第28章 ── 第57話

 戴冠式後、一週間ほど掛けてアリーゼ発掘隊のメンバーを選出しアゼルバードへと連れてきた。


 人員の種族は基本的にドワーフとした。

 ドワーフは採掘や発掘に長けているので当然の人選だろう。

 ファルエンケールの開国でトリエンには大量のドワーフが流入してきていたので、募集を掛けて放置しておいただけで希望者が集まった。

 抽選の結果、かなりいい人員を確保出来たと思う。

 何せマストールの末息子が応募してきたしね。

 応募理由は「冒険と魔法道具の探求」とかいう謎の理由だったが。


 という事で末息子、四男ネクタールをドワーフ発掘隊の隊長に任命。

 彼と配下のドワーフ九名、合計一〇名を連れてアゼルバードに戻る。


 募集を掛けた日の午後からアリーゼと同じような発掘用魔法道具を量産しておいてよかったよ。

 発掘隊を連れてくる前日の朝にようやく全部完成したんで、ギリギリだったよ。

 新たに装備を作る上で若干改修を行った為に時間が掛かった所為なんだけどね。

 といっても、バージョン・アップではなくリビジョン・アップといった所だ。

 つるはしの威力が強すぎて埋まっている構造物まで壊しかねないので、土や砂に対してだけ威力が上がるようにしたり、毒ガスの派生を検知するセンサーなどをヘルメットに追加する程度の改修だよ。


 ま、非常に細かい修正や追加だった所為で、魔法術式が更に複雑怪奇になったのは内緒だ。

 俺くらいしかこんな魔法道具は作らないし、こんなスパゲティソースな術式が他人に見られることもないだろうが、やっつけ仕事なので万が一見られたら恥ずかしいかもしれん。


 などど、悦に入る俺の腕から呼び出し音がなり始めた。


「はい、もしもし?」

「ケ、ケント! 助けてくれ!」


 徐に通信に出るとセイファードのSOSを告げる声が周囲にまで響き渡る音量で聞こえてきた。


 いったい何事だ?


「ど、どうした!? もちつけ!」


 別に餅をつけと言っているわけではない。

 某巨大掲示板用語が飛び出す段階で俺もテンパってるな。

 まずは俺が落ち着つくべきか。


「ケントには申し訳ないんだが、リニスのことだ」


 む?

 リニスが早速何か仕出かしたのか?


 セイファード曰く、どうもリニスの失言によりあの国の幹部連が全員怒っているらしい。


 リニス……いったい何をやらかした?


 詳しく聞いてみると、どうやらリニスは事ある毎に幹部たちの神経を逆なでする発言を連発したらしい。

 たった一週間で幹部連が一触即発の状況に追い込まれたそうだ。


 それはある意味、才能なのでは?


 だが、本人に幹部連を追い込んでいる自覚はなく、また彼らが怒り心頭なのにも気づいていないという。


 いわゆる、天然の部類に属する者に違いない。

 セイファード曰く、タイミング、言葉の選び方などに天才的キレがあるらしい。

 そういうヤツは非常に厄介だ。

 狙っているワケでも意識しているわけでもないので、本人自身に気を付けようがないのだ。


 うーむ。となれば封印するしかあるまいな?


「それは、直ぐ様対処する必要があるな。

 了解だ。少し待ってくれ」


 通信を切ると、俺は早速魔法門マジック・ゲートを繋いだ。


「どうかなさったんで?」


 連れてきたネクタールが不安げに声を掛けてきた。

 振りかえるとドワーフたち全員が不安げな表情だった。


「あー、うん。ちょっと緊急事態でね……ん?」


 開いた転移門ゲートに向き直って歩きつつ手短に返答するも、途中で俺はもう一度ドワーフたちに振り返る。


 腕利きのドワーフが一〇人いる。

 こいつは使えそうだな。


「あー、君たち。

 君たちには発掘をしてもらう為に付いてきてもらったんだが、その仕事に従事してもらう前にやってもらいたい事がある」

「はい。何か困ったことが起きたのなら、ご協力いたしますが?」

「助かる。んじゃ付いてきてくれ。

 やる事に関しては現地で説明する」


 それだけ言うと転移門ゲートへと飛び込んだ。


 着いた先はもちろんペールゼンの王城の謁見室の真ん中である。


 俺が到着すると、骨とサーシャ姫が言い合いの真っ最中である。


「そういう積りではないんですが」

「じゃあ、どういう積りなのよ!」

「ですから、イケメンには名前で呼ばれたいって乙女心がですね」

「だから、セイちゃんに色目を使わないでちょうだいと何度も」

「これって色目なんです?」

「キーッ! 色目以外の何だと言うの!?」


 あんなサーシャ姫は見たこと無いな。


 俺がポカーンとしているとセイファードが俺に縋り付いてきた。


「ケ、ケント! よく来てくれた!」

「ありゃ、何だ?

 あそこまでヤバイなんて聞いてない」


 俺に続いてやってきたドワーフたちもサーシャ姫の余りの剣幕に引いている。


 大したやり取りでもないのに姫だけがかなりエキサイトしているのは、リニスの切り返し方が姫の神経を相当逆なでしているんだねぇ。

 これが若さか……

 って、二人とも実年齢が判らんほどの年月を生きて来ているんだけど。

 いや、アンデッドだから死んでるか……


「早く何とかしてくれ!」

「いや、割ってはいって止めろよ」

「ケント、お前さ……

 あの間に割ってはいる度胸ある?」


 言い合う上級アンデッド二体の方を見て俺は肩を竦める。


「それはともかく、早急に事を進める必要はありそうだ」

「頼む……」


 弱々しいセイファードに苦笑しか浮かばない。


「お前が一言命令すれば全部丸く収まるんじゃないの?」

「そんな専制君主みたいな真似できるかよ」


 いや、専制君主だろうが、王様なんだし。

 吹き出しそうになったが、それもセイファードの良いところだ。


「では、この城の地下で、一番深いところに連れて行ってくれ」

「いいけど、何をする積りなんだ?」

「リニスの封印場所を用意する」

「封印? 随分と穏やかじゃない用語が出てきたね?」

「いや、厄介なものは地下深くに埋めておくべきだろう?

 ま、要はリニスが夢中になって出てこなくなるような場所を用意してやれば良いんだよ」

「夢中に……なるほど。

 んじゃ、まずは場所を確保するってことだね?」

「その通り」


 俺はドワーフたちに顔を向けた。


「ネクタールたちドワーフにはやってもらいたい事がある」

「何なりと」


 俺はやってほしい事を説明する。


「そんな事で良いんで?」

「ああ、俺が魔法で斜めに穴を掘るんで、仕上げの成形だけやってくれ」

「承知しました。それなら半日も掛からないと思います」


 ネクタールの言葉に他のドワーフたちも力強く頷いている。


 まあ、職人としてのレベルも技能レベルも相当高い奴らだし、言葉に嘘はないだろう。

 マジで頼もしい奴らですよ。


「というか……アレの近くにいつまでもいたくねぇ……」


 一人のドワーフがボソリと呟いた言葉が聞き耳スキルによって拾われてくる。


 俺も同じ気持ちなので、さっさと仕事を終えてアゼルバードに戻りましょう。


 セイファードの案内で王城の最下層へと案内された。

 途中、色々なアンデッドに出会ったが、襲ってくるような気配はなかった。

 ドワーフたちが精神的にすり減っている気がするけど、謁見室よりもマシらしく心が折れる者は出なかった。


「ここが最下層だ。

 あっちの扉が宝物庫、あっちの扉は万が一の抜け道らしい」


 必要ない情報まで説明するセイファードは、やはり日本人だなと実感する。

 泥棒とか色々なモノに危機感がない。


 そういう機密事項をペラペラと喋るもんじゃない。

 見ろ、ドワーフたちの顔がどんどん青くなってるじゃないか。


「あっしら、生きて帰れるんで?」


 またドワーフの一人が質問してきた。


「大丈夫。他人に喋ったりしなければ問題ない」


 そう言って俺はドワーフたちを落ち着かせようとするが、それは「喋ったら命はない」という風に聞こえたようで涙目になっていた。


 まあ、何をいくら説明しても、彼の迂闊さや無害さを理解してもらえると思えないので口を噤んだ。


 俺は空いている壁の一方を選んで魔法を唱えた。


落とし穴ピット!」


 穴を掘るならこの魔法マジで便利だよね。

 思った広さの通路を岩盤に簡単に用意できる。

 方向も自由自在だし。


 ドーンヴァースで覚えた「落とし穴ピット」だと、穴に入ると爆発するような魔法で掘る方向も下のみだったんだが、ティエルローゼで覚えたヤツは呪文で効果を変える事も可能なので爆発させずに使えるし、掘る方向も自由自在。

 ゲームと違って異世界であってもリアル・ワールドの方が融通が利く分、便利って事ですかね?


 途中から斜め下に方向を変え、五〇メートルくらい低くなった辺りでまた真横に向けて穴をほった。


「このくらいで良いだろう」


 俺は最後の落とし穴ピットを一〇メートル×一〇メートルくらいの広さで掘った。


「これで部屋みたいに使えるね」

「あっという間だな。

 俺も魔法は使えるけど、魔法をこんな風に土木建築に使うとか思いもよらなかったよ」


 セイファードが感心したように出来上がった地下通路と部屋を見回している。


「ウチの城の地盤って結構な岩盤でできているんだね。

 地下水とか滲み出てきたり、地底湖とか出てくるんじゃないかとかワクワクしてたんだけど」

「この城の設計をしたヤツがちゃんと調べたんだろ?

 見た目は屋敷だけど、これだけ大きい城を建てるとなると基礎は相当慎重に選ばないと地盤沈下とか相当怖い」

「そうか。

 設計したのは当時大工だったヤツなんだけど……もう褒美はやれないな……」


 そりゃなぁ。

 建国は三〇〇年くらい前だろう?

 当時の国民が生きている訳がない。

 その頃はセイファードもノーライフキングじゃなかっただろうし、アンデッドにも出来なかったんじゃないかな?


「では、ケントの旦那。俺らは仕上げを始めます」

「ああ、ボーナスは弾むんで、よろしくお願いね」

「ん? ボーナスって何です?」

「ああ、手当てって事だよ。旨い酒が飲めるくらいには出すから」


 俺がそういうと今まで暗い顔をしていたドワーフたちの表情がパッと明るくなる。


「そいつはいいや! 腕のふるい甲斐があります!」


 イメージ通りのドワーフ像には安心感がありますね。

 現金なものだと思うけど、ドワーフはこうでなくちゃ。


 活気づいたドワーフは背負った道具を地面に下ろし、すぐに作業に取り掛かる。


 その姿を後ろから眺めつつ、俺はセイファードに話しかける。


「報酬は弾んでやってくれよ?」

「当然だ。

 ところで本当に酒がいいのか? 現金じゃ駄目か?」

「いや、現金でいい。

 彼らにも酒の好みがあるから自分で買えるように現金で渡してやってくれ」

「了解した。突貫工事になるだろうし、一人白金貨一〇枚くらいでいいかな?」

「十分だよ。まあ、ちょっと多い気がするが、それは国王の感謝の気持ちが大きかったという理由にもなるかな」

「有り難いなんてもんじゃないからな」


 セイファードがニヤリと笑ったので、俺は頷いてその気持ちに応える。


「んじゃ、俺も仕事にかかるか」

「なにかあるのか?」

「いや、リニスの研究室を作るなら、彼女が今まで使ってきた物を運んでくる方がいいだろう」

「了解。俺は放って来てしまった二人を何とかなだめておくんで、後はよろしくな!」


 そういうとセイファードは上に戻っていった。


 俺はベースキャンプへ魔法門マジック・ゲートを繋いだ。


 こうして俺たちはリニスに研究室を用意してやった。

 後日、ペールゼンの幹部たちに「封印部屋」と呼ばれるようになるこの部屋は、様々な生物の死体が運び込まれる一大邪悪ポイントみたいになるんだが、死霊術の研究室じゃないので怨霊とかは生まれませんし、後日談なので割愛しておく。


 ただ、セイファードは今回の件に相当に恩を感じているらしく、どう報いればいいかといつまでも煩かった。

 もちろん、俺へのお礼など一切受け取らなかったよ。


 数千年の時を経たリニスという国家すら破壊しかねない傾国の美女(?)を世に解き放ってしまったのは俺の責任なので、受け取る理由なんてない。

 ましてや、俺はその厄災をセイファードに押し付けた張本人なんだしな……


 ちなみにあっという間に出来上がった研究室にリニスが感激してセイファードの手の甲に有りもしない唇を押し当てた場面をサーシャが見て一悶着あったのは言うまでもない。

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