第29章 ── 第2話
マリスがフワフワな尻尾をモフモフしてもフォックは余り嫌がらないのだが、俺が触ろうとすると凄い嫌そうな顔をする。
フォックは男の子だし同性にモフられても嬉しくないのだろうが、拒否られると悲しい気分になりますね。
「フォック、笛を吹いて直ぐに現れたのう。
近くにいたのかや?」
マリスは尻尾をモフモフしながらフォックに聞いた。
「ううん。ヴァリスの村、いた」
フォックの言うことにマリスは首を傾げる。
「ヴァリスの村じゃと? ヴァリスの村はずーっと東の方じゃろう?」
「うん。秘密の道使った」
「秘密の道じゃと?」
「影の中、通る」
フォックは影渡りが使えるらしい。
小さいのに良いスキルを持っているな。
フォックは威嚇してくるので喋るのはマリスに任せて俺は少し離れて話をきいておくとしよう。
「影渡りじゃろか?
素敵
フォックも成長したのう」
マリスに褒められてフォックは腹を見せるように転がった。
すかさずマリスはフォックの腹をワシワシと撫で回す。
フォックは「キャッキャッ」と嬉しげに笑った。
「それにしてもあんなに遠くなのに笛の音が聞こえたのかや?」
「あの笛は特別。この森の中ならどこでも聞こえる」
「そうなのか。不思議笛じゃな!」
いや、そこは魔法道具か何かだと思うぞ。
声に出してツッコミを入れそうになるが、フォックが怒りそうなので堪える。
マリスとフォックの話をまとめると、フォックはマリスの吹いた特別な笛の音を聞いてヴァリスの村から影渡りのスキルを使ってマリスのところまでやって来た。
かなり東にあるという村を大マップ画面で調べてみると、かなり東ってのは控えめな表現だった。
現在地点から世界樹まで、およそ二〇〇キロメートル。
そこから更に東へ数十キロメートル行ったあたりに「ヴァリスの村(エックノール村)」というラベルがあった。
括弧内が正式名称なんじゃないかな?
ちなみに、ヴァリスってのはマリスに色々と旅の仕方を教えてくれたエルフらしいよ。
マリス、フォック、ヴァリスの三人で世界樹の森を抜けたんだってさ。
それにしても二百数十キロも離れているというのに、数分も掛からずにフォックはやってきた。
地球と同じ物理法則で考えれば、例え笛の音が届いたと仮定しても一〇分以上掛かからないとフォックに音は届かない。
笛の音が音速以上の速度で伝わらないと、この速度は実現できない。
やはり笛が魔法的な効果で音を伝えたとしか思えないな。
一度笛を調べさせてもらいたいなぁ……
それにしても一度に二〇〇キロメートル以上を移動できるとは……
フォックの影渡りはハリスのヤツよりも性能が良いような気がする。
フォックの能力が高いのか、世界樹の森という場所に特殊な作用があるのか……
トリシアがフォックは神獣だと推測しているので、神獣ならではのブッ壊れ性能って可能性もある。
何にせよ、非常に興味深い。
検証実験とかやらせて頂きたいところだが、フォックが協力してくれるか疑問だな。
ま、チャンスがあったらにしておくか。
「で、フォックよ。頼みがあるのじゃが」
「何?」
「この森の案内をしてもらいたいのじゃ」
フォックは首を傾げる。
「この森は我の生まれ故郷なのじゃが、我は箱入りじゃったからのう……
危険な場所、気をつけるべき場所など全く判らんのじゃ」
「危ない場所?」
フォックは少し考えるとコクリと頷く。
「底なしの泥溜まり、危ない。
落ちたら逃げられない」
「そうじゃそうじゃ。フォックは、そういう場所とか知っておろう?」
「判る。見える」
「どうじゃ? 我らを助けてくれるかや?」
「ご褒美?」
「褒美がほしいのかや?」
マリスが眉尻を下げた顔を俺の方に向けてきた。
「フォックは何か好きな物はないのか?」
「そうじゃなぁ。肉じゃろか?」
マリスは、フォックともう一人の知り合いと森の中を一緒に旅していた時、フォックは肉を好んで食べていたという。
逃げ回るネズミを捕まえて食べていたとか、マリスが倒したイノシシの肉を食べたとか、ヴァリスという仲間が獲った鳥の肉も美味そうに食べたとか……
「食ってばかりだな……」
肉の話をしているマリスの前にフォックはちょこんと座って、必死な様子で「肉? 肉?」と聞きながら真面目な顔をしていた。
もらえると思ってるのかもしれない。
俺はインベントリ・バッグからワイバーンの干し肉を取り出してフォックに渡した。
「やるよ」
「肉?」
フォックはワイバーンの肉に鼻を近づけるとクンクンと匂いを嗅いてからパクリと噛みついた。
「アグアグ」
フォックが肉に食らいついている内に、仲間たちと今後の方針を話し合う。
「とりあえず、フォックは危険な場所を見れば判ると言っているので、彼を案内人にして森を進もう」
「森のどこに行きたいのじゃ?」
「まずは、世界樹に行ってみたいかな」
「我が一族の住処じゃな。寄って行くのじゃ」
世界樹と聞いて実家を思い出したマリスが寄りたいとか言い出した。
いやぁ……マリスの実家に寄ったら色々とフラグが立ちそうで怖いんですが。
「マリスの実家は却下だな」
「何故じゃ!?」
「いや、親御さんとか、お爺さんとか……
会いたくない」
「なん……じゃと……?」
話によればマリスは爺さんに可愛がられていたらしいし、マリスに気に入られ気味な俺が行ったら「孫に手を出すとは!」とか怒り出したら不味くないか?
普通に「爺さん」と聞けば、温厚そうな好々爺を想像しがちだが……
マリスの爺さんだぞ?
古代竜の中でもエルダーって事だろ?
ヤマタノオロチに匹敵する古代竜に敵対されたら堪らんなぁ……
俺は仲間たちに目をやる。
仲間たちも「マリスの実家」と聞いて顔をプルプルと横に振っている。
「君のご家族のレベルは?」
「知らぬ。
我がレベルの存在を知ったのは、兄者の
おじじや父上、母上のレベルまでは知らぬ」
まあ、そうだろうな。
マリスは出会った頃、レベル一桁の駆け出し冒険者だったし、
「ま、とりあえず世界樹を見てみたいだけなので、マリスの実家に寄るのは無しで」
「むう……」
マリスは口を尖らせて残念そうだが、触らぬ神に祟りなしと言う諺もあるので近寄らないようにしたい。
「マリストリアの実家?」
ワイバーンの肉を食べ終わったフォックがマリスと俺を交互に見上げた。
「そうなのじゃが……ケントが寄らぬと言うのじゃ」
「寄らない?」
「ああ、危ない場所には近づかない方がいい」
フォックは首を傾げる。
「マリストリアの実家、危険ない」
「え? そうなの?」
「じいじ、優しい。にいにも肉くれた。
危険ない」
「おお、フォックは我の住処に行ったのかや!?」
「匂い辿って行ってみた」
コクコクと頷いたフォックは得意げだ。
「おじじと兄者に会えたのかや?」
「うん。コボルト案内してくれた」
「コボルト? ああ、小さき者の事じゃな」
マリスは一人で合点がいっているようだが、マリスの実家……古代竜の住処にコボルト?
コボルトは人型生物の中でも最下層の存在だ。
そんなコボルトが古代竜の住処に住み着いているというアンバランスな状況が微妙に気になる。
「なんで古代竜の住処にコボルトがいるんだ?」
「何でじゃろうな?
生まれ出た時から我ら一族に仕えておったし、何でかは知らぬ」
何でじゃろうなって……
古代竜のライフスタイルをマリスが知らないんじゃ、俺たちが知るわけないじゃないか。
「判らんものは考えても仕方あるまい。
まずは世界樹へ向かって、ゴーなのじゃ!」
「ゴー?」
「そうじゃ、ゴーは『行こう』という意味じゃぞ」
フォックは嬉しげな声で「ゴー」と言うと、先頭を切って歩き出した。
マリスはフォックの後を追って行く。
こいつら人の話聞いてないな……
「大丈夫なの?」
エマが不安そうに聞いてきた。
「仕方がない。
マリスたちと逸れたら不味いし、付いていくとしよう。
何か危険なことがあったら俺が何とかする」
エマは肩を竦めた。
「ケントだけに責任を押し付けないわよ。
危なくなったら皆で対処するべきよ」
「その通りだ。ケントは何でもかんでも背負いすぎだ。
既に私はレベル一〇〇だし、守られてばかりではないぞ」
トリシアが俺の肩をガシッと掴んでニヤリと笑った。
「俺は……まだレベル一〇〇には……なってないが……」
ハリスが済まなそうな顔をするが、大マップで調べてみたら
これって普通のレベル一〇〇より強いと思うよ。
「私はレベル九九ですー」
「え、マジで? もうちょいじゃん」
調べてみるとマリスもレベル一〇〇になってるし。
いつの間にやら仲間たちはマジで強くなってた。
ちなみに魔族連は……
アモン、レベル一〇〇。
アラクネイア、レベル九五。
フラウロス、レベル九一。
こっちも大分レベル上がってた。
ちなみに、エマもレベル七九になってた。
俺の加護の所為かね?
しかし、これだけ仲間たちのレベルが上がっているなら、古代竜一家が襲ってきても何とかなるかもしれないな。
ま、殺されはしないくらいの強さでしかないけども。
高レベルの古代竜数匹とやり合うってのは、レベルがカンストしてても恐ろしいので注意深く行くとしましょう。
フォックの証言通り、温厚なご家族なら問題はない。
ご挨拶くらいならしてもいいかもね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます