第28章 ── 第44話

 王とファーディヤとの会見で、今後の両王国の協力体制が決まった。


 アゼルバードには、オーファンラントからの人的、資金的、技術的な支援が約束される。

 逆にオーファンラントには遺跡から産出される遺物アーティファクトや魔法道具が約束された。

 もちろんこれら発掘作業に関してはトリエンが主体となって行うことになった。

 魔法による発掘技術の開発や人員の訓練など、手間や経費は負担しなければならないが、美味しいところは完全にトリエンが独占できるのだ。


 オーファンラントを関わらせずとも、こうした取り決めを交わすことは可能だったのだが、何らかの問題が生じた場合、国同士にて話し合いが出来るというのは大きなメリットになる。

 いかに大国の地方領主だとしても国を代表する者、所謂大使や使者を相手にできるもんじゃないんだよ。

 大使の爵位がどうであれ、国際的な慣例や作法として、大使やら使者というのは王の代理人と定義されている為、こちらも王の代理人を立てねば対等に話す事もできない。

 だから、俺は国外でのやり取りにおいて、最終的に王の裁可を仰いでいるんだ。

 自分の立場を代理人とする為にだよ。

 内容はほぼ決まってはいるものの、ちゃんと王に承認を得られやすい形にしているし、国益もしっかり考えている体裁を整えているから溜息まじりにも宰相が追認してくれるのだ。

 リカルド陛下の場合は、俺のやることは内容も見ずに承認する癖があるので、逆に手を抜くわけにはいかなくなる。

 何せ王の名の元に計画を進めるんだから、失敗したら王の名に傷がつく。


 臣下としては失敗は許されない。

  実は陛下はそれを見越して故意的に手を抜いているのではないかと邪推したくもなる。

 貴族たちへ演説中の弁舌の上手さから見て、何も考えずに発言や行動を起こしているというのは怪しいからな。


 勘ぐりすぎかもしれないが、何においても最初は疑ってかかる用心深さは俺の長所の一つだと思っている。

 まあ、だから一般的に考えても性格が良いとはお世辞にもいえないのだ。


 次の日の朝、俺は仲間たちとファーディヤを連れてトリエンに戻った。

 既にトリエンでもすることはないので、各自の関係者と連絡や申し送りが終わってからアゼルバードへ戻る事にして一度解散した。


 俺はクリスたち役人やフィル、冒険者ギルドなどに顔を出して今後のトリエンの展開などを話し合っておく。

 魔法道具がトリエンを経由して世に出るのを考えると、一番影響を受けるのは、役場とギルドあたりだろ?

 基本、魔法道具は高価なので貴族が商売相手なんだが、魔法道具の流通はエマードソン商会を介するので役場がやり取りを受け持つ。

 また、一般流通に乗ったとしても冒険者も魔法道具を使う対象となり得る者たちだ。

 特にそれほど強力でない魔法道具や武具については、ギルドを通して所属冒険者に販売、あるいは貸し出すシステムを考えている。

 安価で魔法道具が利用できるとなれば、危険と隣り合わせの冒険者が身銭を切る可能性は高い。

 こういった魔法道具の保守・メンテナンスなどのサービスを役場、工房、ギルドが連携してキッチリ行えば、末永く魔法道具を使っていけるはずだ。

 古代の遺物なので、手入れはちゃんとしなきゃだしね。


 んで、今回アゼルバードへ戻るにあたり、アリーゼ・リステリーノを連れて行くことに決めた。

 アゼルバードに埋没している古代遺跡の現地調査を行わせる為だ。

 もちろん、砂漠での探索活動は大変危険なので、彼女の装備一式は防御において絶対防衛を必至とする。


 まあ、装備はあっちに戻ってから開発するとして、工房にて彼女自身に行くかどうかを決めさた。


「行きます!

 見ず知らずの土地の古代遺跡に見ず知らずの魔法道具……

 これに会いに行かずに何がプロの発掘人でしょうか!?」


 いえ、君は研究助手に職業変わってたはずだが?


 もう一度彼女のステータスを確認して俺はorzの姿勢を取りたくなった。


 なんと「発掘人」に戻っている。

 さすがの俺も「はぁ?」となって詳しく調べてみたら、彼女はハリス同様に可笑しな職業クラス形態を持っている人物であった。

 彼女は無意識にその場その場で職業をコロコロと変える事ができる変な性質を持っていたのだ。

 今のところ、研究助手、発掘人が確認されているが、リステリーノの娘なので商人って職業クラスも持っている可能性がある。

 初めて遭遇した時は露店で自分が発掘した品の売り子してたしな……


 まあ、システムで職業クラスがどのように切り替わっているのかはまだ判明していないが、自分の立場をコレと信じ込むタイミングで替わっている気がする。

 


 先程彼女は「自分はプロ発掘人だ!」と断言した。

 このタイミングが切り替わる瞬間ではなかろうか。

 実際、この後に工房の仕事に戻った時には既に「研究助手」に職業クラスが切り替わっていた。


 彼女はアナベルとは違った天然素材なので、職業クラスが切り替わっている自覚はないだろうなぁ……

 やはりアリーゼも普通じゃなかったか……というのが俺の感想。


 その点、マタハチ坊やは「ノービス」というユニーク持ちながら、まだ至極全うなキャラクターだと実感する。

 まあ、彼も既に他の一般的職人と比べると普通を通り越しているんだが。

 彼は既に一介の鍛冶屋くらいまでは腕前が上がっている。

 レベルで言えば四だ。

 才能のある者だとしても到達するには一〇年くらいは掛かるレベルらしい。


 俺の加護とユニークの相乗効果だろうけど、凄まじい上達ぶりですねぇ。

 ちなみにレベル四になると初歩ながらミスリル・インゴットの加工技術が身につくあたりだ。

 もう一生食いっぱぐれがないと思っていい。

 まだ、修行を始めて一年程度しか経っていないんだけどなぁ。


 マストールという名工に師事している所為かもしれないな。

 ゲームで言うところの「パワー・レベリング」に該当しているんじゃないか?

 マストールの事だから鉄製の鍛冶仕事からなんて始めてないだろうし、いきなりアダマンチウムとかオリハルコンの鍛造からとか平気でやってそう。


 子供相手にやらせる助手仕事じゃないと思う。

 まあ、マストールも世界一の職人なので、その弟子なら普通ではいられないと諦めていただこう。

 彼も覚悟の上で俺に連れてこられているはずだが。


 それでもアリーゼやハリスと比べると標準的システムの枠内なのだ。


 ま、アリーゼの件は見なかったことにしよう。

 冒険につれて歩く要員じゃないし、世界の破滅に直結するような事案でもないだろうし。


「では、お供の準備をしに行ってきます!!」

「あっ、ちょっと待った!」


 慌てて飛び出そうとするアリーゼを呼び止め、俺はインベントリ・バッグから一つアイテムを取り出した。


「これを使え」

「コレは!? 商人憧れの無限鞄ホールディング・バッグ!!」

「その通り、一応君には上級無限鞄ホールディング・バッグを渡しておく。

 発掘に大いに役に立つはずだ」

「上級? 無限鞄ホールディング・バッグに等級があるんです?」


 ああ、随分前に仲間にも説明したっけな。


「一応、アリーゼにも教えておくが、下級、中級、上級の三種類が確認されている。

 それぞれ容量に違いがある。

 下級は三〇〇kg、中級は六〇〇kg、上級は一二〇〇kgとなる」

「随分変わりますね……

 これは上級……って一番すごいヤツじゃないですか!」

「ああ、市場に出回っている数はかなり少ないんじゃないか?」

「き、貴重品ですね……」


 アリーゼがかなり動揺気味です。


「相場だと白金貨で五〇〇枚くらいするらしいね、知らんけど」


 値踏みスキルで知った一般的相場だ。


「五〇〇!?」

「無くすなよ?」

「は、はい!」


 アリーゼは無限鞄ホールディング・バッグを胸に抱えると周囲をキョロキョロと見ながら部屋から出ていった。

 大事なものを抱えていますと言わんばかりの仕草すぎて苦笑するしかない。

 護衛やら何やらを付けた方がマジで良さそうだな……


 午後までに全員が戻ってきたのでアゼルバードに戻るために魔法門マジック・ゲートを唱えた。


 仲間たちが転移門ゲートを潜り、ファーディヤとアリーゼが続く。


「では、リヒャルトさん。後はよろしく」

「お任せください、旦那様」


 リヒャルトさんやメイドの見送りに手を振りつつ、俺も転移門ゲートを潜った。


 転移門ゲートの先はヴィクトール商会の二階のロビーで、俺が転移先に到着するとヴィクトールが出迎える為に走ってやってくるところだった。


「お帰りなさいませ、ファーディヤ様、辺境伯様!!」


 トリエンに戻る際に転移門ゲートを見ていた商会員が多かったので、現れた転移門ゲートを見て俺たちが戻ってくるのが解ったんだろうね。


「やあ、お疲れさま。

 あれから何か変わった事は?」

「今のところ、特に問題はありませんが……

 強いて挙げるなら、あの方たちの事でしょうか……」


 ヴィクトールが言うあの方とは四柱の女神たちの事だろう。


「あいつらが何か?」

「いえ、別段特に問題行動を起こした事はございません。

 ブリギッテさんにはいつも助けていただいておりますし」


 となると他の三柱か?


 ヴィクトールの説明に寄ると残りの三柱の女神は正体の隠蔽が上手く行っていない。

 彼女たちに接する商会の従業員たちの間で妙な緊張感が漂い始めているという。


 要は従業員が神力に当てられて各女神の信徒になりかけているというものだ。

 基本、それぞれの神の信徒は、なんと言えばいいのか崇拝するポイントが微妙にずれていく。


 例えば、アナベルは純粋に戦いの強さという部分に信仰のポイントを持ってくる。

 自分が強くなる事がマリオンへの信仰に繋がるワケだ。


 なので、ブリギーデなら踊りや歌の上手さ、メティシアの信者なら知識の深さ、プロセナスなら美しさが焦点となる。

 フォルナの場合は、ギャンブルの強さとか、運の良さなんだろうけど、抽象的過ぎてよく解らない。


 とにかく、そういう信仰ポイントの違いが従業員に悪影響を与えている可能性があるという事だ。


 ヴィクトール自身は信仰している神が違う所為か影響されていないらしい。

 ちなみに、彼の信仰している神はメークリスという神だそうだ。

 商売の神さまというのと、その名前からローマ神話でいうところのメルクリウス、ギリシャ神話でいうところのヘルメスに該当する神だろう。

 メークリスは錬金術の神でもあるそうで、知識の神系の眷属神らしい。


 この問題に関してはそれほど解決に苦労はない。

 既にある程度の影響が出てしまったが、早速解決することにしよう。


 俺は念話チャンネルを開き、四柱の神様を呼び出した。


「ご迷惑をおかけしています、お世継ぎ様」


 まずダナが開口一番謝罪する。


「本当ね。困ったものだわ」


 それを聞いてデュリアが溜息混じりに発言した。


「どうお詫びすれば、よろしいのか……」


 エウレーナは消え入りそうな声で呟いた。


「私も姉も妹をどうしようか悩んでいるところです」


 テレイアが呆れ声で答える。


「いや、そういうのは神界の神々の中で裁定してくれ。

 今は俺の管轄じゃない」


 こう言われては、さすがの神々も口を噤むしかない。


「まあ、事情を知る者から見れば相当にダメだこりゃ案件だったと思う。

 ただ、神々の失態については、俺の方で悪評が拡散しないように手を打った」


 神々がホッとした声で「ありがとうございます」と礼を述べる。


「倫理的な大問題ではあったけど、世界が崩壊するレベルの事件でもなし、罰としては今回の案件の解決に協力させる程度に留めた」


 一応、俺の作戦に組み入れた事で、俺に対して相当な利益になったので許したレベルですけども。

 実害を被ったアゼルバードの国民や死んでいった者たちへの責任やら償いにはなっていない。


「後の処遇は君たちに任せよう」

「寛大な処置に感謝を述べさせて頂きます」


 風の女神ダナが代表したように言った。

 イメージではあるけど、俺の脳裏には四柱の女神が頭を下げている映像が浮かんだ。


「で、ファーディヤの事だが」

「はい。神界から拝見させて頂いておりました」

「下界では人として生きてもらうが、後々神として神界に行ってもらう事にした。

 神々の神力で織られた彼女の魂はずっと下界に置いておく事はできないからな」


 女神たちは静かにファーディヤの処遇について耳を傾けた。


「まあ、神界に上がるのは一〇〇年後くらいで良いだろうけど。

 神界に上がった後の話だが、俺の眷属神とする。

 君たちの眷属にはしない。

 彼女が与えられた迷惑を考えれば、君たちに任せる事はできん」


 神が増えるという事は、その系列の神々の力が増すということだ。

 四つの神々の系統のどれか一つの力が増えるのでは不公平なので、別の系列、すなわち俺の陣営に入れておくのがいいだろうとの判断だ。


「全ての神々がお世継ぎ様の眷属なのですが……」

「あー……そうなるの?」

「そうなります」

「では、誰の下にも付かない神さまって事で。

 アースラも英雄神とか言われてるけど、そういう立場でしょ?」

「戦神の系統に分類されておりますが、確かにどの系統という訳でもございませんね」

「んじゃ、それで。

 君たちの手で他の神々にもこの事を周知しておいてくれよ」

「承知しました」


 ダナのその言葉を引き金にして、突然ドンドンドンドン! という四連続の音と共に地上で悪さをした四柱の神の姿が消えた。


 あまりの事にヴィクトールは腰を抜かしたが、ファーディヤは大分神々の所業に慣れたようで笑顔を崩さなかった。

 まあ、その横顔に俺は少々ほっとした表情が浮かんだように思えた。

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