦笑してから作業に戻った。


 野営の準備も終わり、マリスの部屋をさらに詳しく見て回る。

 マリスの部屋は俺がイメージしていた女の子の部屋とは全く違った。


 まず、可愛いものがない。

 壁紙とか家具とかが女の子の部屋はファンシーなイメージだが、そういう類のモノは一切ない。

 よく言えば素朴、はっきり言えば無骨だ。


 人形とかはあるにはあったが、大きさが五メートルもある金属製のドラゴン人形は特撮映画とかで使う大道具にしか見えない。

 ヤヌスの話にも出てきた積み木は、巨大な木材が積んである材木置場にしか見えんし。



 しばらくして、マリスから俺に夕食を作ってくれないかとお願いされた。


「我の家族にケントの絶品料理を振る舞ってやりたいのじゃ」

「俺はいいけど……」


 今まで出会ってきた古代竜っていうとマリスを筆頭に肉料理が大好きってイメージなんだけど、今回も肉料理で良いのだろうか?


「ご家族は何が好きなんだ?」

「おじじは牛じゃな。兄者は豚じゃ」

「いや、そういう好きじゃなく……いや、何でも無い」


 料理の好みを聞きたかったが、ベヒモスの言葉を思い出した。


 ドラゴンは料理はしないし丸呑みなんだっけ……?


 それに考えてみればマリスは天ぷらが俺の料理の中で一番気に入っているみたいだし、献立に悩む必要はないかもしれない。


 一応、肉の種類として好き嫌いはあるみたいなので考慮しよう。

 ヤヌスとセリソリアは牛、アガリスとゲーリアは豚が好みらしい。

 マリスは今までの旅の様子を思い出すと牛の方が食いつきが良いので牛が好きなんだろう。

 一応、羊やヤギ、鶏肉なども気分によって食べるそうなので、嫌いというワケでもなさそうだ。


 となると、焼肉パーティにしたら喜ばれるかもしれない。

 色々な種類の肉を自分のペースで食べられるバイキング形式なら文句も出ないだろう。

 もちろんステーキなども用意しておこうか。


 マリスのリクエストなので腕にりを掛けて肉の味付けを頑張ろう。

 サラダなどもいくつかの種類を用意し、キサリスのシャーベットやアイスクリームもデザートとして準備した。


 テーブルを並べて味付けされた各種生肉が並べる中、チラリと見ると部屋の入り口の巨大な扉が少し開いていて、串団子のように上からヤヌス、セリソリア、アガリス、ゲーリアの順で顔が覗いていた。

 マリスが心配なんだろうけど、漫画みたいな様子の窺い方に吹き出しそうになった。

 お世話係のコボルトたちが、主たちの間抜けな姿に「不味いモノを見た」という感じでチラチラ見ながらもコボルト専用の小さい扉を通っていく姿に更に笑いがこみ上げる。


 古代竜にコッソリと隠れるように覗くという意識はないんだろうな。

 生物中最強なので人生で隠れなければならない事もあまりないだろうしなぁ。

 マリスも声がでかいし隠密行動には向いてないもんなぁ。

 古代竜の使う隠遁術は見事なモノだが、あれは原初魔法の一種らしいので別モノらしいんだけど。


 二時間ほど掛けて下ごしらえが終わったところで、マリスが覗き込んでいる家族を部屋に迎え入れた。


「おじじ! 兄者に父上、母上!

 ケントが料理を用意してくれたのじゃ!

 さっさと入ってくると良いのじゃぞ!」


 声をかけられてビクッとする四人。

 自分たちは上手く隠れられていると思っていたらしい。


 いや、そんなステルス技術では足に矢を受けた番兵の目すら誤魔化せんぞ。


 見つかってしまったと頭を掻いて入ってきた四匹を俺たちは出迎えた。


「今日は立ち食いパーティ的な感じで食事を楽しんでもらいますよ。

 みんなも教えてやってくれ」


 俺は仲間たちに焼肉のやり方を教えるように指示を出す。

 アナベルとマリスはセリソリアに、エマとフラウロスがゲーリアに、アモンとアラクネイアがヤヌス、トリシアとハリスがアガリスに付いて食べ方を教え始める。


 俺は小さいテーブルをいくつか用意し、小さめに切った肉を他のテーブルと同じように並べる。

 こっちは俺たちの食べるところとは違って、壁の近くに並べた。

 準備が終わったところで、壁の隅を通るコボルトに話し掛けた。


「君たちも俺の料理を食べていってくれよ」


 話しかけたら、コボルトが明らかに驚いた表情を浮かべた。

 そして不安そうに周囲を見回し、他の通り過ぎるコボルトに視線を向けている。


「いや、君だけじゃなくて、君たち全員だよ。

 仕事もあるだろうから、手が空いた時に食べに来るようにすればいいよ」


 俺が優しくそう話すと、意を決したようにコボルトが口を利いた。


「主様のご友人の方、我々の言葉を話せるんですね?」


 明らかに人の言葉ではないが、俺にはそうに聞こえた。

 神々の権能の一つなので今では驚きもしないが、やはりこの能力は便利だね。


「ああ、君たちでも解る言葉で話しているんだよ。

 もちろん、君たちの言葉もちゃんと理解できるよ」

「主様たちと同じ物を食する機会を下賜いただけるとは望外の喜びでございます。

 仲間たちにもそのようにお伝えいたします」


 深々とコボルトが頭を下げてくる。


「俺にはそこまで畏まらなくてもいいよ」

「そういう訳には参りませんので……それでは、失礼させていただきます」


 コボルトはそそくさと他のコボルトたちに紛れて部屋の外に出ていってしまった。


 仕方ないので、マリスの号令で既に始まってしまったパーティに戻った。


「ヤヌスとやら。生で食べてはなりませんよ」


 アラクネイアに注意されてカチンと固まるヤヌス。

 その横でアモンが鼻で笑っている。


「そうだ。私はドライグの者と戦い片腕を食いちぎられた」

「ほう。では私たちとも一度手合わせはどうだろう?」


 アダマンタイトの義手をグイッと見せつけるトリシアに興味深そうな顔で焼肉を頬張るアガリス。

 無意識に影に隠れているハリスはいつも通りだ。


「でじゃ、ケントは颯爽と現れてヒエンザ~ン!とダイアウルフを真っ二つじゃ!」


 食べるのが第一のはずのマリスはセリソリアに俺と出会った時の出来事を得意げに話している。

 アナベルは食い気だけで行動しているので割愛する。


「ということは、貴女の弟君が開発したという事なんですね?」

「そうよ? 錬金術の腕は大陸一かも知れないわね」

「エマ殿の弟フィル殿は、トリエン経済の重要人物だと我が主も申しておりましたな」


 エマとゲーリアは錬金術関連の話で盛り上がっているようだ。

 フラウロスはエマの隣で相槌を打つ係っぽいな。


 俺も追加肉の準備をしつつ焼いて食べる。

 食べてみると少し肉の漬け込みが足りないので、時間属性の魔法で漬け込み時間の調整をしておく。

 こういう時に魔法は便利だ。


 ふと見ると、壁際に置いた炭火のグリルにはコボルトが一人付いていて火の番をしており、少人数のグループに分かれて焼肉を食べに来るコボルトのグループをさばいている。


 また、声を掛けようかと思ったが、あちらはあちらの秩序の中で運営できているようなのであえて放っておくとしようか。

 主と同じ席で食事をするというのは、外の人間社会においてもあり得ない事なので、マリスの友人枠の俺が気軽に接してきても、コボルトも困るだろうしな。


 俺はその後もアチラのテーブルの上の肉の量を気にしつつ、少なくなってきたら補充してやりながら食事を続けた。


 途中からトリシア秘蔵の酒が投入された為、古代竜たちのテンションが上がった。

 トリシアの無限鞄ホールディング・バッグの中には妖精族御用達の酒「フェアリーテイル」や喉越しまろやかなワイン「森の雫」が何本も入っているのだ。


 こうなると俺のインベントリ・バッグも火を吹くことになる。

 ブレンダ帝国で手に入れたバーボン、オーファンラントの樽ワイン、フソウの日本酒なども振る舞った。


 知り合いの古代竜も酒好きばかりだが、マリスの家族も相当な酒好きだった。


 出した酒は片っ端から飲まれてしまう。

 ウワバミとはよく言ったものである。


 で、酒に酔ったヤヌスが、俺に恨み節の絡み酒を仕掛けてきたのである。

 酒の席なので無礼講って事にしたが、二時間も付き合うとうんざりしてきた。

 肉の補充を理由にして席を立った。


 マリスが可愛いのは解ったが、俺が彼女に「興味はないので安心しろ」とか返事すると怒り出す精神性は理解できません。

 まあ、マリスの大人バージョンなら興味の塊になりそうではあるんですがね。


 とにかく、マリスの家族との食事会は成功に終わったと言って良いだろう。

 肉のストックが半分吹っ飛んだとだけ言っておこうか……

 後で補充しておかなくちゃね。

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