第28章 ── 第32話

 砂丘の上から全体を眺める。


 眼下に広がる砂の絨毯の上にワラワラと不揃いな武装で固めた三〇〇人くらいの集団がヴィクトールが率いるセントブリーグ軍と対峙している。


 ヴィクトールの軍勢はあれからかなりの人間が集まった為、総勢六〇〇人以上になっている。敵軍のおよそ二倍の戦力を誇っているわけだ。

 完封するつもりなら三倍は欲しかったところだが、そこは人口の少ないアゼルバードなので仕方がない。


 他の町連合の兵は既に怯えているのが手にとるように解ってしまうのが哀れに思える。

 そんな集団の戦闘に青いマントにて比較的状態の良いブレスト・アーマーを装備した指揮官らしき男がいた。


「私はアゼルバード王国正当後継者第二王子のアルジャン・アス・ヌールハーンである!

 私は我が国の民を飢えから救うために行動している!

 我らの行く手を阻むなら、死を持って償わせるぞ!」


 言葉だけは勇ましい。

 だが、彼の目は焦燥と恐怖の色が隠せていない。

 彼の軍隊は、四つの町から寄せ集めた急造集団で完全に掌握できているとは言えないのだ。


 統率の取れた二倍以上の勢力を誇る敵軍を前にしては仕方ないとは思う。

 士気の程を比べても明らかに彼の軍の方が低い。


 それでも戦おうとする勇気は称賛に値すると言い出す人もいそうだが、これは自キャラのメインスキルが無茶、無理、無謀の三段コンボしかないようなものだ。


 俺は魔法装置のスイッチを入れた。


 すると、両陣営から「おお」と声が上がる。

 ただ、双方の声色は対照的だ。

 ヴィクトールの軍勢は歓喜に似た雰囲気があるが、アルジャンの軍勢は羨望、嫉妬、諦めなど、様々な声色が含まれている。


 それもそのはず、綺麗に着飾ったファーディヤの巨大な立体映像が両軍の間に現れたのだから。

 アルジャンは立体映像を見た瞬間苦り切った顔になった。


「今、戦闘を始めようとしている皆さん。少しだけ私の話を聞いてください」

「わが祖国を滅亡に追いやっておきながら、今更何を言うつもりだ!」


 アルジャンの叫ぶような声に、セントブリーグ軍からは怒気を含んだ罵声が沸き起こる。もちろん小さな嘲笑もところどころで漏れたのが俺の聞き耳スキルは拾ってくる。


「私の神々の呪いは冤罪です。

 それはアルジャン兄様が描いた陰謀だったのです。

 兄王子のアルジャンは、父と兄が不仲なのを利用し、父がまつりごとを行う為に必要な国璽こくじを盗み出しました。

 父である王は長兄のアクトゥルを疑い糾弾し、父と子の仲は決定的に決裂するに至ったのです」


 アルジャンの顔色は土気色に染まっている。


「だ、黙れ!

 言うに事欠いて……

 愚妹だとは思っていたが、この兄をそこまで貶めるとは!

 許さんぞ!!」


 反論すらできず、ただ怒っている様が周囲には余計自身の悪事を肯定しているようにしか見えないんだが……


「幸い、私を助けてくれる方が大勢いてくれたので、私は心健やかに今まで生きてこられました。

 レオンハート商会のヴィクトール、ありがとうございます」


 はい。情報戦の第二段階ですな。


 ファーディヤの立体映像がヴィクトールがいかに自分の願いである「王国の安寧」を親身になって影で支えてくれたのかを説明した。


「今では王都セントブリーグには飢えた者は一人もおりません。

 子供たちも青空教室ではありますが、学び舎に通うことができるようになりました」


 そう。アゼルバードが滅亡寸前だというのに未だに生き残っている理由がコレですよ。

 アゼルバードは建国以来継続して全ての子供に生きるための教育を施すという政策を行ってきたのだ。

 現実社会の教育とは大分違うが、手に職を身に着けさせるために、様々な職に就く者を日毎に連れてきて子供たちに講義して聞かせていたという。

 子供たちはその教育のおかげで七~八歳くらいになると見習い職に就けるようになるそうだ。

 もっとも講師を引き受ける者たちも筋の良い子供に目をつけておけるので率先して講師役をやっている。


 大変素晴らしい社会システムです。

 教育は本当に大事なので、ウチの領地にも是非導入を検討したい。


「さて、あなた方の町は何をしているのでしょうか?

 聞くところによりますと我が国の守護神様の眷属たる聖獣を食料にしようと軍隊を派遣していると……」


 ファーディヤは、大きく「はぁ」と溜息を吐いて見せる。


「飢えを凌ぎたい一心で守護神様の加護を捨てるような行いに賛同するとは……」


 目を伏せたファーディヤを見たアルジャンの兵士たちに膝を屈する者が現れる。


「何故、セントブリーグを頼っていただけなかったのでしょう……

 いえ、これは私の不徳の致すところかと存じます。

 それを恥ずかしく、そして悲しく思います。本当にごめんなさい」


 目に涙を溜めるファーディヤを見た両軍の兵士が鼻をすすり始めました。

 名演技ですな。

 ここの演出は演技関連の神でもあるブリギーデの指導の賜物ですね。

 やはり神の加護持ちパネェな。


「な、何をいうか!

 その飢えを満たせずに今まで来たのは貴様も同じではないか!

 他の町の飢えも満たせるなら、何故物資を他の町にも提供しなかった!」


 王子は支配者階級の者として、そして現在の指導者として今まで責任を全うできてなかったのに、妹にそれを押し付けようとする始末。


「うるさい黙れ!」


 アルジャン陣営のどこからか、そんな声が響き渡った。


 アルジャンは声のした方向にものすごい形相で振り返ったが、誰が発言したのかが解らない。


「誰だ!? 今言ったのは誰だ!?」


 アルジャンがそうに兵士に詰め寄るが、誰も返事をしない。

 逆に冷たい視線を向けられるばかりだ。


「我がセントブリーグにも食料が余っている訳ではありません。

 でも、何も食べられず、空腹を抱えて明日をも知れぬような事には私が致しません。

 今、大陸東に位置する大国の貴族様が支援を約束してくださっています。

 見てください」


 カメラが少し引くと、ファーディヤの後ろには大量の木箱が積んであるのが映る。


「これは支援物資だと大国の貴族様が我らアゼルバードに提供してくれたものです」


 ファーディヤは木箱の一つを開ける。

 中には固そうな黒パンがギッシリと詰まっている。


 今写っている物資は、俺のインベントリバッグに入っている帝国から接収した軍事物資だ。

 未だに大量にあるので、出せる所で出しておこうという意味でアゼルバードに提供したものだ。

 保存糧食、医薬品、陣幕用の布地など、様々なモノが木箱には詰め込まれているので、こういう非常時には役に立つのです。


 さっきの黒パンはトウモロコシの粉も使ったヤツですので味はイマイチですが、アゼルバードの民にはご馳走に見えるだろう。


「こちらの箱は……」


 もう一つ箱を開けると陣幕テント用の布が大量に入っている。


「この布は少し厚いですが、服にしてもいいかもしれませんね」


 こんな暑い国で何を言っていると思うヤツもいるかもしれんが、砂漠で素肌に直射日光を受けるのは愚かだ。

 砂漠の民であれば当然知っている知識だが、肝心の布はティエルローゼに於いて非常に高い。

 貧困に喘ぐアゼルバードの貧民が買えるはずもない。


 ファーディヤはどんな境遇だったにせよ王族なので知らないようだが、陣幕テント用の幌布だとしても彼ら貧しい者には垂涎すいぜんの品である。

 貧しい者たちなら子供に服を作ってやれずに死なせた経験が大抵あるような国なのだ。


「今、武器を捨てセントブリーグに恭順するなら、私……いえ、王族に弓を引いた事は不問、そしてこの物資は全てあなた達のモノになります」


 アルジャンに胸ぐらを掴まれている兵士がファーディヤの立体映像を見ている。

 アルジャンの声などもう耳に届いていない。

 そして、その兵士の手から力が抜け、握っていた武器がコロリと砂の大地に転がった。


 それを見たアルジャンは砂丘を転がっていく武器をみて絶望の表情になるや、腰に下げた剣を抜く。

 そしてそのまま目の前の兵士に振りかぶり切り裂いた。


「ぎゃあ!!」


 兵士の絶叫が周囲に木霊する。


「ハリス! アナベル!!」


 俺が呼ぶと、ハリスは一瞬で影に沈み、切り倒された兵士を回収して戻ってくる。

 血が吹き出る兵士にアナベルが間髪入れずに回復ヒールの魔法を掛ける。


 お二人ともグッジョブ。

 見事な連携プレイですな。


 一部始終を見ていた他の町同盟の兵士たちは、一瞬固まっていたが怒号を上げてアルジャンに襲いかかった。


「殺すな!!!」


 俺の大声が戦場に響き渡る。

 俺の声は、俺が込めれば強制コウアージョンの効果が付与できる。

 少々の打撲と裂傷を受けたが、当然のようにアルジャンは殺されずに済んだ。


 ここで死なせては今後の利用価値がなくなってしまう。

 まずはアゼルバードが滅びかけた元凶として立派に役目を果たしてもらわなければならない。

 ついでに神々の呪いの発現者に仕立ててしまわねば。


 ふと見ると他の町同盟の兵士たちの後ろの方にコソコソと戦場から逃げ出そうとしている数人の男を発見。

 ハリスに命じて捕らえさせたら他の町の商人たちでした。

 こいつらがアルジャンを焚き付けたというか、肩入れしていたヤツらだね。

 国璽こくじを自由に使える立場を欲した欲深い奴らですよ。

 後でヴィクトールに引き渡してやろうかね。

 政治的にも使えそうだしな。


 他の町同盟の兵士たちは指揮官であるヴィクトールの前に武装解除して跪く。

 アルジャンはロープでグルグル巻きにされて引っ立てられ、ヴィクトールの前で熱く焼ける砂地へと頭を押しつけられ「やめろぉ!!」と騒いでいる。


 少々拷問くさいけど仕方ないね。

 誰に自分が従わなければならないか教え込まなくちゃだしね。

 ただ、アナベルの治癒魔法が勿体ないから死なない程度でお願いします。


 今回の戦争は、戦闘らしい戦闘もなく敵軍の降伏で幕を閉じた。


 まあ、情報戦で片が付く程度の小競り合いですからねぇ。

 相手の構成員が何を欲しているかのリサーチをしっかりとやれば、こんなもんです。


 食い物と着るもの。

 人間が生きる上で必要な衣食住の二つの要素をチラつかせただけなんですけどね。

 ハリスやアラクネイア、トリエン情報局の面々の仕入れてきた情報で、他の町ではコレが決定的に不足していたんだよね。

 アルジャンの最悪な行動が引き金だったにしろ、兵士の離反はかなり楽ちんでしたね。


 セントブリーグの方はヴィクトールのレオンハート商会と協力している業者たちの尽力のおかげで物資はギリギリ足りている程度だったけど、足りてない敵の陣営よりも統率が強固になるのは当たり前ではあるよね。


 ま、俺と仲間たちが画策してなかったら、ここまで平和裏に事は収まらなかっただろうから、褒めてくれていいよ!

 いや、褒めろ。

 俺ってすげぇだろ!


 つーか、俺よ。

 自画自賛うぜぇ。


 と一人ボケツッコミをしてみた。

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