第28章 ── 第37話
反応実験は既に終わっているのだが、フィルが嬉しそうに実験を開始してしまったので言うに言えずに見守ることにする。
砂のストックは大量にあるので好きにさせよう。
フィルの実験方法は化学の「か」の字も知らない感じでハラハラする。
しかし、錬金術を専門とした
俺が先に実験してたし、それを見ていたから危険ゾーンの範囲を正確に把握しているのだろう。
「通常なら一日放置するらしいよ」
「それでは時間が掛かりますね。
「この装置内部の空間に掛けるんだから有効だと思うけど、少々範囲を広げる必要があるな。
フィルは
「俺の術式理論では大丈夫なんだけどな」
この辺りはエマと議論を戦わせている案件だ。
本来、魔法の開発や既存魔法術式の改良はそれほど簡単な事ではないとエマは言う。
俺が術式の構築やら改良を簡単にやってのける事にエマは毎度呆れた声を上げる。
精霊に構築された魔法術式を正確に伝える為のモノが
なので、単純に
まあ俺の場合、精霊と誓約を結んでいる身分なので彼らが俺の術式に文句をいう訳もないし、ほぼ確実に術式は狙い通りに起動する……と俺は推測している。
奴らは俺に忖度している事も多く、狙った以上の効果が発揮される事も珍しくないしな。
「では、やってみましょう」
フィルが杖を取り出して呪文を詠唱しはじめると彼を中心に魔力が凝縮していく気配が漂う。
「べセス・トーラス・ソーマ……」
フィルは杖に嵌め込んであるブルートパーズを装置に向ける。
「……エスト・ヴァース・カルス・クロノ。
呪文が唱え終ると同時に装置が水色に淡く光る。
「おお。発動しました!」
「まあ、そうなるよな」
俺は苦笑するしかない。
な? 上手くいったろ?
エマの主張からするとやはり精霊たちの忖度ですかねぇ……
「こ、これは! す、凄い……真っ白です!」
フィルも感心の漂白効果でした。
ヴィクトールの服の白さからも判ってたけど、現実世界のヤツよりも威力あるんじゃねぇか?
アゼルバードの砂、中々優秀な漂白剤ですな。
成分抽出して粉末状にできたら商品化できそうなんだが。
今後も研究が必須ですな。
一週間はあっという間に過ぎ、一月一日はあっという間にやってきた。
この一週間、ファーディヤには例の能力の制御方法をみっちりと教え込んだ。
彼女は女神四柱の神力で作られた魂を持つ為、非常に強力な権能の力を持っているので、国王リカルドの前で粗相してしまったら些かマズイことになるからだ。
幸いファーディヤには不幸な生活で培った忍耐力があるので大抵の状況で精神状態をコントロールする事は難しくなかった。
ただ、自分への自信が全くないので思考をネガティブな方向に持っていってしまう癖が抜けきらないところがある。
俺も基本的に自分に自信はない人間なので、どう心をコントロールするのかを教えておきたいのだが、これが中々難しい。
自分に自信がないのに、何の裏付けもない自信を捻り出すには自己暗示が重要だ。
俺は出来る。
俺は無敵。
俺は万能。
俺は絶対に勝つ。
心の中でそんな事を思うだけでそれなりに暗示に掛かるんだが、万人に当てはまるワケではない。
実のところ、絶対的な万能感というのは、厨二病に特有の精神状態である。
その病をこの歳まで維持できて来たというのが、俺がイジメられっ子によくいるタイプの負け犬根性に染まっているような人間にならなかった理由だと思う。
これをファーディヤに教えるのは不可能だ。
ファーディヤは厨二病じゃないからな。
そもそも虐げられていたから「俺は実は凄い力を秘めている」とか夢見なければ生きていけなかったし、それだからこそ何の根拠もない絶対的な万能感という暗示を自らに掛けていたワケだよ。
生存戦略といえば、そう言えなくもない。
そんな特殊な精神状態をどうやって教えればいいのやら。
だがファーディヤは、俺のそんな抽象的な助言を素直に実行した。
これが殊の外上手く機能した。
彼女は俺を絶対的な人間、ある意味自分の信仰する神のように信じた。
そのお陰で、ファーディヤは結構すんなりと自分の力をコントロールして見せた。
天は二物を与えずとか言うけど、この世界に来て二物どころか三物も四物も与えられている人間がいると実感します。
やはりファーディヤは神に比類する力の持ち主なのだ。
歌や踊りなど身体を操る力はブリギーデに由来しているし、その美少女っぷりは美の女神プロセナスから受け継いでる。
物覚えの良さは知恵の神メティシアから、そして数多の不幸を乗り越えて生き抜いてきた運の良さは幸運の女神フォルナの神力によるに違いない。
この段階で四物も持っているのに、ここに風の女神ダナ、確率系の女神デュリア、知恵の女神エウレーナ、美と豊穣の女神の片割れテレイアの加護が加わっている。
ある意味チートなんだが、俺も似たようなもんだし文句も言えない。
ただ、俺はプレイヤーのチート能力だけで、容姿やら性格やらに持ち合わせがないのが痛いところ。
シンジみたいにプレイヤーの能力以外にも天性のスキルを持っている人物は羨ましく思ったりしますよ。
少々早い朝食を済ませて館のロビーに仲間たちと集合する。
「準備はいいか?」
俺の掛け声に仲間たち全員が頷く。
「問題ない」
男装姿のトリシアは親指を立てた。
まあ男装はいつもなので良いだろう。
ドレス姿のトリシアはかなりの美女なので少々残念ではあるが。
「大丈夫じゃ」
マリスはシンジに独自にドレスの要望を出していたらしく、自分のフルプレートのパーツを流用したドレス・アーマーだ。
武装しつつもシルク布のスカートやフリルなどが非常に豪華な装いになっている。
「すげぇドレスだな」
「そうじゃろ? どんな時も戦えるのがミソじゃ」
ガレージキットのブランドに写真を送ったら間違いなくアクション・フィギュア化されるに違いない。
小さいので微妙に玩具っぽいしな。
アナベルもマリスと同様にシンジにリクエストしたらしい。
シルクの神官服だ。
ただ、何色もの色で染められた刺繍やフリルが付いているので神官服としてはゴージャス過ぎるし、胸元が大きく開いていて爆乳の谷間が見えているのも想像以上に扇情的だ。
シンジめ、中々良い仕事をする。
「アナベル、新しい神官服だな」
「はい。シンジさんに作っていただいたのですよ。
でも、何故かここに穴が空いているので、マリスちゃんみたいに下にブレスト・プレートを装備出来ないのが少々不満なのです」
アナベルは開いている胸部分の裾を摘んでヒラヒラと揺らす。
際どいところまで谷間が見えて目が釘付けになりそうだったが、必死の努力で視線を逸らした。
俺の精神力がレベルアップしそうな努力量だったよ!
逸らした視線の先にはエマがいる。
「なんで私のドレスは毎回ピンクなのかしら」
可愛らしいピンクのドレスを着たエマが、両手でスカートの裾をつまみ上げて少し残念そうに唇を尖らせる。
「まあ、エマは可愛らしい感じだからピンクのイメージなんじゃないか?」
「か、かわっ!?」
エマが一瞬で真っ赤になりプイと横を向く。
「ま、まあ良いわ。
このドレスもかなり装飾が施されてるし、国王の前に出ても恥ずかしくないと思うし」
照れ隠しどうも。
まあ、エマは美人が多いエルフとのハーフだし可愛いのは事実なので問題はない。
アラクネイアはいつものとは少し違う漆黒のドレスだった。
漆黒と聞くと喪服と思われるかもしれないが、アラクネイアの着こなしによってあまり喪服のようには見えないエレガントな装いになっている。
デザイン的にも非常にフォーマルな感じだしな。
肩は膨らんでいるが、腕から手首まではキュッと締まっているし、その腕の部分は細い銀の鎖の装飾が施されていて宝石で飾り付けられた銀のブレスレッドに続いている。
スカートなどにも腕のモノに似た銀の鎖の飾りが施されている。
程よい貴金属や宝石のアクセサリーによって非常に豪華な印象になっている。
「今日は少し違うね」
「左様にございます」
俺がそういうとアラクネイアは非常に嬉しげに微笑む。
うーむ。超絶美人が笑顔になるとかなりの破壊力ですな。
基本的に美人が多いティエルローゼだが、その中でもウチは相当な美人揃いだと思う。
だが、アラクネイアとレベッカは女神クラスで別枠と考えたほうが良い。
トリシア、マリス、アナベル、エマもかなりのもんだが、この二人には負ける。
唯一拮抗するのはファルエンケールの女王だろうか。
ティエルローゼ三大美女がトリエン陣営に二人もいるって事だよ。
あ、俺基準でだぞ?
好みは人によって違うので、別の美女の名前が挙がる可能性は否定できない。
ま、そんな事を彼女ら吐露するつもりはないが。
袋叩きにされかねないしな……
現実世界にいた頃から、こと美容において女は底抜けの欲望を持つと聞いている。
こっちのティエルローゼでも一緒だろうし注意せねば。
ちなみに男どもは、シルクではないが上等な布で作られた貴族の従者の服ですよ。
俺はリヒャルトさんからのお仕着せの貴族服です。
服装に頓着しない俺の身だしなみはリヒャルトさんとメイドたちによって用意されるので面倒がなくていいです。
ただ、今回の貴族服は流行であるシルク布で作られているのは言うまでもありません。
リヒャルトさんに死角はないのです。
俺が旅に出ていて不在であろうが、当主である俺の衣服はシッカリと用意しているんですから。
ユーエル一族は本当に有能だよなぁ……
シンジの店は王の新年会に合わせて貴族たちが殺到していたらしいし、相当忙しかったらしい。
俺らが最後にねじ込んだ案件も含めて良くやってくれました。
何か報いる必要があるかもしれないな。
今度、トリシアに相談してみるか。
またやる事が増えた気がするが、忘れないようにしないと。
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