第29章 ── 第15話

 仕方なく俺は手を挙げた。


「はい、貴方」


 俺は椅子から立ち上がり、咳を一つしてから話し始める。


「えー、マリス……マリソリアさんと知り合った経緯は、先程彼女が発言した通り偶然です。

 護衛中の馬車の前方で戦っている者を発見し、俺は単独で偵察に出ました」


 実際は寝ていたところをカスティエルさんに起こされて助けるように言われたからなんだが。


 近づいてみれば、マリスが一〇匹くらいのゴブリンと数匹のダイアウルフに囲まれていたので助太刀した。


 マリスとの出会いはコレですべてだ。


「その後、彼女は俺が作ったチームに参加することになりました」


 ここからマリスの冒険者としての本格的な旅が始まる。

 トリエンの領主の陰謀を阻止しブレンダ帝国とオーファンラント王国の戦争を影から操っていた魔族を倒した。

 大陸中央ではウェスデルフ王国との戦闘を繰り広げ、南部では神々が作ったとされる迷宮の制覇を完遂した。

 大陸西側に入ると、長年縄張り争いで混沌としていた獣人たちの森を平定し、竜王国では汚職貴族を摘発し、トラリア王国に至ってはヤマタノオロチか係わる問題も解決した。

 つい最近は、北の砂漠の国でロック鳥を原因とした戦争の阻止に貢献した。


 俺はベラベラとまるでマリス一人が大活躍したように話した。

 細部ははしょり、俺や他の仲間たちの活躍は全く描写しない。


 俺が喋り終わると、目の前に並んでいる古代竜たちが無言で顔を見合わせている。


「ん? 何か?」

「いや、さすがはマリソリアと言いたいところなのだが……」


 マリスの父親キールが煮え切らない態度で口ごもる。


「なんだ、キール。マリソリアの活躍が気に入らんのか?」

「そういう訳ではありませんが」


 ヤヌスに詰め寄られてキールが困った顔になる。

 そこにゲーリアが助け舟のように口を挟む。


「ここを出た頃のマリソリアはレベル五だったんですよ。

 さすがに五年程度でそこまで活躍できるとは思えないんですよ」

「マリソリアが天才だったからではないのか?」

「いえ、僕は今レベル五八ですが、五年前も五八でした。

 人としてレベルを上げるのは簡単じゃありません。

 身体が脆弱ですからね」


 ゲーリアは人間のレベルを上げる苦労を滔々と語る。

 彼がレベル一桁だった頃は、レベルを一つ上げるのに一ヶ月以上掛かったという。


「確かにマリソリアは、たった一週間程度でレベルを五まで上げたのを見ました。

 いくらか普通よりはレベルが上がりやすかったと思いますが、早熟の個体であればよくある話です」


 ほう。

 レベルの上昇にはそういう要素もあるのか?

 必要経験値は人の素質に寄って違うって事か?

 いや、VR-MMOのドーンヴァースではあり得ないシステムだ。

 やはりティエルローゼのシステムはドーンヴァースのそれと同じとは言えないな。


 などと考えていると、マリスがダンッとテーブルを拳で叩いた。


「煩いのじゃ! ケントの話を疑うのじゃな!

 ま、確かに誇張が激しい気がするがのう。

 これでは我一人が活躍したようではないか。

 本当は殆どケント一人でやった気がするのじゃが」


 それを聞いた古代竜たちが俺をジロリと見てくる。


 そう見つめられると照れるので勘弁。

 それと、せっかくマリスをヨイショしてるんだからバラすんじゃありませんよ!


「やはり誇張であったか」

「どうりでマリソリアが大活躍しておるわけだ」


 自分の家族を信じてないのか、コイツらは。


「いや、マリスは大活躍ですよ。

 タンク職としては現在世界一でしょう。

 帝国でアルコーンを倒した時だって、マリスが半ドラゴン化してヤツの攻撃を受け止めて時間を稼いでくれたから勝てたと思うし」


 みるみる古代竜たちの顔色が変わる。


「アルコーンだと……?」

「それは本当なの?

 アルコーンほどの魔族が死んだなら、風のうわさにでも聞こえてきそうものだが、私も夫も知りませんけど……」


 マリスの両親が首を傾げる。


「それはそうじゃ。

 ケントがアルコーンを倒したのは三年ほど前じゃもの。

 母上も父上もぐっすり寝とったじゃろ」


 古代竜は一度寝ると最低でも一〇年は起きないという。

 だから、成竜は一族の者が交代で睡眠期に入るのが普通らしい。


 なるほど、だからマリスが住処から旅立った頃に両親に止められなかったんだね。


「そういえば確かにここ数年、アルコーンの手の者が侵入してくる事は全くないな」


 俺の言葉をヤヌスが補強してくれた。

 ニズヘルグ一族の住処にはアルコーンの手の者である魔族が月に一度は侵入して来ていたらしいんだが、最近は全く姿を見せないらしい。

 ヤヌスはこの話を思い出した気づいたようだ。


 そりゃアルコーンが死んだんだから、命令なく動くヤツはいないでしょう。

 それもドラゴンの住処に突入してくるバカはね。

 アルコーンの手下というと帝国の皇太子を軟禁していた例のグレムリンですかねぇ?


 というか、魔族はドラゴンの巣にまで攻撃して来てたのかよ。

 まあ、入り口があからさまだからな……

 ここは、場所さえ知ってれば普通に入れるみたいだし。


 ドラゴンといえば財宝だから、それを狙ってきてたんでしょうかね?

 確かに奥の金貨の山を見ると財宝があるのは間違いないだろう。

 古代竜自身は財宝とも考えていないようだけど。


「それにしても人間ごときが、あのアルコーンを滅ぼすことが可能だとおもえないのだが……」

「これ以上、我が主を貶める言動を繰り返すならば、私たちは貴方たちを滅する事も吝かではありませんよ」


 アモンが突然不機嫌そうな声で古代竜たちに警告を発した。

 慌ててそちらを見ると、魔族連の三人がヤバい雰囲気になっている。


「左様。先程から我らが主を人間ごときと蔑んでおられるようだが、生みの親の魂の欠片すら感じられぬ愚かな生物など滅んでも仕方なかろう」


 フラウロスが牙をむき出して笑っている。


「妾も同意見です。妾も手伝いましたが、これほど愚かな生物になったとは思いまもしませんでした」


 古代竜たちは面食らいながらも、なんだコイツらはという顔をして魔族三人衆を見ている。


「お前ら黙れ」

「はっ! 出過ぎたことを申しました。申し訳ありません」


 俺の一喝で魔族たちは揃って頭を下げる。

 あまりの統率の取れたその様を見た古代竜たちが瞠目する。


「も、もしかして、この者たちは……」

「魔族!?」


 ゲーリアが立ち上がり掛けたが、隣のセリソリアが彼の肩を抑えて立たせない。


「静まりなさい」


 セリソリアは静かにそういって三人に向き目を細めた。


「確かに魔族ですが、ティエルローゼで生まれた魔族ではありませんね……」

「当然です。妾とコラクスはカリス様の元四天王。

 こちらのフラウロスも古き世界から連れてこられた元下僕。

 有象無象の魔族とは違います」


 古代竜男性陣の顔が真っ青になる。


「原初の魔族……?」


 後で聞いた話だが、古代竜は魔界プールガートーリアを「原初の地」、そこから来た神たちを「原初の神」、連れてこられた魔族を「原初の魔族」と呼んでいるそうだ。


 ティエルローゼで生まれた魔族は、人間種よりいくらか強くなった程度で、古代竜から見れば人間種と対して変わらない。

 だが、原初の魔族はそういった魔族と比べて一様に強く、賢く、様々な特殊能力を持っている侮れない者たちだという。


 アルコーンもその一人だったし、カリス四天王の一人である事は古代竜たちは知っていた。

 そして、今ここに「元」が付いているものの四天王を名乗る魔族が二人も現れたのだ。

 残りの一人も「原初の魔族」らしい。


「ケ、ケントさんと申しましたね……?

 こちらの三人をご紹介いただけますか?」


 魔族らしき者たちに「主」と言われた俺に魔族連の紹介を頼むセリソリアの心情は複雑だろう。


「えーと、最初に失礼な発言をした者がアモン。今はコラクスと名乗っているけど、カリス四天王の武を象徴とする者だね。

 こちらはアラクネイア。アラクネーを代表とする魔族に付随する魔物などを作り出したとか。四天王の美を象徴してたっけ? 今はアラネアと名乗っている。

 最後にフラウロス。炎と巨大な眷属を操る魔人です。今はフラちゃん?」


 俺が紹介する度に魔族が頭を下げていく。


「ワシとした事が、孫娘の知り合いだというだけで魔族を懐に招き入れてしまうとは……」

「これは我らの歴史でも最悪の展開ですな……」

「僕の所為ですか!? 違うと言ってください!」


 古代竜の男どもの狼狽えようが凄まじい。

 比べてセリソリアはまだ落ち着いているように見える。

 それでも肩などが震えているように見えるので、かなりビビッているのは間違いない。


「ご安心下さい。俺の命令がなければ彼らは暴れないので」


 言ってから気づいたが、俺が命じればいつでも暴れ始めるという脅しにも聞こえなくもない。


 そんなつもりはないんだが、今更言い訳みたいな事を言って否定しても意味はないだろう。


「じゃから言っておろう! 我らの仲間は大儀なき暴力は振るわん!

 あれ? 言ってなかったかの?」


 うん、言ってないね。

 まあ、古代竜たちの威圧的態度とか控えてもらえそうだし、やりやすくなりそうですが。


 それにしても魔族は古代竜にも恐れられているんだね。

 自分らよりも断然古い存在だし、一人にいたっては古代竜というの種の誕生に関係していると自分から言っているし仕方ないか。

 彼らにとっては敵の筆頭というか象徴というか……

 それが今現在、目の前にいるってんだから絶望するのも頷けるというもの。


 しかし、マリスの今までを顧みても、あんまり魔族を怖がってなかったって事は、原初の魔族に対しての教育は受けてなかったのかね?

 まだ義務教育過程の途中だったと考えれば無理もないのかな。


 ま、今では下手な魔族ではどうにもならない強さに成長しているワケなので、ご家族には安心して頂きたいところです。

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