第29章 ── 第7話

「改めて挨拶するね。冒険者のケント・クサナギ、オーファンラント王国のトリエン地方領主をしている」


 俺は再び挨拶をした。

 それを聞いたゲーリアがピクリと反応した。


「トリエン地方領主……?

 ソフィアが言っていた冒険者貴族……?」


 ゲーリアは興味深そうに俺を上から下まで舐めるように見てくる。


「兄者がソフィアと知り合いじゃと聞いておったが、それは本当の事じゃったのか!」

「ああ、時々錬金術の試薬や素材などを卸してもらっているんだよ。

 彼女ほどの力がなければ世界樹の森を気軽に行き来はできないから、すごい助かってるんだ」

「なるほどのう。

 我も住処を出たばかりの頃はかなり苦労したからのう。

 やはり兄者が言っていた通りレベルは最重要要素であったのじゃ。

 その点、ソフィアはかなりの高レベルじゃからなー」


 ゲーリアはニッコリ笑いながらマリスの言葉に頷いている。

 マリスの言葉が本当なら、マリスに冒険者の基本を教えたのはゲーリアという事だろうか。


 出会った頃のマリスはレベル七で、とても中央森林を旅できるようなレベルではなかった気がするが、レベル五〇以上の彼がサポートしていたなら無事に森を抜けることも難しくはなかったのだろう。


「どうやら妹がだいぶお世話になったようだ。

 君たち、急ぎでないなら我らの住処で少し休んでいったらどうか?

 妹の仲間なら僕は歓迎する」


 ゲーリアがそういうと、魔族連が興味深そうにし始めた。


「カリス様が作り上げた地上最強の生物ドラゴンの住処を見せてただけるのは大変嬉しい申し出ですね」


 アモンはそう言っているが、ただ単に古代竜の戦闘力に興味があるだけな気がする。

 カリスが作り出した「武力最強」の座を後から作り出されたドラゴンたちに奪われたままなのはアモン的には気分が悪かろうしな。


 そういや、破壊の力ならディアブロってのが魔族では最強なんだっけ?

 アルコーンの死が、魔軍に与えた影響は計り知れないようで、最近魔族の活動が下火になりつつあるみたいなんだよね。


 ティエルローゼの破壊を企む魔軍からすれば、魔軍参謀たるアルコーンがいなくなり新しい破壊工作や軍事作戦が発案されなくなってしまった今の状況は歓迎されざる状況なんだろうけど……

 今の魔軍ってアルコーンに代わる知的な魔族が一人もいないんですかねぇ?

 こう……メガネをクィッってやる感じのイケメン魔族とか乙女ゲーなら必ず出てくるパターンだと思うんだけどなぁ。


 アモンたちの証言によれば、魔軍に所属している魔族は既に二〇人以下だそうだし、人材が枯渇しているのかもしれない。

 だが、まだ四天王の一人「技の体現者」というのが魔軍にはいるらしいので、警戒を解くわけにもいかない。

 こいつは俺やソフィアのように魔法道具などを作り出すことが出来る者だそうだし、強力な武具や魔法道具を生み出して仲間の魔族を強化することもできる要警戒対象者だ。


「では、こちらに……」

「うむ。皆のものども! 我について参れ!」


 ゲーリアとマリスが世界樹の方に歩き出した。

 フォックはピョンとマリスの肩の上に飛び乗り、他の仲間たちも彼女らについて行った。


 俺は素早くゴーレム・ホースたちをインベントリ・バッグに仕舞い込んで仲間たちの後を追ったのだが、チラリと横目に何かが見えた。


 足を止めてそちらの方を見ると、ゲーリアに似た黒いローブを来てフードを目深に被った人物が少し離れた場所の木の陰からこちらを窺っているのが見えた。

 長く白い顎髭が見えているので老人ではなかろうか。

 俺が足を止めて見ているのに気付いた途端、その老人は木の陰に姿を隠した。


 何者か判ると思い大マップ画面を表示させてみたが、既に木の陰に老人を示す光点は表示されていなかった。


 素早いな……

 老練な盗賊シーフ系職業の冒険者が古代竜の巣を偵察に来たのかもしれない。


 以前マリスに聞いたのだが、彼女らの住処には腕に覚えのある冒険者が侵入してくることが良くあるらしい。

 ドラゴン・スレイヤーになりたい冒険者パーティが来るって事じゃないかと思うが……

 古代竜の巣に突入するような冒険者グループってのは未来予測もできない脳筋って事だよな?

 よく世界樹の森で生き残っているもんだよね?

 オーファンラントとかブレンダ帝国あたりで慎ましく冒険をしていれば食いっぱぐれもなさそうなのに、何を考えているのやら……


 それだけドラゴン・スレイヤーって称号は魅力的なんだろうけど、わざわざ古代竜を相手にしようってとろに理解が追いつかない。

 レッサー・ドラゴンでも倒せれば「ドラゴン・スレイヤー」になれると思うんだけど、下級のドラゴンじゃ誇りが許さないんですかね?


 古代竜はサービスが良い者が多いんで、演出たっぷりに相手してくれるからなぁ……

 ヤマタノオロチもそうだったし、エンセランスの住処でも対戦場となる広い空間確保してダミー財宝置いてたっけね。


 などと、色々と思考を巡らせてマリスたちを追っていると、世界樹の幹にポッカリと大きく穴が空いている場所までやってきた。


「ひぇー! 世界樹は虚穴うろあなもでかいな!」


 感嘆の声を上げると、マリスが「どうじゃ、まいったか」といったドヤ顔をする。


「ここが我らニズヘルグ一族の住処への入り口じゃ」


 隠蔽していないのは潔いのか自信があるのか……


「あれ? 住処の入り口を隠蔽してないのにマリスの一族は大マップ画面で検索に引っかからなかったな?」


 俺が疑問を口にすると、マリスはさらに得意げに胸を反らす。


「ああ、視覚情報には隠形術は使っていないからだよ。

 我らニズヘルグ一族は、何人なんぴとの挑戦をも受けるのが信条なんだよ」


 ゲーリアが見た目の優男っぷりからは想像も出来ない硬派な応えを返してきた。


 ニズヘルグ一族パネェな……


「ちなみに……世界樹に住処を構えるという事には、それだけの力が必要って事なのさ。

 人間や亜人程度に怯むようなら古代竜は名乗れない」


 いわゆる古代竜の矜持ってヤツですかね?


「そういやバハムートとかも世界樹にいるとか……」

「ああ、それは世界樹の上の方に住処を構えているよ。

 ニーズヘッグ一族も上の方だね。

 うちは氏族では二番目だから世界樹の根本に住処を構えているんだ」


 ニーズヘッグを名乗れるのは氏族で最強の一族だけだと聞いているので、二番目って事はニズヘルグ一族はかなりのエリート一族って事じゃねぇか……

 やはりマリスは良いところのお嬢だったわ。

 エンセランスやグランドーラに慕われていたのも頷けるというもの。


 ちなみにエンセランスはファフニール氏族、グランドーラはドライグ氏族の古代竜だ。

 それぞれトップ一族の出身じゃないし、それに比べるとマリスはかなりの上位一族といえるだろうね。


 それにしても……地上を歩いてくる挑戦者の相手を一手に引き受けているんだとすると相当武闘派だよね?


 入り口に近づいて見て解ったけど、穴の周囲には人骨や大型の獣の骨などが転がっていて雰囲気がおどろおどろしい感じです。

 各種骨が磨いたようにピカピカなので取って付けた感じが激しく致しますが。


 これも演出なのかね?


 大マップ画面で現在位置を確認する。

 俺たちのいる場所が世界樹の真南に位置しているのが解ったけど、巨大な虚穴はマップに表示されていなかった。


 なるほど……隠形術は間違いなく掛かっているようだ。


 ただ、エンセランスやヤマタノオロチの住処のように、入るときに手続きみたいなものは必要ないっぽい。

 何の予備動作もなしにゲーリアもマリスも虚穴に入って行ったしね。


 俺と仲間たちも遠慮しつつも虚穴に足を踏み入れた。


 虚穴の中は少しヒンヤリとした空気が奥から流れてきていて、熱くもなく寒くもない感じだ。

 古代竜は究極の魔獣ってイメージがあるので、魔獣の巣のような悪臭でもしているかと思ったんだけど、そういった匂いは全く感じられない。


 虚穴に入ったはずなので壁は木肌かと思いきや、床も壁も岩肌だった。

 天井は高くて光も届かず確認できなかった。


 壁には松明が一定間隔で備えられており、ある程度の灯りは確保できている感じだ。


 三〇〇メートルほど進むと五〇〇メートル四方の円形の広場に到着した。


 あちこちに白骨や朽ちた武具なども転がっているので、ここがニズヘルグ一族の対戦の間に違いない。

 ヤマタノオロチの住処の対戦の間よりも確実に広い。

 一〇〇〇人規模の軍隊とも対戦できそうな広さだ。


 それ以外も他のドラゴンの住処とは全く違った。

 金貨や宝箱などは確かに置いてあるが、申し訳程度しか置いていないし、床も岩剥き出じゃなくてスベスベに磨かれている。

 一番奥には巨大な木製の扉がある。

 どこから光が入ってきているのか解らないが、この対戦の間は昼間のように明るい。


 古代竜の住処ではなく、闘技場っぽい雰囲気というべきだろうか。

 ようは文明の香りがするのだ。

 もちろん観客席やら貴賓席などはないが、人かどうかは解らないけど職人などの作業によって整えられているのは間違いない。


 俺は感心して周囲を見回す。


「他の古代竜たちの対戦の間と違うな」

「他の古代竜の住処に入ったのかい?」


 ゲーリアは俺ではなくマリスに顔を向けて聞いた。


「エンセランスの住処とヤマタノおじじの住処には入ったのじゃ」

「ヤマタノ……オロチ様かい……?」

「そうじゃぞ。首がいっぱいあって大きかったのじゃ!

 おじじより大きかったかのう?」


 ゲーリアもビックリ顔だ。


「ヤマタノオロチ様は最古参の一匹だから当然だよ。

 戦ったのかい……?」

「ヤマタノおじじとは我では戦えんのう。

 アレは強すぎるじゃろ。

 ケントが一人で戦ったのじゃ」


 さすがのゲーリアもマリスから視線を外して俺の方を見た。

 その瞳には驚きの色がまざまざと浮かんでいる。


「人の身でヤマタノオロチ様と……?

 信じられない……」

「ああ、ケントは半分人じゃが、もう半分は神といってよいじゃろのう。

 何せ創造神の後継者じゃからな」


 俺の秘密を断りもなくバラすマリスに拳骨でグリグリしたい。

 身内がいる所で出来ないのが悔しいね。


 エマも俺が神の関係者なのは察しているが、創造神の後継者ってところまでは知らないはず。


 恐る恐るエマの方を見てみると……「何よ今更」的な表情で鼻を鳴らされた。


 あれ?

 公然の秘密ってヤツになってた?

 吹聴する情報でもないので直接言った記憶はないんだけど、誰かから聞いたかな?

 まあ、エマは賢い娘なので今までの出来事から察した可能性も否定できないか。


「創造神の後継者……

 人が? 一体何故……」

「我は詳しくは知らんのじゃ。

 ケントが話しても良いと思えば話してくれるじゃろう」


 ええ、そうですね。

 基本的に話すつもりはありませんけど。

 仲間や俺の身の回りの人々ならいざ知らず、神々や神界の事情を下界に住むものが承知している必要はない。

 例えそれが古代竜であってもね。


 だから、マリスが承知している以上の情報を与えるつもりはない。


 俺がニッコリと作った笑顔をゲーリアに向けると、彼は何となく理解したらしい。

 もう何故という言葉は口にしなくなった。


 自分の妹がただの人間とつるんでいるはずもないかと納得はしたようだ。

 そう認識してくれたお陰で、これ以降のゲーリア兄貴からの風当たりは良くなった。

 というか無風状態です。


 それよりも厄介な絡み方をしてくる者が現れたので途方に暮れそうです。

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