第28章 ── 第41話

 王城での新年会が始まった。

 爵位の高い貴族から王への新年の挨拶を行う。

 ミンスター公爵が最高位の貴族なので、彼は王の前まで進み出てから膝を折った。


「陛下、我らのオーファンラント王国が無事に創生二八七四年を迎えられた事をお慶び申し上げます。

 前年度は他国からの侵略、売国奴の反乱未遂など、悲しき事柄もありましたが、彼のアルシュア山の赤き厄災との盟約やルクセイド領王国などとの同盟など、非情に有益な出来事もありました。

 陛下の見事な御裁可をもちまして素晴らしい結果を得られたと言えましょう」


 まあ、王の裁可あっての事だから功績を讃えるってのは問題ないが、戦争以外の出来事って殆どの原因が俺関連っていう困った状態である。

 基本的に世界において王国の立場を強化する方向で解決できているので国益上は申し分ないが、あまりにも大きな事ばかりだったようでフンボルト閣下に愚痴を言われたっけね。


「うむ。結果は上々である。

 ミンスター公爵も余の補佐をしてくれたからな。

 大いに感謝するぞ」

「勿体なきお言葉です」


 ミンスター公爵は恭しく頭を下げる。


 プライベードな場だとミンスター公爵の方が年上なのでリカルド国王に忌憚のない意見を述べるシーンを目の当たりにするあるんだが、普通の貴族がそんな場面に出会う事はまずない。

 大抵は王の執務室内での出来事だしね。


 公の場においてミンスター公爵は国王リカルドの顔を立てて臣下の貴族として振る舞う。

 有能な人物なので王が抜けたことをすると苦言を呈する事も厭わないところもある。

 まあ、血族の気安さって感じだろうか。


 ミンスター公爵が挨拶を終えて下がると、続いて壇上に昇ったのはドヴァルス侯爵だ。


 彼は前年の戦争で多大な被害を出しつつも防衛義務をしっかりと果たした勲一等の人物なのだ。

 俺が参戦した事で戦争が終結したと思う人もいるかもしれない。

 勲一等は俺だろうとね。


 だが、援軍が来るまで王国に侵入した敵を見事に足止めした実績は、大きな功績だ。

 敵国を攻め落とすよりも難しい。

 何せ国土を守りながら戦わなければならないからね。

 高レベルの実力を駆使して破壊の限りを尽くせば良かった俺より遥かに難度が高い。


 ドヴァルス侯爵も「陛下のお陰を持ちまして」と王を持ち上げた。


 次の挨拶はドヴァルス侯爵と同様に戦争に兵を出陣させたマルエスト侯爵だ。

 彼の治める都市には法国と手を組んで暗躍していた盗賊ギルドがあった。

 その対応に失敗すれば、強力な麻薬ドーガによってオーファンラント王国は大変なことになっていただろう。

 彼が三番目に壇上に昇る栄誉を得た理由だ。


 次の挨拶者はモーリシャスの領主ハッセルフ侯爵だ。

 彼も貿易都市モーリシャス内に侵入したスパイと盗賊ギルドを相手に活躍した事になっている。

 俺の掴んだ情報を早急に知らせたから対処できたんだけどね。


 彼が他の大貴族の後塵を拝す事になっても不平を漏らさなかったのは、これが理由だね。


 続いて伯爵号の貴族たちが王に次々に挨拶に行く。


 辺境伯という曖昧な称号ではあるけど、俺も本来ならこの階級の時に挨拶する事になる。

 数々の功績から一番最初に壇上に昇ることになってもおかしくない。


 ただ、他の伯爵号持ちの貴族に妬まれたり恨まれたりする事が多いし、平民上がりの成り上がりってのもあるので、一番最後に挨拶の順番が来るようにフンボルト閣下にお願いしてあるワケだ。


「では、続いてクサナギ辺境伯殿」

「はっ」


 俺は颯爽と謁見の間の真ん中に引かれているレッドカーペットへと進み出てカッコ良くくるりとターンして王の方向を向く。

 段取り通り、俺の斜め後ろにはファーディヤが立った。


 ファーディヤを見た貴族たちがヒソヒソと何かやり始めたが無視しておく。


 俺が手を横に差し伸べると、ファーディヤが上品にその上に自分の手を置いた。

 所謂エスコートってヤツです。


 そして静々と歩くファーディヤを連れて王の前まで進み出た。

 その様子を見て、国王リカルドも興味深そうにしているのが感じられる。


 俺は背を丸めてコッソリ逃げ出したいのを我慢して、努めて胸を張って王の前までやって来て跪いた。

 ファーディヤもそれに倣う。


「新年おめでとう御座います、陛下」

「うむ。今年は辺境伯の顔を年明け早々見られて嬉しく思うぞ」

「ありがとうございます」


 俺は苦笑しつつ跪いたまま頭を下げる。


「して、其方の連れている麗人は誰であろうか?

 紹介して貰えるかね?」


 面白げに言う国王は何か勘違いしている。

 多分、他の貴族も似たような事を思っているに違いない。


「はっ! ご紹介させていただきます。

 彼女はオーファンラントよりも西方に位置する王国の姫君……いや、近々正式に女王に君臨されますお方に存じます」

「アゼルバード王国第二王女ファーディヤ・ナス・ヌールハーンと申します」


 つい最近までおどおどしっぱなしだった彼女だが、なかなか堂に入った挨拶をしている。


「ほう。アゼルバード王国とな?」

「左様にございます、リカルド国王陛下」

「失礼だが、寡聞にして知らぬ。申し訳ない」

「海沿いの小国なれば、大国の王たる陛下が知らぬのも致し方ありません」


 少々目を伏せてそう言うファーディヤを見た貴族たちが溜息を漏らす。

 線の細い美少女の憂いた表情は、貴族たちのハートをズッキュン撃ち抜いたと見ていい。

 女神の神力から作られた魂を持つ以上、人間ならイチコロですよねぇ。


 そこにマルエスト侯爵が前に進み出た。


「陛下、アゼルバード王国というのは砂漠の国でして、彼の国の前身は魔導文明の元祖アーネンエルベ魔導王国でございますよ」


 歴史に詳しいマルエスト侯爵はアゼルバードの存在を知っていたようだ。


「おお、余も聞いたことがある。大陸の古代遺跡の殆どはアーネンエルベ由来だと聞いている。

 なるほど、それがあった地の姫君なのだな」


 俺はニヤリと笑って頷いて肯定する。


「俺は今回、彼のアゼルバード王国に出向いておりました。

 ちょうど内戦状態で困っていた彼女を助けたのが知り合ったきっかけです」


 他の貴族たちもガヤガヤと喋りだす。


「内戦とは痛ましい」

「あのように可憐な姫君が内戦などに巻き込まれるとは」

「辺境伯殿が手を貸のもやむ終えない事でしょうな」


 詳しく話す必要はないが、出会った経緯くらいは教えておかないと後々色々と詮索されても困るからね。


「で、その内戦はどうなった?」


 去年、戦争を経験したリカルド陛下も気になるようですな。


「彼女の要請で俺も手を貸しましたので完勝ですね」


 ファーディヤも頷き付け加えた。


「クサナギ辺境伯のお陰を持ちまして、無血にて戦を終わらせる事が出来ました」


 無血と来て貴族たちも「おお」と驚きの声を上げる。


「此度は、クサナギ辺境伯を我が王国へ派遣下さりましたリカルド国王陛下にお礼を申し上げたく、伯に無理を言って陛下の国へとお連れ頂いたのです」


 自分が派遣したわけじゃないので、リカルド陛下も一瞬言葉に詰まったようですな。


「く、苦しゅうない」


 それを聞いてファーディヤはニッコリと微笑む。

 少女趣味でなくても、この笑顔にはリカルド陛下も顔を赤らめた。


「陛下、内戦も一段落付きました。

 しかし、彼の国は内戦で疲弊しております。

 付きましては、オーファンラント王国が彼女の国の後見として後ろ盾になってやってくれませんか?」

「後見だと?」


 赤くなってはいるが国王は冷静な声で俺に視線を移す。

 照れ隠しというのもあるかもしれんな。


「はい。

 彼の国は内戦の折、国内にいた貴族たちが逃げ出してしまいました。

 行政を担う者が殆ど居なくなってしまったのです」


 俺はアゼルバードの現状を簡潔に貴族たちに聞こえるように伝えた。

 数人の貴族たちの目がギラリと光った。


 狙い通りです。

 貴族は利権とかが大好きです。

 立て直しが必要な隙の多そうなアゼルバードという国からは儲かりそうな匂いがプンプンする事でしょう。


 ま、そんな甘いもんじゃありませんが。

 マジでなーんもない国ですからねぇ。

 関わろうと考えているなら支援やら何やらで持ち出しの方が多くなるでしょうよ。


「ふむ……詳しい話を後で聞かせてくれ。

 宰相たちと相談しながら決めようではないか」

「はい。ありがとうございます」

「もちろん、後見を視野に入れての話し合いになる。

 その時は姫も共に連れてくるのだ」

「畏まりました」


 立ち上がってファーディヤと共に御前から退く。


 その後、子爵、男爵、准男爵といった順序で挨拶会は進んでいく。


 数時間後には軽めの園遊会に移行し、喉の乾きと空腹を満たす機会が与えられる。


 連れてきた仲間たちに、トリエンの最新モードの数々を見せて回るように頼んでおく。

 シルクの染色技術が確立された事で、オシャレが命の女性貴族たちが仲間に群がる姿が会場のあちこちで見られるようになった。


 俺の周囲には、ファーディヤ目当ての若い男の貴族たちが群がってきているのですけどね。


 ファーディヤは片時も俺の側を離れようとしないけど、やってくる男どもにニコニコと笑いかけ、時には手の甲にキスまでさせる始末です。

 まあ、手の甲にキスするようなヤツは大抵イケメン貴族でして、俺や奥ゆかしい奴らでは不可能な所業で羨ましい限りですね。


 ファーディヤが近々女王に即位する事を明言しておいたので、王配という立場を目当てにするヤツは多いだろう。

 行政に携われる貴族が全くいないアゼルバードとしては、能力があるなら諸手を挙げて歓迎したいところなのだ。


 オーファンラント貴族は、王立学校に通うのが普通なので一般教養や実技をある程度取得している。

 どんな理由で移住するとしても、行政の構成員としては合格点が与えられる。

 国を捨てて逃げ出すような貴族は、早々いないはずだと俺も思う。

 トスカトーレ派には何人かいたもんで、本当にそうかと問われたら考え込んでしまうかもしれないけど。


 ただ、貴族たちの反応を見て、何人かは本当に国を移ることになるんじゃないかと思えた。


 本当にアゼルバードの立て直しに協力してくれる貴族がいるようなら、一緒につれて戻ろうかな。

 もちろん、ハリスとアラクネイアの情報収集能力を使った内定作業を経てからだが。

 素行調査とも言えるかな。

 問題ない貴族が何人かいるだけで、かなり助かるからね。


 ああ、オーファラント貴族を連れて行くなら、ヴィクトールも貴族位を与えておかないとマズイね。

 彼は影の支配者だけど、平民だとウチの貴族に舐められる可能性があるからね。

 伯爵以上の爵位を貰って頂くとしよう。

 そのあたりもファーディヤと話し合っておこう。

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