第28章 ── 第56話

 その後、残りの一階部分を探索した。


 案の定、残りの部分の住居区画の一つがリニスの居室だったらしい。

 ボロボロだったが少し女の子っぽい装飾やアクセサリーなどが置いてある部屋があったので、そう判断した。

 ちなみにリニスの部屋の隣の住居も彼女に使われていたのではないかと思う。

 理由は魔法使いスペル・キャスターの実験室みたいに改造されていたからだが、部屋の片隅に何かの骨が大量に積まれていたところを見ても間違いないのではないかと思う。


 状況証拠だけを見れば邪悪なヤツなんじゃないかと判断してしまいそうだが、仕事の内容を聞いた後では邪悪と判断するには無理がある。

 最終的にリッチになってしまったにせよ、彼女はこの建物の中に閉じ込められ、必至に生きようと藻掻き続けた。

 他の住民の死体をどう扱ったにせよ、当事者でない俺たちが非難するのは筋違いだろう。


 さて、一階の探索も終わり戦利品を掻き集めてから地上へと戻る。


 既に夜の帳が下り、周囲は真っ暗になっていた。


 やはり陽の光が届かない場所で活動すると時間感覚が狂うね。

 それほど長い時間地下にいた自覚はないんだが。


 夕ご飯を用意してみんなで食べている時にアリーゼと今後の話をしたら、今日の探索行は回るのが早すぎるとのお小言を食らった。

 発掘は性急に進めてはいけないんだとか。


 確かに現実世界の考古学ではハケやらでチマチマと発掘作業をしていた。

 そんな状況だから発掘には物凄い時間が掛かるようで、遺跡などを発見してから何年、下手をすれば二桁の年数を発掘に費やすのが当たり前だった。


 なるほど、了解だ。


 俺は納得し、今後の発掘作業はアリーゼに任せる事にした。

 ソロで発掘するのは大変なので、後々信頼の置ける人材を何人か派遣するとアリーゼに約束する。



 次の日、俺たちはアリーゼをベースキャンプに残し、セントブリーグへと戻る。

 アリーゼは置いていかれるのが恨めしいのか微妙な顔つきだった。


 彼女には装備、護衛、機材、食料など、考えられるだけのモノを与えてあるし、緊急時に連絡もできるようにしてあるので頑張って頂きたい。



 半月ほど時が経過し、船便に便乗したオーファンラントの若手貴族がアゼルバードにやってきた。

 砂漠で街はボロボロ、水も物資も不足がちのアゼルバードの街を見て、若手貴族たちはガッカリした表情を浮かべる者ばかりだった。

 だが、数人は決意を固めたような顔でアゼルバードの現状を確認していた。


 あいつらは期待ができそうだな。

 俺は見どころのありそうな若手貴族をリストアップし、宰相であるヴィクトールに渡しておく。


 総勢五七人。

 この元オーファンラントの若手貴族たちは、貴族ではあるものの元の貴族号は取り上げられていて、現在は一律に只々「貴族」と呼ばれている。

 それぞれには向き不向きがあるので、ヴィクトールに審査されて適正にあった貴族号と特権を与えられることになっている。

 元が下級貴族だったとしても侯爵やら伯爵に取り立てられることもあるという事だ。


 まあ、この取り立てシステムについては当の貴族たちには秘密にしてある。

 元の貴族号を剥奪された時には複数の若手貴族から不満の声が上がったが、既に母国に帰る道は絶たれており、たとえ帰っても捕縛後に送り返される旨を通達してある。

 逃げ出しても母国では既に貴族扱いされないのだから、逃げ出すようなバカはいないと思いたい。


 既にオーファンラント国王との主従契約は終わっている為、今後の生殺与奪はアゼルバードに任せる事に。

 定期的に彼らを大マップ画面で確認して不穏な動きがあるようなら報告するようにしておこう。


 さらに半月経過すると、若手貴族の派閥的な集まりがハッキリしてきた。

 俺はおおよそ三つに別れた派閥に、行動派と怠惰派、そしてコウモリ派と名前をつけておいた。


 行動派はいわずもがな、アゼルバードの復興に意欲を燃やすグループだ。

 リーダーは、元エドモンダール派の下級貴族で、グループの構成メンバーも殆どが下級貴族の出身である。

 彼らは率先して町々を視察したり、港などで貿易品の調査などをして過ごしている。


 怠惰派は元上級貴族派が主な構成メンバー。

 オーファンラントでの派閥はマチマチで、元ミンスター派もいれば、モーリシャス派閥、無派閥系のヤツもいる。

 基本的にファーディヤ狙いのスケベ野郎たちだが、政治手腕などは親たちに仕込まれているので役立たずと言えないところもある。


 コウモリ派は、言葉通りだ。

 状況を見てどちらにも付く奴らだ。

 卑怯者の集まりとも見えるが、機を見るに敏というか処世術に長けている奴らとも言える。

 こういうヤツらは外交などに振り分けると本領を発揮しそうではある。

 まあ、裏切りや売国もしそうではあるんだが。


 ずっと俺がアゼルバードにいる事ができない以上、これら未熟な若手貴族が、今後アゼルバードを背負っていけるかどうか、期待半分、不安半分といったところだが任せていかなければならない。


 戴冠式に合わせて彼らに新しい貴族号の叙爵式もやらねばならない為、ヴィクトールは休む暇もないようで目の下に隈ができていた。


 俺はフィルに貸し出してある生命維持の指輪リング・オブ・サステナンスと同等の指輪を作ってヴィクトールにも貸す事にした。

 今、彼に過労で倒れられては大変なことになるからだ。


 面倒な業務を他人に任せる事が多い俺としては、生命維持の指輪リング・オブ・サステナンスを量産しておく必要があるかもしれない。

 ただ、生命維持の指輪リング・オブ・サステナンスは作るのが非常に面倒なのだ。

 刻み込む術式は、MPの消費形態だけ変更したが、それほど難しくはない。

 問題なのは指輪の素材だ。

 色々な材質の素材をある特定の比率で合金にしなければならいし、結合の際にとある触媒を何種類も使わねばならないのも面倒なのだ。

 この辺りは元々の生命維持の指輪リング・オブ・サステナンスを作ったソフィア・バーネットに作り方を教えてもらったんだが、単純に指輪を作るだけで五日も掛かるってどうなんよ?



 何やかやあったが、ようやく戴冠式の日となった。

 戴冠式会場は王城内にあるブリギーデ神殿だ。


 通常、国王の戴冠式を取り仕切るのは、大神殿から派遣される大司教の役割となる。

 もちろん、その国の国教の大司教なのが前提だ。

 だが、滅亡寸前まで行ったアゼルバードにはブリギーデ教の大司教に当たる神官プリーストが居なかった。


 その為、トリエンに作った神々の楽園「パラディ」の神殿から急遽引っ張ってきて戴冠式をやってもらう事になった。


 パラディの街は、神々が降臨する地として既に高位神殿関係者に知れ渡っているようで、各宗派の最高位に近い指導者が送り込まれ、それに随行するプリーストも大量に移り住んだらしい。

 もちろん大司教クラスの大物が送り込まている。


 ここで少し不安に思ったりする。

 宗教関連の総本山的場所になってしまったのだが、神界的に問題にならなかったんだろうか……

 だが、このような空前絶後の聖地がトリエンにできた事に文句を言う人間は一人もいなかったので問題はなかったとしておこうか。


 神々が地上へ降臨したがっている時、「トリエンじゃなく是非ウチに」と手を挙げる者は一人もいなかったんだからね。

 神託の神官オラクル・プリーストを通して伝えていたのにねぇ。


 まあ、神の降臨というモノはそれだけ大変な出来事だし、非常に栄誉な事なのに尻込みしちゃうほど危険な事でもあるワケだよ。


 今まで見てきて解ると思うけど、この世界の神ってヤツは人間臭いし気まぐれなヤツもいる。

 自分の預かりしらぬ所で神罰が落ちたとか、神聖魔法が使えなくなったなんて事になれば、その宗派の面目は丸つぶれになる。


 自分たちの神さまを扱うのだけでも大変なのに、他の神様も目白押しなんだぜ?

 他所の神に失礼を働いたなんて事も宗派の生命線を立つ可能性すらありえる。


 誰がこんな責任を負いたがる?

 まあ、自分の所に誘致しようなんてヤツは当然出てこなかったって事だ。

 なんかあったら命ないの確実だもん。

 触らぬ神に祟り無しとは言うけど、このティエルローゼでも適用可能な諺みたいだよ。


 とまあ、そんな危険があるワケだけども、俺が納めるトリエンなら話は別だろうね。

 トリエン領内で何かあったとしても、神の方が隠蔽しようとするだろうし。

 俺に知られるのは間違いなく避けるに違いない。


 この度の四柱の神の不祥事で神々は今、神界で戦々恐々になっているとアースラから聞いた。

 俺の不興を買った場合、神格を改変されたり、下手をすると人間にされて地上に落とされる可能性があると思われたのが理由だそうだ。


 プロセナスを脅しあげた文言が神界に広まってしまったって事ですな。

 あいつらに口止めをしておかなかった俺の失敗である。


 もっとも、口止めをしても、あいつらの口に戸を立てておける自信はなかったけど……

 あいつらかなりおしゃべりだもの。

 四柱集まると煩い煩い。

 仲良し四人組なのは解るが、もう少しおしとやかにしてほしいですね!


 さて、話を戻そう。

 大司教は戴冠式は初めてだそうで手順は覚ていなかった。

 しかし、そこは優秀なヴィクトール君が、王城内にあった半壊しつつも残っていた図書館から儀式について調べ上げていてくれた。

 ヴィクトール君、マジで有能。

 まあ、彼だからこそ宰相を任せられるというものだ。


 式は滞りなく終了し、目出度くファーディヤ・ナス・ヌールハーンはアゼルバード第四二代国王に就任した。

 この戴冠式の映像は、王城前にある広大な広場に俺の開発した例の魔法道具で映し出されていた。


 広場に流入した国民たちは、一〇万人規模に膨れ上がった。

 他の街からも国民がやってきているという事だ。


 荘厳な戴冠式の映像に人々は感涙し、そして笑い合った。

 今までの苦労が新たなる女王の誕生により報われることを確信してだろう。


 ファーディヤはそれに答える義務を自ら負った。

 その真摯な姿勢が国民に確信を抱かせたんだろうな。

 頑張って頂きたい。


 さて、戴冠式が終了すると、今度はお披露目である。


 広場に面した王城入り口の上には広いテラスがあり、王家の者はそこから国民に対して姿を晒すのである。


 不用心だと思われそうだが、俺に抜かりはありません。

 各種防衛結界魔法を張り巡らしたので、下手をするとドラゴン・ブレスですら弾きますよ。

 もっとも、ドラゴン・ブレスなんて強力な攻撃だと、弾かれたブレスが広場に広がって、集まっていた民衆が全滅しそうな気もしますが。


 テラスにファーディヤが姿を現すと集まった民衆は興奮に包まれた。


 俺が作った幻想的なミスリル装束に身を包み、聖女の如き微笑みをたたえたファーディヤが民衆に語りかけた。


「私は神に呪われた王女と誹られ生きてきました」


 その言葉に民衆は口を閉じた。


「でも、私は希望を捨てませんでした」


 静かな鈴の音のような声は広場いっぱいに広がる。


「何故ならば、私は呪われたのではありませんでした」


 その声色には人々の心の底に響く何かがあった。


「加護を与えられていたのです」


 突如、どこからともなく光が舞い降りてきてファーディヤの周囲を取り囲む。


「その加護は創造神のモノでございました」


 ドンドンドンドン! と大きな音と四つの光柱がテラスに落ちた。


「そして、その眷属たる四柱の神々が私を祝福してくれたのです」


 光の柱が消えると四柱の女神が姿を現したのである。



「風を司る女神ダナ様。我が国の守護神ブリギーデ様の主神であらせられます」


 女神ダナが民衆に微笑んだ。


「美と豊穣を司る女神テレイア様。試練と運命を司る女神デュリア様」


 テレイアとデュリアがデュオよろしく対象的にポーズを取る。

 神の威厳が落ちた気がしたのは気のせいだろうか。


「そして、荒廃した我が国には多くの知恵が必要になりました。

 創造神様はそんな私に知恵の女神エウレーナ様の加護を与えてくれました」


 エウレーナが持っている杖を降ると光がほとばしって大空へと飛んで弾けた。

 俺がブリストル大祭でやった花火と同じものが大きな花を咲かせた。


 昼間だというのに凄い綺麗に見えるあたり、演出に金がかかっている気がするのはアニメの見すぎだろうな。


「ここに宣言します。私は自らを『創造神の巫女』と名乗ります。

 我が一生は創造神さまへと捧げ、創造神さまの期待通りにこの地の復興に全力を注ぎましょう」


 ファーディヤは一度言葉を切って民衆を見渡した。


「創造神の御力がアゼルバード王国に繁栄をもたらさんことを……」


 ファーディヤが仲間たちみんなで考えた聖印を指で空中に描いた。

 何故か知らないが、その指を動かした跡に光のラインが現れる。


 そして聖印が書かれたと同時に大きく広がっていく。

 その巨大な聖印が民衆の上に到達すると弾けた。

 弾けた聖印が光の粒になり、民衆へと降り注ぐ。


 するとあちこちで声が上がった。


「み、見える! 目が見える!

「お、俺の怪我が治った!」

「き、奇跡だ!」


 どうやら、マジで俺の預かり知らぬ所で奇跡が次々に起きているようである。


 四柱の女神はニヤリと笑うとドンドンドンドン! と音を発して光の柱になって消えていった。


 とんでもない過剰演出だったので、俺は眉間にシワを寄せるしかなかった。

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