第28章 ── 第34話
アゼルバードの各町の諸問題を一週間ほどである程度片付けてから、俺たちはファーディヤを連れてトリエンに戻った。
レベッカ率いるT-DIOの面々には、もう少し残ってもらって情報活動に専念してもらうつもりだ。
さて、帰還の理由はリカルド国王への新年の挨拶に行くのが最大の理由だが、ファーディヤを連れてきた理由はアゼルバードの後見国にオーファンラント王国を着ける為でもある。
オーファンラントが正式に後見国となれば、オーファンラントの軍力、経済力、技術力を背景にして、アゼルバードの周辺国が彼の国にちょっかいを出す事への牽制や脅しとして使える。
もちろん、オーファンラント自体が動く必要は全く無いが、アゼルバードが外交交渉にオーファンラントの名前を使えるというのが大事だ。
そのくらい強力な後ろ盾がなければ、利用価値を見いだされたアゼルバードなど瞬時に侵略されてしまうだろう。
特に警戒しなければならないのは三つの国だ。
第一にアゼルバードの東に位置する国家、ラムノーク民主国。
この国は東方諸国、特にオーファンラントを蛇蝎の如く嫌っているらしい。
この情報はレオンハート商会からのものだ。
直接何かをしようとする気配はないとは聞いているが、事あるごとにオーファンラントへの文句や不満をぶちまける貴族がいるらしい。
オーファンラントとの直接的な外交接点があるのか俺は認識していないんだけど、なぜ嫌われているのかと首を傾げたくなる仕方がない。
ただ、シュノンスケール法国の例を思い出してもらえば解ると思う。
ミンスター公爵も俺が冒険の旅に出る前に心配事として色々と教えてもらった時に西側方面にある国は東側諸国に良い感情を持っていないと言っていた。
ルクセイドの商人たちは西より北の国がヤバいとか言ってた。
救世主が姿を消した理由が東側諸国にあるというヤツですな。
それら諸国は既にシンノスケによって滅亡したんだが、救世主を失った中央から西側に掛けた諸国は未だに恨んでいる国が存在するという。
オーファンラントの建国前だというのに困ったものですな。
少し面白いと思ったのは、そのラムノーク民主国とやらは、名前の通り民主政の国っぽいんだよね。
ただ、現代社会の日本のような間接民主主義ではなく、古代ギリシャ的な原始的な直接民主主義らしいけど。
本当に詳しくはわからないが、何かある度に選挙のような投票が行われるので非常に面倒らしい。
情報を集める限り、あまり近づきたくない手合の国なのは理解できた。
人気取りの為に他国を非難罵倒する文化は衰退するって事です。
そんな愚かな政治家を選ばない為にも国民がそれなりの知識や知性を備える必要があるって事ですね。
元々は選挙で国民の代表を決めるってのは衆愚政治になることもあるけど、画期的だったんだなぁと思います。
国民の意識や趣向を扇動するだけでコントロール可能という気がするので、その手腕を持つウチの国……というか俺が率いるトリエンが対峙する分には障害とは成り得ないだろう。
今回のアゼルバードの件も含めてトリエン情報局の存在価値は計り知れない。
第二に挙げるのは中央森林に点在する複数の勢力。俗に世界樹の森と称される地域にある人類種が運営する村、町、団体などを指す。
国として挙げるのは間違っている気もするが、無視できない勢力でもある。
何故かといえば、そこに住み、生活を営んでいる段階で驚異と言える。
中央森林には非常に強力な野生動物、所謂野獣、魔獣、幻獣が数多く住み、ドラゴンも多数生息すると言われている。
マリスの実家は世界樹の地下らしいから当たり前だが、彼女からの情報を色々考えると、古代竜は当然ながら野生のドラゴンの存在も多数確認されているようだ。
そんな地域に全滅もせずに生きている勢力に力があるのは当然だろう。
そういった勢力はたとえ小さな村と言っても無視できるものではない。
世界樹の森が故郷であるアラクネーたちを考えてみてほしい。
彼女らの護衛兵で強い個体はレベル五〇代後半だし、生産に従事する一般的なアラクネーですらレベル三〇代だ。
とても人類が適う種族ではない。
そういう存在が万単位も生息しているのが世界樹の森だ。
とても我が国の政治家貴族を送り込めるような場所ではない。
相手にしない方がいいのが得策という事だ。
俺や仲間が出張れば何の問題もないが、個人の膂力に頼るような政治運営は避けなければならない。
誰でもというのは語弊があるにしろ、ある程度の能力を持った一般的な人物が運営できる政治システムを構築しておかねば、後世役に立たなくなるのだ。
まあ、何にせよ世界樹の森の勢力は、基本的に外部世界に興味がないみたいなので助かるが。
なんで興味がないのか考えてみたが、俺にはサッパリ解りません。
弱肉強食が全てのこの世界において、それが最も顕著な地域から強者がいない外界に出てこないとなると、みんなバトルジャンキーで強者を欲する異常者の集まりって可能性が否定できない。
この先世界樹の森に入ろうと考えているのに、そう考えた瞬間にラムノーク以上に入ってはならないゾーンなのではないかと不安になった。
そして最後になる映えある第三国。
それはバルネット魔導王国で決まりだ。
仲間の魔族連からの証言で魔族が支配しているとされる大国。
ティエルローゼ大陸の中心に位置し、バルネットの北に広がる世界樹の森からの恵みを最も受けている人類種の国家だと言われている。
森の恵みに加え、内陸に存在する国ではあるが東に大陸最大の湖であるヴァレリア湖を頂く天然資源に恵まれた国でもある。
北西はローデーツ山脈に接しているので鉱山町もあるらしい。
全ての資源を持った国だからこそ、フソウやトラリアの連合軍とも長年戦えたのだろうと推測できる。
いざとなれば魔族が出てきただろうしね。
んで、ここを支配する魔族たちがアゼルバードの地下資源が利用可能だと知れば、確実にモノにしようと動くと俺は予測している。
世界と戦うつもりなら、優れた魔法道具、魔法の武具がいくらあっても足りなくなるだろうし、アゼルバードの地面の下に埋まっているアーネンエルベ魔導王国の遺跡はそれを得る為の鉱脈になりかねない。
神界への決定的な武器にはならないにしても、東の地で散ったシンノスケやタクヤの遺品を手に入れる為にファルエンケールに使うのには大いに役に立つとか考えるかも知れない。
そのような事態に陥るのだけは何としても阻止しなければならない。
だからこそ、オーファンラントの後見、そして同盟関係を新生アゼルバード王国は内外に知らしめねばならない。
その前段がファーディヤのオーファンラント訪問という事になる訳です。
長々と説明してきたが、こういう自分たちを取り囲む各国の情報は非常に大事な事なので覚えておかないとね。
オーファンラントは今までも東側の大国ではあったが、これほどの発言力を得た事が歴史的にない。
俺が出現した所為で世界各国とのバランス取りに苦労しているのが実情なのだ。
俺という存在によって与えられた力を何の抑制もなく行使する国なら俺は別の場所に移住するだろう。
似たような事を国王たちに言ったような気もするが、そんな事は俺にとっては些末な事なので脳裏から綺麗に消えている。
ここ数年の付き合いで国王や宰相など国を運営する上層部の
宰相のフンボルト侯爵閣下が心労が絶えないと眉尻を下げたりもするので、後で栄養ドリンク的なポーションでもフィルに調合してもらって献上しておくのが良いかも知れないね。
「お帰りなさいませ、旦那様。今回は少々早いお帰りでしょうか?」
リヒャルトさんが珍しく皮肉っぽい言い方をする。
「そう言われると困るけど、出先で問題があったので国王の裁可が必要になるから新年会に合わせられる時期に戻ってきたよ」
「なるほど。
旦那様が新年の挨拶に伺えない旨を認めた書状をクリストファさまに送り届けて頂く算段をしているところでしたが」
様々な準備とか段取りをしてくれるリヒャルトさんたち一族の苦労は計り知れない。
本当に迷惑かけ通しで申し訳ない。
「迷惑ついでで悪いが、アゼルバード王国の王女ファーディヤを紹介しておく」
リヒャルトさんの片眉が上がりファーディヤを値踏みするように視線を向けた。
「未来の奥様となられるお方でございましょうか?」
「は?」
俺が間抜けな感じで聞き返す声と怪訝な表情を浮かべた瞬間、隣のファーディヤだけでなく仲間の女性陣まで騒ぎ始める。
「そ、そんな約束は致しておりません……」
顔を真赤にするファーディヤに比例して烈火の如き怒りを見せるのは仲間たち。
「待て、リヒャルト。
そのような勘ぐりをするのは執事として失格だぞ。
私を先おいて人族の小娘がケントの伴侶になるはずがなかろう」
いえ、トリシアさん。貴女も決定事項みたいに言わないでください。
「トリシアの言う通りじゃ! ケントは我の嫁じゃからな! 我がケントを生涯守るのじゃぞ!?」
マリスさん、相変わらず「嫁」発言なんですね。徹底してるから俺としては冗談的なポジションなのかと思っているんですけどね。
「ケントさんは未来の冒険神候補です! 信者は増やしても伴侶は女神さまからと決まっているんです! せっかくなので女神マリオンさまに決めてしまいしょう!!」
どさくさに紛れて暴走するアナベルが痛い。
マリオンはまあ関係の深い神様ではあるけど、巨乳ではないのでどうかと。
ついでにいうとアイゼンなんて女癖の悪い親族はいりませんね。
「ケントは工房で色々作ってもらわなくちゃならないし、私と工房を運営していかなきゃならないの!
だから、えっと……」
何が言いたいか解らんが、エマまでファーディヤみたいに顔が赤くなってしまった。
「さすが我が主です。女性全てに愛されておられる」
「当然ですな」
ニッコリ顔のアモンと相変わらず笑っているのか牙をむき出しにして怒っているのか解らないフラウロス。
「例え下賤の者が伴侶になろうとも、いつでも側に侍るのは妾と決まっていますけどね」
上から目線のアラクネイアが締めるあたりに女王感が確かに溢れていますが……
「煩いぞ、黙れ」
俺が眉間にシワを寄せつつ笑い顔で怒るとピタリと喧騒が止まる。
別に権能を使ったわけではないが、仲間たちは俺の命令に忠実なのです。
喧騒が止んだ途端、仲間たちの最後部で必死に笑いをこらえつつも小さく吹き出しまくるハリスがいた。
「くっ……プッ……お前ら…マジで俺を殺す……刺客だな……」
沸点が低いのは相変わらずですか、ハリスの兄貴よ……
最近、吹き出す姿を見てなかった気がするけど、見たら見たで少しイラッと来るのは仕様か何かだろうか。
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