第29章 ── 第9話

「ところで、ベヒモスからは何と?」

「大陸東のオーファンラント関連には手出し無用と言われている」


 ありがたい。

 ベヒモスは約束通り他の古代竜にも手出しさせないように手を打ったんだな。


 バハムートとドライグたちの反応からして、ベヒモスやテレジアたちの権威は確実なものだと理解できた。

 この分だと海路の方もテレジアに任せておけば安全は確保できそうだね。


 ますます貿易路の発展が期待できるというものだ。

 となれば、今後は東側と西側を繋ぐ街道の整備に力を注いでいけば、大陸全土を巻き込んだ貿易圏の構築も夢ではない。


 俺がそんなことを考えつつニヤリと笑うと、ヤヌス爺さんが不機嫌そうな声を出す。


「何が可笑しい?」

「あ、ああ。こっちの事なんで、ここの状況とは関係ないよ」

「先程の含み笑いが関係ないとは思えんが?」


 まあ、古代竜絡みではあるけど、ヤヌス爺さんは全く関係ないね。

 黙っていると要らぬ誤解を受けそうなので話しておくか。


「いや、ベヒモスとテレジアが同族たちに俺との盟約を守るように言って歩いているって知れたから、ちょっと考え事をしてたんだ。

 今後、ウチの領地の貿易事情が捗ると思ってね」


 他国との貿易に古代竜たちの気まぐれな妨害が起きないってだけで、どれだけの利益なのかを俺は滔々と語って聞かせる。


 ヤヌス爺さんは興味なさそうな顔をしているが、ゲーリアは興味深そうに聞いている。

 時々「ふんふん」と頷き、懐から出したメモ帳に何かを書き込んでいる。


 ゲーリア兄ちゃんって凄い人間臭いね。


「ケント殿はモノをあちこちに動かす事に尽力しておるという事か」

「ああ、それが貿易ってもんだし、商人たちが活発に行動できれば、各地に住む人々の生活はどんどん豊かになっていくからね」


 世界中の街道がしっかり機能すれば、体中に張り巡らされている血管のように血液たる金が巡ることになる。

 経済は動いてナンボ。


 古代竜の住処の周辺は基本的に強いモンスターの出現率が下がる。

 もちろん古代竜ランクに強いモンスターは別だが、そういう存在はまずいないので心配する必要もない。

 んで、古代竜の住処があると思われる箇所を上手く繋いだら、かなり安全な街道が作れるのではないだろうか?


 まあ、そんな不埒な事も考えていたので顔がニヤけたのだが、上手く誤魔化せたな。


「産地では安くても、それが取れない所では値段は上がる。

 これを利用して物を運ぶだけでお金が儲かるというのは面白いだろう?」

「そなたが言う『価値』とは不変のモノではないということじゃな?」


 カティア・ドライグは俺の簡単な説明で当然のように核心を突く。

 俺が頷くと、ゲーリアが口を開いた。


「モノの交換を利用して稼ぐ者は商人と呼ばれているという。

 ケント殿は商人なのか? 貴族と言っていなかったか?

 私の知識では貴族とは他の力なき人間を支配する者たちだと思っていたのだが……」


 俺は肩を竦めて見せる。


「俺は商人ではないけど、この世界に来る前は経済学というモノを学んだお陰で商人みたいな事をしていたんだ。

 その知識と貴族の力を使って、地上に住む人々が豊かに暮らせるような世界になればいいと思っているよ。」

 まだ自分の領地や国を富ませる程度しか動けてないんだけどね」


 バハムートがニヤリと笑う。


「確かに考え方が私が知る人間たちとは全く違う。

 それでいて神ほどに強いのだろう?

 ますます興味深い」


 いやあ、確かに神とも戦った事はあるよ?

 でも、神やら魔族と戦うには神の力を使わないとかなり厳しいし、今まで意識せずに使っていたようなんだけど、アレってどうも自分で戦っている感じがしないんだよねぇ。


 意識の外からデータを送り込まれてるっていうのかな?

 後ろから襲いかかってくる攻撃すら見える感じだし。

 ああいう感覚を自分のものにする必要があるとしたら、まだ俺は人間を捨てきれないし、捨てたくない。


 自分で自分を人外と認める事は本当に難しいね。

 ファーディヤが色々躊躇していた気持ちが良く分かるよ。

 まあ、もう人外に足を踏み入れてしまっているところもあるので、否定しようもないんだが。


 ただ、俺は現実世界でVRMMOのドーンヴァースをプレイしてきたお陰で正気を保っていられる気がするんだ。

 あれはリアルに自分が強くなっていくのを体験できるツールだから、力の使い方とか力の意味とかを理解しやすいんだよ。

 今持っているような強大な力を突然与えられたら、俺は正気を保っていられるか解んなかったよ。


 力に溺れて自滅する姿しか想像できんし。

 俺も含めて人間は弱い生き物だからねぇ。


「強いって言っても、人としてだよね。

 人とドラゴンでは種族としての基礎能力が全く違う。

 そこを埋められなければ、同じレベル一〇〇でも勝ち目がない。

 それが人間の生物としての限界だろうね」

「確かに基礎能力は如何ともし難いのう。

 体格からして人は脆弱過ぎるのじゃ」


 自分の人としての身体を見下したドライグが肩を竦めた。


「人間は力はないけど、モノの力というモノを信じていたりするよ。

 いかに強い存在でも、物量に勝つのは難しい。

 例えば、レベル五〇の人間がいたとする。

 こいつにレベル四〇の人間を五人、それも良い武器を渡して戦わせれば勝つことができるだろう?

 これを物量戦というんだ」


 バハムートの眉間にシワが寄ったので、卑怯と思われたのは間違いないかもしれない。


「勝てなければ、そいつの人生は強者に踏みにじられるんだし、例え卑怯でも勝つ方を選ぶってのが人間だよね。

 まあ、そこに矜持やら信念がないなら意味がないってのも解るけどね」


 少し間を置いてから続ける。


「人はそういう矜持や信念を『正義』という言葉で表しているけど、古代竜にもそういう定義はあるの?」

「正義か……

 我ら古代竜は強き者こそが『正義』ではあるな」


 それは人間も一緒だと思う。

 弱肉強食はどこでも同じって事かね。

 そこに知性が口を挟む余地はないのだろうか。

 ただの暴力は正義と呼びたくない。


「我らにも生きる上で義務は存在する」


 ほう。そんなモノが。


「第一の義務は『強くあれ』だ。

 我らの存在価値だからな」


 それは義務というのでしょうか?


「第二の義務は『秩序あれ』だ。

 我らは神々の定めた秩序の中で生を許されておる故な」


 神々に与えられた義務なのかな?


「我らを生みしカリスは、破壊と混沌の神であった。

 カリスを裏切った我らは、秩序の神々に協力する上で課せられた義務か、この『秩序あれ』だ。

 世界の秩序を守る為には我らも秩序を持たねばならぬ。

 秩序とは、規律とも言えるだろうか。

 無闇に下界の者たちを殺すことは、この規律に反する」


 なるほど。

 確かに絶対的破壊者たる古代竜が暴れまわるような話は聞いたことがない。

 一番最近の事例なら、テレジアさんが法国を襲ったヤツになるが、それより前となるとオーファンラントがグランドーラに襲われた七〇年くらい前の話だけだ。

 古代竜の襲撃事件が少ないのは古代竜が街や人々を襲わないという規律があったからなんだなぁ。


 もちろん、下級ドラゴンとかの襲撃事件は数年に一度程度は起きているらしいけど、軍隊でなんとか対処できていると聞く。

 その辺はワイバーンと同じだな。

 人里に降りてくるようなヤツは、他の個体より弱いのが普通なので、人でも倒せる程度なんだよね。


「秩序勢に膝を屈したモノに似合いの義務であろう?」

「まあ、古代竜は強すぎるから自制が利かないとヤバイしねぇ」

「我らの真の存在価値は世界の外敵を撃退する事なのだし、強さが第一なのは仕方のない事だ」


 あぁ、そういう理由で古代竜は生かされてるのか。

 なるほど、用心棒としてはもってこいだわ。

 魔族の神々が戻ってきた時に対抗できる勢力として間違いなく優秀だしな。



 興味深い話ではあるが、そろそろ限界だな……?


 見るとマリスとアナベルがコボルトを相手に追いかけっこを始めている。

 難しい話ばかりしているので飽きたのだろう。

 さっきまでビビッてた割りに順応力が高いな。


「そういや、マリスのお兄さんはソフィアさんと知り合いだそうですが」

「ああ、僕は錬金術を研究しているから、彼女には試薬や素材を卸してもらっているんだ」


 手広くやってんな。

 まあ、あれくらいレベル高くないとソロで古代竜とか相手に商売できないだろうけどな。


「ウチの領地にも腕のいい錬金術師がいますよ」

「ほう。何か珍しい発明でもあったら見せてもらいたいな」


 俺はフィルが作った特級回復ポーションの一本を取り出す。


「HP回復ポーションでよければ見せるよ」


 流石にHP回復ポーションと聞いてゲーリアは怪訝な顔をする。


「これが凄いの?」


 ゲーリアは渡されたポーションに鑑定魔法を掛けた。

 するとみるみる目が見開かれ口をパクパクしている。

 声も出ないとはこのことだろうか。


「全回復ポーション!?」


 突然叫ぶように声を張り上げたので、他の古代竜までゲーリアに注目する。


「何だ? 全回……?」

「我には全回復ポーションと聞こえた気がしたのじゃが?」

「ははは。そんなモノがあるはずないだろう」


 ルティル、カティア、ヤヌスの三匹が空耳だと笑う。


「いや、まあ……

 ゲーリア殿が言ったのは間違いでもないかな」


 三匹の目がこちらに向く。


「ウチの領地の工房で開発した特級HP回復ポーションは、飲めばHPを全回復するよ」


 ゲーリアが持つポーションの瓶に三匹の視線が集まる。


「それが本当なら……」

「いつでも宴ができるのじゃ……」

「そんなモノを人族が開発したというのか……?」


 まあ、正確にはハーフ・エルフですけども。

 フィルはマジで凄いからな。


「ヤヌス! ちょっと部屋を貸せ!」

「我の住処の部屋で良いのか?

 頂上の接待の間を使うべきでは?」

「人間は空を飛べん。地上が良かろう」

「承知した。

 しかし、人間の大きさの家具があっただろうか……

 ゲーリア! お前も手伝え!」

「はい、お祖父様!!」


 ヤヌスとゲーリアが奥の巨大な扉へ走っていく。

 扉まで行くと自動で開いた。

 自動ドアなのか、珍しいな。


「客人よ。少し我らと取引をしようではないか」

「はあ。良いですけど、特級ポーションはまだHP用だけでしてね。

 MP用とSP用は鋭意開発中ですが」

「何!? 他のも開発しておるというのか!?」

「まあ、三種あった方が便利だし」


 ああ、なるほど。

 特級とかの回復ポーションがあれば、戦いの宴とやらで怪我をしても一瞬で治るし、SPやMPも補充し放題になる。

 好きなだけ宴が出来るなら、特級が欲しいって事だよね。

 戦闘狂バトル・ジャンキーの古代竜らしい反応だな。


 ま、もし彼らと定期的に特級ポーションの商いができるなら、結構な収益が見込める案件だろう。

 何せドラゴンは財宝を溜め込むってのを地で実践している奴らだからな。


 一本金貨四万枚くらい吹っかけても問題なさそうな気がしてくるね。

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