第28章 ── 第38話

 全員集まったので王都の別邸に魔法門マジック・ゲートを繋げ、仲間たちと転移する。


 転移門ゲートを潜ると、イスマル・ラストルーデ一家だけでなく、俺の陣営に属する貴族たちも総出で出迎えてくれる。


「あれ? 皆集まってたの?」

「はい。前日から集まって今年の我々はどう動くべきかなどを話し合っておりました」


 ああ、計画とか立ててたのか。

 仲間として連携して活動するなら、確かに定期的に会議をするべきだな。


「申し訳ない。そういう機会は俺が定期的に作るべきだったね」

「いえ、ご当主様のお手を煩わせる積もりは毛頭ありません。

 王都組は王都組の成すべき事を成すだけにございます」


 まだ王城へ向かうには早い時間なので別邸内にて細やかながらお茶会を開く事になった。

 社交界以降、王都組の貴族たちの簡単な報告会を開いてくれるという。


 別邸内の一番広い部屋にラストルーデの家族たちと一緒に椅子やらテーブルやらを運び入れて準備をする。

 ラストルーデの子どもたちや奥方がしきりに恐縮していたが、高レベルの俺たちが手伝えば、物運びも一瞬だし時間の節約になりますからね。


「さて、始めよう」

「はい。

 ではあれから我らが行った事を報告致します。

 この度、以前お話したトリエンからの貿易品集積地を王都に用意する話を進めております」


 既に土地の確保が完了しており、倉庫の建築に着手しているという。


「随分早いね」

「トスカトーレ派が消滅したお陰で、王国は消滅貴族の物件を多く接収できましたので、宰相閣下に申請すれば比較的安く確保が可能だったのです。

 後手に回れば土地の確保もままならなくなりますし、費用も嵩みますので……」


 メイナード子爵の素早い行動で良い土地が確保できたなら良かった。


「シルレット男爵、報告を」


 メイナード子爵が促し、シルレット男爵が書類を片手に立ち上がる。


「この度手に入れた土地でございますが、中町の下町南城門付近の優良物件を手配致しました。

 元々トスカトーレ派罰のブルックドルフ伯爵が持っていた物です」


 ああ、息子がシャーテンブルクシャーテンブルク子爵邸を襲った貴族か。


「現在、我らが手配した王都商人を使い、元々の建物を取り壊し、大型倉庫の建築を始めています」


 手配した商人の事を聞くと、トスカトーレ派閥のお抱え商人だそうだ。

 身元もさる事ながら、トスカトーレへの忠義なども気になるところだが、「その辺りはしっかりと調べた」とメイナード子爵も太鼓判を押す。

 トスカトーレ派の貴族どもはお抱えの商人に対しても無理難題を押し付けるので、与えられた特権はあれど利益になっているとはとても言えない状況だったそうだ。

 発言力も財力もないはずのトスカトーレ派が曲がりなりにも貴族生活が出来ていた所以である。

 派閥が誘拐などというバカな事を仕出かした頃には財政がかなり悲惨な事になっていたそうだ。

 お抱えの商人たちも「無い袖は触れない」と要求された金や品を何かしら理由を付けて出さなくなっていたという。


 そういやエマが囚われていた工房とヤツらが言っていた部屋には大した備品も素材もなかったな。

 あの程度で立派な工房と誇られたんだかから、開いた口が塞がらなかったとエマも呆れ顔だったっけ。


「大分、身の軽い業者のようだね」

「元々は薪を商う専門業者だったそうですが、トスカトーレ派の無理難題に対処するうちに様々な物の手配を出来るようになったと聞いております」


 薪業者なら材木などの手配はお手の物って事ですか。

 他の建築資材も仕入れられるみたいだし総合商社的に何でも扱えるなら今後も色々と役に立ってもらえそうだね。


 俺は商人との関わりが殆どないので助かる。

 トリエンの有力商人は、前の代官であった男爵と関わりが深かったので殆ど粛清してしまったからね……


「それと、現在、エドモンダール伯爵とサロンを開き、会合を取り持っております」


 シンジの作るシルク関連の衣服やオシャレ小物などの製品を世界に流通させるルートはエドモンダール派閥に一任する事が決定しているので定期的な会合をするのは当然だが、そういうモノの手配も本来なら俺の仕事なんだろうな……

 本当に申し訳ない。


 だが、陣営貴族は俺を責めることもせず、嬉々として現在の置かれた状況を報告している。

 まあ、面白く仕事ができているなら何の問題もないかな。


「という事は、グランゼール公国と繋がっている北の街道の安全は確保できたのかな?」

「例の射撃兵器が大きな威力を発揮しているようで、昨年の年末はワイバーン祭りのような騒ぎになっていました」


 俺が納品した携帯型地対空誘導弾「ウルドの矢」で大規模なワイバーン狩りが実施されたそうだ。


 ロッテル子爵も参加したそうで詳しい報告をしてもらった。

 どうやら駐屯部隊は二〇匹ほどの大型ワイバーンを仕留めたようで、王国の財政が一気に改善できそうだと宰相閣下もお喜びだとか。

 ワイバーン素材はかなりの金になるからね。


 まあ、一度に二〇匹も狩ってしまうと、素材の相場が暴落しそうなので手加減するように言っておく必要がありそうだ。

 商売人としての感覚は貴族にはないだろうから、一度に全部売り出しそうだしね。

 ワイバーンの肉など、ナマモノは仕方ないにしても、血液や鱗、皮、爪、牙、角、骨などの保存できる品物は、売り渋りというレベルにならないくらいに出し惜しみするのが得策だろう。

 ワイバーン素材の武器や防具は、相当な高値になるらしいしな。


 それで、エドモンダールとの会合はサロンの形だそうなのでレストモリア子爵も大活躍中らしい。

 サロンは小規模な社交パーティのような形なので、社交ダンスも親子揃って毎回踊ることになり、無所属時代より貴族たちから重宝されているようだ。


 議会政治ではないオーファンラントにおいては、こういった酒を交えたパーティでの話し合いが重要になってくるのだそうだ。


 現代人の俺としては非効率極まりないと感じるが、議会で政治を話し合うことがない貴族たちにとって、パーティなどの機会は、政治的に必要不可欠な要素らしい。


 なるほど、社交界の重要性を再確認しました。

 園遊会やらパーティやら、社交界というヤツは様々な政治的な取り決めに使われていたワケですね。


 そういや国王の晩餐会の時に陛下が「知らせておく事がある」とか言って自らの政治的判断や実施した事の報告をしていたっけ。

 配下などに下知を与える機会は確かに必要だな。


 それがなかったら一人ひとり呼び出して命令を下さなければならないしね。

 形式やら伝統を重視する貴族にとって、国王やら上位貴族からの呼び出しなんて心臓に悪いイベントは大いに困る事だろう。

 それなら晩餐会などで一度に命令や報告をするのが楽だね。


 実際はそんな単純な話ではないだろうけど、簡単な解釈で理解した気になっておこう。

 ウダウダと難しい解説をされても眠くなるだけだしな。


 この報告会で王都組の貴族たちが上手く立ち回っているのが理解できた。

 頑張っているようで何よりです。


 初期費用として渡してあった軍資金が半分くらい吹き飛んだそうだが、シルク製品を筆頭にしてトリエンからの貿易品の流通が始まれば、あっという間に回収できると商人たちも言っているそうだ。


 何度かエマードソン商会から渡りをつけようと干渉があったが、エドモンダール派閥の貴族や商人がいい顔をしなかったようなので、王都組はスルーしているようだ。

 モーリシャスの流通ルートは王都組を通さずに、トリエンの街にて直接行って欲しいとの要請があったので快く引き受けた。


 既にモーリシャス派には魔法道具の流通という一番美味しいところを扱わせているのだから、シルクなどの高級品や嗜好品は別のルートに配分しても良いだろう。


 まあ、エマードソン商会との窓口になっているクリスが嫌味を言われるかもしれないが、彼の事だから上手く采配してくれるに違いない。

 その為にファーガソンなどの手下を付けているんだから、彼には頑張っていただこう。


「それでご当主様に一つお願いがございます」

「何かな?」


 メイナード子爵が改まって口を開く。


「現在の仕事量や今後の事を踏まえますと、陣営に属する貴族が些か少のうございます。

 有能な貴族をもう少し引き入れるべきかと存じます」


 ふむ。言っている事は解る。


「増やしすぎると派閥みたいな事にならないか?」


 一応、懸念する点を指摘しておく。

 提案には反論をぶつけて問題点を洗い出しておくのが得策でしょう。


「本来なら派閥のようなモノになるのですが、ご当主様の作り上げているこの集まりは、派閥とは些か趣が違いますので」


 メイナード子爵は、俺の名前で集まってはいるが、当主たる俺の命令で動いているというより、連合体という感じなので派閥とは違うという。


 俺は結構命令している気がするんだが、彼ら的には命令というより提案レベルのゆるいものなんだとか。


 命令ってヤツは抗うことが出来ない、失敗は許されないものって感覚らしい。

 失敗すれば失脚して二度と日の目は見られない。


 それを聞いて俺の眉間にシワが寄るのを見たメイナードが苦笑する。


「ご当主様は命令をしてきません。

 命令口調な時もありますが、それは指示でしかありませんから」


 指示も命令も似たようなモノだと思うが、彼ら的には違うようだ。


「左様ですな。

 ご当主様は命令するより前に自ら動かれている事が多いので、我らも率先して動かねば無駄飯食いの家畜同然になってしまいます」


 シャーテンブルク子爵がクスクス笑いながら冗談口を利く。


「まあ、手が足りないなら好きに増やしてもらっていいけど、人が増えると経費が嵩むよね。

 預けてある資金が大分減ったと報告にもあったし、追加資金は必要かな?」


 シルレット男爵に視線が集まるが、彼もどう言っていいか悩んでいるようだ。


 聞き方が悪かったか。

 本当は必要だとしても「そうだ」と答えたら無能扱いされそうだとか考えているのかもしれない。

 こういう時は、相手に答えさせるのではなく、必要だと俺が勝手に判断して金を積むのが得策だろう。


 一応、人をまとめる立場に就かせてもらっている以上、そういう気遣いが出来る上司でありたい。


「では、ここに白金貨五〇〇枚追加で置いていくね。

 王都組で運用してくれ」


 インベントリ・バッグから白金貨の入った革袋を取り出してテーブルの上に置く。


「申し訳ありません」


 シルレット男爵が頭を下げて革袋を受け取った。


「気にする必要はないよ。

 大きな事業を皆でやるんだし、軍資金が足りなくなって失敗するのは困る」


 トリエンという何もしなくても自動的にお金が増えていく仕組みを手に入れた俺としては、この程度の金額を出し惜しみする事もない。


「えーと、じゃあ次かな」


 俺はオーウェル男爵たちに目を向ける。

 彼とケルナー男爵、モリゲン、タイユース両准男爵には街道整備について指示を出している。

 この案件は既に国王陛下や宰相閣下に裁可を仰いで許可をもらっている案件でもある。


「現在、業者を動かして測量作業を実行中です」


 オーウェル男爵が立ち上がり即座に報告する。

 ケルナー男爵も口を開く。


「王都、ドラケン間の測量は終了しています。

 ドラケンとトリエン間の測量については、もうしばらくご猶予を頂きたく存じます」


 俺は頷く。

 

 測量は非常に大事な案件だ。

 測量データから、街道整備に必要な色々なモノが解るからだ。

 データから導きだせる必要な物資量、必要な工期、工事に必要な作業員数、物資の買い付け費用なども算出できる。


「了解した。その辺りはキッチリと時間を掛けて調べてね。

 整備費用として用意する金額は結構大きくなるはずなので」

「承知しています。

 費用算出ですが、モリゲンとタイユースが行いますが……」


 オーウェル男爵がそう続けると、モリゲン准男爵が手を挙げる。


「はい。モリゲン君」


 俺が発言を促すと、モリゲン准男爵が立ち上がる。


「私とタイユース准男爵は算術スキルを習得しておりますが、少々レベルに不安がございます」


 彼らのステータスをチラリと調べてみると、確かに算術スキルが二と三で、心もとない。


「出来ますれば、シルレット男爵殿にお手伝いをお願いしたいのですが……」


 言葉尻が小さくなっていくモリゲン准男爵に、シルレット男爵が口を開いた。


「計算間違いなどされては困る。君たちを支援するように予定を立てておこう」


 タイユース准男爵が嬉しげに笑った。


「ありがとうございます! シルレット男爵殿!」


 少々計算に自信があっても、巨額資金を洗い出すような作業に相当なプレッシャーが掛かっていたようだね。

 この世界は算術にまでスキルがあるので、作業を振る目安にするのに楽ちんだけど、レベル以上の事は出来ないので困ることもある。

 現実の日本でも簿記などの資格が基準となるしね。


「今、モリゲン准男爵殿と王都とドラケン間の資材量算定を行っております。途中ではありますが検算作業にお付き合いいただけますと助かります」


 シルレット男爵が静かに頷いた。


「ふむ。その辺りはシルレット男爵に任せて問題ないかな?」

「はい。お任せを」


 シルレット男爵、助かります。

 俺は簿記三級の資格持ちではあるが、原材料費とかが出てくる工業簿記は知らんからな。

 まあ、今は算術スキルがレベル八まであるので、多分簿記一級くらいの実力はあるよ。


 簿記と算術スキルが等価な存在とは言えませんが、判断基準という事で目溢ししてくれ。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る