第29章 ── 第11話

 さて、現在の交渉相手は古代竜……しかもカースト上位のエリートクラスだ。

 となれば、こちらも色々と提供してもらいたいモノがある。


「えーと、回復ポーションの優先提供は約束するけど、そちらにもウチの工房に便宜を図ってもらいたい」

「何か我らにできることがあろうか?」

「まず、ポーションというものは錬金術で作られるし、工房では魔法の武具や道具なども作っているので素材などを頂けるとありがたい」

「錬金素材か。

 我らが出せるものなら何の問題もあるまい」


 ルティルは素直にこちらの言葉にうなずいた。


 よし、言質は取ったぞ。


「できたらでいいんだけど……

 ドラゴン素材ってのは貴重なんだよね。

 そこで、ウチの工房にドラゴン素材を提供してもらいたい」

「ドラゴン素材?

 具体的に言ってくれたまえ」

「そうですねぇ……まずはドラゴンの汗がほしいですね」


 俺がそう言うとマリスが凄い嫌そうな顔をした。

 前に騙し討ち同然にマリスの汗を採取してフィルに渡したのを思い出したのだろう。


 ルティルとカティアは怪訝そうな顔になる。


「汗など何に使うのか?」

「錬金術の素材らしいよ。

 貴重な素材だと書物にあるそうだ」


 俺がそういうとゲーリアが頷く。


「解毒、解呪、各種耐性の上昇などの効果があるとされています。

 僕も耐性上昇ポーションの作成時に自分の汗を使っています」


 ゲーリアが詳しい使用例を上げてくれた。


「ふむ。人間は何かと耐性が低いと聞いてはいるが……なるほど、汗からそのようなモノが出来ようとは。

 承知した。

 格闘訓練など、体を動かせば直ぐに集まるだろう」


 ルティルは納得したようだが、カティアはマリス同様に嫌そうな顔になった。


「我らの汗を飲むということかや……?」

「いえ、汗から抽出する成分が必要になるだけなので、汗を飲むわけはありません」


 ゲーリアが慌てて補足説明をしてくれるが、マリスもカティアも納得した顔はしていない。


「汗など提供しても問題あるまい?

 何故、そんな顔をしているのか」


 ルティルが不思議そうな顔でカティアを見ていた。


「汗を提供するのが平気なのであれば、其方らが提供するのじゃ。

 我はまっぴらじゃ」

「変なやつよ。

 良かろう。汗は我らバハムート氏族で用意するとしよう」


 しめしめ。

 フィルによれば、ドラゴンの汗はMP全回復ポーションの作成に必要らしいので捗るね。


「ありがとう。

 他にもドラゴン由来のものなら何でも欲しいんだ。

 鱗とか角とか牙なんかも武具の作成で役に立つし」

「戦闘訓練で角などが折れることはある。

 そういう物で良いのであろう?」

「ええ。問題ありません」


 要はドラゴンの生体から採れる物なら何でも欲しい。

 何に使えるかは謎だけど、素材が無ければ用途を考えようもないからな。


「脱皮後の皮なども使えるのか?」


 ルティルの言葉に一瞬言葉に詰まる。


「古代竜って脱皮するの?」


 マリスが頷いた。


「一〇〇年に一度程度じゃが」

「上手く脱げると、壁につい飾りたくなるもんじゃ」


 カティアが面白げにマリスに相槌を打つ。


「飾るの?」

「いや、飾らぬのじゃ。ドライグ殿がおかしいのじゃ」

「そうかの? 自分の美しい姿をつかさどっておるのじゃぞ? 飾って眺めたくなろう?」


 いや、俺に聞かれても知りませんよ。


「まあ……人間は日に焼けた時に皮が剥ける程度で、脱皮したモノの姿が解るほど綺麗には剥けないんだよね……

 ただ、ドラゴンの脱皮した皮となると、何かに使えそうだね」


 俺が思案顔でそう言うとルティルは頷く。


「ふむ。そろそろ我が一族の子供たちの脱皮が始まる頃だ。

 用意できたら提供するとしよう」


 ありがたい。

 ドラゴン種と戦って素材を手に入れるよりも簡単に各種ドラゴン素材が手に入りそうだ。

 血や骨は流石にくれとは言えないけどね。

 まあ、そう言うのは言葉も喋れない下級ドラゴンとかを狩れば良いか。

 今なら余裕で狩れそうだしな。


「あ、もちろん提供してもらえる素材には対価を払うよ」


 タダでドラゴン素材など提供してもらっては阿漕すぎる。


「市場価格の半額程度までなら払う用意はあるけど、ドラゴンは金貨は好きなんだよね?」

「金貨じゃと? ああ、寝床に使うのに丁度よい素材じゃからな。

 あればあるに越したことはないのう」


 カティアの言葉に俺はポカーンとしてしまう。


 光るものが好きだからドラゴンは金銀財宝を集めていると思っていた。

 カティアの言葉が本当なら、ベッドに敷き詰める素材として有用だから集めているということだ。


 俺は部屋の奥にある金貨の山に視線を向けた。


「あれは僕の寝床ですよ。人の寝床に興味があるのですか?」


 俺が金貨の山を見ているのに気付いてゲーリアにツッコミを入れられてしまった。


「い、いや。

 そういう理由だとは知らなかったもんで……」

「我は人間が布袋に藁やら綿を詰めて敷布団やら掛け布団という物を作っているのに驚いたもんじゃ」


 マリスは人間世界に来てから宿に泊った時にそれを知ったらしい。


「初めて布団を使った時は違和感ばかりじゃったのう」

「金貨の上に寝たらゴリゴリしないか?」

「人間の姿であればそうじゃろうな。

 じゃが、本来の姿じゃとアレくらいが丁度よいのう」


 そうか……興味深い話だな。

 ドラゴンは鱗なので金くらいの硬さが良い感じなのかもしれんな。


「銀貨とか銅貨は駄目なのかな?」

「色や輝き、素材の硬さの三要素の均衡バランスはドラゴンそれぞれに好みがある。大抵は金貨が用いられるモノじゃが」


 カティア曰く、素材としては金がもっとも寝床に適しているという。

 手に入りやすいのも理由だという。


 いや、金は手に入りにくいだろ!?

 まて、そうなるとミスリルとかならどうなんだ?


「ミスリルとかの魔法金属で寝床は作らないの?」

「ミスリルは流石に手に入りにくいのう。

 ドワーフを攫ってくるのも気が引けようしな」


 攫うなよ。

 でも、確かに魔法金属はドワーフ系の者が精錬しないと作れないからなぁ。


 やはり、古代竜は人間と貿易する事が殆どないんだろうな。

 頻繁に取引しているなら、そういう情報が市場を通して流れてくるはずだ。

 しかし、そんな話は聞いたことがない。


 ふむ。ここは俺が窓口になって古代竜たちにも貿易の素晴らしさを知って頂く必要がありそうですね。

 まあ、彼らが喜ぶ商品を用意できればって事だけど。


 今のところ、食いついたのは全回復ポーションだ。

 これを主軸に色々考えてみるか。


 マリスを商品開発のスーパーバイザーに据え付けて、古代竜種が好みそうなモノを教えてもらうとするかね。



 ルティル・バハムートとカティア・ドライグは、全回復ポーションの取引が出来て満足そうに帰っていった。

 ベヒモスたちの根回しがあったお陰で平和裏に終わったのも助かった。

 後であの二匹にはお礼をしておかないとな。


 ひと仕事終わったところで、ゲーリアの部屋付きのコボルトがお茶を持ってきてくれる。


 人型で活動することが多いゲーリアには、人が使う茶器などが部屋にあるらしく、専属のコボルトに扱いを教えこんでいるようだ。


 入れてもらったお茶は香ばしい良い匂いがする紅茶のような色の飲み物で、飲んでみると少し苦味があるが中々美味い。


「僕が煎ったんだよ」


 そう言いながらゲーリアもお茶を口に運ぶ。


「ゲーリア殿はお茶も作るのか?」

「いや、そうでもないけど、世界樹の葉を煎ると良いお茶になるのに気付いたから作ってるんだ」


 何だと……?

 このお茶は世界樹の葉なのか!

 お茶にして飲んで大丈夫なのか?

 生命の源とも目される伝説の樹木なんだが?


 俺はお茶に無詠唱で鑑定魔法を使う。


『世界樹茶

 世界樹の葉を丁寧に焙煎して作られた高級茶葉を使用。

 マイルドな苦味に鼻を抜ける香ばしい匂いが絶妙な一品。

 一時的に耐久力と筋力の上昇効果あり』


 どっかの缶コーヒーみたいなフレーバーテキストはともかく、摂取した時にバフが付くとはティエルローゼでは珍しい代物だな。


「ゲーリア殿。このお茶、いくらか融通してもらえないかな?」

「気に入ったかい?」

「まあ、かなり良いもの……というかこの森の外じゃ絶対手に入らない類いの物だしね。

 かなりの高級品として珍重されるのは間違いない」

「そうなのか。

 ふむ……木箱で一箱くらいなら譲ってやってもいいよ。

 その代わり……」

「その代わり?」


 ゲーリアは一瞬口ごもったが、俺が聞き返すと意を決した顔で口を開いた。


「全回復ポーションのレシピを頂きたい」

「あー、それは無理だ。

 俺がレシピを考えたわけでも、作ったわけでもないからね。

 レシピの権利者はウチの街の住人だし、俺が命じれば教えるとは思う。

 でも、ウチの領土では、そういう事を強制するのは罪となる」


 明確に法律にしているワケではないが、俺はこういう事を有罪だと判断するし、トリエンの裁判官たちも心得ているはずだ。


 ゲーリアがガッカリした顔で肩を落とす。


 まあ、少しくらいサービスしておくか。


「ただ、俺の領地に視察に来て、全回復ポーションを作っている現場を視察するくらいはいいかもね」


 ガバッとゲーリアが顔を上げた。


「それは、目で盗めと言っているのかい!?」

「いやぁ……盗めるかなぁ……?」


 俺は苦笑してしまう。

 開発初期の頃ならいざ知らず、今は培養槽で一気に作っているはずなので、どんな材料をどう加工して、そこに何の魔法を掛けているかなんて解らないんじゃないだろうか。

 製造ラインと同じで、培養槽って登録したレシピをある程度自動的に処理してくれる魔法装置だからねぇ。

 おまけに時間魔法で高速醸成するしな。


「行く。

 僕は視察に行くよ!」

「そうか。じゃあ、そのように手配しておくね。

 ただし、人間の姿で来てくれよ?

 街の者がパニックになってしまうからね」

「承知しているよ」


 ゲーリアは満面の笑みで頷くのであった。

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