第29章 ── 第17話
ニズヘルグ一族の者は、俺や仲間たちが只者ではない事にようやく気がついた。
そこに跡取り娘のマリスが参加している事に不安を覚えつつも、それはニーズヘッグ氏族内での立場の改善に繋がるとも考えているようである。
ニズヘルグ一族は世界樹に外部の人間が侵入するための入り口を万年守る立場にある。
だからルティルやカティアから「門番」などと呼ばれていたワケだ。
ヤヌスはこの呼ばれ方が大層嫌いなようで、ずっと地位向上を狙っていた。
実際、古代竜という生物は雌の方が強くなる傾向があるそうで、ヤヌスは娘のセリソリアにも期待を掛けたという。
だが、セリソリアは戦いよりも魔法の研究などに打ち込む娘に育ってしまった。
ゲーリアもセリソリアに似て錬金術にうつつを抜かしている有様。
それだけにマリスに期待をしていたという事だ。
そんな折に生まれたのがマリスである。
セリソリアやゲーリアの体たらくを見てきたヤヌスは、マリスにも最初は期待などしていなかったようである。
マリスはヤヌスや父親アガリスに似て身体を動かす方が好きな子供だった。
期待はしていなくても、ヤヌスも祖父として孫は可愛く思っている。
これは古代竜でも人でも代わりはなかった。
ある時、マリスと積み木遊びをしていた時、積み木の一つが自然とマリスに寄っていくのをヤヌスは目撃した。
積み木の下に下僕のコボルトがいるのかと積み木を摘み上げてみても下には何もいなかった。
不思議に思って積み木を見ていると、マリスがヤヌスに横取りされたと癇癪を起こし掛けていた。
ヤヌスはその時マリスが原初魔法に並々ならぬ才能を持っている事を理解したらしい。
それ以降、マリスはヤヌスを筆頭にしてニズヘルグ一族の期待の新星なのだ。
例えば、初歩的な原初魔法を使えるようになるのは若竜期に入ってからだというのに、マリスは幼竜の段階で「
俺がよく見る半透明のミニ・ドラゴンがそれだ。
ゲーリアが練習しているのを何気なく見ていたマリスは、見ていただけなのにある程度使えるようになったというのだから相当なモノである。
雌でもあったし家族の期待を一心に集めるのも仕方の無い事だとか。
古代竜は氏族の長に登り詰めるためには原初魔法の使い手である事が望まれるという。
それは
そう聞いて思ったのは、マリスは原初魔法が使えるはずって事だ。
だけど、
すごい才能なのかは謎なのではないのだろうか?
「マリスって原初魔法使えるのか?
あんまり使っているところを見たことないけど」
「そうじゃのう。使おうと思って使った事はないのう」
俺がそう言うとマリスも頷く。
だが、俺の一言でゲーリアが「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げ、ヤヌスは「何を言っておるか!」と怒り出した。
セリソリアとアガリスは顔を見合わせて苦笑していた。
「原初魔法は通常の魔法とは違います。
魔法の術式などもありませんので、使っているかどうかは傍から見ても解らないでしょう。
それに使っている本人も自覚なく使っていることがあるんですよ」
セリソリアがそう説明してくれる。
俺はその説明で納得するしかない。
「そうなのかや?」
「だとすると……マリスは冒険中に何度も原初魔法を使っていた可能性はあるね」
原初魔法は行使者の心の動きが重要だそうで、感情が激しく動く時に使いやすいそうだ。
「あー、じゃとするとケントが何度か使っておるアレじゃろな?」
ん? 何か使った事あったっけ?
「ああ、アレか」
トリシアも思い出したようで、ポンと手のひらに拳を落とす。
ハリスも納得顔で頷いているので、俺は何か仕出かした事があるっぽい。
「貴女たちも気が付きましたか。
そうです。時々主様が行使している力が原初魔法です」
「ん? 何か使ったっけ?」
アモンの言葉に俺は首を傾げる。
「オロチ殿を吹き飛ばした例の力は原初魔法の一種です」
ああ、あれか。
大ぶりのテレフォンパンチよろしく殴るモーションをしたら手も触れていないのにヤマタノオロチが吹き飛んだっけね。
そういやアニアスの地下にある港でも反乱を起こしてた海賊を吹き飛ばしたりもしたな。
ただ、アモンによると俺の原初魔法は体系化される前の根源的な力の本流らしく、
良く解らないが、軽々しく使って良い力とも思えないので、あまり激昂しないようにしようかな。
カリスが得意にしていたと聞いては使う事に警戒心が湧き上がるのも仕方ない事だよね?
「
「おお、そんな事もあったのう。
あの時は敵を追わせたのじゃったな」
初めてミニ・ドラゴンを見たのはあの時だった。
普通は見えないモノらしいのでマリスが驚いていたのを覚えている。
その頃から俺は神の力の片鱗を発揮していたという事だろう。
なるほど……俺は最初から普通の人間じゃなかったって事か……
ま、普通じゃなかろうが俺は俺の思うように生きていくつもりだけどな!
「変化とかも原初魔法なんだよね?」
「左様。
ワシが五年前に教えた。
本来なら若竜で覚える技だが、マリソリアはそれを簡単に成し得た。
今日はバハムートもドライグも孫の存在に気付いておらなんだようだったしな。
それほど孫の変化の術は完璧という事だな!」
ヤヌスが得意げに胸を張る。
こういうところはマリスとそっくりですな。
「時々、半ドラゴンになるのも応用技なのかな?」
「なんですか、それ?」
ゲーリアが質問してきたので、古代竜たちを見るとキョトンとした顔になっていた。
「ん? マリスはピンチの時に半分ドラゴン、半分人間みたいな姿になる事があるんだけど」
「そんな現象は起きないはずなんですが……」
どうやら、あの現象は普通ではないらしい。
前に聞いたけど、一族の当主の許可がなければ変化した姿は変化する事はないという。
変化後の姿を制限するモノなのだそうだが、これは呪いの一種らしい。
この制限を破る事は事実上不可能なのだとか。
広い範囲に掛けるような通常の呪いと違い、「血族のみに有効」といった風に範囲を狭めることで非常に強力な効果を発揮するという。
呪いと聞いてギアスの魔法を掛けたの時や
神々の呪いとやらもアレに似ていたのでそういうモノと同じなのだろう。
「アルコーンの時とマストールの時に発現したよな?」
「記憶は曖昧じゃが、力が膨れ上がったような感覚は事はおぼえておる」
マリスも頷いている。
「興味深いですね。
どのような感じで発動したのかお聞きしても?」
ゲーリアが身を乗り出してくる。
セリソリアも目が輝いている。
「そうですね。いきなりマリスの身長が一七〇センチくらいまで大きくなる感じですかね。
身体も大人並みに発育するんで驚きました」
「気付いたらスッポンポンじゃった」
マリスがテヘッと自分の頭に手をやるのを見て、ヤヌスとアガリス、ゲーリアが燃える目を俺に向けてくる。
マリスの相槌が火に油を注ぐ内容だった……マジ勘弁
「い、いや……確かに少しだけ見てしまったけど……不可抗力だよ?」
「すぐに毛布を掛けてくれたのじゃ」
マリスもウンウンと頷く。
でも、古代竜ってドラゴン形態ならいつも素っ裸で活動してるんだし、それほど目くじらを立てるほどの事じゃないだろ?
マリスは裸でもあまり恥ずかしげな感じしないしなぁ……
出会った頃、風呂から裸で突撃してきた事もあるしなぁ。
グランドーラはともかく、エンセランスも人型になった時には素っ裸だったな。
あ、そういやエンセランスも人型は一〇歳くらいの姿だったし幼竜なんだよな?
あいつも天才肌なのか……
あの歳で一人暮らししているし、やはり侮れねぇな。
その点、グランドーラは既に一族から若竜認定されているのだろう。
マリスよりも若いのに先に若竜だったのを考えると、彼女は早熟ってヤツなのかもしれない。
古代竜にも個人差があるんだろうな。
「一度見てみたいものですね」
セリソリアが「ほう」と溜め息を吐く。
「アレって意識してできるの?」
「やってみなければ解らんのじゃが……
多分無理じゃな。
どうやれば良いのか皆目検討がつかんのじゃ」
むう、それはそれで残念だな。
マリスの巨乳モードを拝めるかと思ったのだが。
その後、色々と話を聞かれたり、古代竜の話を聞いたりして過ごす。
最終的にセリソリアに「泊まっていってください」と言われた為、ニズヘルグ一族の住処の中で野営する事になった。
基本的にドラゴン・サイズなので、俺たちが泊まれる場所がないのだ。
最終的にマリスの部屋にキャンプを設営する事に決まった。
鼻歌まじりのマリスに案内され、ゲーリアの部屋から更に奥の方へと巨大は通路を進んだ。
すれ違うコボルトが相変わらず頭を下げて跪く。
「マリスの実家はコボルトも住んでいるんだな」
「そうじゃな。小さき者共と呼んでいたのじゃが、外の世界に出てコボルトという種族なのを知ったのじゃ」
「彼らはニズヘルグ一族が保護しているって事なんだろうか?」
「生まれた時からいたのでのう……我もよくは知らぬ。
ただ、我らの世話をしている者たちじゃという事じゃ」
コボルトは、マリスたちの食事の世話や部屋の掃除や片付けなどをしてくれる存在らしい。
古代竜の食事がどういうモノなのかは想像するしかないが、他の古代竜のセリフなどを思い出す限り相当血なまぐさい感じがする。
それにしても、女の子の部屋は生まれて初めてですなぁ。
マリスがドラゴン・モードで過ごしていた部屋ですから、あまり期待はできませんけども。
まあ、期待はしていないんですけど……
何故かドキドキするのは俺が童貞だからですかね?
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