第28章 ── 第58話
俺は発掘隊のドワーフたちを労う為、セントブリーグ城の大広間を借りて歓待することにした。
「ドワーフ諸君、今日はご苦労だった」
ドワーフ諸氏の前には俺自らが焼いた分厚いステーキの山とご飯、砂漠の国では仕入れるのも大変な瑞々しい野菜を使ったサラダなどが並べられている。
肉料理なんてドワーフには珍しくもないのだが、嗅いだこともない良い匂いに目が釘付けになっております。
ついでに樽でワインを用意した。
ドワーフが一〇人もいると樽一つじゃ足らないと思うので予備も含めて三樽準備してある抜かりなさ。
「明日から地下での作業になるから、今日はたらふく食って英気を養ってくれ」
「ありがとうございます」
ネクタールが嬉しげに返事をする。
「さて、お預けはここまでだ。食っていいぞ」
「待ってましたなのじゃ!」
最初に手を付けたのは、まあ予想通りにマリスでした。
それを見て他の食いしん坊チームも慌ててステーキにナイフを突き立てた。
このドワーフ発掘隊の歓待食事会にはドワーフ一行以外にも、ついでといっては失礼ながら今回のアゼルバード騒動において大いに役に立ってくれた部下たちも呼んである。
それはトリエン情報局の面々だ。
レベッカを含む三〇人ほどのエージェントを連れてきていたが、情報の流布、操作に大変頑張ってくれた。
大規模な海外諜報活動は初めてだったので勝手が違ったところもあっただろうが、概ね俺の狙い通りの情報戦略を進められたのは、彼女らのお陰と言える。
表立って報奨も与えてやれてないので、こういう機会は逃さずに活用しておきたい。
デキャンタを手に持ち、俺自らワインを継ぎ足し回った。
「今回の君たちの活躍は称賛に値するものだった」
「ありがとう存じます」
レベッカは少し派手なドレスでやってきている。
もちろん彼女の部下も同様にフォーマルな服装だ。
部下が全員女なのがレベッカの諜報員部隊の特徴ともいえようか。
もちろん情報局自体に男の職員もいるが、エージェントとして外に出るのは女性ばかりである。
盗賊ギルド襲撃時に男を全部虐殺した所為かもしれない。
俺のお酌にレベッカは嬉しげに微笑んでいる。
他の局員も緊張した様子もなく俺のお酌に笑顔で対応している。
「場慣れしてるのかな?」
「当然です。部下たちは貴族さまを相手にしても問題なく振る舞えるように教育しておりますので」
レベッカによれば、彼女らは盗賊ギルドでも貴族や富豪を相手にして商談を進めるような役職を与えられた者たちだったそうだ。
まあ簡単に言えば、俺とマリスが拠点襲撃した時に見逃した娼婦たちが主な構成員って事だ。
そういやレベッカのいた所は娼館の最上階だったな。
なるほど、レベッカの率いていた盗賊ギルドは娼婦たちが幹部だったんだね。
その辺りは俺の認識不足だったな。
確かに男社会では情報を集めるのも取り入るのも女性の方が都合がいいとも思える。
男は美女に弱いしな。
弱肉強食が是とされるティエルローゼでは、人間種は生物学的に男の方が身体能力において優れている為、男社会になる事が多い。
エルフは女の方が偉い感じがするので別かも。
そんな人間の価値観で考えていると、女性の利点というものを見逃しやすいかもしれない。
ドワーフたちにも酌をしようと近づいてみるが、彼らはデキャンタなどで注ぎきれない大きなジョッキでワインをガブ飲み状態だった。
彼らには自分で樽から注いでもらおう……
全員に声を掛けてから、追加のステーキを焼きに厨房に戻る。
商会から城に出向しているメイドたちに「貴族さま自らお酒を注いでいたので驚いた」と言われた。
まあ、貴族号を笠に着て踏ん反り返っているなんて俺とっては居心地が悪いだけなので、一般的な貴族と思われても対応を変えるつもりはない。
彼らや彼女らの働きがあるからこそ、俺の領地も領主である俺も潤っているのだ、少しくらい頭を下げるくらいなんでもない。
歓待のパーティも無事に終わり、ドワーフたちにはセイファードから預かったボーナスも配り終えた。
今日は色々あったので、さっさと充てがわれている部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。
翌日の朝、目が覚めるとすぐに朝食の準備に取り掛かる。
いつもより四〇人も増えているので、朝飯までアゼルバードに用意させるのは国庫の負担になりそうだし、できるだけ俺が負担しておこうと思っての事だ。
ヴィクトールやファーディヤに言っても大丈夫と言うだろうしな。
アゼルバードはそのくらい貧乏だから、こっちが気にかけてやらないと一瞬で破綻しかねない。
今はヴィクトールの商会がバックアップして資金提供しているので何とかなっているが、いつまでもそんな状態ではレオンハート商会の方が潰れてしまうだろう。
国家にしろ領地にしろ、多大な経費が発生するものだと運営してみると解ってくるもんなんだよ。
ウチらの仲間や部下たちは基本的に大食らいが多いので、今のアゼルバードでは頭痛のタネになりかねない費用が掛かる。
なので、基本的にいつも俺のインベントリ・バッグから食材提供をしているのだ。
俺自ら料理することにしたのも参加人数も多かったからでもある。
もちろん慰労が最大の理由だけど。
さて、ドワーフが一〇人もいるので朝食はガッツリ系でもいいが、女性も三〇人いるので軽めの食事も用意しておこう。
朝からトンカツと焼肉というガッツリ朝食と、野菜や鶏肉、卵などを使ったサンドイッチを中心にしたヘルシーな朝食を二種類用意。
一人で厨房を動き回って朝食を準備していると、昨日手伝ってくれていた商会の料理長が欠伸しつつやってきた。
「あれ? もう朝食作ってる……?」
テーブルの上に所狭しと並べられているトンカツ、焼肉、サンドイッチ、サラダなどを眺めてポカーンとしていた。
「ああ、おはよう」
牛乳を注いだピッチャーをカートに載せつつ俺は挨拶をした。
料理長が寝ぼけ眼で俺を見て「おはよう」と返事を返したが、みるみるうちに顔が真っ青になっていく。
「こ、これは辺境伯閣下!! 何をしておいでなのです!?」
「ん? ああ、朝食の準備だよ。
ウチの奴らが何十人も増えただろ?
できる限り城に負担を掛けたくないからね。
今朝も俺の方で用意させてもらうよ」
料理長はアワアワしていたが、すぐ様俺の作業を手伝い始める。
実のところ、彼は昨日の厨房での俺の料理を見て感銘を受けたらしく、いくつかレシピを教えて欲しいと言ってきていた人物である。
ステーキのレシピはそれほど難しくはないので気軽に教えたが、凄い感謝されてしまったんだよねぇ。
もう準備はカートに乗せるだけなんだけど、料理長自ら手伝ってくれるのが何か申し訳ない。
五分もしない内に他の料理人もやってきた。
料理長が手伝っているのを見て、彼らも慌てて手伝い始める。
人手が十分に集まったので、後は任せてもいいか。
「んじゃ、後は任せるね」
「畏まりました」
料理長がそう返事をしてきたので、食堂の方の準備に回る。
こちらは給仕の召使いたちが既に準備を始めていたので、彼らに混じって椅子を運んだりテーブルクロスを敷いたりして過ごす。
ちなみに、食器には弄らせてもらえませんでした……
自分の席に座って待っていると、レベッカの手の者が何人かやってきた。
「領主さま、おはようございます」
「あ、はい。おはようさん」
爽やかな笑顔で挨拶されて、微妙に赤くなりつつ挨拶を返した。
ウチの諜報員は美人ばかりなので、挨拶されるだけでもちょっとドギマギしてしまいます。
まあ、一番の美人はレベッカなんでしょうけどね。
そのうち仲間たちもやってきた。
「お、ケントが先に来ているという事は、朝もケントが用意したのか?」
トリシアがニヤリと笑って席についた。
「ガッツリ系と軽め系があるから、給仕の人にリクエストしてくれ」
「了解だ」
「ガッツリは何じゃ?」
目をこすりながらやってきたマリスが俺の作った朝食だと聞いて早速反応した。
「トンカツ定食、焼肉定食、それとサンドイッチ・プレートだな」
「ふむ……それなれば我はトンカツじゃろか」
「なら私は焼肉なのです!」
「私はサンドイッチかしら」
まあ、好きに食うがいい。
俺はトンカツにしておくかな。
今回はパーティじゃなく通常の朝食なので、ファーディヤやヴィクトールも食事の席にやって来る。
まだ、国にしろ城内にしろ立て直し中なので、王族も城に滞在中の貴族も一緒くたに食事をする状態なので仕方ない。
オーファンラントからやってきた若手貴族たちも城に滞在していると思ったのだが、彼らは市中にある宿屋を一時的に逗留の為に使っているそうだ。
さすがに未婚の女王が住む居城に部屋を取ってもらうと、女王に悪い噂が立ちかねないという配慮らしい。
それを聞いて俺も外に宿を取ろうとしたら、ファーディヤとヴィクトールにダメ出しをされたので、そのまま城に滞在している。
ファーディヤ曰く、巫女が「主」を蔑ろにするワケにはいかないんだそうだ。
ファーディヤは事実上女神なので「巫女」ってのは建前なんだが……
俺はDTの例に漏れず、女性にビシッと意見されると、つい従ってしまうところがあるので今回も逆らえませんでした。
俺の欠点の一つです。
「それでは、頂きましょう」
「「「頂きます!!」」」
ファーディヤの号令で食事が開始される。
身内だけなら俺に号令してもらおうとするのだが、情報局員やドワーフがいるのでファーディヤも気を使ったらしい。
王族なんだからいつでも君が号令するようにしてもらいたいというのが正直な気持ちです。
蔑まれて育った彼女は気が重いとか思っていそうだけど、慣れていかなきゃ駄目ですよな。
国が安定してくれば、こんな風に他の人と食事を摂る事は、パーティとかじゃなければ出来なくなるだろうし、今のうちに頑張っておけ。
食事の後、ヴィクトールと今後の事を少し話し合ってから仕事に戻る。
今日の仕事はレベッカたちをトリエンに帰還させる事とドワーフをベースキャンプに連れていく事の二点だ。
この二つで俺の仕事も終わりって事だ。
後は定期的にベースキャンプに食料や物資を届ける事だけなので、アゼルバードの政治に係わることは基本的になくなる。
色々とあったが冒険の旅に戻れそうだ。
仲間たちにもそのように伝えてあるので、午後から旅に戻る事にした。
トリエン情報局の面々を集めて
「ご苦労だった。
一応、俺の館の庭に
「ご配慮ありがとうございます」
彼女らの任務上、構成員は機密事項である。
なので、人目の付かないところに転移してもらわなければならない。
秘密が守れそうな警備が最も厳重なところは、トリエン内では俺の館となる。
いや、工房の方が厳重だけど、あそこは許可を得た者しか利用不可だから。
情報局員には許可出してないからね。
その辺りを理解しているのでレベッカも文句は言わない。
「それでは領主さま。またいつでもお声をお掛けください」
「ああ、情報戦の時にはまた世話になるよ」
そう俺が応えるとレベッカはニッコリ笑ってから
続いて、ドワーフたちを呼ぶ。
「んでは、ドワーフ諸君、君たちの職場に行くとしよう」
俺は新しい
潜った先はもちろんベースキャンプである。
潜り終わると、アリーゼがゴーレムたちと待っていた。
「待ってました~」
「え?」
アリーゼが俺の腹にタックルをかましてきたので、受け止めてから「てぃ!」と放り投げる。
まあ、軽くだよ、軽く。
アリーゼ「わー」と間の抜けた声でコロコロと砂の上を転がって行く。
「酷いです!」
「いや、突然タックルしてくるから」
「流石に一人での発掘は寂しかったんですよ!」
少々ご立腹らしい。
後からやってきたドワーフたちもポカーンとした顔をしている。
「まあ、そうだろうと思って、ドワーフ発掘隊を連れてきた!」
ビシッとドワーフたちを指し示す。
ドワーフたちがビシッと申し合わせたように戦隊ヒーロー的なポーズを決める。
「うーむ。一〇人もいるとちょっと大げさだな」
俺がやらせたんだけど、やはりこういうポーズは五人くらいが丁度いい事に気づいた。
次からは気を付けよう。
「ドワーフさんたちが手伝ってくれるんです?」
「ああ、彼らは優秀だぞ? ペールゼンでもあっという間に階段とか作ってくれて……」
「皆まで言うなと言っておきます。
トラリアでの発掘でもドワーフ族の人たちを雇っていましたので知っています」
エッヘンと胸をはるアリーゼに頼もしさを感じる。
というか、発掘の門外漢の俺ですら気づく事にアリーゼが気づかないわけないね。
そう思って苦笑してしまう。
「そいつは済まなかった。
一応、一〇人連れてきたが問題ないか?」
「一〇名も!? ありがたいです。
ドワーフさんは腕がいいので賃金が高いんですよね。
トラリア時代では二人が精一杯で、他の人員は人族でしたから」
専門職なら賃金が高くなるのは当然だし、俺もそれ相応の報酬を彼らには約束してある。
「とりあえず隊長を紹介しておこう。
隊長のネクタール・ハンマーだ。彼はマストールの末息子だな」
「お初にお目にかかります、ネクタールです」
「あ、はい。ご協力に感謝します。アリーゼ・リステリーノです」
ペコリと頭を下げるアリーゼを見て、ネクタールが後ろに並ぶドワーフにがなり立てた。
「お前らもアリーゼの姐さんに挨拶せんか!」
「「「へ、へい!!」」」
これなら仲良くやっていけそうじゃないか……
残りのドワーフたちが順番にアリーぜの前に出て名前を告げていく光景を見て俺はほくそ笑む。
士気の高さは良い仕事を生むので当然なので、彼女と彼らが頑張れるなら色々と掘り出し物を発掘してくれそうですからね。
成果に期待できるって事ですよ。
そうなれば俺の懐も潤うって算段なんですが、取らぬ狸の皮算用ってヤツなんですかね?
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