第29章 ── 第8話

 対戦の間の上の方を見上げてみた。

 巨木の虚穴を利用しているからか、頭上にはポッカリと暗い穴がずーっと上の方まで続いているので天井がないように見える。

 どこまで続いているか大マップ画面で確認したところ、世界樹の天辺近くまで続いていた。

 様々な高さでテラスや横穴などがあるようで、巨大な吹き抜けか何かのような構造だと判る。

 光点などは確認できないので別の古代竜一族や他の生物が利用している穴なのかは判別できないが……俺の直感は何かヤバい生物がいそうだと告げている。


 世界樹は巨大な樹木ではあるが、様々な生物が共同で生活する場だと思われる。

 古代竜だけが住んでいる場所ではなさそうだ。

 現にこの対戦の間の隅っこを、ちょこちょこと忙しそうに走るコボルトの姿が見て取れる。


 森や洞窟、遺跡などで一般的に出会う弱小種族なのだが、そういった場所で出会う者と比べて身なりが整っている。


 革製の服のようなモノを着ているし、靴まで履いている。

 古代竜の住処にいるというのに武装すらしていない。


 恐らくマリスの一族に仕えているのではないだろうか。

 そういや、外でマリスが「小さき者はコボルトだった」とか言っていたような気がする。


 マリスたちは奥に見える巨大な扉に向かって歩いていく。

 それに続いて仲間たちも進んでいたのだが、広間の真ん中あたりまで来た時、異様な威圧感を伴う気配が頭上から降ってくる事に気づいた。


「警戒態勢!!」


 俺の掛け声に、仲間たちが一瞬で反応する。


 トリシア、アナベル、エマを中心に、それを取り囲むように防御円形陣形になる。


 俺が上を見上げているのを見て、トリシアも上を見た。

 時々暗い頭上の穴からキラリキラリと青と赤の煌めきが度々見える。


「何かが落ちて来ているのか?」


 トリシアが怪訝な顔をしたが、異様な威圧感を感じたようで顔を固くする。


 一応周囲を確認すると、ゲーリアも上を見て唖然としていた。


「マリス! 何かが上から来るぞ。何だか判るか!?」


 俺が大声で聞くと、盾を構えたマリスが上を見た。


「む……あれは……!

 バハムートのおじじとドライグのおばばじゃ!!」


 なんだと……?

 何故、ニズヘルグ一族の対戦の間に伝説級の古代竜がくるんだよ……


 マリスの叫びとほぼ同時に、ドガーンという巨大な音と共に二匹の古代竜が地面に降り立った。

 あれだけの巨体が降りてきたにもかかわらず埃一つ舞ってないのを見て「掃除が行き届いているなぁ」などと思考が現実逃避をしかけた。


「こやつらか?」

「こやつらじゃろうな」


 グルグルシューという音が、俺の耳にはそういう意味として聞こえて来た。


「おう……流石にこの二匹ふたりが揃っておると我も足が竦むのじゃ……」


 いつも自信満々のマリスですら、この者たちには尻込みをしている。


 当然だ。

 マリスはバハムートとドライグと言った。

 それは氏族第一位の一族の者って事なのだろう。

 まさに古代竜のエリート中のエリートを意味した。


 下手な対応で怒らせでもしたら、俺はともかく仲間たちが全員死にかねない最悪の事態である。

 ドラゴンの初撃は大抵の場合はブレスと相場が決まっている。

 初撃のブレスさえ対策できればその後の手も打てようが、イニシアティブ判定で負けている感じの今はどうしようもない。


 それはそうとバハムートって何のブレス吐くんだ?

 ドライグは鱗の色から炎じゃないかと思うが……

 某有名元祖TRPGならブルードラゴンは電撃なんだが、リアルはそうは問屋が卸さんよなぁ……


 もう少しファンタジー知識を仕入れておけばよかったか……


「小さき者たちよ。我は世界を支えし竜ルティル・バハムート。

 強き者がいると聞き姿を見に参った」

「同じくウェルシュの赤竜カティア・ドライグじゃ」


 相手が自己紹介をしている以上、こちらもやらねば機嫌を損ねかねない。

 俺は勇気を出して二匹の前に進み出た。


 恐怖の波動ってのかな、そんなものが発せられているっぽくて流石の仲間たちも動けていないしね……


 俺は一度深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。

 そして用心深く言葉を選びつつ口を開いた。


「お、お初にお目に掛かる。

 俺は大陸の東、オーファンラント王国のトリエン地方領主、ケント・クサナギ・デ・トリエンと申す。

 冒険者も生業としており、仲間の生家があるという世界樹にやって来た所存。

 伝説の古代竜のお二方にお会いできて光栄に存ずる」


 失礼の無いように、だが卑屈にならないように自己紹介する。


「ケント?」

「クサナギ?」


 途端に二匹の目の瞳孔が針のように縦に細くなった。


「まさか、この者だと申すのか?」

「はて……吹けば飛びそうな気配しかせぬが……」


 バハムートが俺たちが入ってきた虚の入り口の方に目を向けた。


「ヤヌス!! 出て参れ!!」


 咆哮にしか聞こえぬ轟音が響き渡るが、誰かを呼んだのだと俺には解った。


 バハムートが向いている入り口方向に俺も目を向けると、這々の体といった風情でテッテッテーと走ってくる黒いローブの白ひげ爺さんが見えた。

 虚穴に入る前に見た木の影にいた人だった。


 ヤヌス?

 ローマの出入り口とか門の神の名?


 走ってきた白ひげ老人は結構な速さで走ってきたのに息も切らさず二匹の前までやってきた。


「どうだ? お主らの目で見ても強き者と見えるか?」


 二匹の前まで来た白ひげ老人は、二匹にそう言い放つ。


「ヤヌス、耄碌したか。

 貴殿の孫娘と同伴している人物が誰であるか知らぬのか。

 この者はベヒモス殿の知己であるぞ?」

「左様。

 我が御老から聞いていた容姿と寸分違わぬのし、違いあるまい」

「何だと?」


 ヤヌスと呼ばれた老人がジロリと俺の方を見ると、みるみる姿が巨大になっていき一匹の黒い竜の姿になった。

 以前、マリスが竜になった時の姿によく似ている。


 黒い巨竜は俺の方に顔を近づけて来て、じーっと黄色い目で見てくる。


 居心地が非常に悪い。

 なにやら背中の真ん中を足が何本もある虫が這い上がってくるような気配を覚える。


 マリスの一族って視線で恐怖を植え付ける特殊技能を持っているとか言ってなかったか?

 その効果かもしれない。


「確かに人族にしては特徴のない顔をしておるな。

 御老も似たような事を言っておった気もする」


 青い竜が深い溜め息を吐く。


「お主はそろそろ息子に代を譲った方がよい。

 よく見てみろ。奥深くに僅かに神力が隠れておるわ。

 ベヒモス殿とリヴィア殿の言った通りだ」

「違いない。

 これは、神々から通達があった者でもあろう。

 我らが手を出してはならぬお方という事じゃ。

 神界の神々を敵に回すことはならぬ」

「我らの手を借りて、孫娘に付いた虫を脅しあげようとしたのであろうが……

 自らの手でやるべき事であろう。

 それほど孫に嫌われるのを恐れるか。

 なんと肝の小さい事か」

「然り然り。

 ニーズヘッグの名を手に入れられぬのも道理というものじゃ」


 なにやら二匹は訳知り顔でヤヌスという古代竜をこき下ろしはじめた。

 ヤヌスは、二人から詰られてあたふたしはじめた。


 それをポカーンとした顔で見ていたマリスが、ハッとして俺の横まで走ってきた。


「おじじを虐めてはならぬ! おじじは誇りあるニズヘルグの頭領なるぞ!」


 足が震えているので、これがマリス精一杯の虚勢に間違いない。

 というか、マリスが震える存在って事は、この二匹ってやっぱり相当な存在なんだろうな……


 ただ、マリスが庇ったのでヤヌスという古代竜はマリスの祖父に決定です。

 マリスはお祖父ちゃん子らしいので、祖父が虐められていると思ったのでしょう。

 ちなみにゲーリアは二匹に片膝を付いて無言で頭を下げているよ。


「お二方は俺のことを知ってるんで?」


 マリスが虚勢をはりつつ庇っているのが不憫なので、話題を変えて注意をそらしてやる事にする。


 俺が質問すると、二匹の古代竜が俺の方に目を向けてくる。

 二匹の巨大な頭が俺に近づいてきてギロリと青と赤の瞳がこちらを向く。


 いやあ……こりゃ大迫力ですな……


 俺も正直チビリそうです。


「知っておる。

 お主、既に人ではなかろう。

 ベヒモス殿やリヴィア殿も薄々気付いておったようだが、お主は神だな。

 いや、神になりかけか?」

「はぁ……創造神の後継に選ばれたのは間違いありませんが、まだ人間のつもりなんですけど……」


 ポリポリと頭をかいて首を傾げる俺をみて、赤い竜が俺から顔を背けて吹き出した。

 その息は半分火炎でした。


「いや、申し訳ない。

 余りの可笑しさに吹き出してしもうたわ。

 当代の最高神は面白い者よのう」

「確かに。

 神になれる力があり、神々も認めておるのに何故人間などに身を落としておるのか理解できぬ。

 神とは力の象徴であろうに」


 自分なら神の力が手に入るならすぐにでも手に入れると青い鱗の古代竜は言う。


「まあ、そういう考えも否定はしませんけど、誰かの上に立つとか、何らかの組織に所属するのって、自由に動けなくなるでしょう?

 俺はそれが嫌なんだよね」

「ふむ。力があれば自由に動けよう」

「いや、力があるからこそ、逆に好きに動けなくなるってのもあるんじゃ?」


 貴方たち古代竜は世界最強であるが故に外の世界を自由に飛び回れてないじゃないか。


 俺がそういうと、三匹の古代竜が顔を見合わせた。


「面白いことを言う。

 そうとも言えるが、我らは……」


 赤い竜がそこまで言うと、するすると身体が小さくなり豊かな赤髪の美女に姿を変えた。

 同じように青い竜も小さくなると、青髪の精悍そうな青年の姿となった。


「このように人の姿になって外界を好きに見て回っている」


 赤髪の巨乳美女の胸に視線を釘付けにされつつ、俺は「なるほど」と生返事を返した。


「むう。やはりケントはでかい方が好きか。

 我も早く大人の姿にならねばならぬのう……」


 自分の胸のあたりに手をやりマリスが「ハァ……」と溜め息を吐いた。


 まあ、そうですな。

 マリスはあの半竜半人になった時の巨乳っぷりがベストですかな。

 俺の好みとしてはですが。

 大人になるとアレになるなら、マリスには早く大人になって頂きたい!


 などと不埒なことを考えて頷いていたら、ヤヌスおじじが人間の姿になって俺の脇腹に肘を入れてきた。


「我が孫娘に邪な妄想を向けるでない!」


 魔法か超能力で俺の心の内を覗いたのだろうか……

 ヤヌス爺さん、侮れねぇ……


 いや、まあ何にしても、バハムートやらドライグと戦うようなことにならなくて良かったね。

 そんな事になったら俺の身が持ちませんしね。

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