第28章 ── 第40話

 王城に到着すると割と広めの部屋に通される。

 派閥という形ではないにしろ陣営貴族が増えたからだろう。


 とは言っても、俺と仲間たちは一緒だが、他の貴族家の人々は会議ができるようなテーブルや椅子が置いてある大きな広間を挟んで別々の部屋が充てがわれている。

 廊下に出ずに会議室用の広間に行けるのは面白い。

 こういう構造は派閥政治用に作られているからだね。

 いかに貴族社会で派閥の運営が重要視されてきたのかが窺える。


 今までは広めの応接室というか休憩室みたいな単独の部屋が充てがわれていた理由は、仲間たちは全て俺の随行員扱いだったからだ。


 トリシアはファルエンケール貴族だけど、オーファンラント王国では貴族としてではなく冒険者として認知されているからか、平民扱いみたいで別の部屋が用意されることはない。

 前に、別の部屋を用意させるか聞いたら「仲間はずれにするつもりか!」と怒られた。

 確かに仲間はずれは気分悪いよな。


 こういった各自の居室には城側のメイドが一人付いている。

 会議できる大広間にも何人か給仕やメイドがいるので、何か用事があれば言い付ける事はできる。

 これら派遣メイドたちに指示を出す役を一手に引き受けるのはアモンの役割らしく、彼はすぐにお茶に使うためのお湯を沸かすように指示を出していた。

 部屋付きのメイドは簡易キッチンにいそいそと移動した。

 アモンは備え付けの暖炉の薪の具合を直し、俺の居心地をよくしようと働き始める。

 お茶の準備が始まったのでソファ・テーブルの上に焼き菓子を出しておく。


 今日用意してある焼き菓子はスフレチーズケーキだ。

 日本発祥のお菓子で、作り方を調べてみたら割と簡単に作れる事が判明して試しに作ったらウチの料理人たちには大好評だったので大量に焼いておいたのだ。


 お菓子を小皿に乗せ小型のスプーンを置くと、女性陣が次々にソファに座り、一皿ずつ手に取っていく姿を見て苦笑する。


 女の子は甘いものに目がないですからなー。


「新作じゃ!!」

「いい匂いなのです!」


 マリスとアナベルは嬉しげに四方八方からお菓子を眺める。


「チーズスフレだな」


 少し匂いを嗅いだトリシアがニヤリと笑った。


「トリシアが知っているって事はあっちのお菓子なのね?」


 トリシアの前世の記憶が戻った事は仲間たち全員が知っているので、エマは確認のために質問したのだろう。


「ああ、これはチーズを使った焼き菓子だ。フランス語で『膨らんだ』とかいう意味ではなかったか?」

「その通り。

 まあ、シフォンケーキとかパンケーキとか似たケーキもあるけどね」


 せっかく館にはオーブンがあるのだからフライパンで作るケーキではなく、こっちにしたのだ。

 陶器製のカップで焼き上げたんだけど、いい具合に膨らんでかなり美味そうに出来ました。


「お茶はまだかや!?」


 待ちきれないマリスがアモンに振り返って無茶を言う。


「先程言いつけたばかりですから、あと一〇分程度はお待ち下さい」


 アモンはニッコリと言い放ち、それを聞いたマリスとアナベルが絶望の表情を浮かべる。


「一〇分がこれほど待ち遠しいのは珍しい事なのです……神の試練ですよ!」


 それほどか。


「まだ暖かいわね。

 例のインベントリ・バッグは本当に便利よね。

 私たちも欲しいわ」

「まだ無理だよ」


 俺やアースラなどの転生者は標準装備のこのバッグ、「まだ」と言ったので解ったかもしれないけどティエルローゼ人である仲間にも持たせられないかと現在研究中ではある。


 例のVRギアでドーンヴァースに接続する事はできるようになったからインベントリ・バッグも都合よくこちらに持ってこられると思ったんだけど、そうは問屋が卸してくれなかった。


 まあ、肉体がティエルローゼ側に残っている段階で無理な話なんだが。

 肉体ごとティエルローゼに行けたら、あるいは現実世界に転移してあっちのギアで接続してプレイヤーキャラクターの状態でティエルローゼに転生できれば持ってくる事は可能かもしれない。


 ただ、それを実現するには色々と壁にも似たハードルがあるので問題は多い。

 そもそも現実に転移できたら、あっちの品物や技術をティエルローゼに持ち込み放題になるし、逆にティエルローゼの影響を現実に与えてしまう可能性もある。

 さすがに現実世界が崩壊するような事態は起きないと思うが、影響がでかすぎるので、そこまでの研究開発を行う事に躊躇いを覚えている。


 そもそも、ハイヤーヴェルがティエルローゼを作った意味を考えると、彼が作ったという現実と魔族の世界プールガートーリアを再び繋げかねない事はしない方がいいと思う。

 神や悪魔、魔法がはびこる現実世界ってのには心躍るし、トキメキを感じなくもないが、厨二病が喜ぶ世界は得てして面倒な世界になるのが普通なので遠慮したい。


 似たような効果のある魔法道具でお茶を濁すのが一番簡単かとは考えている。

 容量制限は付いてしまうけど、中の物の時間を止める事は可能だろう。

 問題があるとすると、消費されるMPが膨大になるのでソレをどうクリアするかだな。


 使用者から吸収する場合はエマやフィル、俺のようなMP無尽蔵なヤツでしか使えない物体になってしまうだろう。


 世界に漂う魔力から賄う場合は、多分だけど魔力を吸収しまくる所為で魔法道具を中心に魔法の効果が弱くなる、あるいは魔法使用不可能なエリアができてしまいそうな気がする。

 装備者が動き回ると、周囲の魔法道具が正常に作動しなくなるような代物では欠陥品だ。


 これではとても実用的とは言えない。

 なのでドーンヴァースのシステムごとこっちに持って来られるのが望ましいワケです。


 ま、時間は掛かるかもしれないけど。仲間たちだけにはインベントリ・バッグを手に入れられるようにしたい。

 そもそもインベントリ・バッグはティエルローゼで使うには強力するぎるアイテムとなるので、使用者およびその数は制限対象としたい。


 ティエルローゼ内に存在するインベントリ・バッグは現在五つ存在する。。

 俺が持っているのが二つ……一つは元から持っているものだが、もう一つはタクヤのバッグだ。

 そしてバルネット魔導王国内にシンノスケのモノが一つ。

 あとはアースラが所持するモノが一つ。

 そして最近やってきたシンジのモノ。


 ちなみに、セイファードのモノは存在しない。彼はベータテスト期に転生させられたプレイヤーだ。

 ベータテスト当時はインベントリ・バッグという機能は存在しなかった。

 バックパックという名前の容量四〇アイテムの袋が標準装備の時代だったらしい。

 そのバッグはどんなモノであれ四〇個しか入らないので便利ではあるが、強力なモノとは言えない代物だ。

 まあ、どんな大きさのモノであれ四〇個入ると考えると、結構いいアイテムな気もするけどね。


 インベントリ・バッグはこのバックパックというモノをベースとして拡張されたシステムとなる。

 無課金のノーマル状態であれば容量は二四〇個。

 段階的課金を経て無制限の状態となる。


 課金による五段階のグレードアップ状況は以下の通り。


 第一段階:容量を四八〇個に増加。

 第二段階:容量を七二〇個に増加、第二ショートカット欄を開放。

 第三段階:容量を九六〇個に増加、第三ショートカット欄を開放、バッグ内の時間経過無効

 第四段階:容量を一二〇〇個に増加、第四ショートカット欄を開放、バッグ内フォルダ階層化機能追加(検索機能付き)

 第五段階:容量無限、第五ショートカット欄を開放


 それぞれの段階の開放には課金を伴うわけだが、かなりの金額が掛かるのでヘビーユーザーでなければ第五段階まで開放している人は限られてくる。

 ティエルローゼでは無限鞄と呼ばれているホールディング・バッグを併用して所持品管理している者が殆どだ。


 ちなみに課金額だが、第一と第二段階が一五〇〇円。

 第三段階になるといきなり額が跳ね上がり七〇〇〇円。

 第四段階は二万円。

 第五段階に至っては七万円も掛かる。

 総額一〇万円。


 重課金ユーザーは間違いなく第五段階まで拡張しているよ。


 まあ、インベントリ・バッグに関しては拡張していくたびに拡張費用が跳ね上がるし、必要に応じてプレイヤーが課金していくモノと考えればいい。


 大抵のプレイヤーは第三段階までで課金止めるんじゃなかいな?

 アイテム分類を名前付き革袋で行うテクニックがあったので、階層化や検索を必要としなければ開放する事もないからだろうね。

 ショートカット欄を多様したいPvPプレイヤーとかは第四段階まで開放している人は多かった。


 容量が無限になる以外は第五ショートカット欄しかないし、値段も七万と法外なのだからね。

 俺もアースラも重課金ユーザーに該当している。

 あ、タクヤのインベントリ・バッグも第五段階モノでしたよ。

 シンノスケのもフル開放されてるんだろうと俺は推測している。


 ただ、サーバ容量というのは有限なものだ。

 アイテム容量無限というのは運営会社としてはかなりの冒険だったに違いない。

 第五段階課金者が増えれば増えるほど、保証しなければならないバッグ内容量は飛躍的に跳ね上がる。

 試しているバカがいなかったけど、どんどんアイテムを放り込まれ続ければ、サーバ容量を無制限に増設しなければならないんだからねぇ。


 まあ、常識的に考えて本当に無制限かどうかは謎です。

 世の中常識離れした行動を起こすヤツはいるし、対策は検討されていたはずだとは思います。

 あまりにも大量にモノを放り込むプレイヤーには制限を課せられた可能性はあるし、何らかの契約違反をでっち上げてBANする事だって運営会社はできるだろうしな。

 一応、運営会社は優良企業だと言われていたので、そんな問題が起きた時は出来る限り誠意のある対応をするんじゃないかと思ってましたが。


 俺がプレイしていた時、そんな問題が起きたなんて話は聞いた事がないので運営がどう対応するかなんて正確には解りませんが。


 ま、あったら便利程度の機能に万単位で課金するユーザーはあまりいないけど、ヘビーユーザーはキッチリと課金しているので運営会社はそれなりに儲かっていたのではないかな。

 登録ユーザー数が五〇万とか一〇〇万とか言われていたドーンヴァースですから、どれだけのユーザーが課金していたかは「推して知るべし」なのでしょうが。


 ドーンヴァースはプレイは定量課金制だけど、アイテム課金も充実していて強力な能力を持ったアイテムも少なくないゲームなんだよ。

 能力の強さによって金額が跳ね上がっていく感じかな。

 前に話したけど、ゴーレム・ホースと呼ばれる騎乗用アイテムが顕著な例だね。


 ミスリルのゴーレム・ホースは五〇〇〇円だし、低級モンスターなら自動で倒してくれるので凄い便利。

 これがシンジが持っていたようなドラゴンになると二〇〇〇〇円とか二五〇〇〇円とかする。

 中級モンスターを相手できるくらい強力だし空も飛べるから高いのは仕方ないねぇ。


 何はともあれ、インベントリ・バッグをティエルローゼに持ち込むのは中々骨の折れる作業だという事です。


 そういや、ソフィアさんはインベントリ・バッグを持っているんですかね?

 NPCからの転生者なので持ってないって可能性もあるかも。


 エマやソフィアのような研究者にとって、インベントリ・バッグは喉から手が出るほど欲しいアイテムかもしれないし、手に入れる手段は一応作っておきたいとは思います。


 またタスクを積み上げてしまった。

 やはり俺はワーカーホリックな部分あるんですかね。

 この性質に仲間を付き合わせないように気をつけねば。


 上司にしろリーダーにしろ、上位にいる者は、この部分に留意しておかないと仲間や部下をブラックの渦に巻き込むことになるのです。

 自分は気にならなくても他者がそうだとは限らない。

 不満を持たれると追い追い悪い影響が出るかもしれない案件なので注意しましょう。

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