第28章 ── 第45話

「あの……」


 ほっとしたのもあるが、別の不安が浮かんだらしく、上目遣いで声を掛けてくるファーディヤ。


「ん? 何だい?」

「一〇〇年後まで私は生きているのでしょうか?」

「え? 死にたいの?」

「いえ……そうではありませんが……普通一〇〇年より前に人は死にますので……」


 なるほど、人族の寿命は長くても七〇~八〇だし、最長でも一〇〇年くらいだろう。

 この世界の医療技術だと一〇〇歳いくのは相当な奇跡だ。


「言いたいことは解った。

 とりあえず一〇〇年と言っただけで、そこまで生きなくてはならないわけじゃない。早めに神界へ昇ることも可能だよ」


 俺の権能は世界のルールを自由自在に使えるし改変も可能らしい。

 もっとも、全てを思いのままにできる力を制御コントロールするほど熟練していないので、好きなように世界を改変するような傲慢な事をするつもりはない。

 だが、今回はファーディヤには修行という意味も込めて、少しご都合主義的に彼女の肉体の性質を改変してしまおうと思う。

 このくらいは出来るはずだ。


 まず、彼女はステータスを確認する限り既に不老不死の能力を得ているが、今後一〇〇年間に限って人族としての性質を肉体に与えておく。

 これで、通常の人間と変わらない生活が可能になるはずだ。

 もちろん彼女の望みでもっと早く神の肉体としての性質に戻すことも可能だが。

 

 俺は肉体の改変について掻い摘んで説明した。


「まず、君はこの地上から去るまで、基本的に他の人間と同じだ。

 どんどん歳を取るし老いても行くだろう。スキルなどの習得もレベル・アップも可能だ。

 とりあえずは人として好きに生きればいい」


 ここまでは普通の人間として生きていける。


 だが、彼女は神力によって作られた魂を持つ。

 彼女自身の認識で人としての性質を留めているが、肉体は神力の影響で不死の属性を帯びている。


「何にせよ、最長でも一〇〇年後に君には神になってもらう。

 種族が人から神になる感じ……まあ、クラス・チェンジみたいなもんだ」


 人が神格を得て神になる場合、人のまま何も変わらず移行できるような気もするが、多分違う。

 神として備えておかなければならない能力や技能が必要になるからだ。

 そのようなスキルは下界では取得する事が難しいので、神界に行ってから取得するようにしてもらおう。


 例えば、念話(神界)という技能が神必須のスキルとしては最たるものだろう。

 俺は便利に電話代わりに使っているが、本来は人々に天啓を与える技能らしいからねぇ。


 あと、アースラなんかが言っていたのもスキルなんじゃないか?


 俺はまだ使えないが次元の間にアイテムを収めてるような能力も重要な気がする。

 インベントリ・バッグがあれば全く必要ないんだけどね。


 そういう細々としたスキルや能力以外に、神としては絶対必要な要素が存在する。

 それは自分を信仰する信者の存在だ。

 信者がなければ、神力を補充できない。

 神力を補充できなければ、いつしか神は消えてしまうのだ。


 神の様々な能力は、行使するたびに神力を必要とするのだと思う。

 だからこそ、ブリギーデはアゼルバードの存続の為に神界の規則すら無視する暴挙に出たのだ。


 だから、彼女には神になる前に己を信奉する者を獲得してもらわなければならない。


 え? どうしてかって?

 だって、突然神が増えたとして、誰がそれを認識するんだい?

 他の神々が擁する信託の神官オラクル・プリーストの協力なくして神の座に付いた事を周知することは不可能だと思うぞ?


 神になってから信者を集めるとすると、他の神々の協力が必須になるのは自明の理だ。

 その場合、協力してくれる神の信徒を分けてもらう感が捨てきれない。

 何故ならば、新しい神が司る事象は何か、その神の教義とかはどう考えても、協力してくれる神託の神官オラクル・プリースト経由で人々にもたらされる事になる。

 その神託の神官オラクル・プリーストは新しい神の教団において教祖として振る舞わざるを得ないことになる。


 新規に神託の神官オラクル・プリーストを探すのも手だが、存在が稀な適合者が必ず見つかる断言できない。


 なら、人間の時代から信者を集めておくのが手っ取り早いだろ?


「という事で、この一〇〇年で自分自身の信者を増やすこと。

 どのような手段を使っても構わないよ」


 ニッコリと笑いながら言ったのだが、何故か絶望したような表情をされてしまった。


「信者とはどうやったら……」

「俺も知らない。

 まあ、いくつか手段は思いつくけど……」

「是非教えて頂きたく!」


 ファーディヤがグイグイと来て微妙に焦る俺。


 美少女に詰め寄られるのはマジで焦るよね……


「い、いや……そうだな……

 まず、現世でみたく振る舞えばどうだろう?」


 古今例を上げれば切りがない事例の一つだ。

 地上に降りた神であると宣言し、民草に崇拝させるワケですな。


 もっとも、この場合の必須条件としてを民草に見せる事ができないといけない。

 神とは超常の力を秘めていてナンボだからな。


 あるいは手品やペテンでもいい。

 とにかく、どのような手段であれ不思議に見える現象を起こし、神の力だと信者に信じ込ませる事ができれば何の問題もない。


「これは本来なら簡単そうだけど、比較的難しい手段だな。

 不思議な事象を起こせないと駄目だからねぇ。

 でも、君なら簡単にできるでしょ?」

「え?」

「ほら、例の力だよ。

 この一~二ヶ月くらいで使い方も随分うまくなってきたみたいだけど、あの力を使えば楽勝だろ?」


 ファーディヤはまだ自分の力を使うことに強い躊躇いを持っている。

 それがアゼルバードを崩壊寸前にまで追いこんだ元凶なんだから当然だ。

 だが、俺はファーディヤに罪悪感を覚えさせないように洗脳済みだ。


「君の兄が画策して君にあの力を使うことを余儀なくさせたにせよ、あの力は信仰を生むほど強力なものなんだ。

 使うことに躊躇いがあるのは解る。神の力だしね。

 でも、神界に移るまでに絶対に信者は必要だよ」


 ファーディヤは項垂れているが、頭では理解しているのかコクリと頷いた。


「ま、何百人とか何千人とか信者にしろって言ってるんじゃない。最初は一人から始めてみたらどうだ?」

「一人から……?」

「そうだ。『千里の道も一歩から』って言葉が俺の故郷にはあったしな」

「素敵用語じゃ!」


 マリスがツッコミを入れてくる。

 最近は英単語より、こういう慣用句やことわざに「素敵用語」認定をしてくる事が多くなった。


 ティエルローゼの宗教は、それぞれの神々の教団によって行われているのだが、一般的な原住民が全てどれかの神を強く信仰している事はない。


 一般的な人々は神々全てに薄い信仰心をもって生活している。

 この「薄い信仰心」が非常に重要な事になる。

 殆どの人がこの状態だが、神々と関わり合いが薄いだけで何となく神々の存在を信じているのだ。


 信心に尽力するわけではないにしろ、何らかの成功が難しい事柄に挑戦する時には適応する神に軽く祈ったりする。

 これは現実世界の人間も世界中でやっている事だ。


 この小さな祈りは、一つに集めるとバカにできない大きな神力になるのだそうだ。

 だからこそ、神が何を司っているのかが重要になってくる。

 司っているモノが曖昧な神では祈る時に困るからねぇ。


 俺は創造神の後継なので基本的に全てを司っているらしい。

 まあ、ティエルローゼの人々には不在の神と思われているだろうから、祈られることも少ないとは思うんだが。


 ここまで説明してファーディヤは眉をハの字にして狼狽えた。


「私は何を司れば良いのでしょうか……」


 既に様々な神が大抵は司っているので、たしかに困る案件かもしれない。


「まあ、神界に上がった後、創造神の眷属になる予定なので創造の力を司るのかね?」

「恐れ多いのですが……」


 ふむ……確かに突然「創造の力を司れ」と言われても困るよな。

 実際、後継とか言われた時、俺も困った。


「では、こうしたらどうだ?

 君は『創造神の巫女』を名乗る。

 創造神の言葉を世界に伝える巫女になるワケ」


 俺と繋がりがあるので、俺の意向を民衆に伝えるのは嘘ではないし、彼女の力を何に使っても創造神の力なら何でもありと言える。

 非常にご都合主義的に振る舞えるのではないか?


 アゼルバードを宗教国家にするつもりはないが、後々ファーディヤを神界に送る理由にはなる。


「この辺りはヴィクトールも交えて話したほうがいいな」

「解りました。辺境伯さまの言う通りに致します」


 いや、自由に決めてもらっていいんですけどね。

 俺は適当に話してるだけなんで。


「君の人生なので、俺の思いつきを形にしようなんて思わなくていいんだよ。

 ヴィクトールと良く相談して決めるのがいいと思うよ」

「はい」


 ファーディヤは今までの辛い人生の所為で少々主体性に掛けるところがある。

 今までは周囲の状況に流されるばかりの人生だったのだから、これからは身の回りの事を自分で決めて動かしていって欲しい。

 ヴィクトールが影の支配者になるアゼルバードであるにせよ、国の運営には彼女の思いを反映させるくらいの事はするべきだ。

 ヴィクトールには彼女の後ろ盾あってのという事を認識させておかねばなるまい。


 ま、ヴィクトールがファーディヤを蔑ろにして専横的に振る舞ったり、簒奪を考えるような事になったら俺が動けばいい話だしな。

 しかし、これからオーファンラントの貴族たちもやってくることになるし、ヴィクトールには頑張ってもらいたいので、脅し上げるのは今のところ控えておくとするか。


「ファーディヤ、これを渡しておくよ」

「何でしょうか?」


 俺はインベントリ・バッグから小型通信機を取り出してファーディヤに渡す。


「これは遠くに離れていても俺と会話する事ができる便利アイテム。

 何か困った時にこのボタンを押すと俺に繋がる仕組みの魔法道具だ」

「素晴らしい道具ですね。

 これがあれば確かに貴方様の言葉を民衆に伝える巫女の役割を果たせそうです」


 あ、そういう風に受け取っちゃった?


「まあ、俺から通信を繋げる事も可能だけど、基本的に君から俺に繋げるためのアイテムだからね?

 俺からの場合は念話が多いしな」


 そっちの方が楽だし音声がクリアに聞こえるので聞き漏らすなんて事がなくなるしな。


「私が何か困った時にこの部分を押せば辺境伯様に助けてもらえるのですよね?」

「まあ、基本的にはそういう使い方になるね。

 ただ、君たちでどうにかなるような問題は自己解決する事。

 俺も他の事で忙しい時はあるからな」

「確かに、辺境伯様はお暇にしている姿が想像できません……

 時には休まれては如何でしょうか……」


 遠慮しがちに言うファーディヤの美少女っぷりに少々ほっこりしてしまう。


 しかし、俺が日々動き回っているのは大抵の場合、俺がやりたい事をやっているに過ぎない。

 これから数日間掛けてやろうとしている事も、ファーディヤ関連だけど俺の趣味みたいなモノだしなぁ。

 

「俺は貧乏性なので、思いついたことを片っ端からやっているだけなんだよ。

 だから気にしなくていいよ」

「左様にございますか……」


 俺とファーディヤの話が一通り終わったと判断したのだろうか、ヴィクトールがようやく話に加わってくる。


「お話がまとまったように感じましたので、その先に進めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「そうだね、いいよ」


 彼が俺と彼女の話をどう聞いていたのか確認するためにも、彼の話の先を促すことにする。


「まず、今後のファーディヤ殿下のお立場は、『創造神の巫女』となる。

 これは女王としての戴冠の時に民衆に周知するのが望ましいと思われます」

「そうだな。そのタイミングが一番効果的だろう」

「つきまして戴冠の際に、今までの元凶と認識されております『神々の呪い』を殿下の兄であるアルジャン・アス・ヌールハーンに被せ、処断するのが得策です」

「確かに、アレの処分を決めないといけないが……」

「この辺り、辺境伯様の人脈といいましょうか……お任せできませんでしょうか?」

「俺の?」

「はい」


 要は「神々の呪い」って言葉通り、神の呪いを与えてやってほしいという事か。


「その辺り、ファーディヤはどう思う?」

「私は兄に良い思い出もありませんし、今までも関係が薄いので波立つ感情はありません……」

「ヴィクトールは殺しておきたいって事かい?」

「後々担ぎ出される危険性を考えればですが……」

「まあ、神の呪いってそんな脆弱なもんじゃないだろうからなぁ。

 殺さなくても寿命で死ぬまで苦労させる事はできるんじゃないかな?

 もちろん、ファーディヤや君に関わってくる事は決してないように条件付けて」

「可能なのでしょうか?」

「ああ、多分ね」


 人生の殆どを「呪いの王女」として過ごしたファーディヤは、ほぼ全ての国民に蔑まれてきた。

 小さな女の子にとってコレがどれほどの事だったか想像に難くない。

 普通なら俺以上に性格がねじ曲がっていても可笑しくないのだ。


 だが、ファーディヤは関わる人々に不幸が降り注ぐ事を疎い、自ら身を引くような清廉な性格に育った。

 もう亡くなってしまったと聞いているが、世話をしていた乳母が優しい気質の女性だったのだろう。


 そんなファーディヤが恨むなんて事はないだろうが、王国崩壊のトリガーを引いたのは間違いなく第二王子アルジャンである。

 彼は報いを受けねばならない。


 四柱の女神たちの上役に相談してみよう。

 彼女らの罪の一端をアルジャンに与えるのも一興だしな。


 ファーディヤのっぷりを民衆に印象付ける為にも、戴冠式で本当の神の呪いを受けさせるパフォーマンスはアリかもしれん。


 俺がそんな事を考えてニヤリと笑っていると、ヴィクトールがブルリと身体を震えさせながら青い顔で「お願いいたします」と頭を下げた。


 ああ、任せておいてくれ。

 絶妙なエフェクト混じりに神の呪いを民衆に周知できるような演出を考えておこう。


 といっても、俺は演出家の経験もないので、どれほどのモノを見せられるかは解りませんが。

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