第29章 ── 大陸の真ん中で……

第29章 ── 第1話

 アゼルバード最南端に来てみると不思議な感覚に囚われる。


 北を見れば生きとし生けるものを頑なに拒否する広大な砂漠が広がっている。

 南を見れば生命力溢れ、瑞々しく草や木々が茂る様子が見受けられる。


 俯瞰してみれば南の森が砂漠によって綺麗に切り取られているように見え、まさに生と死の狭間に立っているように感じる。


「凄い光景だなぁ」


 俺の感想に仲間たちも頷く。


「これは魔法的にキッチリと分かれているのか?」

「どうかしら? アル・カフ・メステ・ソーマ・セルシス・アテン。魔力感知センス・マジック


 エマが魔力感知センス・マジックを掛ける。


「砂漠の方には魔力らしきものは殆ど感じないわね。普通ならもう少し感じてもいいはずだけど……

 森の方はかなり魔力濃度が高いわね」


 俺も目に力を込めて砂漠と森を眺めてみる。

 精霊力に相当違いがある。


 砂漠の方は砂ばかりだからか土の精霊力が非常に強く、前にも言ったように水の精霊力は極端に少ない。

 木と金の精霊力もかなり少な目のようだ。

 そして熱いだけあって火がちょっと強めだ。

 火の精霊力に煽られてか、風の精霊力が大きく動き回っているのも特徴的かもしれない。


 比べて中央森林、世界樹の森の方は、木の精霊力に満ちあふれている。

 水も土の精霊力もそこそこあるし、風の精霊力も柔らかく移動している。

 木が大量にある為か火の精霊力は少ない。


 これだと精霊力の違いが地形をキッチリ分けている理由とは思えないなぁ。

 どちらもそれなりの精霊力があるので魔力に違いが出る理由が解らない。


 いや、一つあったわ。

 圧倒的に森側の方が生命に溢れているな。

 それは木々や草が多いって意味だけでなく、小鳥や虫などの多さも含まれる。

 砂漠の方にはそういう生命力が完全に枯渇している。


 ほうほう、なるほど。

 魔力感知センス・マジックの結果は、周囲の生物が含有するMP総量の差なのか?

 それはそれで興味深い。


 大気中には生命体から溢れ出る魔力が漂っているって事なのだろうか?

 それを魔法道具で利用している?


 いや、それだと普通に無限鞄ホールディング・バッグなどの魔法道具が砂漠で使えている理由が解らない。


 魔力感知センス・マジックが万能じゃないって事か?

 システムを担っている精霊たちに仕組みを聞いてみるべきかもしれんな。

 創造神の後継を任された者として仕組みくらいは知っておかないと無責任の謗りは免れまい。


 詭弁かね?

 この世界の物理法則に当たる部分だろうし、科学などを発展させて自分で解明した方が正攻法なのかな?

 精霊に聞いても誰も文句は言わないと思うが、自分で解き明かした方が面白みがあるような気もする。


 ううむ。結論を今出す必要はないか……


「マリス」

「なんじゃ?」

「この森はマリスの故郷なんだよな?」

「そうなるようじゃなぁ」

「案内を頼めるか?」

「無理じゃ」


 取り付く島もない返答だな、おい。


「我は所謂箱入りじゃったのじゃ。

 外に出たのは冒険者になる為に飛び出したのが初めてって事じゃ。

 そんな者が、外の地理に詳しいわけがなかろう」


 威張ることではないんだが、正々堂々過ぎるセリフに「そうですか。すみません」とつい謝ってしまった。


「という事は、案内人が出来る人は誰もいないと……」


 流石に、危険で強力なモンスターがわんさか生息していると噂の中央森林に何の備えもなく突入するのは気が引けるんだが……


 困ったような表情でトリシアに視線を向けてみた。

 肩を竦めて無言で「処置なし」を表現してきた。


 ぐぬぬ。


「案内が欲しいのかや?」

「ああ、やはりそれなりに危険な地域だし、森に詳しい人が欲しいところだろ?」


 モンスターなどの敵対者はミニマップに赤い光点で出てくるから無視できるが、初めて入る地域の生態系による危険はモンスターなど比べ物にならないのだ。


 枯れ葉に隠された底なし沼に嵌ってしまったら?

 踏んだら毒を撒き散らすようなキノコがあった場合は?

 葉っぱが鋭利な刃物みたいな植物だってあるし、棘のある木々なんかも例に出すには簡単だろう。


 なので、植生や生態系などに詳しい者が欲しいところだ。


 そういやアラクネーが中央森林に住んでいたな。

 アラクネイアに頼んで呼んでもらうか?


「ふむ。では案内してくれる者を呼んでみるのじゃ。しばし、待て」


 マリスは無限鞄ホールディング・バッグから小さい笛のようなモノを取り出した。


「こいつを使うと我の友がやって来てくれる事になっておるのじゃ」


 マリスは大きく息を吸い込むと笛を息が続くまで吹いた。

 だが、俺の耳には何も聞こえない。


「面白い音が鳴るな」


 トリシアがそう言い、エマも頷いている。


 人間の耳では拾えない周波数なのか?

 犬笛ってやつかもしれない。


「ハリスは聞こえる?」

「一応……辛うじて……な」

「俺には何も聞こえないんだけど」

「私も聞こえませんよ」


 アナベルにも聞こえていないらしい。


「犬笛と同じ原理でしょう」


 アモンがそう応えた。


「ほう。お前にも聞こえるのか?」

「はい。フラちゃんはどうですか?」

「我も聞こえますな」

「私も聞こえています」


 魔族にも聞こえるのか……

 という事は人間だけに聞こえないって事だろうか?

 でもハリスには聞こえているんだよな?

 もしかしてハリスの兄貴、俺より先に人間辞めた?


 などと頭の中で冗談をとばしていると、森の方から素早く動きながら近づいてくる者がいるのを俺の聞き耳スキルが探知した。


「何か来るぞ?」


 俺は一応剣の柄に手をかけた。


 音は一直線にどんどん近づいてくる。


 用心深く待ち構えていると、灌木の茂みから何かが飛び出してきた。


「マリストリア~!」


 それは小さい男の子であった。


「おー、フォック! 随分と来るのが早かったのじゃな!」


 フォックと呼ばれた小さい男の子はマリスの首に飛びつくと、ポンという音と共に小さいモコモコな狐に姿を変えた。


「な、何だと……!?」


 喋る子狐も相当珍しいのだが、モコモコ具合がパネェ!

 あの尻尾を揉みしだきたい!


 俺は両手の指をフィルみたくワキワキさせながらマリスに近づく。


「ひっ!?」


 子狐が俺の気配に気づいて息を呑んだ。


 余りの不審者っぷりにマリスがジャンピング拳骨を俺の頭に落としてきた。


「あで!?」

「ケント! 何をしておるのじゃ! フォックが怖がっておろう!」

「あ、いや、すまん。尻尾の物凄いモコモコっぷりに我を忘れた」


 遠慮のない拳骨を落とすのは俺の役目だったはずだが、マリスに落とされてしまいました。

 俺は叩かれた頭を撫でつつマリスから距離を取る。


「いつもと逆ね」

「あの可愛さは仕方ないな。エルフですら我を忘れかねない」


 エマに対してトリシアが小さくコホンと咳をして顔を赤らめた。


 やはり女子は可愛いモノが好きですよね?


 でも例外はいました。

 チラリと見たんだけどアナベルはあまり興味無さそうな顔でした。


「トリシア、あの狐は人の姿だったように見えたのだが……俺の見間違いじゃないよな?」

「私にもそう見えた」

「大丈夫なのです。私も人だと思いました!」

「そうね。男の子だったわね」


 あやしい子狐に視線が集中する。

 フォックと呼ばれた子狐は俺の方を見て「べっ」と舌を出した。

 少しカチンと来たが、小狐に怒っても仕方ないので無視しておく。


「神獣の類いかもしれんな」


 少し考えていたトリシアがそんな事を囁いた。


「神獣だと?」

「ああ、神獣は人の言葉を解す者が多い。

 以前、ケントが呼び出したケルベロスは命令をしっかり理解していただろう?

 話に聞いたことがあるが種類によっては人の言葉も話すと言う」

「ほう。


 久々に会った友人を抱っこしたマリスはご満悦な顔でその者を撫で回している。


「相変わらずモコモコじゃな! 手入れが行き届いておるのう!」


 放って置いたら際限なくモフモフしていそうなので声を掛ける。


「マリス、そろそろ紹介してくれないか?」

「ああ、すまんのう。久々のモフモフに我を忘れてしまったのじゃ」


 マリスは子狐を地面に下ろした。


「此奴はフォックという名じゃ。

 我が旅に出た頃に知り合った者でのう。

 確か……『人狐』とかいう種族じゃったっけ?」


 マリスの問いにフォックは頷いた。


「人狐、あってる」


 そう言うとフォックはポンという音と共に、再び小さい男の子に変化した。

 ちょっと、特徴のない感じが俺に似ている気がした。

 個性まで出せていないのかもしれない。

 まだ子供のようだし今後の修練次第でイケメンに変化できるようになるのではないだろうか?


「フォック、この者はケントじゃ。我の嫁にする予定の者ぞ?」

「いや、それは承認されていない」

「そうね。私もそれは承認しないわ」

「ケントさんは、みんなのケントさんなのです。

 誰にでも平等なのは必須条件なのです」


 それはどんな必須条件なのだ?


「人、エルフ?

 あっちは……人違う」


 俺やハリスを見て人族、トリシアとエマを見てエルフだとフォックは言った。

 しかし、魔族たちを見て人ではないと一発で看破した。

 視認しただけで見破るとは、何気に凄い。


「そうじゃ。みんな我の仲間じゃぞ?」


 俺はそう紹介されたのでフォックに挨拶をする。


「初めましてだな、人狐のフォック。俺はケントだ」


 フォックは珍しいものを見るように俺を見上げた。


「冒険者?」

「そうだ。俺も仲間たちもみんな冒険者だよ」

「荒くれ者?」

「其方は必ず最初にそれを聞くのう」


 フォックは冒険者を荒くれ者と思っているらしい。


「荒くれとは違うな。

 まあ、敵対する者には容赦はしないこともあるけど」


 俺は苦笑する。


「私はトリシア・アリ・エンティル。見ての通りエルフだ。

 神獣どのにはお初にお目に掛かる」

「神獣? フォックは人狐」

「いや、人狐という種族は神獣なのであろう?」


 フォックは首を傾げる。

 まだ、子供で人語が解ってないのかもしれん。


「フォック。ヴァリスも其方の事を神獣と言っておったであろう?」


 マリスがそう言うと、フォックは小さい手をポンと打ち付ける仕草をした。


「そうかも」


 それを見て頷いたマリスはフォックに優しく笑いかけた。


「其方も挨拶と自己紹介をするのじゃ」

「あい」


 そう返事をするとフォックはテコテコと歩いて前に出た。


「こんにちは。フォック、人狐」


 自己紹介のつもりなのだろう、反則的な可愛さでペコリとお辞儀をする。


 この小さいモコモコの謎生物に俺はかなり強く萌えた。


「よろしくな。仲良くしようぜ!」


 俺はニッコニコの笑顔で手を伸ばした。


「殺気」


 フォックは素早く身を翻してマリスの影に隠れてしまう。


「殺気じゃと? ケントがかや?」

「いや、殺気など出してないんだが?」


 流石の俺も首をひねる。

 だが、フォックのふさふさの尻尾から視線だけは離さなかった。

 それを見ていたマリスが小さい溜め息を吐いた。


「気持ちが前に出すぎじゃな。

 それが殺気と間違われておるのじゃ」

「なんだそれ?」

「フォックは、ケントの目を怖がっておると思うのじゃ」

「え? マジで?」

「ある意味変態みたいに見えるのじゃ」


 マリスにジト目で見られて流石にショックを受けた。


 俺は頭に手を当ててつつフラフラと近くの木に寄り掛かった。


「そういや、あっちでも野良猫にも逃げられてた記憶があるな……」

「そう……なのか……?」


 ハリスが俺の肩をポンと叩いて可哀想なモノを見る目をしていた。


「うぐ……ハリスはそういう経験ないか?」

「俺は……ない……」


 そういや、ハリスは動物の言葉を理解するスキルを手に入れてたな。

 というか、元々レンジャーだし自然を守る系職業だから野生動物に懐かれるのかもしれない。

 動物と簡単に心を通わせられるんだろうし、なんと羨ましい。


 こういう部分と顔は、確実にハリスに負けてるんだよな。

 ダイア・ウルフとかグリフォンとか魔獣やら野獣にはそれなりに懐かれているんだがなぁ……

 小動物に不人気なのが困る。


 俺は小動物を愛でたいのだが。

 目の前にいるのに撫でられないのは、ある意味拷問だと思いませんか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る