第29章 ── 第5話

 二時間くらい進むと木々が途切れ、突然何もない空間が視界飛び込んでくる。


 その何もない空間の先には黒々とした巨大な木の幹があった。

 左を見ても右を見ても黒い木肌だ。

 見上げてみると、ずーっと上の方は霞が掛かっていて、肉眼ではよく見えない。


「すげぇな……」


 マジで世界樹でけぇ!


「この世界を支える生命の頂きだ。

 地球にも似たような神話がいくつも存在していた。

 北欧ではユグドラシル、インドではアクシャヤヴァタ、ギリシャではオリーブを神聖な樹木として描いていた」


 珍しく語るトリシアの図。

 記念に映像として残しておこう。


「キリスト教でも生命の樹、知恵の樹が創世記に出てくる。

 まさに、この世界樹こそが、その発想の源流だ。

 神よ! この栄光に浴す機会を与えて頂き感謝を!」


 トリシアが神に祈るところは見たことないのでちょっとビックリ。


 まあ、神々うんぬんってのはトリシアと話をしたことはあるが……いつだったっけな。


 エルフは森を守る存在として神々に作られたとかなんとか。

 まあ、他の種族には色々とこの世界での役割が与えられているのかもしれないが、人間には明確な目的はないとも言われたような気がする。


 こんだけデカイ木を目にしたらエルフが興奮するのも仕方ないか。

 全ての木々は、この世界樹から生まれたとかいう神話があるらしいしな。


 俺は仲間たちと超巨大樹を感慨深く見上げていた。


「世界樹がそんなに珍しいのかね?」


 その声に俺は弾かれたように無意識のまま剣の柄に手を掛けた。


 注意深く顔を声の方に向けてみると、そこには漆黒のローブをまとった二十歳くらいの青年がいた。

 この俺に気配も悟らせずに声を掛けてくるとは尋常ではない。

 相当な腕前という事だろう。


 先にも述べたように、他のグループに友好的に声をかけてくる変人には警戒が必要だ。

 どういった意図で声を掛けてきているかを判断できないからだ。


 背後を取られたままではいられないので、不自然に見えないように用心深く移動を開始する。


 俺の動きを見て仲間たちもようやく声をかけて来た人物に気づいた。

 声は俺にしか届いていなかったということか……?


 マリスが男に気づいた瞬間、フェンリルから凄い速度で飛び降りると黒いローブの男に襲いかかった。


「ちょ、待て……」


 俺は得体の知れない男と争うのは危険だと思いマリスを止めに入ったが……


「兄者!!」


 マリスの声に俺の動きは完全に止まった。


 兄者だと?


 俺はまじまじとマリスが兄と言った男を見た。


 むしゃぶりついて行ったマリスを抱きとめている男はローブのフードを目深に被っていたが、マリスが暴れるのでフードがハラリと落ちる。

 そこには目を細めて微笑んでいる顔面偏差値が妙に高い顔が見えた。

 瞳や髪の色はマリスと同じだった。


 兄妹と言われたらそうかもしれないとは思う。

 だが、変化の術ならどんな顔でも色でも思いのままだろう。

 マリスが兄というのだから間違いはないはずだけどね。


 俺はハンドサインで後ろにいる仲間たちに騎乗ゴーレムから降りるように指示を出し、自分もスレイプニルから降りた。

 マリスの親族だとしたら馬の上から挨拶するのは失礼にあたると思ったからだ。


「初めまして。ゲーリア・ニズヘルグ殿ですか?」


 マリスに肩まで登られた「兄者」と呼ばれた男は一瞬鋭い目で俺を見たが、直ぐに元の微笑むような顔に戻った。


「どうして僕の名前を何故……とは聞かないよ。

 でも、久しぶりの妹との触れ合いを邪魔するもんじゃないよ」


 穏やかな口ぶりだが、言葉の端々に殺気のようなものを感じる。


 やべぇ。古代竜は敵に回したくない……

 マリスのお兄さんよ、マジで申し訳ない。


 などと俺が思った瞬間、バッチ~ンというデカイ音が耳に飛び込んでくる。

 マリスがお兄さんの顔に平手打ちを強かにお見舞いしたのである。


 マリスのお兄さんは「ぶっ」という変な音と共に鼻血を吹き出しながら後ろに倒れていく。

 倒れる男からマリスが「とぅ!」と言いながら軽やかに飛び降り、男の足元に見事な着地をする。


 俺は「あちゃ~」と思いつつ額に手のひらを当てて頭上を見上げた。


「兄者よ……ケントに失礼な態度を取るならば、待っておるのは血の制裁じゃと知れ」


 ギロリと後ろで倒れている男に鋭い視線を向けるマリスは、マジで怖いもの知らずだと思う。

 まあ、マリスは既にレベル一〇〇だし怖いものはないかもしれんが。


 男はマリスに対し何の反論もしない。

 というか、身動き一つしていないんだが……


 俺は近づいて男の様子を見た。

 男は鼻血を吹き出し、そして白目を向いて気絶していた。


 急いでHPバーを表示してみるとHPが六割ほど消し飛んでいるのが判明する。


 手加減抜きの一撃だったにしろ、古代竜の変化体がここまでダメージを受けるだろうか?

 もしかすると外に出て別の敵と戦った後だったのかもしれない。


「アナベル。この人に回復ヒールを掛けてやってくれ」

「はいなのです」


 アナベルに回復ヒールさせている間にマリスにはお説教をしておかねばなるまい。


「おい、マリス」


 マリスは俺を擁護したつもりなのでご満悦な笑みをこちらに向けてた。


「いくら何でもお兄さんにアレはないだろう?」


 お褒めの言葉かと思ったら行動を諫めるような言葉だったのでマリスは衝撃を受けたような顔をする。


「いや、そこはマリスと家族の間の問題だからいいんだけど、レベル差を考えるべきだったな……」

「なんじゃと?」


 マリスはまだお兄さんが気絶しているのに気づいていないようだ。

 いったいいつまで身内に無関心を決め込んでいるのだろうか。


「おい、兄者よ。いつまで寝ておるのか。

 さっさと起きてケントに挨拶せぬか!」


 マリスがお兄さんの顔を覗き込むと、ハッとした顔をした後にバツの悪そうな顔で俺を見た。


「気絶しておる……」

「だからレベル差を考えろって言ったろ」

「まさかあの程度で気絶するとは……

 兄者は弱くなったのじゃろか……?」


 一応、兄とやらの光点を大マップ画面でクリックしてみた。

 レベルは五八だった。


 エマより弱いとは……


 いや、まて。

 マリスと同じシステムだとすると、人型に変化している状態でレベル五八まで上げたって事だろう?


 人族だったら最高峰のレベル帯だ。

 アースラ曰く人族はレベル六〇くらいが限界だと言っていた。

 まあ、相手は古代竜なので、それが当てはまるかどうかは判らんけど、それでもレベル五八までに上げるのは相当な努力をしたに違いない。


 それを「弱い」と言っては失礼だろうな。

 俺に仲間認定された者たちには「ケントの加護」とやらが与えられている事が多い。

 この加護を受けると異様にレベルの上がりが早いらしいから、ある意味チートに近いんだよね。


『ケントの加護

 冒険者ケントの仲間に与えられる加護。

 ・取得経験値増加

 ・対抗ロール成功率上昇

 ・能力値上昇

 ・スキル取得判定成功率上昇』


 仲間たちのレベルアップ具合やスキルの取得っぷりから判断して、経験値増加分は一〇倍くらいありそうだし、イメージ通りのスキルをほぼ一〇〇パーセント取得しているんじゃなかろうか。

 ぶっ壊れ性能ですな……


 俺もいくつもの神に加護を与えられて相当ぶっ壊れな能力値だったりするけど、仲間たちも相当なもんですよな。


「まあ、反射的にやっちまうと……簡単にこうなるから、今後は気をつけるんだぞ?」


 俺は顎でお兄さんを指しつつマリスの頭をポンポンと叩く。


「ごめんなのじゃ。

 次からはやらぬのじゃ」


 いや、俺に謝ってどうするよ。

 それはそうと、お兄さんは大丈夫か?


 俺はもう一度、お兄さんとやらの顔を覗き込んだ。

 白目がグリンと回って瞳が戻ってきた。

 鼻血で汚れたまま瞬時に上半身を上げた。


「うぉ!?」


 俺は反射的に身を翻し、彼の頭突きを避けた。


 意図したもんじゃないだろうけど、かなりの鋭さだったからね……


「チッ、外したか」


 あれ……? 意図したものでした……?


 すると、マリスの目が爛々と赤く輝き、周囲が一瞬で暗黒に染まるような気配を発し始める。


 マリスの手がスッと動くとムンズとお兄さんの首根っこを掴んだ。


「兄者よ。

 ケントに悪さをすると命はないと知れ」


 マリスはそのまま力を入れ続け、お兄さんの身体がギシギシと音を立て始める。


「マ、マリソリア……!?」


 物凄い圧力と殺気にお兄さんの顔色が変わる。


「マリス、そこまでにしておけ。実の兄を殺す気か?」


 俺がそういうと、マリスはいつもの完璧美少女な顔に戻る。

 ただ、少し拗ねた感じの表情が妙な可愛さを見せる。


「ケントがそういうならお仕置きはこのくらいにしておくとするかのう」


 抑えられた首根っこを離されたお兄さんは、地面に両手を付いて「はぁはぁ」と荒い息を吐いた。


 そのまま信じられないものを見るような目でマリスを見上げている。


「本当に……マリソリアか……?」

「兄者よ。我がいつまでも弱いままじゃと思ったか。

 我は既に世界屈指の冒険者じゃぞ?」


 マリスがニヤリと笑う。

 お兄さんは信じられないといった顔で、マリスや俺、仲間たちを見回した。


「我の仲間たちも世界屈指じゃ。ケントは別格で世界最強じゃが」


 マリスがえっへんと胸を張る。


 マリスのすごい得意げな態度の所為で恥ずかしさで頬が赤くなりますが、確かに仲間たちはティエルローゼ上には、敵がいない可能性が高い。

 マリスの言葉は嘘ではないのだ。


 多分、神とかエンシェント・クラスの古代竜と戦っても遜色ない強さだと思う。

 パーティで戦えば相乗効果でもっと強い。


 当然といえば当然だ。

 俺自慢の仲間たちだからな。


 そう思いつつ俺もニヤリと笑うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る