第28章 ── 第42話

 王との挨拶会を経て、貴族間同士による一年最初の社交界である園遊会に突入する。


 早速ファーディヤには顔を売ってくるように指示を出しておく。

 オーファンラント貴族の覚えめでたい王族となれば、後の国家運営の役に立つ事は間違いない。


 ファーディヤは四柱の女神たちから教えられたテクを完全にマスターしたらしい。

 まあ、世間一般で言うところの「男を制御するたぶらかす方法」なのだが……

 四者四様という感じで、タイプの違う女神たちのテクニックなので使いこなすのは難しいかと思うんだが、ファーディヤは才能の塊らしく四種類のテクを融合合体させてしまった。

 どこのスーパーロボットかと思うばかりの合体変形っぷりに俺もビックリです。

 天才っぷりに嫉妬を覚えそうですよ。


 俺はといえば、相も変わらず三人の大貴族に囲まれているワケです。


「どこであのような者を拾ってきたのですかな?」


 歴史好き、恋バナ好きらしきマルエスト侯爵が勘ぐって来ますが、苦笑して首を振っておきます。


「拾ってきたとは彼女に失礼ですよ。

 アゼルバード王国は滅亡寸前と言わんばかりの砂漠の国でしてね」

「知ってますとも。

 彼のアーネンエルベが首都を構えていたとされる場所ですな」


 歴史の講釈はマルエスト侯爵には必要ない。

 俺よりも遥かに歴史への造詣が深いのだから。


「それにしても、美しい娘ではないか。

 立場的に辺境伯の相手とするのは些か戸惑っているのだが」


 ミンスター公爵にまでそういう目で見られているとなると貴族界では、そういう流れとして認識されているに違いない。


「いや、彼女を妻にするつもりはありませんよ。

 彼女は第二王女ながらも戴冠が予定されている次期女王ですからね。

 成人を待ってから戴冠式となると聞いています」

「ふむ、それは重畳。

 貴殿がオーファンラントに身を置いてくれる事こそ、我らが国王陛下のお望みだからな」


 だが、そんな公爵の思いなど屁とも思っていないらしいのがドヴァルス侯爵だ。


「ワシはそんな滅びかけた王国など知ったことではないと思う。

 国を回していく能力のない王家など国民の為にはならん」

「まあ、確かにな。

 私も王族の血を受け継いではいるが、自分が都市運営を担う歳になって前王陛下に対し似たような事を思ったものだよ」


 ミンスター公爵がドラケンの領主を継いだ頃は、まだ国王リカルドの親父が国を治めていたそうだ。

 リカルドの父は、先代やそれより前の王たちによってズタズタになっていた王国を立て直すのに苦労の連続だったらしい。

 最初は不甲斐ない王だと先代に対して思っていたらしいが、先代に度々襲いかかる苦労を見て考えを改めたらしい。


 当時のミンスター公爵は若輩ながらも前王たる伯父を必死にサポートしていたそうで、王という者の義務と権力というものを嫌と言うほど見てきたのだそうだ。

 望めば王にすらなれたであろう血統の公爵が、王のサポートを自らの仕事としてきた理由がコレだと言う。


 国王ってヤツは大変な職務だと思ったのだろうね。

 確かに自分の思うがままに国を動かせる権限というのは魅力的なんだろうけど、それには大きな義務も課せられる。

 有能なミンスター公爵でも、人生の全てを掛けて背負うには尻込みするほどの義務大きな苦労らしい。


「気の向くままに旅に出られる貴殿は些か自由過ぎると私は思うが……

 陛下が許されておる事でもあり、旅の土産話を嬉しそうに聞いている陛下を見てしまっては否とは言えまいな」


 実際、それが国益にもなっていると眉間にシワを寄せるミンスター公爵に心の中でペコペコと頭を下げてしまう俺である。


 リカルド陛下自身が言うにはフンボルト閣下が苦労を一手に引き受けてくれていると言っているが、その苦労の半分近くはミンスター公爵が背負ってくれていると俺も気付いているからね。


 オーファンラントの王権を支えているのは、このような忠臣のお陰なのだと肝に銘じておくとしましょう。

 俺もクリスをはじめとして、部下たちに領地運営を助けてもらっているからねぇ。

 そうじゃなければ気ままに冒険の旅にも出られない。


 やはり環境って重要ですよね。

 やりたい事をやれる環境を作っておかねばならんって事だね。

 仲間たちに恵まれていたのもあるけどね。


 ふと見るとファーディヤは持ち前の可憐な笑顔という武器で以て若手貴族を撃沈しまくっている。

 彼女の周りを取り囲む若手貴族は、女神を信奉する信徒といった風情ですらある。


 まあ、これは決まったワケじゃないけど、後々彼女には神界の神の一柱になってもらおうと思っているので崇められる予行演習と思ってもらいたい。

 あれだけの権能持ちですから、いつまでも地上にいてもらっては下界に悪い影響が出そうですからね。


 他の神々も同じことを思うはずです。

 権能は申し分ない力を秘めているので、後は使い方をしっかりと覚えてもらえば大丈夫でしょう。

 俺が教えた権能の使い方は「無意識下による能力制御」がメインなので、意識して権能を使えるようになるのは先の話でしょうし。

 なので、下界にいる間に人間という者の扱いに慣れさせておくのも彼女を王にする理由と考えてもらっても良いかもな。



 園遊会も終わり、会議室で新年会で得た情報や決まった事などを仲間や陣営の貴族たちと報告しあう。


「挨拶会前に紹介しておかず申し訳なかったとは思うけど、俺と仲間たちは現在ファーディヤ王女に協力してアゼルバード王国立て直し事業に手を貸している」


 ファーディヤを俺の横に座らせて陣営貴族に挨拶をさせる。


「アゼルバード王国第二王女のファーディヤと申します。

 辺境伯様には多大なるご協力を頂いております」


 ペコリと美少女に頭を下げられ、陣営貴族たちもホッコリと笑顔になる。


「知らぬ顔がいつの間にか増えておる事は、ご当主様には良くあることですので何の不思議にも思っておりませんでしたが、そのような大事業をしておられたとは流石の一言に尽きます」


 メイナード子爵が少しニヤニヤしながら言う。


「勘ぐってもらうのも困るので、ぶっちゃけるが……」


 俺はジロリと少々の威圧を込めて周囲の貴族たちに視線を向ける。

 途端に貴族たちはピシリと固まった。


「詳しく述べるつもりはないけど、彼女への不用意な対応は神々の干渉を引き起こしかねないと今のうちに伝えておくよ」


 新顔以外の陣営貴族たちは、俺が神々と交渉がある事はおおよそ理解している。

 俺がこう言った以上、核心部分に触れたら神々からのがあると考えていい。

 この場合のとはが落ちかねないとの警告である。


 新顔の貴族たちは頭の上にはてなマークが浮かんでいるような感じだが、それ以外の貴族には非常に効果的な結果を及ぼす。


「では、今回の件につきましてはエドモンダール伯爵を介して我らも協力するとしましょうか」

「ああ、日常品や一般雑貨なんかはお願いしようかな。

 特に食料品、衣類が最優先事項だね。

 それ以外はいつも通りにしよう」

「畏まりました」


 この場合のそれ以外とは魔法道具などの工房製品を言う。

 いつも通りってのはエマードソン商会経由って事だ。

 モーリシャスを経由した販路を使うことで、モーリシャス派閥にも利益を落としてやっている。

 この販路のお陰でモーリシャス派閥の反発を抑え込んでいるワケだ。

 魔法の道具や武具、ポーション類は、それだけで相当な利益を見込める美味しい商品なのでエマードソン商会はかなりの利益を上げているのだ。


 実際のところ、俺とエマードソン伯爵の間には挨拶を交わしたくらいの関係しかない。

 商業的なやりとりは全てクリスを介したモノである。

 クリスを介した俺とエマードソンとの商業取引だけが、モーリシャスと俺を繋ぐ非常に細いラインと言えよう。

 俺の一言でエマードソンとの取引が御破算になる可能性すら考えられる状態だと当主であるハッセルフ侯爵は知っているのだ。


 前回のブリストル大祭時、モーリシャス領主ハッセルフ侯爵は絹織物の案件に個人的な会合で文句を言ってきた。

 だが、俺の態度を見て彼の対応は一変した。

 俺がエマードソン伯爵との取引を止めたら膨大な利益は一瞬で吹き飛ぶと認識したからだろう。

 俺は彼に対して気を使う風もないし、おべっかも使わなかったので主導権が俺の側にあるって事に気付いたんじゃないかな?

 まあ、エマードソン伯爵の販路は商人貴族という立場からも非常に有用なので切るつもりはないけどな。


 俺は上位の貴族だからといって態度を変える事もないし、王様にすらタメ口なんだから当然といえば当然なんだけど。


 実際、モーリシャスに作られた魚の水揚げ場は運営が始まったと聞いているが、トリエンに指定されている業者のみが利用可能な事に対して、ハッセルフ侯爵からの文句は一切来ていない。


 後々エマードソンが契約書に目を通したはずなのに、文句がないのは彼に止められたからだろうねぇ。

 我ながら少々腹黒かったかもしれん。

 ハッセルフ侯爵には後で埋め合わせを考えないと可愛そうかも。


「アゼルバードと俺との間では契約した事がいくつかある。

 この案件については後で色々手続きが必要なるから、心に留めておいて欲しい」


 俺は砂漠の砂の案件とアゼルバードの地下に眠る古代遺跡について陣営貴族に伝えておく。


「古代遺跡関連から出るモノはモーリシャス勢に割り振れると思うので、何か文句が出たら、それをチラつかせて黙らせればいいだろう」


 砂漠の砂関連は魔法に関係ないので一般流通に乗せられる案件になるだろう。

 古代遺跡の発掘権に関しては俺が手を付けないとどうにもならない案件ながらも、魔法道具の発掘が大量に望めるので整備や修理、選別の観点からも工房の案件と言っても良いのでエマードソン経由の話になるはずだ。


 そこまで話して視線を上げると陣営貴族たちがポカーンという顔をしていた。


「ん? 俺、何か呆れるような事いったっけ?」


 メイナード子爵がハッとしながら首を振った。


「い、いえ。とんでもない事を何の気にも止めずに仰るご当主様にビックリしていただけでございまして……」


 メイナード子爵曰く、世に出回る魔法道具は基本的にアーネンエルベ魔法文明時代の代物であり、アゼルバード王国とはそのアーネンエルベの首都が存在していた土地である。

 そこの発掘権を得たという事は、大陸の魔法道具市場を牛耳ったも同然といえる。

 でも、砂に含まれる毒素とかで発掘が不可能だと誰でも思っていたよね?

 それを手に入れたからと言ってビックリする必要はない気がする……


 まあ、俺の魔法工房があれば毒素問題は簡単に解決できるし、それを考えれば、アーネンエルベの首都の発掘は現実的な話になるって事だな。

 そうなれば、一般流通で稀に出回る魔法道具を安定供給する事も不可能ではないということになる。

 この話があれば、モーリシャスの文句は、黙らせるどころか尻尾を振らせることすら可能って事みたい。


 確かに俺の工房は魔法道具の生産に関しては俺の気まぐれが大きなウェイトを占めているので、この世界でいうスタンダードな魔法の物品、例えば無限鞄ホールディング・バッグなどに代表される物品は安定供給できていない。


 もちろん「魔法の蛇口」は例外ね。

 これはエマードソン商会を介して比較的安定して供給ができているハズだ。

 流通状況の問題で大陸西側に普及の目処が立っていないのは仕方ないけども。


 切り札となるカードを抑えられるなら幾つでも手札に持っていて悪くはない。

 ただ、独り占めすると反発は大きくなる。

 なので程よく放出してやる事は絶対条件だ。


 非常に強力な魔法道具を確保できるように必ず俺の選別が必要になる。

 この辺りはキッチリとシステムを整備してからでないと、俺の手から手放せない案件だね。


 アーネンエルベをベリアルが崩壊させるにあたり、神々が無干渉を決め込んだ理由を考えれば自ずと答えが出てくる。

 あの魔法文明の技術レベルが危険水域にあったからではないだろうか。

 という事はその首都の遺跡には、神が崩壊を容認せざるを得ない何か危険な魔法道具があったに違いない。

 そんなモノは俺のところで秘匿しないとマズイ。


 それが俺が直接判断しないといけないところでしょうかね。

 面倒だけど必要な作業だよ。


 アースラが存在を許したという魔導PCなどの記憶装置はマジで秘匿案件だろう?

 PCユーザーにとって、絶対秘密にしなければならない内容──エロ画像とかな!──が必ず中にあるはずだ。

 それを秘匿してやる事は同じPCユーザーとして義務ではないかね?(力説)

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