第28章 ── 第53話

 リニスの言う死体使役者コープス・ハンドラーは、様々な生物の死体を素材にして様々な魔法を行使する魔法使いスペル・キャスターの事らしい。

 アンデッドを作り出す死霊術師ネクロマンサーとは根本的に違うそうだ。

 ただし一般人はボーン・ゴーレムやフレッシュ・ゴーレムとアンデッドを区別して認識しないので、死霊術師ネクロマンサーと混同されることは多いという。


「まあ、死体使ってる段階で間違われても仕方ないわな」


 ここまでの話で認識したのだが、現実世界から転生してきた俺は死体掘り起こしたりして死者を冒涜しているから死霊術師ネクロマンサーが嫌われるのだと思っていた。

 だが、死体をどうこうするだけなら、それほど忌避されるものではないらしい。


 リニスが言うに、死霊術師ネクロマンサーは死体だけでなく、その死者の魂すら使役するから嫌われるのだという。

 確かタナトシアやマリオンから聞いた話では、アンデッドは本能的な欲求が出やすいので人間を襲うことが多いというだけで決して邪悪な存在ではないと言っていた。

 欲求がある段階で死体と魂の繋がりが途切れていないのがアンデッドという事か。


 ということは、通常のスケルトンも魂と繋がっていると?

 確かにそう考えれば喋るスケルトンってのも説明はできるな。


「ということは、死体使役者コープス・ハンドラーが骨格標本みたいな従者を連れていた場合、それはスケルトンではなく、ボーン・ゴーレムってことか?」

「その通り! やっと理解できました?」


 ほうほう。

 違いは理解した。

 ただ、死体のみ利用する魔法使いスペル・キャスターだとして、死霊術師ネクロマンサーと区別する意味は俺にはない。


「まあ、要は死体を使う魔法使いスペル・キャスターって意味で、死霊術師ネクロマンサーと変わらんな」


 リニスがカクーンと顎が外れんばかりに口を開けて動きを止めた。


「ひ、ひどす」

「いや、俺としては死臭漂う死体が動き回るのを見たいとは思わないんで」

「ああ、人間とかの死体は基本的に使いませんよ?

 まだ腐りかけとかの新鮮な死体は特に」


 リニス曰く虫が湧いているような死体は臭いもひどいので、人の住む都市で使役するには不向きであるとの事。

 そういう死体を使役するのは、下水地区の清掃処理を行った際に大量に出るネズミなどの下等生物種などを一斉に処理する時だそうだ。

 そういう意味で死体使役者コープス・ハンドラーは都市運営に欠かせない職業なのだと力説している。


 なるほど、確かに下水道にはネズミやら何やら色々住み着きそうだ。

 特に大都市になれば余計、そういう生態系が作られそうな気がする。

 まあ、ウチの下水処理装置を導入した都市は、それほどでもないとは思うけど。


「ふむ。了解した。

 で、君はこれからどうするの?」

「これから?」


 不意に話が切り替わってキョトンとする骸骨女。


「救出に来てくれたんでしょ?」

「いや、数千年前の遺跡を発掘してただけで、救出でもなんでもないな」

「マジで?」

「マジで」


 骸骨女は「ふむ」と腕を組んで考え込む。


「ところで貴方は今、数千年前と言いました」

「うん」

「今のアーネンエルベはどのようになっているのでしょうか?」

「数千年も都市が埋まったまま放置されているだけでも予想は付くんじゃねぇ?」

「といいますと?」

「君が埋まった頃に完全に滅亡しました」

「がーん」


 俺、「がーん」てマジで言う人、マリス以外で初めて見ました。

 まあ、この人も今じゃ人じゃないんだけどね。


「まあ、滅んじゃったんなら仕方ないか」


 随分とあっさり諦めるんだな。


「では、改めまして。

 貴方たちに頼めば、私を外に連れ出していただけるんでしょうか?」

「んー。リッチだよねぇ」

「リッチっぽいですねぇ……」


 俺は考えるような素振りをしながら自分の顎を撫でる。


「アンデッドがウロウロしてたら、普通の国では神官プリーストが派遣されてターニング・アンデッドだよな?」


 俺はアナベルに確認するように視線を向ける。

 アナベルは非常にフランクなリッチという上級アンデッドを珍しそうに眺めていたが、俺の視線に気づいて頷いた。


「そうですね。

 リッチを相手するのに、普通の神官プリーストでは難しいので、もっと上位の者が派遣されるとは思いますが……

 確実に神官プリーストが派遣される事案になります」

「では、どうしろというのです?」


 どうしろと聞かれても俺にも判りません。


 人里に出てくれば確実に討伐対象になる。

 これはアンデッドが人に危害を加える事が多い所為だし、これに対処のしようはない。

 人々に「アンデッドは邪悪ではない、人の敵ではない」なんて説いて回る責任も義務もないからな。


「そもそもリッチなんだから、人里に出ようなんて思わないで地下の穴蔵にでも引き篭もってる方がいいんじゃないか?」

「何という連れない答えでしょうか!

 いたいけな美女が困っているというのに!」


 自分で美女って言うなや。

 つーか、骨過ぎて美人か判らん。


「アンデッドは普通なら討伐対象だ。

 ケントの言うように地下に隠れて生きていくのが普通だが……」


 流石のトリシアも、こういうケースは初めてらしくて首をかしげている。


「人間に害がなければ、討伐しなくても良いもんだろうか?」


 確かに害を与えてこなくても、討伐対象になる場合は多々ある。

 例えば、ゴブリンなどはそうだ。

 今でこそトリエン南西の丘陵地帯のゴブリンはウチとの同盟者になっているが、本来ゴブリンは人間に害をなす可能性があるというだけで討伐対象になるのが一般的なのだ。

 リッチという上級アンデッドが地上を闊歩していたら、大抵の場合は討伐対象として処理されるだろう。


 それを避けるには、その地の支配者層に関わる者が何らかの布告を出して対処する必要があるという事だ。

 非常に面倒といえる。


「ちょっと確認なんだけど。

 この砂漠の国は君の故郷だろうし、今後もこの地で生活を続けたいって事でいいのかな?」

「え? 砂漠?

 首都であるこのアマルガムは、緑の都と評判なのですけど?」


 どうやら埋まっていた所為で、外の様子は全く把握していないらようだ。


「まあ、いいや。

 とりあえず今は同行を許そう。

 遺跡の発掘作業中なので静かに付いてきてくれ」


 俺は一旦言葉を切ってから、重要な事を伝える。


「この国一帯の地下に眠るアーネンエルベの遺跡の発掘権は俺に帰属する。

 君は埋まっていた発掘品の一つに過ぎない。

 君はこの地に埋まっているモノに対し、権利を主張できないと思ってくれ」


 リニスは何を言われているか解らないのか首を傾げたが、魔法使いスペル・キャスターだけあって理解力は高かった。


「ということは、私が数千年地下に埋まった住居に居た所為で、いつの間にか私は身も心も貴方の所有物という事に?」

「いやな言い方をするね。

 まあ、大まかに言えばそういう事だ」

「まあ! なんて刺激的な!」


 骨女がクネクネするのを見ても、マリスやツルペタがやるより色気を感じない。


「骨に欲情はしませんな」


 俺の言葉にリニスは顎がカクーンと落ち、仲間たちは激しく同意する。


「したら人として最悪じゃしな」

「マリスちゃんの言う通りです。

 ふっくら大きい谷間があるのに、骨に負けたら女の名折れなのですよ」


 まあ、アナベルさんの谷間は骨どころか、生きてる女性の大半に勝てる最終兵器だとは思いますが。


 しかし、悪い事もしてない善良な(?)アンデッドを世知辛い世間の荒波に放り出すのも少々心苦しくはある。

 だが、生きた者が采配を振るう国にリッチを解き放すつもりは更々無い。


 こうなれば、協力を仰ぐのは彼しかいない。


「まあ、受け入れ先には心当たりがあるし、ちょっと連絡を入れてみるよ」


 俺は久々に腕に装着してある小型翻訳機の通話機能を起動する。

 念話でも良かったんだが、彼に念話したことないし、ビックリさせかねないからね。


「もしもし?」

「ああ、ケント。久しぶりだな」

「最近、どうよ?」

「トリエンとの貿易のおかげかな、王国内が活気づいてきた」

「そりゃ良かった。

 ところで、一つ頼みがあるんだが……」

「闇石の追加か?」

「いや、引き取ってもらいたい魔法使いスペル・キャスターがいるんだよ」

魔法使いスペル・キャスターだって?

 魔法使いスペル・キャスターは希少だから他国に派遣するのは国力低下に繋がるとか聞いたことがあるんだが?」

「いやぁ、普通の魔法使いスペル・キャスターなら、他国に流出しそうなら手を打つところだよ」

「普通ではないんだね?

 でも、普通じゃない困った魔法使いスペル・キャスターを送り込まれても困るんだけど?」

「いや、多分人品的には問題ないと思いたい。

 ただ、種族というか職業が……」

「もしかして、そいつアンデッド?」


 流石にピンと来たらしい。


「その通り。アーネンエルベの遺跡に埋まってたリッチなんだよね……」

「リッチか。リッチの配下は初めてだな。

 それもアーネンエルベ時代の?

 魔導文明の魔法使いスペル・キャスターってことはロストテクノロジーの塊なんじゃないか?」


 その通り。

 多分だけど魔法道具の制作も可能な魔法使いスペル・キャスターだろう。

 先程までの会話でも解る通り、死体をゴーレムに出来る段階で間違いない。


 本来ならウチの工房に囲い込む人材なんだが、アンデッドなので躊躇してしまう。

 いや、リニスには害意はないに違いない。

 だが、工房に出入りする者には、説明するだけで納得してもらうのは難しい。

 聖騎士パラディンのマストールは黙っていまい。

 彼は個人的な客人だが、トリエンにとっては最重要人物の一人なので彼の機嫌は損ねたくないし。

 というのは建前だ。


 正直に言えば、俺の領地であるトリエンを我が物顔で歩き回られるのが困るのだ。

 上級アンデッドが自由に闊歩する土地などと噂が広まるのはマジで不味い。

 他の貴族に付け入る隙は与えたくないからねぇ。


 いかに力がある貴族であっても、社交界にデビューしたばかりで変な噂を立てられては今後の領地運営に支障が出かねない。

 新人貴族のうちはマイナス要素にはご遠慮願いたい。

 一〇年くらいは静かにやり過ごす必要はあるだろう。


 それでなくても目立ってるんだから、足元をすくわれないように立ち振る舞うべきなのだよ。


「ま、当時の魔法技術には俺も興味あるんだけど、リッチをウチの領地にウロウロさせたくないんだよ」

「そうだろうね。アンデッドは普通、生者の敵と見なされるし」


 彼もグレーター・リッチになってしまって相当苦労したらしいからねぇ。

 彼の場合、近づくだけで人が即死するので謁見すらままならない。

 ペルージア女爵がいなかったら国家運営は難しかっただろうなぁ。


「ところで、そいつは俺と同じリッチらしいけど、人間をどう思ってるか解るかな?」

「ん? どうとも思ってないんじゃないか?」

「重要なところなんだよ。人間に深い恨みやらを持っていると、コントロールが難しくなる事もあるんだよ」


 俺はリニスをじっと見る。


 少々間の抜けた感じにしか見えない。

 俺を指差して「あの腕輪は通信装置なんですね! よくあれだけ小さくできたなぁ」とか仲間と喋ってるし。


「人間に恨みはなさそうだけど」

「了解。一度面接しよう。連れてきてくれる?」

「助かる。今からでいいか?」

「ああ、問題ない」


 どうやら受け入れてもらえそうだ。

 ならば、セイファードに任せるのが一番いいだろう。

 ノーライフキングの能力が発動すれば、一般的なリッチである彼女は確実にセイファードの支配下に入るはずだ。

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