第28章 ── 第39話

 陣営貴族たちとの会議が終わり、皆でまとまって王城へ向かう事にする。


 王への挨拶会へ出席するのは王都に住居を持つ貴族、領地を持つ貴族が基本となる。

 トリエンで仕事をしているファーガソンたちのような貴族は出席しない。

 まあ、去年の俺みたいに当主が何らかの理由で欠席する場合は例外となり、配下の貴族は出席しなければならなくなる。

 去年は俺が年明けを忘れてたから、ウチの貴族連中に迷惑掛けました。


 それぞれが自分の馬車に乗り王城を目指す。

 貴族用の豪華な一二台の馬車が列をなして進むと結構壮観です。

 その中で俺の馬車だけが銀色のゴーレム・ホースに引かれている。


 ウチの陣営色を出す為に所属貴族にゴーレム・ホースを配るといいかも?

 かなり目立つので色々問題を引き起こしそうだから、難色を示されるかもしれないけど。

 一応、後で彼らに提案してみるか。

 何せ王様と俺や仲間しか持ってないアイテムなので、子爵とか男爵などの下級貴族が持つには高価過ぎる代物でしょうしな。


 公爵や侯爵号を持っている上級貴族は一通り顔合わせしてあるのでいいとして、俺の知らない伯爵号持ちなどに妬まれる危険は高い。

 まあ、俺の陣営の貴族に手を出したらどうなるかは、去年のトスカトーレ派の貴族が壊滅した状況を考えれば、おいそれと手は出せないとは思うけど。


 ただ、世の中には予想の斜め上を行くバカというのはいるので降りかかる火の粉を自分で払える事が望ましい。

 王都組で武闘派なのはロッテル子爵とハリントン伯爵だけだな。

 彼ら二人が王都にいるなら問題も事前に防げそうな気もするね。

 どっちも貴族界の重鎮だし。


 王城に近づくにつれ、手入れをされていない邸宅が目立つようになる。

 みんなトスカトーレ派が住んでいたところだ。

 取り潰された貴族の邸宅は王の名の元に接収されていて、管理は宰相が一手に引き受けているそうだ。


 だが、邸宅の手入れまでは手が回らない。

 草は生え放題だし、木々の枝は道の方まで伸び始めている。


 手入れには庭師を何人も定期的に雇わなければならないし、他の貴族が欲しいと申請してくるまで出費が続く。

 接収された邸宅が大量にある今、庭の手入れ費用まで捻出する余裕はないだろう。

 宰相閣下の苦労がしのばれます。

 国庫で負担したら幾ら掛かるか判ったものじゃないしなぁ。


 ウチの車列が通り掛かったタイミングを見計らったように、大きめの邸宅から馬車が路地に出てきた。


 前回の社交界の時と同じようにドヴァルス侯爵閣下の馬車ですな。


 絶対マリスの顔見たさに待ち構えてたよね。

 俺がトリエンに戻って来てて新年会に出る情報をどこからか掴んでいたに違いない。


「おお、クサナギ辺境伯殿ではないか。

 配下の貴族を引き連れて来て王城に向かうとは新しい派閥でも作るつもりに見られかねないな」


 ニコニコ顔のドヴァルス侯爵が馬車の窓を開けてこちらに話しかけてくる。

 まあ、応じないワケにはいかないので応対しますよ。


「派閥は作りませんよ。

 ウチの陣営は緩やかな互助会みたいなもんですから。

 ただ、ウチのメンバーに手を出すようなバカにはタダじゃ起きませんけどね」

「さもありなん。

 そのくらいの非情さが貴族には必須だ。

 貴殿は少々優しすぎるところがあるからな」


 ドヴァルスの視線がウチの車列の最後尾の方に向いた。


 トスカトーレ派の下級貴族たちの馬車に向けたんだろう。

 そういう情報はキッチリ掴んでいるんだねぇ。

 さすがは三大貴族の一角です。

 一度敵と認識した者はそう簡単に信用しないって気概の現れだと思う。


 まあ、理解は出来ますが。

 ただ、彼らは多分ウチの実情を知っただろうから、そうそう裏切れないでしょう。

 何せ俺は神の加護を受けているという情報が社交界の時に出回っているので、神を敵に回す可能性がありますから。

 エルウィン王子があちこちで触れ回った影響です。


 神が本当に実在する世界で、神の寵愛を受ける人物を攻撃して神の怒りを買いたいヤツはいないですよ。

 彼ら四人にそんな気概があったらトスカトーレ派でもっと有利に立ち回れてたはずだしね。


 まあ、彼らを無能呼ばわりしているように聞こえたかもしれないけど、彼らは役に立つスキルも持っているし、ウチの陣営で働き始めて生き生きと仕事をしているみたいなので問題を起こすことはないと思います。


「ドヴァルス閣下はマリスの顔見たさに待っていたんですか?」


 ウチの陣営貴族に不信の目を向けた仕返しに皮肉を込めて聞いてみる。


「バレたか?

 マリス殿の笑顔を見るのはワシの楽しみだからな。

 貴殿が今年の新年の挨拶に出るかどうかしっかりと調べさせてもらったよ」


 一週間も前に戻って来てたし、情報が漏れても不思議じゃないけど、どっから情報を得たのかは聞いておきたいね。


「どこから知ったんです?」

「使用人の繋がりだな。我が家の執事から漏れ聞いた」


 ほう。使用人ネットワークみたいなのがあるのかな?

 という事はリヒャルトさんの系列から漏れたのか。

 珍しい気もするけど、よく聞き出せたものだね。


「警備上問題になると考えているな?」


 ドヴァルス閣下にそう言われて俺は苦笑した。


「ええ。何度か命を狙われてますし」

「その気構えは重要だ。

 ワシも隠し立てするつもりはない。

 カラス便というのが今、貴族や使用人の間で頻繁に使用されている」

「あー……」


 俺は納得した。


 簡単に手紙のやり取りを出来るシステムとしてカラスたちに与えた仕事だった。

 餌も確保できるし、ゴミあさりとかをさせない方策だったんだが、情報の伝達速度にここまで貢献していようとは思いもつかなかった。


 情報伝達が早くなる事こそが文明の飛躍的な発達に寄与したと俺は思っている。

 技術が未発達な時代における情報の伝達速度は人の移動速度が基本になる。

 人の移動手段「徒歩」を超える為に人々は騎乗動物を生み出した。

 その後に開発された動物の帰巣本能を利用した「伝書鳩」も画期的な情報伝達システムだったはずだ。


 ただ、ティエルローゼでは鳩の飼育はされていない。

 そもそも小鳥を飼う文化を見たことがないので、情報伝達システムに利用する発送が生まれなかったと思われる。


 そこに手紙を運んでくれるカラスの集団を組織したんだから、利用されるのは当たり前だ。

 今のところ一般的な民衆は使っていないようだが、目ざとい貴族やその関係者、生活に余裕のある商人などが利用を始めているらしい。


 一般人でも使えるように賃金をカラスのエサにしたからな。

 今のところは、オーファンラント内だけで利用され始めているが、そのうち自分でエサ代を稼ぐ他国のカラスも現れるかもしれない。


 まあ、レイヴン・メールの運営をしているカラスの集団は俺の手の者なので手紙の配達以外で人間と関わらないように言えば従ってくれるだろうけどね。


 だが、他国のカラスはそうもいかないだろう。

 ま、他国のカラスが組織的に手紙配達業をできるかというと、それは中々難しいだろうけど。

 カラスと意思疎通できる人間がいないと無理だしね。


 動物と意思の疎通ができるスキルは存在するようなので絶対はないけど。

 万が一、他国のスパイ活動などに使われる恐れもあるが、あまり情報が重要視されていないこの世界では、諜報活動が本格的に始まる事は今のところないだろう。


 ただし、今回の件は情報漏洩に利用された事例として記憶に留めていきたい。


 いや、レイヴン・メールが諜報活動に利用される事に否定的なワケではないんだよ。

 良いことに利用しようが、悪用しようが存在を否定するつもりはない。

 便利なサービスやシステムはどんなものでも俺は肯定する。

 こういったシステムをどう使うかは利用する人間次第って事だ。


 最初から利用制限なんてされているサービスに何の価値があるのか。

 そのシステムの新しい使用方法を捻り出す事で、技術発展が始まるかもしれない。

 イノベーションは基本的に単純な思いつきから始まるものだと思うからね。


 馬のように早く走りたいと考えた人間が自動車を作り出した。

 鳥のように空を飛びたいと思った人間が飛行機を作り出した。

 そういった人々の夢や思いつきが技術発展の鍵となる。


 人間は最初の自動車を作り出してから一〇〇年も立たないウチに時速数百キロという世界を手に入れた。

 飛行機も同様に音速を超える世界になった。

 そこからさらに発展して宇宙にまで飛び出した。


 なのでレイヴン・メールの普及によって、なんらかの発想や技術革新がされる可能性を俺は否定できないのだ。

 制限を掛けるつもりがないのは、それを考えての事なわけ。


 俺が現実世界の便利なシステムをこの世界に持ってくるばかりでは意味はない。

 ティエルローゼ独自の文化や文明の発達を見てみたいからな。

 現実世界の模倣ばかりじゃつまらないでしょ。


 何か凄い発明や思いつきをするティエルローゼ人が現れないかなぁ。

 俺はこの世界にそれをこそ望んでいる。


 壮大な話に繋がりそうで厨二病としては面白く感じるけど、自重して話を戻そう。


「その顔はやはり知っているか。

 さすがは辺境伯殿は耳聡いな」

「いや、アレを組織したのが自分なので……」


 苦笑気味に答えるとドヴァルス侯爵は笑い出す。


「やはりそうか。

 まさかカラスが人の言うことを聞くとは想像だにしなかったが、貴殿は本当に面白い事ばかり考え出す」

「いえ、旅先でカラスの親分と知り合いまして、うちの領土に住処を移すとか言い出したのがキッカケです」


 俺はカラスとの出会いをドヴァルスに教える。


「カラスってゴミとか突き回すでしょう?」

「そうだな、ゴミを散らかすのは都市では問題になる事が多いな。

 ただ、人の死骸も綺麗に処理してくれるから戦場跡では助かりもする」


 法国との戦いの舞台はドヴァルス侯爵領がメインだったから、その後の戦場跡の処理に苦労したのかもしれない。

 敵の死体は、法国自体が……いや法国に住んでいた民衆も含めて全てが消滅してしまったので引き取りてもなく、処理に相当困ったようだ。

 何十万もの死体が散乱した戦場跡は地獄絵図だろうし。


「あの戦場跡にカラスが来たんですか」

「ああ、大量に来た。空が真っ黒になるほどにな」


 大量のカラスが死体を食べに来たらしい。

 もちろん屍肉をあさる他の動物や鳥も来たに違いないが、ドヴァルス閣下の印象にカラスしか残らないほどの大群がやってきたようだね。


 どこのカラスだろうか。

 周囲のカラスだけでは、そこまで大量のカラスが集まるとは思えないし、やはり世界樹の森の方からだろうか。


「ふむ。王国内に留まられると農作物とか荒らされそうですね」

「いや、死体の腐肉を食い漁った後、どこかに消えたという報告があった。

 巣のある森にでも戻ったのではなかろうか」


 カラスの縄張り範囲はそれほど広いとは聞いていない。

 精々一〇キロか二〇キロくらいだろう。

 戦場となったドヴァルス侯爵の領地の圏内に、大量のカラスが住めそうな森などの場所はなかったはずだ。

 この情報は気になるので後でカラスの親分に周辺のカラス事情を教えてもらっても良いかも。

 うちのトリエンは穀倉地帯なのでカラスによる農作物への被害は避けたいしね。

 領民たちに配下のカラス軍団に悪い印象を持たれては困るから、大量のカラスが現れたという情報は助かる。


「うちの領民は農業で生計を立てている者が多いので、そんなカラス軍団に襲われたら一溜りもありませんね。領民が困るとマズイので後で調べてみます」

「ふむ。貴殿の領土で農作物に甚大な被害が出ては、帝国に良い顔もできなくなるだろうしな」

「そうですね。カラスによる被害は自然災害とも言えなくもないでしょうが、俺に防衛責任がある以上、そこを問題として突かれたら外交上マズイことになります」


 まあ、担当外交官はアルフォートなので大きな問題にはならないとは思うが、望んでいた食料が手に入らなくて困るのは帝国民だ。

 これは冒険者として黙っている事はできない事案だね。


 まだ被害が出ていない懸念程度の話だけど、警戒しておくに越したことはない。


 難しい話をしていたのでマリスが黙っていたからか、ドヴァルスのロリ趣味が発揮されることもなかったのは幸いでだったかも。

 人の趣味をとやかく言うつもりはないが、マリスが嫌がるので。

 まあセクハラはされていないようなので、ただ単に美少女を構うのが好きなだけという事かもしれないが。


 一〇歳前後に見えるマリスやエマが愛玩動物扱いって可能性は否定できない。

 俺も幼女扱いしている部分あるしな。

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