第28章 ── 第59話
アリーゼたちに現場を任せてセントブリーグへ戻った。
「もう良いのか?」
「ああ、アゼルバードでやらなきゃならないことは終わったよ」
トリシアが頷いた。
「準備は?」
「いつでも行けるぞ」
「バッチリじゃ」
「いつでもいいのですよ」
「問題……ない……」
「いつでも良いわよ」
仲間たちの準備は良いようだ。
魔族たちに目をやると全員無言で頷く。
「んじゃ、ファーディヤに挨拶してから出発しよう」
仲間たちと連れ立ってファーディヤ女王の執務室へと足を運ぶ。
セントブリーグ城に出入りするようになったばかりの頃は、所々壊れたりホコリでなどで荒れ放題だったんだけど、今ではしっかり掃除と手入れがされて、他の国の城と比べてもあまり遜色はないほど綺麗になっているし、改めて見ると感慨深い。
執務室前には近衛兵の姿もある。
俺が扉の前に立つと、左右にいる近衛兵がサッと敬礼のポーズを取る。
「ご苦労様。入っていいかな?」
「はっ! お入りください!」
扉を開けてくれたので仲間たちと執務室へと乱入する。
執務室の中にはファーディヤとヴィクトール、何人かのメイドがいる。
ファーディヤとヴィクトールは執務机で頭を突き合わせて書類仕事に精を出しているようだ。
「お疲れさん」
「あ、ケントさん!」
「お疲れ様でございます」
二人は手を止めて俺たちの方を見た。
「あれ? どこかへ行かれるのでしょうか?」
俺たちが旅姿になっているのを見て、ファーディヤが首を傾げる。
ここのところは発掘などに出ていたし、また外出するのだろう程度に思っているようだ。
「いや、暇乞いだな」
俺はニヤリと笑ってそういった。
ファーディヤは「えっ!?」という顔をして目を丸くした。
「やはり、ご出発されるのですね」
ヴィクトールは察していたらしく、少し残念そうな声だ。
「ああ、アゼルバードでやることは終わったしな」
「戴冠式が終わったらと聞いていましたので、今日あたりだと思っておりました」
「ここまでお膳立てされていれば、あとは君の手腕で何とかなるだろ?」
「はい。物資の問題がまだ片付いておりませんが、オーファンラント王国の援助を頂けるとの事なので何とかなるでしょう」
「モーリシャスから海路で色々送られてくる手筈になっているはずだよ」
「伺っております」
オーファンラントから来た若手貴族の中にはモーリシャス派からやって来た者が何人かいる。
彼らは当然実家の息が掛かっているのだが、モーリシャスの抑える物流が利用できるので今のアゼルバードには有り難い存在となっている。
生産能力が低いので物資が簡単には手に入らないのだから他国に頼らざるを得ないのだ。
本来、こういった足元を見られる程度の小国を相手にするなら吹っ掛けるのが当たり前ではあるが、立身出世を夢見た自分の身内がいる国となれば、多少の配慮はしてくれたりするんだよね。
親心というモノらしいが、俺は親にそういう感情を向けられたことがないので都市伝説の類いではないかと思っていた。
実際に目の当たりにしてみると都市伝説とはいえないと理解は出来る。
ただ、期待とか打算的な感情もいくらかあるようなので、投資みたいなもんなんだろうと理解した。
「んじゃ、今後も色々大変だろうけど、無理しない程度に頼んだよ」
「はい。ファーディヤ陛下を私の力及ぶ限りお守り致します」
ガッシリとヴィクトールと握手をしたところで、メイドがアワアワしているのを感じて目を向けるとファーディヤがボロボロ涙を流していた。
「なんで号泣しているんだよ」
「行ってしまわれるのですね」
「そりゃ行くさ。
本来は冒険者としての旅の途中だったんだからね」
「ファーディヤは寂しゅうございます……」
ハラハラと泣くファーディヤに困り、仲間たちに振り返る。
「ま、そこはケントの役目だな」
「そうじゃ。泣く女くらいあやせねばのう……」
トリシアとマリスはニヤニヤして俺を眺めている。
「置いていかれる寂しさは私も解らないでもないけど、貴女は後々女神になるんでしょう?
泣き虫の女神なんて聞いたことないわよ?
精進なさいな」
エマはお姉さんぶってファーディヤの肩に手を置いた。
まあ、エマは結構苦労人だからな。
ただ運命に翻弄されるがままだったファーディヤに活を入れているつもりなんだよ。
彼女も今は一端の
俺が気づいた時には人族の限界にまで到達してたくらいだし、並の努力じゃなかったはずだしな。
「はい。済みません……」
「大丈夫よ。貴女は今まで何年もの間、一人で頑張ってきたのでしょう?
これからも頑張れると思うわ。
そうすればケントは会いに来てくれるわよ」
ファーディヤは泣きながらも笑顔を作ってエマに頷いてみせた。
「ファーディヤ、何か困ったら……自分たちで解決できない問題が起きたら、例の通信機を使えよ?
すぐに駆けつけるからな」
「はい。ありがとうございます。
でも、自分たちでどうにかできる内はヴィクトールたちと頑張りたいと思います」
ファーディヤは必至に笑顔を作ろうとしてるが、涙は止まらずに溢れるばかりだ。
「んじゃ、そろそろ行こうか」
俺の号令で仲間たちが執務室から出ていく。
俺も後を追って行こうとすると、ヴィクトールが口を開いた。
「ケントさま、これからどちらに向かわれるのですか?」
「ああ、中央森林だね。
世界樹というのを見学してみたいと思っているんだよ」
「世界樹ですか……大陸最強の強者が集う場所だという噂を聞いたことがございます。
ご武運を……」
「ああ、ありがとう」
俺は笑顔で手を振っておく。
それを見てファーディヤが椅子から立ち上がって、深々と頭を下げた。
俺が執務室を出るまでその頭は上がることはなかった。
「行ってしまわれました……」
ヴィクトールが囁くと、ファーディヤは頭を上げた。
「これまでの人生、何度も神に祈りました。
もう私は死ぬしか無いと思った時、ケントさまたちが私の目の前に現れたのです。
それからは夢のようでした。
今まで助けてくれていたとは知りませんでしたが、私の周りには神々がいつも居てくださったのです。
それを気づかせてくれた……
あの方こそが神の頂点に立つお方だったのですから、私の祈りはしっかりと神さま……いえ、我が主に届いていたのですね」
「陛下のおっしゃる通りかと。
神々は人に試練を課すことがあると聞いてまいりました。
陛下には試練があり、そして報われました。
私も与えられた試練に挑んでいこうと存じます」
ヴィクトールに言われ、ファーディヤは涙を拭きながら笑ってしまう。
ヴィクトールも運命に翻弄されている者の一人だ。
ケントというこの世の最高神に見込まれて、自分のような者の世話を任されているんだから、これを試練と思うのも解らないでもない。
ファーディヤは自分には神々の加護があったけどと思わずにいられない。
彼女は声に出さずにヴィクトールへと祝福の祝詞を唱えた。
『この者に祝福を。
この者に敵をものともしない大いなる力を与え給え。
この者に負なる力に抗う強き運を。
この者に困難をも跳ね除ける叡智を』
すると上の方からヴィクトールに光の粒がゆっくりと降り注ぐのがファーディヤには見えた。
間違いなく自分の祝福と加護がヴィクトールに与えられたのだろうと彼女は思った。
彼にはこれからも苦労を掛けるのだから、このくらいの贔屓は許してもらえるはず。
ファーディヤはそう心の中で思い、ニッコリと笑顔になった。
俺は城の中で
場所はファーディヤと初めて出会った場所だ。
疎らな木々と山肌にポッカリとあいたトンネルが見える。
ここから南へ五キロメートルほど下って行くと中央森林の北西の端に辿り着く。
「さて、諸君。
もう昼だが、木陰で一休みしながら簡単な昼食にしよう」
「サンドイッチかハンバーガーだな?」
「そりゃそうじゃ。それ以外に簡単な昼食などというモノはあるまい」
「私はどちらも好きですよ?」
「ハンバーガーなの? エビカツのにして」
俺の言葉に反応した食いしん坊チームが好き勝手に言ってやがる。
「いや、マジで申し訳ないんだが……
そこまで手の込んだ食い物は用意してないな」
朝早く起きて朝食を用意したりしてたから、マジで簡単なモンしか用意できなかった。
「ということで今日はホットドッグだ!」
インベントリ・バッグから包み紙にくるまれた物体をビシッと取り出した。
パンに切れ目を入れて焼いたソーセージとレタス、みじん切りの玉ねぎを挟んだだけのモノである。
「ホットというのは古代魔法語で熱いって意味ね?
ドッグってアタック・ドッグとかのドッグ? 犬の一種よね?
熱い犬? 意味が解んない」
「いや、俺も名前については詳しく知らないから聞かれても困る。
諸説あった気がするが、正しい名前の由来は誰も知らないんじゃないか?」
エマのツッコミに俺も応えられずに苦笑で誤魔化した。
「名前などどうでもよいのじゃ!
これはそのまま齧り付いて食べれば良いのかや!?」
「いや、ケチャップとマスタードを適度に塗って食べるのだ」
俺はホットドッグの包みをみんなに渡し、ケチャップとマスタード入りの容器を取り出した。
「適量というのが我には難しいのじゃが……」
他の仲間は器用にケチャップとマスタードを塗っているが、マリスは相変わらず加減が判らないらしい。
初めての食べ物だといつも間違えてるからな……
「まあ、とりあえずこのくらいだ」
俺はマリスのホットドッグにケチャップとマスタードを程よく塗ってやる。
「ふむ……このくらいなのじゃな?」
「人それぞれの好みによるから食べながら少しずつ調整してくれ」
とりあえずみんなに行き渡ったようなので号令を掛けた。
「それじゃ頂こう!」
「「「いただきます」」」
遠慮なく齧り付く仲間たち。
マリスとエマは口の周りをケチャップだらけにしてしまったので、タオル用の布を取り出して拭いてやる。
「トリシア。手は込んでないというのに戦闘力は高めじゃぞ?」
「そうだろう? これはアメリカという国で生まれた食べ物だ。
私も生前に本場で食べたことがある。
それに比べると、これは相当美味い」
マリスとエマは、あっちの食べ物だと聞いて興味深そうに自分の食べかけのホットドッグを見ている。
「なるほど、あっちの食べ物じゃったか。
本場よりも美味いというのはケントが凄いということじゃな?」
「ケントが凄いのは今に始まったことじゃないわよ」
「ケントさんなんですから当然なのですよ」
何故かアナベルが得意げに胸を張ったのを俺は見逃さない。
相変わらずすげぇ……
……あー……
コホン。
いや、えっと、俺も食べておかなきゃな。
俺は自分のホットドッグに齧り付く。
我ながら良い出来栄えだ。
パンを少し焼いてあるのが香ばしくていい感じ。
ソーセージをぷっつりと噛みちぎると肉汁が溢れてパンに染み込んでいく。
肉の旨味と玉ねぎの辛味のハーモニーは癖になりますな。
九人で五〇本以上のホットドッグをやっつけて、ようやく全員が満足した。
まあ、ホットドッグは基本的に軽食って感じだから仕方ないか。
ウチは食いしん坊チームがいますので、このくらいの消費はいつもの事です。
ただ、一般的なご家庭ですと確実に食費で破綻するでしょうな。
ティエルローゼには銀行や証券会社みたいに自動的にお金を生み出してくれるシステムが無いので、大きい利益を上げられる魔法工房が手に入ってマジで助かった。
もし、アレが無かったら俺は必死に皆の食費を稼ぐ為に走り回っていたに違いないからねぇ。
作っておいたホットドッグは底をついたけど、中央森林は自然の恵みはかなりのモノだとアラクネーたちも言っていたし、新しい食材を色々と発見できるんじゃないかと期待にワクワクが止まりません。
これだから冒険はやめられませんな!
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