第29章 ── 第14話

「お止めなさい!!」


 激烈な怒声で周囲全員の動きが止まった。

 マリスの母親が叫んだのだが、ドラゴン語だった為、妙なバフが検出された。

 このバフ「恐怖(金縛り)」というモノらしいのだが、言霊というのだろうか、魔法などの効果に非常に近い感じだ。

 俺は運良くレジストができたので何の効果も無かったけど、仲間たちは全員動けなくなった。

 一族の長老のヤヌスですら金縛ってるんだから、相当な効果といえよう。


 ゲーム的に言うなら毎ラウンド抵抗判定を行うシステムのようで、レベルが高かったり抵抗値が高そうな者から順次動けるようになって行った。


 流石に金縛りにされた為、頭に血が上っているような血気盛んなヤツはおらず、全員神妙に武器を構えるのを止めた。


 その様子を見てマリスの母親は満足そうに頷いた。


「よろしい。節操なく戦いを仕掛けるようではいけません。

 さあ、お茶の続きをしながらお話をしましょう」


 ゲーリアの部屋のお茶が置かれたままテーブルを見てマリスの母親はパンパンと手を叩いた。

 その音を聞いて壁際で凍りついていたコボルト数匹が慌てたように動き出す。


 一時はどうなるかと思っけど、なんとか全員が大人しくテーブルの席に座った。

 最後まで抵抗の色を隠さなかったのはヤヌス爺さんだが、娘であるマリスの母親に無言の圧力を掛けられ、しぶしぶ従った。


 一〇分ほどで冷めてしまったお茶が再び温かいものになって俺たちの前に置かれた。

 俺は一口飲んでほっと一息ついた。


 仲間内の暗黙の了解として古代竜と争う事は、マリスがいる建前上基本的にご法度なのだ。

 できるだけ穏便に交渉できるように雰囲気を作るのが順当である。

 もちろん、相手が問答無用で仕掛けてくる場合は別だが。


 今回はマリスの母親のお陰で事なきを得た。

 どうもマリスは相当に箱入りで大切にされていたらしく、俺が誰かに侮辱されると途端に目の色が変わる仲間たちによく似ていると感じた。


 権力者であるマリスの母親が冷静に止めてくれて本当に助かった。


 全員が大人しく座っているのを一瞥してからマリスの母親が口を開いた。


「それでは、ここから私が音頭を取らせていただきます。

 私の名前はセリソリア・ニルズヘルグと申します。

 先程、ヤヌス・モーリア・ニルズヘルグより当主の座を譲り頂きました。

 以後、お見知りおきを」


 粗々とした美人に丁寧に挨拶をされ、俺は恐縮しながら頭を下げる。


 マリスの母親の人型形態は絵に描いたような巨乳美人で、マリスがハーフドラゴン化した時の姿を大人にした感じだろう。

 マリスとは違う漆黒の髪の毛が非常に印象的だ。


「まだ私も夫のキールもゲーリアに起こされたばかりで詳しい事情が解っておりません。

 説明して頂けますか?」


 ゲーリアが手を上げた。

 それを母親のセリソリアが見て頷くと、ゲーリアは立ち上がる。


「では、事の経緯、一番最初からご説明致します」


 事の発端は五年まえに遡る。

 マリスは住処での生活が退屈だったようで、ゲーリアの自宅兼研究室に顔をだした。

そこで偶然読んだ『ストラーザ・ヴァリスト・エンティル(高潔なるエンティルの物語』に触発されて冒険者になると言い出した。

 短い訓練を施した後、ゲーリアはマリスを外の世界に送り出した。


 そこまで聞いてヤヌスが手を挙げる。


 「はい、父上」


 ヤヌスは立ち上がるとゲーリアを恨めしそうな目で見た。


「ワシはヤヌス・モーリア・ニズヘルグである。

 先程はマリスの友に失礼な態度で接した事を謝罪したい」


 俺が頷くと仲間たちもヤヌスを許した。


「マリソリアが外に出る上で、人族への変化の技を教えたのはワシである。

 マリソリアが外界に興味を持っているなどと微塵にも思っておらなんだワシの過ちであろうな」


 ヤヌスは当時の事を相当後悔しているらしく「知っておれば外に出したりなぞせんかった」としきりに言っている。


 立ったまま祖父竜の話を聞いていたゲーリアは続けた。


「マリソリアが外に旅に出るにあたり、レベル一桁では確実に死と隣合わせの危険な旅になると僕は判断しました。

 なので従者コボルトの精鋭一〇人を選び、密かにマリスの護衛に付けました。

 それと共に僕の昔からの友人の人狐殿に念話でお願いしておきました」


 それをマリスは聞いてハッとしたように顔を上げる。


「フォックは兄上の差し金じゃたのか!?」

「いや、フォックは僕の友人の息子さんだよ」


 マリスの膝の上に乗っていたフォックも首を傾げた。


「僕の友人の人狐はフォルスネアというんだ」

「お父さん」

「そうだね。君の父上だ」

「お父さんに言われた。川に遊びに行けば友達できる」


 フォックは五年ほど前の記憶を掘り起こしてコクコクと頷いた。


「マリスとヴァリスに出会った。いっしょに冒険した」


 どうやら、フォックはゲーリアに頼まれた父親に誘導されてマリスとヴァリスという人物に出会ったようだ。

 そしてマリスが世界樹の森を抜けるまで冒険の旅に同行したという。

 ただ、ゲーリアの話によれば、最精鋭のコボルトの集団とフォックの父親に見守られながらの旅だったようだ。


 それを聞いてマリスは少し不機嫌になった。

 口を尖らせて「自分たちの力だけで森を抜けたと思っておったのじゃが」と言い出す。

 だが、マリスも聞き分けの悪い娘じゃないので、それも仕方なかったかもしれぬと納得はしているようだった。


 確かに、出会った頃のマリスのレベルを考えるとフォックやヴァリスという仲間がいたとしても世界樹の森を抜ける事は難しかったに違いない。

 大型生物になればレベル五〇を優に超えるし、小型の生物でもレベル二〇は下らない地域だからね。


 ちなみにフォックは子供だけどレベル三〇もあるよ……

 人狐パネェ。


 この分だとヴァリスとかいうヤツも結構なレベルなのかも。

 そう考えるとマリスの人生は随分と恵まれていたのだろう。

 羨ましくもあるが、そういう人生がマリスの竹を割ったような素直な性格を作ったに違いない。

 俺みたいに腹黒いというか、色々と心の内で思いつつも行動に起こせない肝の小さいヤツにならなくて良かったね。


 さて、マリスが実家を飛び出してからは、大まかな部分しかゲーリアも把握していないらしい。

 マリスはフォックとヴァリスという人物と共に世界樹の森を約一年掛けて抜け出したという。


 マリスがニッコリ笑いながら手を挙げる。


「マリソリア」


 マリスが子狐のフォックを胸に抱きながら立ち上がった。


「我は森を抜けた後、森の外側にある村でしばらく過ごしたのじゃ」


 マリスは世界樹の森のすぐ近くに位置するエンツォ村という農村でしばらく過ごしたという。

 子供の一人旅を危惧した村人が少し強引に滞在させたらしい。

 マリス曰く、その頃の事が非常に幸せな思い出になっているようだ。

 村の子供たちと仲良くなって野を駆け回り遊んでいたとか。


 約半年ほど後、その村はゴブリンの集団に襲われた。

 結構な数の集団だったそうだけど、マリスは村人たちや子供たちと協力して何とかゴブリンを一掃する事に成功したと説明した。


 マリスはゴブリンに縁があるんだろうか。

 ちょくちょくゴブリンによる被害に出会っているね……


 ただ、この襲撃時、古代竜の本性が少々出てしまったらしく、それを村人に目撃された事がキッカケで村を出ていかざるを得なくなったようだ。


 そりゃドラゴンと聞いただけで人間は震え上がってしまうんだし、問題が大きくなる前に逃げ出さざるをえなかったんだろうなぁ。

 まだ子供のマリスには辛い経験だったようで、話をする内にショボンとした顔になってしまう。


 マリスの父親が憎々しげな表情でボソリと「助けられておきながら、ゲスな人族め」と漏らしたので一瞬ヒヤリとする。

 古代竜の怒りを買ったら雑草一つ残らない荒野にされても文句の言いようがないからな。

 抑止できる人物がいなかったらマジでヤバい。


 マリスはその後何とかピッツガルトの街へと到着し、無事に冒険者ギルドへと登録が完了する。

 後は街道沿いにトリエンを目指して旅をしてきたらしい。


 トリエンに着いてからは仲間にしてくれるパーティもなかったし、掲示板に出ている簡単な仕事を熟してブラス・クラスまでなんとか昇進した。


 ブラス・ランクからは討伐依頼なども受けることが可能になる。

 そこで受けたのが俺たちと知り合うキッカケとなるゴブリン討伐のクエストだったとマリスは言う。


「そして出会ったのがケントたちじゃ!」


 マリスが少し興奮気味に俺やトリシア、ハリスを紹介する。


「トリシアは我が目指していた伝説の冒険者、その人じゃったのじゃ!

 それを知った時、我は少々胸が高鳴ったのう。

 生まれて初めての感覚じゃった!」


 まあ、自分がファンをしている人物に出会ったんだから仕方ない。

 俺も好きな芸能人にあったらマリスみたいになる確信があるからな。


「それ以来、我はケント率いる「ガーディアン・オブ・オーダー」の一員として世界を旅して回っておるのじゃ」


 チームに所属してからの話がスッポリ欠落しているのは、その後は俺に説明させるつもりって事ですかね?


 それはそれで荷が重いというか、マリスの身内である古代竜を眼の前にして説明させられるってのはかなり敷居高くないですかね。


 それでなくてもマリスはルクセイドで攫われたりした事もあるので、そういう事を話して無事でいられるかどうか……

 あ、いや俺たちがではなく、ルクセイドの首都グリフォニアがって意味です。

 マリスを誘拐するようなバカな人族がいる街など焼いてしまえ! とか言い出されたら俺たちでは止めようがありませんからな。


 古代竜の怒りは、マジで街やら国やらを滅ぼしかねないからねぇ。


 テレジア女史の怒りを買った法国も襲撃されてたし、グランドーラも砦を壊滅させてたっけ。


 まあ、ホイスター砦は怒りを買ったというより、グランドーラの不審を買った程度で滅ぼされたんだけど……

 子供ってのは手加減を知らんからなぁ。


 何はともあれ、俺にお鉢が回ってきた以上、当たり障りなく説明を終えてしまうとしよう。


 虚実入り混じりで説明すれば何とかなるやもしれん。

 男は度胸といいますからな。

 いっちょ俺の口八丁手八丁で乗り切ることにしましょう。

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