第28章 ── 第33話

 戦闘らしい戦闘もなく、両方の軍事行動は終了した。

 荒廃したアゼルバードにとって、町と町との確執が生まれなかった事は不幸中の幸いと言えるかもしれない。

 国民が一丸となって復興事業にあたらねば、国を救うことなど出来ないだろうから。


 他の町の軍勢は、指導者代理を指名し、それぞれの町へと帰還、支援物資が届くのまで町の治安を維持するように命令しておいた。

 現在、他の町には行政組織がないので、セントブリーグの体制が整うまでは現状を維持してもらうしかない。


 それから三日後、俺たちとヴィクトール率いるセントブリーグ軍はアルジャンのみを捕虜としてセントブリーグへと凱旋した。


 無傷凱旋という快挙にファーディヤを筆頭にセントブリーグの住民たちも歓声で出迎えてくれた。

 

「皆さん、お疲れ様でした」


 ファーディヤの労いの言葉にセントブリーグ軍の兵士たちも感無量の様子だ。

 美少女に労われたら数日程度の行軍疲れなど吹っ飛ぶだろう。


 戦争回避という最大のイベントは無事終了したけど、これで全て終わったワケじゃない。


 ここからが重要。


 まず、国民の意識を一つにまとめるのが必須なのだが、これはセントブリーグでは既に完了しているので、他の町に対してはこれから手配する事になる。

 もっとも効果的なのは食料、衣服、そして医療支援だろう。

 住宅は勝手に用意してくれ。


 この辺りはヴィクトール任せになるが、俺が提供した物資や資金があれば何とか回せるという話だ。

 この段階でファーディヤを代表とする政府に復興資金となる金貨二〇万枚を無利子貸与している段階で俺も随分甘いよね。

 この国程度の大きさなら国家予算三年分くらいだと思う。

 俺のポケットマネーで賄えてしまうのだから、小国ってのは思った以上に運営が楽ですね。


 まあ、政府が小さいってのが大きい理由だろう。

 目の届く範囲の人員で回しているから問題が浮き彫りになっても直ぐに対処できるからねぇ。


 帰還後のヴィクトールが最初にやった仕事が他の町への復興物資の輸送隊を送り出す事だ。

 これは出撃前から手配していたので出発させるだけで済んだようだ。

 用意がいいですな。


 この件に問題があるとすれば治安の悪い街道沿いでの護衛だが、メティシアとエマが無駄に作ったストーン・ゴーレムが役に立った。


 このストーン・ゴーレムですが、大小二〇体くらいの代物でして、五体がかなりの大きさの巨人型、残り五体がガーゴイル系の飛行型、残りの半分が人の大きさのモノという内訳なので、それぞれを五つに分けて一隊とし、各町の復興物資輸送隊の護衛に付けた。

 セントブリーグに充てがわれる一隊はセントブリーグの防衛に回した。


 トリエンの魔法工房が作る防衛ゴーレム・セットは、この飛行偵察ユニットを含むのがスタンダードな形態なのだ。

 やはり空中偵察は近代戦の基本ですから、この防衛ユニットはティエルローゼにおいては非常に強力なのですよ。


 ついでに付与の行使をメティシアが行った為、かのヘパさんご謹製のダガーみたく若干神力が宿ったゴーレムになっています。

 これは神の加護が付与された状態と同じような効果があるので、通常のストーン・ゴーレムよりもステータス的に強かったりする。

 これが俺が管理しなければならなくなった最大の理由でもある。


 神力が宿った代物は神界を揺るがしかねないモノになるのだ。

 メティシアの神力が宿ったゴーレムなどと知れたら知恵の女神の信者が何するかわからないからねぇ。


 ブリギーデが守護神なのにメティシアの神力とかバレても問題になるので、俺が所有者という肩書きが必要になるワケ。

 ウチのチームの他のメンバーがそんな面倒なポジションを引き受けてくれるわけないからなぁ。


 実際頼んでみたら以下のような反応で断られた。


「そんなモノを管理する暇があったら木を植える方が世のためになる。

 植林ゴーレムに改造してしていいか?」

「俺は……忙しい……」

「守るなら我の力だけで十分じゃろ。そんな柔らかいゴーレムは要らぬ」

「マリオンさまの神力が宿ったゴーレムを用意してくれたら考えるのです!」

「私に管理させるつもりなの?

 工房以外の事もやらせるとかバカじゃない?」


 こいつら頼りにならねぇ……


 魔族連の反応については言わずもがななので割愛する。


 このストーン・ゴーレム隊もファーディヤを介してアゼルバードに無償貸与となっている。

 そもそも使用した魔力が知恵の女神の神力を背景とした魔力なので俺の所有物と言うには些か欲張りな気がしたってのが理由だね。

 ヴィクトールにもゴーレム部隊の貸し出しについて一度話をしていた事だし、彼らに管理していただくとしよう。


 続いて砂漠で使った魔法道具を追加で四セット用意した。

 ヴィクトールからの依頼だったので、コレにはレオンハート商会から金が出る事になった。

 月に金貨一〇〇〇枚で一〇年間のリース契約と少々割高なのだが、ヴィクトールが砂漠での使用を見て利用価値を認識したらしい。


 ヴィクトールほどの能力があれば見抜いて当然ではあるが、届いた情報だけを利用するだけの今までとは違い、自ら情報を発信できるという事はどの世界に於いても強力な武器なのだ。


 注文された魔法道具は他の町に設置し、セントブリーグからファーディヤの演説などを放送するのが目的だ。

 砂漠で使ったヤツはセントブリーグに設置済み。


 これは王族であるファーディヤの身柄の安全を守るという意味でも重要なので快く提供した。


 ちなみに、この技術はシャーリーが開発した王国の冒険者ギルドで採用されている「双方向会議システム」の応用です。

 双方向じゃない分、作成の手間も魔力コストも大幅にカットできているので結構安く作れたりします。



 砂漠での戦争終結後一週間ほどでセントブリーグだけでなく各町の情勢も落ち着き始めた。


 少ないながらも民衆に物資が行き渡り始め、横行していた闇市は鳴りを潜めた。

 闇取引系の商人はどんどん駆逐されていき、目に見えて健全な経済活動になり始めた。


 いい傾向です。

 高い闇流通の品よりも、品質はともかく政府の提供する支援物資の方が安全ですからね。


 滅亡寸前まで来ていたアゼルバードの逃げ出すことも出来なかった民の互助精神も大きな助けだったのかもしれない。

 自分では使いきれない余った物資を格安で他の者に回すという草の根活動が面白い経済活動を生んでいる。

 現実世界的に言えばフリーマーケットやガレージセールのような市場が形成され始めたのだ。


 闇市と大して変わらないと思うかも知れないが、健全性が全然違うし、商品が高騰することがないのが素晴らしい。

 まあ、政府提供の支援物資なので飛び抜けて良い質の品物なんてモノはないので当然だけども。


 商売の才能がある者なら少々稼げるだろうけど、俺はそういう経済活動を規制するのはどうかと思う。

 支配者層から見ると規制して税金を掛けたいとか言い出しそうだし、他の貴族ならそう言い出すだろうけど、この辺りの采配は商人であるヴィクトールがやっているので、商人に優しい政策になっていくだろう。


 アゼルバードが商人主体の国になったら強力な経済と物流のハブになりそうでワクワクするね。



 経済活動も重要だが、国という形をでっち上げていく必要がある。

 だが、今この国には人口が少ない。

 何の生産にも寄与しない公務員を増やす余裕はないのである。

 となると、現代社会であれば外部に発注するのが普通ではないだろうか。

 所謂「派遣」ってヤツだ。


 俺が出せる手駒やカードから、アゼルバードに「派遣」できる行政官のツテを考えた。


 まずはオーファンラント王国に頼るべきだろうか。

 アゼルバード王国の行く末を考えた場合、オーファンラントに依存する体制を整えておくことが、オーファンラントの国益となる。

 既に帝国、ファルエンケール、ルクセイド、ウェスデルフあたりはオーファンラント無しでは立ち行かない状態になっていると思う。

 もちろんオーファンラントもそれらの国との共生関係を確立しているため、オーファンラント単独だと運営が困難になりつつある。

 輸送機関が脆弱なため顕著ではないが、既に周辺国とグローバル・サプライチェーンを構築しつつあるのが現状だ。


 例えば、トリエンの魔法工房にはファルエンケールの魔法金属が欠かせない。

 これを打破する為には他に仕入先を開発するのが必須になるのだが、ハンマール王国が正常稼働を初めたのは、つい最近。

 トリエンに鉱物資源が安定的に供給されるようになるまでは数年、いや一〇年以上掛かると思われる。

 俺が魔法門マジック・ゲートを開けば何の問題もないが、俺一人に依存した体制は、一瞬で崩壊するイメージしか浮かばない。

 俺無しでも輸送と取引が可能な体制を構築するのが急務だ。


 その為にはやはり中央森林の開拓は必須になる。

 船の輸送だけってのもアリなんだろうけど、やはり陸路の輸送路も確保しておきたい。


 だからこそ、俺とチームによる現地の実地調査が必要になるのだ。

 いつか、大陸の西と東を横断するような道路や鉄道などの輸送経路を整備するのが俺の最終目標だ。


 西でも東でもご飯食える体制は必須でそ。

 多分に俺の願望が含まれているけど、そのくらいのワガママは通させていただくし、誰に頼るでもなく俺の使える手段で実現していければいいと思っている。


 その為には邪魔者は躊躇なく排除していこうと思うし、使えそうな勢力には媚を売っておく。

 隙があれば裏で自由に動かせるような国も用意しておくものだ。


 今のところ大陸南側を横断する方法なら西側と繋がれそうな気はしている。

 ルクセイドまでは道は繋がったからね。


 ただ、獣人の森はあまり道を通したくないので行き詰まっているワケ。

 あそこは周辺国から蛮族の地というレッテルが貼られているし、古代竜の息がかかった保護地という風にも見られているので、そこに俺が勝手に道を通すと国際世論的に批判されかねない。

 まあ、バルネット魔導王国あたりを特に警戒しているワケですが。


 で、行政官の話に戻すけど、俺がオーファンラントにだけ要請してしまうと、やはり国際世論に不満が広がるのではないかと考える。


 別に気にしなければどうという事もないのだが、各国外交官と対峙しなければならない宰相フンボルト閣下あたりの胃に穴があく事態に陥っても困る。

 ある程度は自重せねばなるまい。

 実際、軍事的にはオーファンラントは世界最強に分類されるだろうから、ワガママを通すことは可能だ。


 でも、嫌われてばかりでは中々息苦しい。

 国際協調できるところはしていくに越したことはない。


 なので要請先は、オーファンラント王国、ブレンダ帝国、ウェスデルフ王国、ルクセイド王国、トラリア王国、フソウ竜王国、ハンマール王国あたりになるだろうか。

 他にも群小諸国やグリンゼール公国、アゼルバードの東の国々、バルネット魔導王国などもあるが、それ以外の大陸にある大国と思われる国に声を掛けて行政官の派遣を求めれば、不公平感はなくなるだろう。


 もしかしたら「自分のところの行政官も使ってくれ」とあっちから声を掛けてくるかもしれん。

 何の接点もない国とコンタクトをとるのは非常に面倒だし難しいので、窓口を勝手に向こうが開いてくれる分には大変有り難いのだ。


 ただ、信用の置けない行政官を送り込んでこられても困る。

 色々画策されて利権の確保やら、国のコントロールを奪おうとするなんて事はありえそうな話だからね。


 そういうのは、俺と懇意にしてくれている国たちの横の繋がりで牽制できるような体制を作っておこう。

 まあ、構築が面倒ではありますけど……


 クリスみたいな人物があと一〇人くらいいてくれると助かるんだがなぁ。

 クローン作るワケにもいかんし、頭の痛いところですね。

 となると、これは貴族的な根回しが必要になりますな。


 ふむ……

 では、もう年末で、あと二週間くらいで来年です。

 これは国王陛下への挨拶会というか新年会に顔を出して話を通しておくべき案件でしょうかねぇ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る