第28章 ── 第48話
とりあえず発掘予定地点までやってきた。
俺たちの足でセントブリーグ徒歩で三日の距離だが、一般の人間が時間を掛けても来られないほどの場所ではない。
何せ砂地をエッチラオッチラ歩いてきているワケだから、さすがの俺たちでも慣れない旅路で時間が掛かる。
例の毒素の件もあって少量の朝露でも危険な地域だ。
慎重に歩を進めてきたので俺たちですらなかなか距離を稼げなかったのだ。
つまり、それ相応の準備をして時間を掛ければ誰でも到達可能な地域といえる。慣れた現地人なら更に楽かもしれない。
もっとも現在、それを行える力を持った勢力が今のアゼルバードにあるとは思えないが、この場所がバレないように用心に越したことはない。
唯一できそうなのはヴィクトール率いるセントブリーグの手勢だけだが、今まで受けてきた待遇や彼らの状況から考えても、裏切るようなことはないと思う。
「よーし。ここで野営をして、明日の朝から発掘開始だ」
「了解でーす」
アリーゼの呑気な返事が後ろから聞こえた。
仲間たちは既に手際よく野営準備を開始している。
エマだけは砂丘の麓に座り込んで魔術書を開いて読んでいるが。
仲間たちにテントの設営を任せておいて、俺は料理用の
長いこと一緒に旅をしていると話し合わずに作業分担が自然とできるものだね。
ものの数十分で発掘のためのベースキャンプが出来上がった。
これから、四方を砂丘に囲まれたこの場所を起点にして発掘を始めるのだ。
ベースキャンプがある空間に俺は魔法を掛けた。
雨や毒の大気を吹き飛ばすエア・カーテンの魔法を空間いっぱいに展開したのだ。
魔法による空調だが、水気が厳禁な土地なので必須だ。
もちろん
当分、アリーゼにはここで発掘作業をさせることになるので当然の処置でもある。
もちろん、戴冠式が終わった後も発掘作業をさせるんだが、数日に一回は様子を見に来るようにする。
食料や水の補給は絶対欠かせないし当然のことだ。
え? 魔法の蛇口をもたせればいいって?
残念ながら魔法の蛇口は以前話した通り、水の精霊力を環境の影響を受けずに使える俺でなければ、魔力不足で水やお湯の生成能力が格段に落ちる。
本来の自然環境なら魔力の補充など必要ないのだが、蛇口が必要とする魔力を使用者が補わなければならない特殊な環境において、魔力を扱う能力の低いアリーゼには効率の悪い魔法道具となってしまうワケだ。
まあ、アリーゼが発掘に飽きたり、作業に苦痛を感じるようなら別の者を作業に就かせるつもりでもある。
発掘専門のゴーレムとか作れたら危険な作業を人の手に任せなくてもよくなっていいよね。
その為にも先ずはアリーゼに発掘作業をしてもらい、その様子を随行する護衛のゴーレムたちに見せておきたいワケである。
発掘作業についてのあらゆる作業データをデータベース上に蓄積させておけば、後々作る発掘専用のゴーレムに活かせるだろ?
さて、ベース・キャンプ設置記念に今日はカレーでも作ろうか。
「カレーを作ろうと思うが、何カレーがいい?」
「俺は……何でも……いい……」
ハリスは肉に好みはないようだ。
「何を行っておる! カレーは豚肉を使ったやつが一番じゃろう!」
食いしん坊チームのトップバッターは切り込み隊長のマリスだ。
「いや、鶏肉の戦闘力は侮れん。私は鶏肉が良いと思うぞ」
トリシアはチキン・カレーをご所望か。
「牛の肉が至高ですよ! 牛の肉は高級なので!!」
確かに畜産動物の中で乳を採取できる牛は、肉とされることが少ない為、市場に出回ると結構な高値が付く。
もちろん美味いからという理由もあるが、この出回る量の少なさから高くなるのが主な理由だ。
現実世界では牛乳が殆どだが、ティエルローゼではヤギ乳、馬乳なども市場に並んでいる。
もちろん、ミルクとして市場に出回っている量は牛乳が一番多いのは間違いない。
アナベルは貧乏教団であるマリオン教徒なので、高級な牛の肉に憧れがあるらしいんだよね。
まあ、高級和牛に憧れを持ってる俺にも理解できる感覚ではあるんだが。
「ふむ。それぞれが別の肉を望むか……」
俺が少し考え込んむ仕草をすると、三人は「しまった」という顔になる。
ワガママを言って俺を困らせていると思ったらしい。
「なら、カレー自体に肉を入れずに作って……」
俺の独り言に三人は絶望の表情を浮かべる。
「い、いや。それではカレーの戦闘力がガタ落ちに……」
「そうじゃぞ! 肉は必須! 豚肉を入れるのじゃ!」
「あわわ、肉のないカレーではしょんぼりなのですよ……」
いや、別に肉を使わないといっているワケでは……
「それぞれの肉をカツにして後から載せたらどうかと思ったんだが」
「後乗せじゃと!?」
「トンカツとエビカツ以外にカツが存在するのですか!?」
「あれ? それ以外作ったことなかったっけ?」
まあ、パン粉の衣をつけるだけなので、どんな素材でもカツにすることは可能なのだが。
「カレーパンを作った事もあった気がするが」
「あれもカツの一種なのか!?」
驚きすぎだろう。
何を当たり前の事を……
味も見た目も全く違うが、似た食い物ではないか。
どうも仲間たちは材料が違うと、別の料理になるものだと思っていたらしい。
「てんぷりもカツなのかや……?」
「あれは同じ小麦粉を使ってる料理だけど、パン粉を使ってないから別の料理だな」
俺がそういうとマリスたちは少しホッとした顔になる。
「カツと呼ばれる料理は、もともとはカツレツというモノでな。
子牛の肉を薄く切って衣をつけた油で揚げたモノの事なんだよ。
フランス語でコートレットだったか? 英語だとカットレットだな」
カツレツの語源だね。
「トンカツはその料理法を豚肉でやったヤツの事だね」
「戦闘力が高い料理なだけあって奥が深いな」
何故かトリシアが感心している。
君、前世の記憶取り戻してるよね?
なんで、俺程度の料理知識に感心してんの?
まさか、前世でも料理音痴だったのか?
性格が良い完全無欠の美人だとシンジは言っていたはずなのだが……
「トリシア、前世で料理しなかったの?」
俺の問いに珍しくトリシアが顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「私は料理が苦手だったんだよ」
プイッと横を向くトリシアが妙に子供じみて見えて可愛い。
「ふむ……
まあ、人には向き不向きあるし気にすんな」
「ケントは……料理ができる女の方がいいのか……?」
「どうだろう?
俺は男だけど料理してるし、別に女だから料理できなきゃ駄目だとは思わないかな?
できるヤツがやればいいんじゃないか?」
マリスがコクコクと頷く。
「そうじゃ。料理はできる者がすればよいのじゃ。
我はケントの料理以上のモノは想像できぬから、ケントが料理するのが一番じゃと思うのじゃがな」
確かに俺の料理スキルのレベルはマックスだし、せっかくの素材は美味しい料理になるべきだと思う。
他に料理スキルを持つモノがいない以上、俺が料理するのが順当だろう。
「私も料理スキルもってますよ?」
そこにアリーゼから爆弾発言が飛び出した。
「レベルは?」
「実家に置いてきた
なぜ
あれは基本的に契約者専用のアイテムなのだが?
まあ、他人も使えないことはないけども。
「レベル三では、ケントを超える味は出せぬじゃろう」
「そうなのです。
ケントさんに挑戦するだけ無駄です」
「レベル三なら普通は及第点を出すところではあるが、ケントの料理の戦闘力を考えるとな……」
食いしん坊チームが声を揃えて却下したため、アリーゼがしょんぼりしてしまった。
「いや、レベル三って大衆食堂の料理人レベルだよね?
別に不味い料理を作るとは思えないんだが?」
一応、アリーゼを擁護してみる。
「確かにケントさんの家の料理は絶品ですよね……
私は発掘とかに出ているときは自分で料理するので、いつの間にか料理スキルが身についただけなので……」
独学でレベル三かよ。
他の女どもと比べたらスペックたけーな、おい。
とても自宅に料理人を雇っている金持ちのお嬢さんとは思えんな。
まあ、料理のレベルが女の価値とは言わないが、やはり男として女の手作り料理ってモノにはそそられるモンがあるよな?
古い考え方と言われるかもしれんが、古くて結構。
現実世界でも女に肉ジャガを作られたら、クラッとくる男は結構いるはずだ。
都市伝説ではないかと言っていたアニメキャラもいたが、煮物が作れる女子はかなりポイントが高いと男は思っている。
少なくとも俺はそうだ。
アリーゼには少し料理の指南をしてみるべきかもしれん。
料理長のヒューリーに預けたいところだが、発掘作業をさせる為に連れ出しているし、今のところは俺が教えるべきだな。
まあ、レベル三なので基本はできているはずなので、様々な料理レシピや応用などを仕込んでみようか。
もっともインベントリ・バッグを持っていないアリーゼに寿司とかを教えようとは思わないが、保存の効く料理とかはいいかもしれないね。
ま、何にせよ、カレーを作りましょう。
本日はルーを単体で用意して、肉はカツやソテーしたモノをトッピングする感じにします。
トッピングは、トンカツ、チキンカツ、ビーフカツ、エビカツなどの各種カツと共に、ハンバーグ、ステーキ、ソーセージ、フィッシュフライやイカリングなども用意してみました。
まるで某カレーショップのようなラインナップになってしまったのは俺が日本人だからだろうか。
トリシアもトッピングを見て懐かしそうにしていたから、彼女も前世では某カレーショップに行った事があるのかもしれない。
他の仲間も反応が大変良かったので嬉しい限りですな。
大分反応がいいので今後もバラエティ豊かなトッピングを用意してやろうかなと思う。
少し面倒ではあるんだけど、みんなが笑顔になるなら多少の手間暇は惜しくない。
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