第28章 ── 第55話

 アリーゼたちがお茶を楽しんでいる内に彼女たちが調べた一階を俺も軽く確認しておこうと階下へ降りた。


 トリシアたちが既に探索したので、この構造物内に赤い光点はもう存在していないから気楽に一人で見て回れるのだよ。


 階段の正面は広めの空間になっており、建物入り口だったであろう構造物が真正面にあった。

 入り口のような構造物はガラス状の材質で出来ており、取っ手などは見当たらない。

 これは多分自動ドアだ。

 ますます現実世界のマンション風な作りだ。

 扉の右側には小さな小窓と扉が並んでいて、現実世界のマンションにもありそうな構造が見て取れる。

 所謂、管理人室だろうか?


 こういった現実の建築物的構造などが異世界にあることに違和感を覚える者もいるだろうが、四人も五人も現実世界からの転生者がいたりする以上、前世の記憶から技術を発展させる者は皆無とは言えない。

 となると、こういう建築様式は現実世界からもたらされたモノと考えるのが順当だろう。

 そう思えば、何の不思議もないのだ。


 こういう推測をこじつけだとか思うヤツもいるだろう。

 だが、厨二病の想像力をなめてもらっては困る、

 このくらいの推測は序の口と言っていい。


 異世界で現実世界によくある構造を持った遺跡なんてものを目の当たりにすれば、もっと凝った妄想を思いつくなんて簡単な事なんだよ。


 例えば、俺は転生ではなくてタイム・トラベルで現実世界の文明が滅んだ時間軸に飛ばされただけだったとか妄想したらどうか。

 魔法的なモノは世界に蔓延しているナノマシンによって脳内に再現されている擬似的映像でしかない……とかな。

 異種族は何らかの影響で生まれたミュータントなので人間との交配も簡単だから猫耳の受付嬢とかいるって寸法だ。


 異世界転生も大概だが、そんなSFチックな設定にもムラムラくるのが厨二病の為せる技であろう。


 さて、階段下は間違いなくエントランスと考えていいので、ここから左右に伸びる廊下に注意を向けたい。


 基本的に左の通路は単体の大部屋がいくつか並んでいるだけだ。

 これがトリシアが言っていたインフラ系装置類の部屋に違いない。


 右側の通路は大きめの部屋も小さめの部屋も存在するようだ。

 マップから推測して、テナントが入る店舗や、管理人の住居、倉庫などではないだろうか。

 もちろん、上階と間取りが同じ居住空間もいくつか確認できる。


 そのウチの一つはリッチのリニスが住んでいた住居じゃないかね?

 ヤツは一階から上がってきたんだから、この推理は間違いないだろう。


 まずは左の通路のインフラ装置とやらを見せてもらおうかね。


 左の通路に入って最初の扉の中を確認する。

 中に設置されている装置を物品鑑定して解った事だが、ここは上下水道関連の部屋だと思われる。

 俺が開発したような水の浄化用魔法道具だった物体がいくつも並んでいた。

 もちろん地下に伸びたパイプから上水道も引っ張っているようだが、マンション内からの生活排水なども再利用する事で水の供給をカバーしていたと考えていいだろう。


 この地が昔から水不足だったかは推測でしか無いんだが、生活排水をしっかり浄化処理して真水にするに足る程度の数がしっかりと設置されているところから考えても、リニスは緑豊かな土地だったと言っていた気がするが、この建物の周辺はやはり水不足だったのではないかと思われる。

 水資源が豊富な日本という土地だとこのような水の再利用装置などは馴染みがないんだが、人間が生きていく上で水は欠かせない資源なので、こういった浄化装置は水の少ない地域では非常に重要な存在だと思われる。

 そんな装置がこれだけ設置されているんだから、順当な推理だ。


 水が豊富なら大きい浄化装置を地下に埋めておいて、処理した水は外に流すもんだろ?

 わざわざ建物内で再利用するような機構を作る必要はないし、俺からしたら処理水をそのまま再利用するのは少々気が引ける。

 一度、川などに戻して下流の者が利用するってのが普通だよね。

 処理している工程が目に見えなければ、あまり気にならないモンだし。


 とりあえず、処理装置の一部を一式、インベントリ・バッグに収めておく。

 後で調べてリバース・エンジニアリングしてみたい。


 次の部屋は配電室ならぬ配魔室とでもいおうか。

 となりが大型魔蔵機の部屋らしいが、メインはこっちだろう。


 ここは太い魔法導線が外部から引き込まれていて、最初に大きな配魔装置で魔力の一部を隣の部屋に送る構造になっている。

 それ以外は、各階層、各部屋に魔力を送るための配魔盤が並べて設置されている。

 それぞれの配魔盤が専用のボックスに入って並んでいる様はコインロッカーのようだ。

 それぞれが部屋番号を記載されているので、余計そう見える。


 その配魔盤ケースから伸びる魔力導線の太さなどから推測して、各部屋へ供給される魔力量は一定に保たれるように作られている。


 現実世界のアパートにも似たような構造があるよね?

 一部屋で二〇アンペアとか、三〇アンペアとかの契約になってるじゃん?

 アレを想像してもらうと解りやすい。

 まさにそういう規格モノの匂いがぷんぷんする構造なのだよ。


 この装置群の一部もインベントリ・バッグに仕舞っておきましょう。

 

 生活の基盤が電力と魔力の違いはあるが、電気文明で生きてきた現代人として、魔導インフラという考え方は、非常に面白いし設計思想に共感が持てる。

 いつか、トリエンにもそんなインフラを整備した地区を作ってみたいしね。


 隣の部屋を覗いてみる。

 ここには大型魔蔵機が四つ並んで設置されていた。

 大型魔蔵機を少し調べてみると、設計思想がウチで開発した魔導バッテリーと似ていた。

 メイン鋼材としてミスリルが使われているのも同様だ。


 アーネンエルベは人間の国だと思っていたが、この建物の色々な部分に、そしてこういった装置にミスリルが普通に使われているところを見ると、人間単体の国ではなかったのではないだろうか。


 前にも言ったが、ミスリルを精製するにはドワーフ族の協力が必須である。

 ミスリルの精製はドワーフの秘技なのだから仕方ない。

 マストールと相当仲が良くなった今の俺でもミスリル精製の秘技は教えてもらっていない。


 スプリガンと魔鉱炉が必要ってくらいしかしらんし、原材料を見た時はただの砂にしか見えなかったしな。

 もしかすると砂に違いがあるのかもしれないが、素人が見て判断できるようなモンじゃなさそうだったよ。


 そういった理由からアーネンエルベの構成員の一部としてドワーフが参画していたのは間違いないだろう。


 アゼルバードはアーネンエルベの首都的存在だったらしいし、ハンマール王国と隣接しているのもミスリルを手に入れるには好都合の立地である。

 この地が首都になったってのも、あながち偶然ではないのかもしれない。


 俺は大型魔蔵機の一つをインベントリ・バッグへと入れた。


 次の部屋は倉庫と機材室だろうか。

 入って正面から左にかけては棚がずらりとならんでいるが、右側は開けていて壁一面にモニター・パネルのようなモノが張り付いている。

 モニターらしきモノの下にはコントローラに見える装置が並んでいる。

 開けた空間の真ん中には少し大きめの四角いテーブルと複数の椅子が置かれている。

 壁の一面だけモニター・パネルが張り付いておらず、三段ベッドらしきモノがなにもない壁に押し付けられている。

 ベッドはかろうじて崩れていなかったので判断できた。

 このような状況から警備室と修理資材置き場なのではないかと思う。


 警備装置も現代的ですなぁ。

 今まで気づかなかったけど監視カメラ的なモノが壁や天井にあるのかもしれない。

 気づかないほど小さい監視カメラ的魔法道具なのだとしたら、少々珍しいモノなので一部回収しておきたいところだ。


 この世界には現実世界のような精密な電子機器を作るほどの技術は存在していない。

 よって魔法道具を小さく作るというのは非常に高度な技術って事なのだ。

 そんな高度で精密な技術があったのだとしたら、現代のティエルローゼでは太刀打ち不可能って事になる。

 いや、技術屋の神であるヘパーエストがあのレベルなんだから、彼より技術が高いって事はないはずだよな?


 となると監視カメラはそれほど小さくないはずだ。

 となると外部露出させず壁に埋められているって事だろうか?

 壁に埋まっている段階で……相当小さいんだけどな……


 ま、俺の推理が間違っていなければだよ。

 監視カメラじゃなく、探知魔法的なモノの応用という可能性もある。

 これだと、光学的な科学技術は必要ないし術式を刻んだ魔導回路を壁に嵌め込むだけで出来上がる。


 いや、待て。

 魔法を使えば、光学的な構造は必要ないな?

 現実世界のカメラ技術から装置の構造を限定的にイメージしていた。

 そうか、魔法を使えば光学レンズは必要ないな……


 うーむ、詳しく調査したいところだが、どうやって調査すればいいのやら。

 魔蔵機に大量に魔力をぶち込んで無理やり建物内のインフラを動かしてみるか?


 いや、やめておこう。

 どういった魔力装置や回路が壁内に埋め込まれているか解らない状態で、加減無しで起動したらどんな厄災が降りかかるか解ったもんじゃない……

 魔力が漏れて火事にでもなったら目も当てられないし、可能性は低いとはいえアゼルバードの半分を吹き飛ばすほどの自爆装置が起動する危険性すら考えておきたい。

 いや、そこまで露骨に漫画的展開はないか。

 一般的なマンションやアパートに自爆装置が設置されているなんて、設計者が厨二病でなければありえないし、古代のアーネンエルベにそれほど多く厨二病がいるとも思えない。


 厨二病とはそれほど希少で貴重なモノなのだ……いや、そうであってくれ……


 一応、モニター・パネルとコントローラらしき魔法道具はインベントリ・バッグに仕舞った事は言っておく。


 次の部屋は配魔室の対面にある巨大な部屋だ。

 これは配魔室と大型魔蔵機室をあわせたくらいの大きな部屋だ。


 巨大な魔法機械が八つほど並んでいる。

 物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクトを使って調べたところ、空調用設備だと解った。


 要は大型のクーラーとヒーターが並んでいたって事だ。

 ただ、クーラーはクーラー、ヒーターはヒーターの能力しかなく、両方の能力を併せ持つような所謂エアコン的な性能はなかった。


 しかしなんでこんなに巨大なんだ?

 小型化して各部屋に設置した方が効率が良いのではないか?


 いや、待てよ……

 技術的な問題か?


 大きな装置で空調ダクトを通して全室共通で温度管理した方が確かに楽といえば楽だが。

 ただ、各部屋の住人ごとに好みの温度が違うと思うし、その辺りはどうしていたのだろうか?


 熱と冷気の混合比率を変えて温度を調節してた可能性は?

 比率調整用の機構はどこに?


 壁とかを破壊して設計や構造を調べられればいいんだけど……

 遺跡を壊すってのは少々気が引けます。

 大マップ画面は便利だけど、そんな謎まで解き明かせる性能はないからなぁ。


 調整された一律の空調温度で住人が妥協していたなんて単純な可能性もあるから、徹底調査するほどの重要事項ではないんだよね。

 なので一部装置の回収だけで済ませておく。


 と、こっちサイドはこのくらいでいいか。

 反対側の方は、構造がこっちよりも複雑だし、仲間たちが揃ってから探索しよう。

 あっちは住居構造もあるので、上の階のようにお宝が眠っている可能性もあるからね。

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