第28章 ── 第52話

 昼食を終え建物に戻った。

 午後からは二階部分の探索に入る。

 間取りは二階と三階は一緒なので、慣れもあり探索にそれほど時間は掛からなかった。

 三階には三時間半くらい掛かったが、今回は二時間程度で終了した。


 二階の階段ロビーで戦利品を整理していた時だ。


 階下に繋がる階段からカツンカツンという足音が聞こえた。


「シッ!」


 俺は指を口に当てて全員に静かにするように指示を出した。


 カツンカツン……


 ゆっくりだが、確実に何かが上がってくる。

 大マップ画面を開いて三次元モードで廊下部分を確認すると、白い光点が登ってくるのが解る。


 白い光点……?


 赤い光点は最初に洗い出していたので把握していたが、白い光点は詳しく調べていなかった。

 三階にいた白い光点はネズミみたいな小さい生物だったしね。


 仲間たちにハンドサインで指示を出して戦闘準備を進める。


 トリシアが小声で魔法を詠唱した。

 呪文を唱え終わると、俺も含めて仲間たちの目が淡く緑色に光り始める。

 太陽光が全く入ってこない空間においては、ランタンや松明よりも暗視ナイト・ビジョンの魔法の方が断然有効だ。


 マリスが盾を構えて前に出る。

 マリスの左右後方にはハリスとアモンが、その後ろにはトリシアがライフルを構えて陣取った。

 さらに後方にエマ、アリーゼ、アラクネイアを配置する。

 俺とアナベル、フラウロスは最後尾に付く。


 相手の姿が見えるまでに、俺は更に情報を仕入れる為、白い光点をクリックした。


『リニス・マークス

 レベル:五〇

 脅威度:中

 自室にいるところ生き埋めになった魔法使いスペル・キャスター

 気が付くと彼女は自分がリッチに生まれ変わってる事に気づいた』


 ふむ……リッチか。

 レベル五〇となると、ティエルローゼでは相当高レベルな存在ではある。

 ただ、俺たちの敵にはならないが。


 この手のアンデッドが闊歩しているとすると、アリーゼ一人に発掘作業を任せておくのは非常に心配になるな。


「来たぞ……」


 ハリスの声に俺は顔を上げた。

 階段の下からスケルトンと見間違いそうな骸骨が現れる。

 ただ、その目には赤い光が宿っているように見えた。


 リッチが俺たちの姿を認めて足を止める。


 先制攻撃も考えたが、相手の光点が白なので、俺は攻撃命令を出せないでいた。

 どんな相手であろうと、敵対する意思を見せないモノを攻撃する気にはなれない。

 甘い性格と言われればそれまでだが、こちらの方が遥かにレベルが上なんだから、それくらいの余裕は見せても恥にはならないだろう。


 リッチはしばらく俺たちを見た後、顎の骨がカクリと落ち大きく口を開けた。


「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 落ちた顎から悲鳴にも聞こえる大きな声が上がった。

 何を思ったのか、リッチは両手を広げると階段を駆け上がり、俺たちの方へと凄い速度で向かってきた。


 ボロボロのローブがはだけるのも気にせつに突撃してくる姿にマリスが盾と剣を構えた。


「攻撃はするな!」


 俺は大マップ画面を見ながらマリスの行動を制する。


「な、なんでじゃ! 突っ込んでくるのじゃぞ!?」


 バタバタとホコリを舞い上げながら走ってきたリッチが、マリスを盾ごと抱き締めた。


「幻覚じゃない!!」

「なんじゃと!?」

「やっと来たのね!?」

「此奴、頭が可笑しいのかや!?」


 骨格標本そっくりの骸骨に抱きしめられて予想だにもしない言葉を掛けられて、そう言いたくなるのも解らなくもない。


 マリスは盾を持つ手に力を入れ、リッチを引き剥がした。


「なんでスケルトンが抱きついてくるのじゃ!!」

「え? 私、スケルトンじゃないわよ?」

「女なのか?」


 トリシアが怪訝な口調でそう言いつつライフルを下ろしたが、いつでも構え直せる態勢は残してあるのが流石と言える。


 言われて気づいたが、口調は確かに女みたいに聞こえる。

 色のくすんだローブを着ているただの骨格標本にしか見えないリッチの性別が解るはずもないが、言葉を聞く限りはそう判断しても問題は無さそうだ。


「女以外の何に見えるの?

 あら? 貴女、エルフね?」


 真っ暗闇でもリッチには鮮明に見えるらしい。


「確かに私はエルフだが、お前はスケルトンにしか見えん」


 リッチは自分の体を見下ろす。


「確かにそうかも。

 でも普通のスケルトンは喋らないでしょう?」

「ペールゼンのスケルトンは喋ったかのう……」


 マリスがハリスを見上げた。


「確かに……あそこの……スケルトンは……喋るモノも……いる……」


 リッチがハリスに目を止め、肉のない両手で頭蓋骨を挟み込んだ。


「イケメン発見!!」


 いや、確かにハリスはイケメンですが。


「こっちも!」


 アモンにも視線を向けるリッチは何だか大喜びだ。


「救助隊はイケメン揃いだわ!」

「救助隊とな?」


 パーティ中四人が男なんだが……

 リッチよ、その「イケメン揃い」って言葉に俺とフラウロスは入ってないだろ?

 こっちに全く視線が向いてないしな。


「救助隊と言ったけど、救助が必要なのか?」


 俺は前に進み出てリッチに話しかけてみた。

 だが、その試みは空振りに終わる。

 リッチは俺が全く目に入ってないかのごとき態度を見せた。

 リッチはマリスやトリシアも無視して、ハリスとアモンの間に割って入り、二人の腕に自分の腕を絡めたのだ。


「見てみてー、両手に花!」


 妙齢の美女がそんな事をしたら少しは場の空気も和んだかもしれない。

 だが、ホネホネロックなリッチがやっても全く絵にならないし、逆に少々イラッとする。


 それはマリスやトリシアも同様だったようで、武器をリッチに突きつけた。


 アモンも絡められた腕を引き剥がして剣の柄に手を掛けたし、ハリスは影移動でスルリと離脱した。


「ケント。破壊しても構わないな?」

「我が盾で押しつぶしてやろうかや?」


 仲間たちの連れない反応にリッチが慌てたように手を降った。


「ごめん。久々にイケメン見たから、ちょっと調子に乗っちゃった」


 降参とばかりにマリスとトリシアにお祈りのようなポーズを見せるリッチに、二人は呆れた顔で俺の方を見た。


「まあ、許してやれ。

 まずは事情を聞いてから対処を考えるべきだろう」

「ケントがそういうなら仕方がない」

「ケントに感謝するのじゃ、骸骨め」


 二人の言葉に初めて俺の方にリッチの目が向けられる。


「随分冴えない男ね。

 なんで貴女たち、こんな男の顔色窺ってるの?」


 この一言で周囲の空気が一瞬で凍りついた。

 どうもこのリッチ、口が悪いというより口が滑る類の存在らしい。


 マリスがバック・ステップして少々距離を取ったかと思うと大盾タワー・シールドを構え直した。

 トリシアも下がりながらコッキング・レバーを引き、チャンバー内に弾を送り込んだ。

 ハリスが懐の苦無を取り出し、アモンは剣を抜いた。

 アナベルは聖印ホーリー・シンボルを両手に握った。

 フラウロスは両手に炎の塊を出現させ、エマは魔法の矢マジック・ミサイルの呪文を唱えつつある。

 アラクネイアはリッチを逃さないようにする為か、周囲の壁や床、天井に糸を飛ばし始める。


「ストーップ!! 全員待機だ!!」


 俺の号令に幾つか「チッ」という舌打ちが聞こえてきた。

 周囲を見回しても誰が舌打ちしたのかまでは解らなかったが。


「言葉に気をつけられよ、骨の者よ。

 天の神々に聞かれたらその肉なき身を焼かれる所業ぞ」


 両の手の平から炎を消しつつフラウロスがリッチに警告を発した。


 仲間たち全員に物凄い殺気を叩きつけられたリッチは完全に固まってしまっていたが、なんとか頭蓋骨を前後にカクカクと動かすことに成功した。


「ケントさんは相変わらず優しいのです。

 こんな不良アンデッドはとっととあの世に送ってやるべきなのですよ」


 アナベルがプリプリ怒りつつ、聖印を胸の中に仕舞う。

 谷間の中に消えていく聖印が少し羨ましく思えます。


「主様、拘束の準備は完了しております。

 此奴が不要と感じましたら、いつでも号令を」


 アラクネイアも相当キレ気味でした。


「いや、この遺跡にいたって事は、アーネンエルベの生き証人って可能性が高い。

 色々な情報を聞き出せると思えば、簡単に処分を決められないよ」

「確かに、それは興味深いわね」


 エマも魔法道具などを作りはじめているのでアーネンエルベの技術体系なんかを知りたいようだ。


 光点をクリックした時に出た情報から、このリッチは魔法使いスペル・キャスターだった人間の成れの果てなのは間違いない。

 アーネンエルベの魔法使いスペル・キャスターとなれば、それ相応の魔法知識を持っているはずだ。


 その情報と引き換えに命の保証をしてやるってのが順当だろう。

 アンデッドに命の保証って言うと、意味解かんない言い回しだけど。


 リッチと仲間たちが落ち着いたところで、事情聴取を行った。


「私の名前はリニス・マークス。

 見ての通りの魔法使いスペル・キャスターよ?」

「どう見てもスケルトンじゃが」

「確かにそうね。

 でも、スケルトンじゃなくてリッチなのよ」


 ただのリッチなので、セイファードのような死を撒き散らすオーラを発していないので安心ではある。

 これがグレーター・リッチやノーライフキングだった場合は、アリーゼが即死してた可能性が高く、今後の対策は急務である。

 即死耐性の魔法道具を作っておかねばならない。


 ちなみに、グレーター・リッチとノーライフキングは別々のアンデッドである。

 セイファードは、グレーター・リッチでありつつノーライフキングという珍しい存在なのだ。

 どちらのアンデッドも対するものを徐々に死を与える性質を持つが、彼は両方のアンデッドの特殊能力を併せ持つ為、生物を一瞬で死に追いやる特殊能力を持つに至った。

 まあ、この辺りの情報は、セイファードに教えてもらって知ったんだけどね。


 何にせよ、今回の発掘でアクセサリ系のアイテムが幾つも手に入ったので、アリーゼにデザインの良さそうなモノを選んでもらって作成するのが良いだろう。


「偶然リッチになるってのも考えづらいが……」

「確かに。

 実は私は死を司る女神の信奉者なの。

 多分、それが原因でリッチになったんだと思うわ」

「え? 死霊術師ネクロマンサーなのか?」

「違います。

 似てると言われるけど、正確には死体使役者コープス・ハンドラーね」


 何だそれ? ドーンヴァースにはそんな職業なかったけど。

 大画面でクリックした時は魔法使いスペル・キャスターと出ていたから、魔法使いスペル・キャスター系の派生職業なのかもしれない。


 職業名から判断すると、死体を使役するという事は、死霊術ネクロマンシーと似ているのは間違いないけど、何が違うのだろうか。

 アーネンエルベの一般人向けアパートに住んでいた存在ということは、邪悪な職業とは思われていなかったという事なんだろうか。


 死体を使うと聞くと死者を冒涜しているように感じるのは、俺が現実世界から転生してきた人間だからだろうか?

 いや、ティエルローゼ人も死霊術師ネクロマンサーは良しとしていなかったはずだ。


 邪悪な職業の者であった場合、外に出すのは問題になるだろう。

 そうでなかった場合は?


 うーむ。判断を下すには情報が足りない。

 もっと詳しく聞き出さなくてはならんね。

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