第28章 ── 第50話

 居間らしき部屋の物色も終わり、次は四つある扉に取り掛かる。


 罠や錠の有無はハリスに調べてもらいましょう。

 忍者になってから、盗賊シーフスキルもしっかり習得したハリスは、冒険に必須の重要キャラと言えよう。


「罠はない……」

「よし、コッチとコッチの扉の先は行き止まりの部屋だ。

 みんなで手分けして調べてくれ」

「敵はいないんだな?」


 トリシアの問いに頷きつつ、仲間たちにマップを共有しておく。


「ふむ。

 マップを見る限り部屋じゃな」


 共有されたマップを見てマリスは西側の扉に取り付いた。


「開かぬのじゃ……」


 引っ張ったり押したりしても開かないらしい。


 レベル九〇越えのマリスの筋力度で開かないとか尋常じゃないな……


「ハリス。あの扉、鍵掛かってるんじゃないのか?」

「いや……鍵も……罠も……ない……」


 ふむ……


 ちなみに、もう片方の扉に取り付いているアナベルもウンウン唸りながら扉を引っ張っている。


 俺は扉に物品鑑定を行う。


「なるほど、この三つの扉は魔法道具だな」

「扉が魔法道具じゃと!?」


 確かに扉を魔法道具にするような浪費は、あまり例がないように思う。


「え!? 魔法道具なんですか!?」


 アリーゼはそう言うと、近場の扉に飛びついた。


「えーと、ここがこうだから、あっちをこうして……」


 アリーゼは扉を調べはじめ、工具を取り出すと手慣れた手付きで扉の一部を外していく。


 見ているだけだとで分解をしているように見えるが、これがアリーゼが持つユニークスキル「リペアラー」の真骨頂である。


 後ろで俺が覗き込んだ気配を感じたのか、こちらを見ずに手をスッと突き出した。


「魔力」

「え?」

「魔力!」

「あ、はい」


 どうやら魔力を提供しろと言っているみたいだ。

 仕方ないので俺はアリーゼが指差す魔力導線に指を触れさせて魔力を流し込んでみた。


 すると、外された扉の一部に開閉を意味するような記号が仄かに光り輝いた。


「おお……自動ドアの魔法道具なのか!」


 現実世界では珍しくもない自動ドアではあるが、ティエルローゼで初めて見る文明の利器に俺は物凄い衝撃を受けた。

 適当にいじるだけで武器や防具をある程度整備できてしまうリペアラー持ちがギルド対抗戦などで重宝されていたのも、これを見れば理解できる。


 俺は光っている記号で「開く」に見える記号にタッチする。

 すると長い間放置されていたとも思えないスムーズさで扉が横にスライドして開き、さすがの仲間たちも「おお!」と感嘆の声を漏らした。


「やるなアリーゼ!」

「我が見込んだ通りじゃ!」

「さすがなのです!」

「私の杖を整備した時にも思ったけど、中々やるわね?」

「ほう……」

「人間にしてはやりますね」

「主様のお眼鏡にかなった娘です。当然でしょう」

「我が主を召使いのごとき態度で使役した事は業火に焼かれてもおかしくない所業であるが、今回は目を瞑っておくとしますかな」


 最後のフラウロスの物騒なセリフはともかく、他の仲間たちは口々にアリーゼへ称賛の声を掛ける。

 褒められている当の本人は「それほどでもー」といいつつ頭を掻いている。


 他の二枚の扉にも同様の処置をして、開いた状態にしておいた。

 ハリスが開いた扉のレールの下の部分に小さい楔を差し込んで閉まらないようにしてくれたので、毎回魔力を使う必要がなくなった。


 こういう小さい積み重ねが、ダンジョン探索などの冒険で生存率を僅かながらも上げるんじゃないだろうか。

 ゲームとかだと、そんな細かい部分まで再現されないので実感はないが、リアル探索では非常に納得できる効果を感じます。

 メンバー全員が魔力操作の能力があるワケじゃないからね。


 ちなみに、このドアの開閉に必要なMPの供給は、魔力操作のスキルがあれば誰でもできます。

 魔法を使える職業ならスキルがなくても普通にできる能力ですが、魔法の使えない職業の場合は、このスキルが必要になるワケですな。


 どんな人間であれ基本ステータスであるMPは必ず持っているので、そのMPを使おうとしたら絶対に魔力操作が必要なんだよね。

 じゃないと、手のひらや指先から魔力を放出することなんて出来ないですから。

 自動的に魔力を徴収していく魔法道具を使用する場合は別ですけど。


 この遺跡の扉は魔力操作が必要な操作パネルだということが判ったわけだが、魔導文明と称されるだけあってアーネンエルベの遺跡では、ふつうのコトなのかもしれない。

 確かに、魔法道具を作る際に、付与される魔法効果の発動に必要な魔力をどこから持ってくるかは必ず考えなければならない事柄である。


 一番簡単な魔力供給方法は使用者からMPを吸い取るモノだ。

 魔力供給方法を設定しないで魔法使うとコレが自動的に設定される。

 普通に人間が魔法を使う場合、この項目が呪文に組み込まれないから術者のMPが消費されるんですよ。


 シャーリーの魔法付与関連の書物を読むと、このあたりの詳しい考察がなされていて勉強になりましたなぁ。


 そこから導き出される事は、呪文詠唱でこの項目を設定して魔法を使えば、魔力の供給先を指定できるから、様々な魔力源からMPを供給することができるという事だ。

 ただ、この魔力源の設定におけるセンテンスを声に出して呪文を唱えなければならない事が問題になっている。


 普通、魔法のセンテンスには声に出して読むための発音記号が呪文書などに記されているんだが、魔法付与系の研究書をいくら調べても「大気に漂う魔力を集める」といったセンテンスには発音記号がどこにも記されていない。

 呪文詠唱用の発音が判らなければ、魔力供給源の多様化は不可だ。

 付与魔法を得意とする魔法を使える者スペル・キャスターとしては非常に残念だねぇ。


 閑話休題それはともかく、魔力操作スキルなどの特殊なスキルが必要になる魔法道具ってのは、汎用性に問題があるって事だよ。

 人間には色々な能力の者が存在するので、万人に魔法道具が使えるようにする事を考慮に入れなければならないワケだ。

 この扉はそれが考慮されていない。


 魔法道具を作る者としては欠陥品と言わざるを得ないのだが、アーネンエルベ魔導王国時代では万人が「魔力操作」を使えたって事なのかもしれない。


 今の時代では普通ではない事が、当時では当たり前だった可能性を考えると、ワクワクしてきませんか?

 俺は大学で経済学を専攻したけど、考古学にも興味があったんでこういう考察は大好きです。


 行ってみたい観光名所がエジプトのピラミッド、マチュピチュなどに代表される中南米の古代遺跡群、ギョベクリテペとか中東の古代遺跡だったりするんで、解る人には解るだろう。


 考察を続けてみよう。

 アーネンエルベの民が全員「魔力操作」スキルを持っているとすると、それが何を意味するのか。


 市民は全員が学校に通っていたって事です。

 魔力操作のスキルは生まれ持って身につくスキルではなく、必ず取得作業が必要になるスキルだからだ。

 普段使いの扉に魔力操作が必要というだけで、その扉を使っていた社会では義務教育過程があった事が判明するワケだ。


 何故普段使いの扉と判るかって?


 マップに表示されている地図から俺はそう判断した。

 まず、現在いる「居間」らしき部屋につながっている他の部屋の大きさや配置を考えた。

 導き出された答えは、この建物は、集合住宅……所謂アパートだという事だ。

 それほど裕福な者を対象にしていないのは、部屋の広さや置かれている朽ちた調度品、発見したアイテムや金銭などから判断した。

 他の部屋も調べれば、俺の推察が裏付けられると思う。


 居間に繋がる扉の一つは長い廊下に繋がっている。

 その廊下には多数の扉があるが、各扉はこの居間と同じ構造の部屋に繋がっているのがマップ画面で確認できる。

 こういった事実から「アパート」ではないかと判断したワケだ。


 ちなみに、他の階もこの階同様の構造だよ。

 一階にあたると思われる階層だけ、他の階層と比べて少なからず構造が違う箇所があるんだが、魔力導線等が張り巡らされている事などから、魔力配電盤や下水処理装置などが収められた部屋が存在するのではないかと思われる。

 エントランスとかそういった魔力関連の装置が設置された部屋などが構造の差異を生む原因なんじゃないかな?


 現実世界だとボイラー室や配電盤などの機器は地下に配置されている事が多いから、普通なら地下に設置されるんじゃないかと思うかもしれないが、そこは文化によって様式が変わるのは当たり前だし、判断基準にはならない。

 実際、マップ画面では地下の存在は確認できない。


 ちょっと調べただけでこれだけ判るんだから、情報が如何に大切かが解るというもの。


 まあ、俺は「アパート」だと推測したけど、この推測が外れている事だってありえるので、頭の中だけで理論展開をしているんだよ。

 推測が間違ってたら恥ずかしいし……

 一応、推測通りかどうか、他の部屋を調べて検証しておこう。


 俺は一番近い扉を潜り、先にある部屋を確認する。


「随分狭い部屋だな……」


 つーか、この部屋……間違いなくトイレだ。

 中央に便器らしきモノが設置してあるしな……


 これだけハイテク感のある遺跡を残した文明なんだから、上下水道は当たり前だと俺は思う。

 だとすると、下水に流される汚物の代表格は糞便だ。

 それを集める機構が必ずあるはずなのだ。

 その証拠が目の前に存在するワケだ。


 鑑定してみたら、これも魔法道具だったようでアイテム名が判明する。

 その名も「室内用次元転送式便器」。


 汚物を次元転送するらしい……

 魔法技術の無駄遣いな気がしてならないが、糞便を触りたいと思う人間は一部特殊な性癖を持つ者以外には少ないだろうから、発達した文明であれば当たり前の応用技術なのかもしれない。


 ただ、俺の知っている技術として、次元転送ってのは物凄く消費MPが高い。

 汚物の転送に使えるほど低レベルな技術じゃないって事だ。

 イルシスの加護を得た者でもない限り、MP不足で発動すらしないのだ。


 俺は便器をさらに詳しく調べる。


 大の大人が便器らしき物体を詳しく調べている図は滑稽に見えるに違いないが、魔法道具開発者としては、新技術に出会ったら深く調べざるを得ない。


 だが、他に発見した魔法道具同様に魔法術式が揮発しており、術式を構成する新しいセンテンスを見つけ出すことは出来なかった。


 一〇分以上、便器を調べて成果なしなのでトホホ状態です。


「おう、ケント。

 珍しい便器じゃったようじゃが、何か面白い発見はあったかや?」


 マリスの無邪気な問いに胸に槍でも突っ込まれたような気分です。


「消費MPの効率化が望めそうだと思ったんだが……」


 俺がボソッとそういうと、エマが会話に混じってくる。


「そうね。あの大きい板みたいな魔法道具だった物体もそうだけど、推測される消費MPは結構な量になるわね。

 この遺跡の住人は膨大な魔力を持つ魔法使いスペル・キャスターだったとしか思えない感じがするんだけど……」


 言いよどんだエマが、俺の顔を見上げて話を続けた。


「この建物、ケントが共有してくれたマップを見て判断しても大衆住居群よね?」


 ティエルローゼでは「アパート」をそう呼ぶらしい。


「そうだな。俺もそう推測した。

 俺の生まれた国では『アパート』とか『集合住宅』とか呼ばれてたよ」

「集合住宅……

 住宅が集合しているって事よね?

 面白い言葉の組み合わせね」


 何故か「集合住宅」という言葉に興味を持たれてしまいました。


「まあ、それは良いとして、これだけ日常的に魔力を使うってことは、魔法使いスペル・キャスターが多くいた事は間違いないんじゃないかしら?」

「いや、俺が思うに魔法使いスペル・キャスターばかりってのはないと思う」

「じゃあ、この魔力を過剰に使用する生活様式をどう説明するの?」

「降りてくる時に見たように建物全体に『魔力導線』が張り巡らされていると思う。

 ここから、必要な魔力はウチの工房みたいに巨大な魔導バッテリーに蓄えていて、必要な魔力は導線経由で提供されていたのではないかと推測する」


 要は現実世界の電力と同じような感じですかな。


「あの技術を更に発展したような感じって事……?

 凄まじいわね……」


 確かに「魔力インフラ」なんてとんでもないイメージが俺の頭の中に浮かんだよ。


 でも、ここはアーネンエルベ魔導文明と呼ばれた時代に首都があったであろう地域。

 一般大衆向けの住居がこの仕様なら、あながち間違いじゃない気がしてくる。


 ちょっと発掘しただけで、これだけ面白い事が解ると、もうワクワクが止まりません。


 やっぱ冒険って楽しいね!

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