第29章 ── 第10話
しばらく対戦の間で待っているとヤヌスが呼びに来たので、ルティルとカティア、仲間たちと一緒に奥にあった巨大な扉に入った。
扉の先の床や壁はピカピカに磨かれた花崗岩のように光沢を持つ非常に硬そうな黒光りする石で出来ていた。
通路は高さも幅も目算で一〇〇メートル以上はあるだろうか。
とにかく人間の俺たちからはとんでもない大きさだ。
その通路の真ん中をヤヌスに案内されてゾロゾロと歩いているワケだが、通路の端っこはさっきみた身なりの良いコボルトたちがセカセカと歩いていて、時々あるコボルト・サイズの小さい扉に入ったり、出てきたりしていた。
珍しそうに見ていると、案内しようと手を繋いできていたマリスが不思議そうに俺を見上げた。
「何じゃ? 小さき者たちが珍しいかや?」
「ああ、珍しいな。
コボルトは基本的に秩序立って行動しない」
「そうなのかや?
我ら一族の世話をする者たちじゃが、街の荒くれのような雑な行動をしている事はないのじゃが?」
それはもう別の生物ではなかろうか。
コボルトは秩序ある行動をしようにも、そうするだけの知性がないはずなのだ。
ドーンヴァース初心者用公式ガイドによれば、コボルトの強さは通常レベル一~二、最大でもレベル四までとされている。
基礎能力は人間よりも低くて半分程度しかない上、レベルが上がっても能力値上昇ボーナスが一ポイントずつしかないのだ。。
ドーンヴァースで見られる生物でも最弱、そして最下等。
何せゲームを始めたばかりの初心者が狩ってレベルを上げる為の敵として設定されているモンスターなのだから当然と言えようか。
レベル一のキャラでも安心して狩れる程度の設定なっているワケだよ。
そう言い切ってしまうと、ここのコボルトの行動が説明付かないので、あえてあり得ない仮定をして少々考察してみよう。
ドーンヴァースのゲーム・システム上、基礎能力やレベル・アップ・ボーナスの能力値を自由に割り振たと仮定したとして、知性に極振りを敢行できても三〇ポイント前後までしか上げられないと思う。
三〇前後の知性を冒険者で例えるなら、レベル七~八前後の
もちろん、通常のプレイヤーはそういうキャラクターの育成をする事はまずない。
その能力値以外を基準とする行動が全くできなくなるので、普通の行動すらままならなくなるからだ。
ここのコボルトたちは秩序立っていて、何らかの仕事で絶えず動き回っているし、マリスやヤヌスなどの住人たる古代竜を見ると必ず立ち止まり片膝を突いて頭を下げてから通り過ぎていく。
かなりの知性を持っているのは間違いないし、他の仕事も熟す程度の能力値を兼ね備えていると見て良い。
こんなコボルトが珍しくない訳がない。
こういう謎生物は実験用に一匹欲しいなぁ……
などとマッド・サイエンティストの如く考えていると、丁字路に差し掛かり右に曲がった。
「ここが宝物庫じゃぞ」
左に見える大きな扉を指さしてマリスがとんでもない事を言う。
「そういう事は部外者に教えちゃ駄目なんじゃないのか?」
「ん? ケントは我の嫁なのじゃ。何の問題もなかろう」
いや、他の仲間たちにも聞こえていると思うんだけど……
マリスが良く使うその言葉に苦笑していると、嫌な視線を感じた。
チラリと見れば、先頭を歩いているヤヌスが、何だか不審者を見るような目を俺に向けていた。
俺と目があった瞬間前に向き直ったけど。
さらに廊下を進むと、右手に見えてきた扉の前にゲーリアが立っていて俺たちを見て頭を下げた。
ようやく目的の場所まで来たようだ。
ヤヌスや二匹の古代竜が入っていったのでついていく。
扉の中はかなり巨大な部屋だが、サイズ感の違うモノがいくつも見えた。
手前の方の壁際には、人間サイズの椅子やテーブル、本棚などがある。
その他にはいくつもの錬金術用の実験器具が見える。
ゲーリアは錬金術をしていると言っていたし、彼の研究所なのかもしれないね。
そういった家具の向こう側には、巨大な瓶や何に使うか解らないモノが大量においてある。
一番奥には金貨の山が見えるのが印象的だろうか。
一体何億枚あるの想像もつかんレベルだ。
部屋の手前側、人間サイズの家具があるあたりには、これ見よがしに会議用と言わんばかりの木製のテーブルと椅子が並べられていた。
実験用のテーブルかと思っていたが、椅子がこっち側にも対面側にも並んでいるので商談用だろうな。
ルティルとカティアが壁側の並んでいる真ん中あたりの椅子を陣取った。
その左右にヤヌスとゲーリアだ。
俺たちは彼らの反対側に並ぶ椅子に腰をかける。
ルティルとカティアの対面あたりが俺の座ったところね。
「さて、細かい話は私は好かんので単刀直入に申し入れる。
貴殿の領地で開発しているという各種回復ポーションを我ら古代竜に提供してもらいたい」
「ああ、それは構わない。全回復のヤツだよね?」
「当然じゃ。それがあれば我らはより高みを目指せるというモノじゃ」
カティアの喋り方はマリスに似ているね。
ゲーリアやヤヌスはそういう喋り方じゃないので、女性の古代竜の喋り方なのかな?
いや、グランドーラはこんな喋り方じゃなかったから一概には言えないか。
「全回復ポーションはまだHP用のモノだけですが、直ぐに必要になるのかな?」
「できれば直ぐが良かろう?」
ルティルがカティアに顔を向けてそう言うとカティアは「その通りじゃ」と頷く。
「最近は小粒な者ばかりになりおって、多少の打撃でやれ怪我しただの、もう無理だのと……
じゃが、お主のポーションがあれば、そのような弱音は吐かせぬ」
美女ながらも凄みのある笑顔を作るカティアが怖い。
なんだろ?
ああいう顔をすると美しい女性の方が何故か酷薄に見える気がするな。
クールビューティって感じなのかも?
「どの程度の量が必要かわかりませんが……」
「そうじゃな。
毎月、一〇〇本もあれば問題あるまい。
一本で全回復なのじゃろう?」
「ドラゴン・サイズだと人間が服用した時と同じ効果が得られるのか解りませんが、テレジアさんが何も言ってなかったので問題ないかと思います」
そういうとルティルが目を細める。
「やはりリヴィア殿が言っていた面白い人間たちとは其方の事だったか」
「ああ、いつぞやベヒモスさんと俺の館に滞在していた事があるんで……
彼女が言っていたなら多分俺たちの事なんでしょう」
俺がそう白状するとカティアが頷いた。
「ベヒモス殿も相当気に入られていたようだ。
神々も顔を出す面白い地もあると聞いた」
パラディの街の事かな?
今や定期的に神々が降臨する地になっている所為で、様々な神殿勢力の一大聖地と化していますねぇ。
ただ、神殿勢力の世界ではこれほどの聖地がある地方の領主は大抵の場合相当な発言力を持つのが普通らしく、各地の神殿勢力の指導者たちから貢物や面会依頼が絶えないとか何とか。
全てクリスたち役人に丸投げしてあるので、俺は優雅に冒険三昧ができるわけで、非常にありがたく思っています。
ただ、そうなると腐り始めるのが役人の悪いところで、何人か贈賄や汚職で逮捕されたとかいう報告はあった。
もっとも、俺の意向をよく理解しているトップの行政長官やその副官たちはしっかりと綱紀を引き締めているようなので安心です。
「ああ、神々との約束だったので、手間ではあったけど用意したよ」
俺が頷くとカティアが片眉を上げる。
美女だとそんな表情をしても一寸も美しさが崩れないのですなぁ……と、こんもりと大きい双丘の谷間をチラ見しながら思ってしまう器用な俺であった。
「という事は、アイゼン神様もいらっしゃるのであろうな?」
その言葉に俺は胸からカティアの顔に視線を移す。
「アイゼンですか?
まあ、奥さんたちの許可があれば降りてきているんじゃないかなぁ……」
俺の言葉にカティアは嬉しげに「ほう……」と微笑んだ。
「もしかして、アイゼンは貴女にまで手を出しているとか?」
「手を出して頂きたいものじゃ。
あの御方は何故か我にだけは手を出さぬ」
へぇ。アイゼンにしては珍しい。
これほどの美女なら間髪入れずに手を出していそうなんだが。
「我にだけは? じゃあ他の女性古代竜には……」
「うむ。聞いた話じゃが、手を出す事もあるようじゃ」
忌々しそうに顔を歪めるカティア。
古代竜と神は交わっても子供が出来ないのだろうか。
いや、問題はそこじゃない。
何でこれほどの美女であるカティアには手を出さないのだろう?
後で念話して聞いてみようか。
「この情報は奥さん方にも流しておいた方が良さそうだな……」
「うむ。流しておくと良い」
何故かマリスが口を挟んできた。
「我は五人の奥方に女の古代竜を代表する者に伝えておけと命じられておったのを今思い出したのじゃ。
その点、ドライグの後継者と目されるお方なら問題あるまい」
なんと……マリスをメッセンジャーにしていたとは。
魅惑の五人戦隊「オクサマン」と俺が名付けたアイゼンの奥方たちの用意周到な事よ……
運営が始まったパラディに顔を出した時に俺を囲んできた女神たちの映像を脳裏にあるビデオ・アーカイブから引っ張り出す。
種類の違う美女が勢ぞろいという感じでアイゼンの趣味の良さを思い知ったっけ……
羨ましすぎて嫉妬の女神に新しい力を授けそうになってしまったよ。
ちなみに、五柱の奥さん女神の一柱が嫉妬の女神です。
非常に恐ろしい神罰を与えてくる女神だというのに、アイゼンは懲りずに他の女へ手を出しているって聞いたな。
滅気ないというかなんというか……ある意味尊敬に値するヤツなのかもしれん。
「まあ、それはさておき。
HP全回復ポーションは既に生産体制が整っているので月に一〇〇本は問題ない。
でも、代金がかなり高いんだけど大丈夫かな?」
部屋の奥に燦然と輝く金貨の山を見れば、それは心配しなくても良いのかもしれないな……
「いかほどじゃ?」
「一本で金貨一〇〇〇枚程度と担当者は言っていたよ」
ドーンヴァースなら金貨四〇〇〇〇枚以上の代物なのだが、フィル曰く、原材料は貴重とはいえ材料費は金貨四〇〇~五〇〇枚程度らしくて、価格は金貨一〇〇〇枚程度でかなりの儲けになるのだとか。
ただ、金貨一〇〇〇枚などという高額なポーションを買っていくような冒険者は皆無なので、儲かってはいないというのが現状だ。
貴族でも買わないらしいからな。
ポーションは普段使いするモノなので、金貨一〇〇〇枚とかバカ高すぎて無用の長物ってヤツなのだろうな。
ドーンヴァースのトップ・プレイヤーたちの経済観念がいかにぶっ壊れていたのかの証左だろうな。
「では、月に金貨一〇万枚じゃな。その程度なら我の氏族だけで賄えよう」
「待て、カティア。
ドライグ氏族だけで独り占めする気ではあるまいな?」
怪訝そうな声を上げてルティルがカティアを牽制する。
「バカを申せ。そんな事をしたら宴になるまい。
もちろん他の氏族にも分けるつもりじゃぞ。代金は出させるがの」
と、彼女は言っているが、自分の氏族用の分は多めに備蓄を確保しそうな雰囲気はあるね。
「他の全回復ポーションだけど、MP回復のヤツはもう少しで開発が終わると聞いている。
SPは開発準備段階かな?」
「ふむ。最も欲しいのはSP回復なのじゃが、目処はついておるのじゃな?」
「ああ、そう聞いているよ。
ちなみにMP用が一番高くなるそうだ。こっちは金貨五〇〇〇枚程度になるだろう。
SPは金貨五〇〇枚くらいじゃないかな?」
「安い! 我らに優先的に回すのじゃぞ!」
いや、ウチの工房をフル回転させれば、月一〇〇本とか大した量じゃないんだが。
エマに視線を向けると工房の担当官らしく指を折って利益を計算している。
途中で俺の視線に気付いてニッコリ笑って頷いたので、問題はなさそうだ。
「承知した。
ところで相談したい事があるんだが……」
俺は、今後懸案事項になりそうな事を思い出して口を開いた。
俺が承知したことで嬉しそうにしていたカティアと満足げな顔のルティアが眉を上げて俺をみた。
では、ここから商談は俺のターンって事で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます