第28章 ── 第57話

 民衆の興奮は戴冠式によって最高潮に達した。


 新女王になったファーディヤは、民衆に新たな貴族階級を与える者について発表する。


 最初に発表されたのはヴィクトール・レオンハート。

 彼が侯爵号を叙爵され、女王の相談役、宰相の役職へ就任する事を民衆は知らされる。

 民衆は盛大な拍手と歓声で彼の就任を讃えた。

 今まで国のために尽くしてきた商人は、民衆に絶大な人気と信頼を寄せられている。


「それでは、後のことをヴィクトールに任せます」


 ファーディヤはそう言って後ろにある玉座に腰を下ろした。


 式の進行を任されたヴィクトールは先程まで女王がいた魔法道具の前までくると大きく深呼吸をした。


「国民たちよ。

 私がヴィクトール・レオンハートだ」


 王城前広場に集まった民衆が割れんばかりの拍手と歓声で彼を迎えた。


「女王陛下より侯爵号を賜る栄誉を浴し、感涙の至りである。

 アゼルバード王国の繁栄、発展のため、今まで以上に身を粉にして陛下の信に応える所存である。

 君たちに協力をお願いしたい」


 ヴィクトールの願いに否と応えるものなどこの都にはいない。

 これまでレオンハート商会がどれだけ民衆に尽くしてきたのか民衆自身が一番良く知っている。

 民衆が生きていく上で最上の手を打てる人物が支配層になったのだから、その喜びの大きさは想像に難くない。


 ヴィクトールは懐からメモを取り出すと、式をさらに勧めていく。


「まず、我が国から逃げ出した不貞貴族共の地位、権益、私財を剥奪することを宣言する。

 これら財は国庫に収め、国の運営に回される」


 貴族位として最高権力を与えられたヴィクトールは、まず以前の支配者層の特権と財産を剥奪することから仕事を開始する。


 このヴィクトールの宣言により、旧アゼルバード貴族の影響力は消滅した。

 それに意を唱えるならば、力によって取り戻すしかない。

 国を捨てて逃げ出すような者に、そんな力があるとは思えないが。


 ちなみに、国内に隠れ潜んでいた貴族も同様の措置を受ける。

 彼らは国難において義務から逃げた卑怯者であり、国外逃亡貴族と状況は変わり無いのだ。


 続いてヴィクトールは、新しい支配者層として、オーファンラントからやってきた若手貴族たちを紹介し、女王の名において彼らに爵位を与えていく。


 オーファンラントからやってきた若手貴族たちは城門前に設置されていたステージに名前を呼ばれた者から登っていく。


 民衆は名前を呼ばれる度にステージに上がり貴族らしいお辞儀をする新しい支配者たちを好奇の目で見た。

 半数以上が下級貴族の出身で、目に意欲のある光をたたえている。


「この新しい貴族たちは、大陸東の大国オーファンラント王国からやってきた者たちだ。

 彼の国には新生アゼルバード王国の復興を支援して頂いている。

 国民諸君も銀色のゴーレム兵を見たものが多いだろう。

 それもオーファンラント王国から借り受けたものである」


 ミスリルのゴーレム兵を見たことのある民衆が「おお!」と感嘆の声を上げた。


 俺の貸したゴーレム兵の存在が、新しい貴族たちを歓迎する雰囲気を作り出した。


 ゴーレムたちには街を巡回警備させていたので、泥棒や横暴な振る舞いをする者たちの捕縛などに活躍していた。

 弱き者を守る王家の力の象徴と思われ始めていたらしく、それが他国からの支援によるモノであった。

 支援国から来た者たちに対する友好的な反応を引き出すのも頷ける。


 歓迎ムードの醸成が上手く行ったため、若手貴族たちは気持ちよく舞台を降りることができた。


「さて、アゼルバードの荒廃の原因について国民諸君に報告がある」


 華やいだ雰囲気だった広場に一瞬で重苦しい空気が満ちる。

 ヴィクトールは低い声で続けた。


「アルジャン・アス・ヌールハーン。これがアゼルバード王国を荒廃させた主犯の名前である。

 諸君らも知るようにアゼルバード王家第二王子の事だ」


 既に周辺の街にも周知されている「事の真相」に出てくる首謀者である。

 彼の名前が読み上げられると同時に民衆から恨みの籠もったブーイングが起きた。

 完全に悪役に仕立て上げられている。

 これは「全ては第二王子が悪い」というベクトルを与えた情報を流すことで作られた一種のプロパガンダである。


 彼をヨイショしていた商人たちも口を噤んだし、そんな彼らも今ではヴィクトール商会の傘下に収まっている。

 彼に全ての罪を背負わせても損をする者が一人も居ない状況では、擁護者など現れようもない。


「第二王子アルジャンの画策によって、前代国王、第一王子の間で戦いが起きた。

 国が分裂し、町々が敵対する状況になったのは記憶に新しい」


 若手貴族の紹介に使われていたステージに、鎖で繋がれた男が引っ立てられてくる。


「この者は、国璽を奪いその罪を第一王子に被せた。

 これは古いアゼルバードの法律に照らし合わせても国家反逆罪である。

 ……国家反逆罪には死を!」


 ヴィクトールの号令に、ステージの下にいた兵士の一人が壇上に登ると長剣ロング・ソードを抜いて躊躇なくアルジャン王子を切り裂いた。


 民衆は一瞬息を飲んだ。


 飛び散る血しぶき……


 だが、その凄惨な現場は一瞬で元に戻った。

 振り下ろされた長剣ロング・ソードはそのままだったが、飛び散ったように見えた血しぶきは夢幻といった感じで消え去っている。

 切られたはずのアルジャンも膝を付きつつも生きていた。


 民衆は狐につままれたような顔でアルジャンを見た。


「見たか?

 もう一度!」


 ヴィクトールの命令に兵士は再度長剣ロング・ソードを振り下ろすが、アルジャンの悲鳴と共に飛び散る血しぶきは一瞬で掻き消える。


「反逆者アルジャンは神々に呪われて死ねぬ身体なのだ。

 これは神々の罰だ。

 そして、反逆者は誰にも逆らえぬ、そして逃げ出せぬ呪いを神々から新たに受けたと陛下は仰っている。

 ……解き放て!」


 先程長剣ロング・ソードを振り下ろしていた兵士が、アルジャンの足枷と手枷を外して彼を自由の身にした。


「陛下の名において、反逆者第二王子アルジャン・アス・ヌールハーンを放逐する」


 死のみが許されるはずの反逆者を放逐するという宣言に民衆は首をひねった。

 犯罪者の開放に意味はあるのだろうか?


 だが、よく考えてみてほしい。

 国民すべてに恨まれている者がいたとしよう。

 その者は誰のも逆らえず、逃げることも出来ない。

 そして何をしても死なない。

 恨みを持つ者はそいつに何をするだろうか?


 そう、彼は国民すべての慰み者として解き放たれたのだ。


 女王となる運命の王女を「呪われ者」として貶め、国を崩壊の危機に追い込んだ男である。

 人々の恨みは相当深い。


 民衆の目が復讐の色に染まるまで、それほど時間は掛からなかった。



 戴冠式が終わり、ファーディヤやヴィクトールもテラスに姿もなくなった頃、ステージから放り出されたアルジャンを民衆が囲んだのは言うまでもない。


 逃げ出すことも出来ず、身を守る事すら反撃と捉えられる彼は、無抵抗のまま民衆に良いように弄ばれた。


 王城前広場では夜までアルジャンの悲痛な叫びが続いた。

 それでもなお、彼に恨みを持つ者は減ることはない。

 どこに行こうと彼は暴力と怨嗟の声に付きまとわれる事となる。



 王城の一室を充てがわれた俺と仲間たちは、思い思いに寛いでいた。


「お疲れ様でございました。本日はご協力ありがとうございます」


 ヴィクトールが部屋にやってきて労いの言葉を掛けてくれた。


「ん? 別に疲れるようなことはしてないよ」


 実際のところ用意したのは魔法道具だけだし、四柱の神々が降臨したのは俺の意図した事でもない。


「王子に掛けられた呪いは相当に強力なようでしたので……」

「ああ、アレね。確かに俺がんだが、かなり効果的みたいね」


 俺はニヤリと笑った。


 アルジャンをただ処刑するだけではアゼルバードの崩壊によって酷い目にあってきた国民の気は晴れないと判断して、報復相手を用意してやったに過ぎない。

 王子はスケープゴートとして貧乏くじを引いたワケである。

 まあ、可哀想と感じる者もいるだろうが、悲惨な目にあってきた民衆の不満を王家の人間に背負ってもらうのが順当だろう?

 今回の場合、荒廃の引き金になったのは間違いなくアルジャンなので、彼が代表して怨嗟の矛先を向けられる役として抜擢されるのは当たり前でしょ?

 こういった慰み者を使って国民の憂さを晴らさせて国民の視線を逸らさせる事は、昔からアゼルバードでやられていた事なので問題ないよな?

 実際一〇年以上その役をファーディヤがやらされていたんだし。

 


 王や第一王子は死を以て罪を購った。

 后や第一王女は死んでないが、売春女に身を落としていたり、男に捨てられるなどの不幸に見舞われているので、罪は精算しているモノとして扱ってやった。


 このくらいで許してやっているだけ有り難いと思ってほしい。

 女神への数々の仕打ちに対する神罰としては軽い方じゃないかな?

 本来なら砂井と同じように生きたまま「地獄」へ放り込まれても文句を言えない所業だったのだからね。

 あ、この「女神」はファーディヤの事だよ。

 神々の神力で作られた魂の持ち主であるファーディヤは、今では神界においても女神認定されているので、女神に不貞を働いた者には神罰が落ちるのが当たり前なので、かなり減刑されていると思ってくれて問題ない。


 ちなみに、第二王子の事だけど……

 万が一誰かに匿われるような事があった時の事について。


 第三者に身柄を秘匿された場合には、逃げられない呪いとか掛けてあっても姿を隠すことは可能だったりする。

 そうなったら彼の「民衆の慰み者」という職務が妨害される事になる。


 これを防ぐ為にとある魔法道具を開発しておいた。

 王子の生体データを探知する魔法道具で、大マップ画面に似たマップ機能を持ったアイテムで、そこに王子の居場所を表すマークが映し出されるのだ。


 マップ機能というとんでもない便利機能がついているので、相当な価値があるんだが、王子の居場所だけを表示するので悪用は難しいだろう。

 もし、王子をこの魔法道具からも隠蔽するとしたら、古代竜たちが使っている隠形術レベルの魔法やスキルが必要になる。

 とても一般人レベルでは不可能な所業だ。


 これを王城の近衛兵に持たせておいた。

 彼は絶対に逃げることは出来ないだろう。

 ご愁傷さま。


「全て恙無く終わったのは辺境伯さまたちのご協力あっての事です。

 陛下に成り代わりお礼を申し上げさせて頂きます」


 俺は深々と頭を下げるヴィクトールの肩を叩いた。


「いや、見返りをもらってるから、礼はいらないよ」

「無くなる寸前だった国を救って頂いたのですから、何度お礼を申し上げても差し支えはありません」


 言いたいことは解るけどね。


「そのくらいで辞めておけ」

「そうじゃ。ケントは褒められ慣れておらぬでのう」

「お礼よりも、珍しい食材とか香辛料とかを見せるとケントさんは喜ぶのですよ」

「それって貴女が美味しい物が食べたいだけじゃない?」


 トリシアたち女性陣が根も葉もない事を言っているが、当たらずとも遠からずではあるかな。

 頭を下げられまくるのも居心地悪いからねぇ。


「ま、次来た時にも歓待してもらえるなら、別に気にすることはないよ」


 砂漠の国で補給可能な拠点を確保しておけるのは非常にありがたい事だからな。


「それとアゼルバード国内にアリーゼを置いていくので、彼女が街に来たら俺の配下として遇してもらいたい」

「仰せのままに」

「彼女は砂漠地帯の遺跡発掘の責任者に任命してある。

 彼女の発掘品は俺の所有物だ。しっかり俺の権益を守って欲しい」

「心得ております」


 既に一度の発掘でかなりのお宝を手に入れた。

 今後、さらなるお宝がアリーゼによって掘り出されるに違いない。


「その内、アリーゼにもっと人を付けてやるつもりなので、その時はまた便宜を図ってもらいたい」

「どの程度の人員をお考えでしょうか」

「そうだね……一〇人くらいかな?」

「承知致しました。人員が増えることを考慮して対応させて頂きます」

「んじゃ、手付け金ってワケじゃないけど、これを納めてもらうかな。

 今後も俺の満足行く対応なら、もっと色々提供できると思うよ」


 俺は一〇個ほど下級無限鞄ホールディング・バッグをヴィクトールに渡した。


「使い方は自由。商会の商人に持たせてもいいし、国で使ってもいい。

 これはあくでも君個人へ渡したと考えてくれ」


 両手いっぱいに渡された無限鞄ホールディング・バッグにヴィクトールは鼻息を荒くしている。


「こ、これだけの無限鞄ホールディング・バッグは初めて見ます……!」


 まあ、そうだろうね。

 今回の発掘でアーネンエルベ時代の魔法道具としてはポピュラーな魔法道具だと判明したが、現代では下級の無限鞄ホールディング・バッグだといえど裕福な商人とか腕のいい冒険者くらいしか持っていない貴重品らしいからねぇ。


 非常に便利なアイテムなので市場に出回りにくいってのもあるね。

 あったらあっただけ使えるからなぁ。


「今後も、色々発掘するだろうし、世に流して問題ない物なら、君に流すことも可能だ。

 もちろん、それなりの対価は頂くよ?」

「ありがとうございます。それで……この無限鞄ホールディング・バッグの代金は……」

「それがアリーゼ含む人員の待遇だよ。前払いになるが、君を信頼しての事だよ」

「光栄に存じます」


 俺は俺や仲間に利益をもたらす者には、同様に利益を享受してもらうことにしている。

 ヴィクトールには国の運営という非常に面倒な事を任せた事だし、このくらいの役得は与えていいだろう。


 これからも色々世話になるかもしれないしね。

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