第28章 ── 第47話

 翌日の早朝、ヴィクトールにはファーディヤの装備を渡す。

 光り輝く装備の数々を手にした彼は、真っ青な顔で受け取った。


「説明書はこれね」

「辺境伯さま……何やら微妙に輝いて見えるのですが……」

「そりゃ、装備全部に魔法を付与してあるからね」

「全部が魔法の……武具……なんですか」


 ハリスみたいになってんぞ。


「その通り。

 材料はあるしアダマンチウムで作っても良かったんだけど、こんな小さい国の王がアダマンチウム製装備で全身を固めているなんて他国に知られたら、攻め込んでこないとも限らんし、素材はミスリルにしておいたよ」


 冗談まじりに言っているように聞こえるだろうが、アダマンチウム製装備一式ってヤツの価値は、マジでそんな事件を起こしかねないほどのインパクトがあるらしい。


 ミスリル製品は稀ながらも市場に出回る。

 これは、ファルエンケールのドワーフ職人たちのように少数の製品を金策として世に出す事がままある。


 ドワーフ種の中でもスプリガンと言われる魔力の扱いが巧みな種族がいればミスリルは比較的簡単に製造できるらしい。

 何やらミスリルの製法には秘密があるらしく、ドワーフ種以外でミスリルを作り出す事はできないとされている。

 俺もミスリル製品を大量に作ってはいるものの、既にインゴットとまったミスリルを加工しているだけなので、ミスリルの製造方法自体は知らない。


 まあ、ミスリルを作り出せなくても、純度一〇〇%のミスリル・インゴットが手に入る体制を作り上げている俺には必要のない知識ではある。

 ただ、どんな知識にも価値があると思っているので、俺としてはミスリル製造の秘密を解き明かしたいという欲求はある。


 さて、アダマンチウムについてだが、製造はミスリルほど秘密ではない。

 基本的には他の金属と製法はあまり変わらないからだ。


 だが、アダマンチウム製造においては問題が幾つか存在する。


 まず、アダマンタイト鉱脈を見つけるのが非常に困難だという事。

 探せばもっとあるのかもしれないが、俺の知る限りこの大陸にはアダマンタイト鉱脈が四つしかない。


 一つは、マストールの一族が開発しているファルエンケールの北にあると言われている山の下。

 二つ目は、ハンマール王国の真下にある。

 三つ目は、爆破して埋めてしまったが元シュノンスケール法国の首都の下。

 四つ目は、土竜人族のジョルジョが言っていた通りデルフェリア山脈の下だ。これに関しては大マップ画面で確かめたので大きな鉱床があるのは間違いない。


 まあ、アダマンタイト鉱床は地下の深い場所にあるので、それなりの組織力を持っていなければ掘り出すことは出来ないってのが、見つけるのが困難な理由に直結しているんだよね。


 そこに希少な鉱物を含んだ岩石が埋まっていると確証でもなければ、大金を投じて鉱山を開くような物好きは普通いないものだ。

 ドワーフ系の亜人種は他の種族と違って金属や鉱物に詳しいからこそ、そういう貴重な鉱床を発見できているに過ぎない。


 二つ目の問題点は、アダマンタイト鉱石をアダマンチウムに加工する時、生物には大変よろしくない汚染物質を発生させるという事。


 これについては、マストールと知り合った当初に愚痴られたので知った事だ。

 有害物質が出るのでエルフがいい顔をしないという事で、その有害物質を除去する魔法装置を俺が作ってやった。

 そのお陰でファルエンケールはアダマンチウムの安定生産が可能になった。

 もっとも、非常に希少価値の高い金属なので、戦略物資として生産数も出荷先も厳しく管理されているのが現状である。


 この有害物質を海に垂れ流した為、海の守護者たるリヴァイアサンの怒りを買ったバカな国が存在していたのを記憶している人も多いはずだ。


 そして三つ目の問題。

 アダマンタイト鉱石内には、とある生物が住み着いていることが多く、鉱石に含まれる何らかの成分が生きていく上で必要不可欠のようだ。

その生物は「ドーガルオン線虫」というモノで、ティエルローゼ大陸に存在する国家に例外なく禁止されている薬物「ドーガ」の原材料である。


 アダマンタイトという希少鉱石として捉えれば物凄い価値のある鉱物なのに、このドーガルオン線虫に目がくらみ「ドーガ」の製造に手を染めるバカが多いので、アダマンチウムが伝説の金属と言われているのではないかと俺は考えていたりする。


 まあ、ドーガルオン線虫とアダマンタイトの関係性を知らない可能性は高いんだけどね。

 アダマンタイト鉱石っていっても、気持ち悪い虫が住む少々緑がかったタダの石にしか見えないからなぁ……



 話を戻そう。


 例えミスリル製にしろ、魔法の武具一式が光を放っているのを見て、どれだけの価値があるか有能なヴィクトールですら瞬時では見抜けないようだ。


「多分、金貨数百万枚……いや、もう一桁多いくらい価値だよ?」


 俺はニヤリと笑いつつサラリと言ってのける。


「こ、これほど貴重なモノをファーディヤ様……いえ、新生アゼルバード王国に……?」

「うん。

 これはファーディヤが女王になる事が前提条件だよ。

 彼女は後々女神になる予定の人物なんだからね」


 俺は念を押すように言う。


 ファーディヤは普通の人間ではない。

 扱いを疎かにしたら大変な事になると、彼には肝に銘じておいてもらわなければならない。

 ヴィクトールには機会がある度に刷り込んでおかねばならない案件である。


「承知しております……

 それにしても見事な装飾で」

「そうか? マストールの細工に比べるとまだまだだな」


 俺がそう言うと、ヴィクトールもマストールという名前は知っているらしく「世界最高の匠と比べては」とようやく笑った。


「そういや、ファーディヤの誕生日っていつなんだっけ?」

「既に戴冠の準備を初めておりますが、まだ二ヶ月ほど先です」


 ふむ。

 となるとあと二ヶ月は滞在しないと駄目か。


 俺としてはヴィクトールに全てを任せてとっとと冒険を再開したいのだが、ファーディヤが心細そうにするので出立できずにいる。

 だから戴冠式までは一緒にいてやろうと思うのだ。

 それまでは、好きに遊ばせてもらうとしよう。


「あ、そうそう。

 後でファーディヤからお達しがあると思うけど」

「何でございましょうか?」

「ヴィクトールにはアゼルバード王国の侯爵に就任してもらうので、覚悟しておいてくれ」

「は……?」


 流石に寝耳に水だったようで、ヴィクトールはポカーンと呆けた顔になった。


「いや、オーファンラントから若い貴族たちが何人もやってくる。

 ファーディヤにはアゼルバード人の有力貴族が早急に必要なんだよ。

 君以外に適任がいるのかい?」


 そう言われても心当たりのないヴィクトールは押し黙ったままだ。


 真面目な話、他に有力貴族がいたら国家体制の立て直しはもっと簡単だっただろう。

 国民の状況なんか無視して強権を発動し放題だっただろうし、その方が支配者階層としては楽だったはずだしね。


 だが、采配を振るうヴィクトールは平民だ。

 強権を使う事に躊躇いがあるに違いない。

 その支配者の強権によって故郷を追われた彼には無理な相談だ。


 だが、そんな彼が侯爵に就任したら良い支配者になる気がする。

 下々の痛みの解る支配者ってのは、民にとっては悪くないと思う。

 ティエルローゼでも最貧国に近いアゼルバードでは、民の生活を考慮しながら国の舵取りを出来る人物が宰相をするべきなんだよ。

 じゃないと国の基礎を築くはずの民草が地獄を見ることになる。


「これからやってくるオーファンラントの若手貴族を上手く扱う為に必要な肩書だと思ってくれ。

 これはファーディヤも了承している事だ」


 ただの商人であるヴィクトールとしては断りたいのが透けて見える表情をしているが、俺の言葉に逆らうことはできそうにない。

 よって返事は決まっている。


「承知いたしました……」


 予想通りに答えたヴィクトールを見て、俺は苦笑した。


「貧乏くじを引かせるようで悪いけどね」

「誰かがやらなければならない事なら、他人に任せず自分でやりたいと思います。

 この機会を与えてくれた神々と辺境伯様、ファーディヤ様には感謝しかありません」


 ヴィクトールに俺は頷いて見せる。


 彼に宰相を任せれば国の運営は大丈夫だろう。

 それほどに彼は有能だ。


 彼一人が苦労しているように見えるが、彼の手足はレオンハート商会という大きな組織である。

 それをまとめ上げている彼ならやってくれるだろう。



 その日の午後、仲間たちとアリーゼを連れて砂漠に繰り出す。


「えー、戴冠式までアゼルバードに滞在する事になったので、砂漠の遺跡発掘をして暇をつぶします」

「手つかずの遺跡はどんな宝が埋まっているか想像もできんな」


 歴戦の冒険者たるトリシアですら興奮気味だ。


「ワクワクじゃな!」

「そんなに古い遺跡だと、戦う相手がいないんじゃないでしょうか?」


 嬉しげなマリスとは対照的にアナベルは対戦相手の心配をしている。


「アンデッドが……いる可能性が……あるぞ……」


 途端にマリスとアナベルが俺の顔を覗き込んできた。


「ゾンビとかグールが出てきたら守ってやるのじゃ」

「一瞬で退散させるのですよ!}


 誠に頼もしい言葉だ。

 だが、俺はそう思ったとは微塵にも顔に出さない。

 かっこ悪いしな。


「ああ、ケントはゾンビとグールが苦手なんですってね。

 何でもできるケントに苦手なモノがあるなんて意外ね」


 エマも誰かから聞いたのか、俺の苦手アンデッドの事は承知しているようだ。


「だって気持ち悪いじゃん」


 俺は口を尖らせた。


「大丈夫です。主様は私どもが守ります」


 アモンが真面目な顔で言い放つと、アラクネイアとフラウロスも頷いた。


 本当に頼もしい。

 ゾンビやグールでは俺に引っかき傷も付けられないほどにレベル差があるんで「心配無用」と言いたいところだが、低レベルモンスター相手に逃げ回るってのも格好悪いので、とっとと倒してもらうのが得策だね。


「あのー、私は守ってもらえないんでしょうか?」


 最後尾を俺の作ってやった革鎧一式に身を包んだアリーゼが弱々しく手を上げつつ言う。


「ああ、アリーゼの守りは万全だ」


 俺はインベントリ・バッグから次々とゴーレム兵を取り出す。


 取り出されたゴーレムは俺が命令した通り、アリーゼを取り囲むように護衛フォーメーションを取る。


「こ、これ! アダマンチウムのゴーレムですか!?」


 エマは、俺やエマがアダマンチウム製品を作っている現場に立ち会っているので色や質感で素材が解ったらしい。


「うん。

トリエンのゴーレム兵と同タイプだけど、素材はアダマンチウムだよ。

 アリーゼの言うことを聞くように作ってあるから、護衛に使うといい」

「ある意味、発掘する遺物アーティファクトよりも、こちらの方がお宝かもしれませんけど……」


 確かに砂に埋もれて朽ち掛けているアイテムよりも新品のアダマンチウム・ゴーレムの方が価値があるかもしれん。


「ま、俺の道楽みたいなもんだからねぇ。

 例のPCみたいな遺物アーティファクトをアリーゼには発掘してもらいたいんだよ」

「アレと同じような代物は、なかなか難しいですよ?」

「期待くらいはさせてくれ」

「はぁ……」


 アリーゼは魔法道具や遺物アーティファクトマニアなので、重要なアイテムを見つけ出す可能性は高い。

 大いに期待したい。


 だって、掘り出したモノ全てに物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクトを掛けるなんて面倒な事はしたくないからね。



「過度に期待しすぎるとプレッシャーになるだろうから、適当に頑張ってくれれ」

「はーい」


 とりあえず、セントブリーグから少し南下した付近で発掘テストだ。

 相当繁栄していた国の首都なんだから二~三日も掘れば何か出てくるだろう。

 何が出土するかはマリスの言じゃないけどワクワクしますなぁ。

 

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