第28章 ── 第31話

 事の真相が発表されてから、およそ二週間で俺の想定した状況が作り出された。

 普通なら支配者に不都合な噂は規制されたりするのだが、アゼルバードには力のある支配者はいないので「人の口には戸は立てられぬ」の言葉通り、真相は町々に拡散されてしまった。


 そして例の第二王子の行動の速さから推測するに、真相はよほど都合が悪かったらしい。


 実際、第二王子の画策によってアゼルバードがここまで崩壊したともいえるのだから当然で、全て人身御供であるファーディヤの所為でなければならないと考えているんだろう。


 国王と第一王子の不仲の折に国璽こくじを盗み出せば第一王子が疑われるのは自明の理だし、そのような状況で誇り高い王子が折れるはずもなく、行く末としては行き着く所まで行ってしまうのは誰でも予測できる事だ。


 第二王子の悪事によって王国の崩壊が始まった以上、彼にしてみれば真実は隠しておきたいに違いない。

 彼の周りには反乱を起こした王子、そして不幸を呼ぶと噂される妹がいた。

 だからこそ、彼は疑われることもなく自分の罪を兄弟たちに擦り付けられた。

 種明かししてみたら案外安直な陰謀だったという印象だね。


 まあ、その行動が自分が王になりたかったというのもあったのかもしれないが、最大の要因が女神の暴走だったとなると頭の痛い問題ではある。

 彼の罪は明白なのだが、女神にそそのかされている以上、神界の威信に少なからず傷がつく可能性が出てくる。

 神の力はティエルローゼ人たちの信仰心に支えられているのだから、神々への不信は神界全体の危機を招くことになるし、少々頭が痛いね。


 なので、俺たちの目指すところは第二王子が犯した罪を全て本人に返すと同時にファーディヤの厄介な権能がもたらした不幸も彼に押し付ける事にする。

 且つ、プロセナスの存在は隠し通す事に。


 必要になった国璽こくじをハリスに持ってきてもらうだけのつもりだったんだけどプロセナスごと攫ってきてしまったので、このまま女神勢は秘匿する方向で進める事に決まったワケ。


 表立った神の活動は自粛する事になるけど、神々の力はもちろん使わせて頂きましょう。


 既に人間に化けて一〇年以上活動していたブリギーデは、セントブリーグで

そのまま活動させて士気を高めさせます。

 彼女の力は呪歌じゅか呪踊じゅようの効果も付与されるので非情に効果的です。

 うまい具合にヴィクトル率いるレオンハート商会、第二王女ファーディヤの評判はうなぎのぼりですよ。

 この成功には幸運の女神フォルナの力も大きく作用していると思う。


 で、プロセナスですが、彼女も俺が神の後継である事などを知って俺の役に立ちたいと言い出すのは当然なのだが、第二王子に彼女がファーディヤの手のものだったなんて思われては色々と悪い噂を流されそうだし、それは困るので表には出さない事になったのである。

 愛が憎悪に一八〇度ベクトルが変わることは、どの時代でも、どの地域でも、どの世界でも良くある事らしいので、用心しておくに越したことはないのである。


 ただ、プロセナスは目立つこと、人に傅かれる事が非情に大好きな困った女神なので、それを抑えるのにかなり苦労しているのが現状である。

 とっとと神界に送還して彼女の姉たちに引き渡した方が楽なのだが、それをしてしまうと全ての女神が神界に戻ることになってしまうので、色々と面倒臭くなるから送還は保留しているのですよ。


 ま、俺が動いている以上、神界勢は状況を既に把握しているハズだけど、俺の意向に口を挟まない姿勢をとっているのだろう。

 助かる反面、借りを作っている気もしなくもない。

 ただ、四勢力の神グループには、かなりの貸しを作れそうなのでプラマイゼロのトントンと考えている。


 第二王子たちが予定よりも早い段階で動き出したおかげで、計画を前倒しで実行できますな。


 実際はあと一ヶ月くらいは掛かるんじゃないかと思ってたんだが、ファーディヤ聖女計画が相当堪えたみたいですなぁ。


「ハリス」


 俺が呼ぶと、影からハリスがさり気なく現れる。


「計画の第二段階だ。アルジャン王子の悪い噂を流し始めてくれ」

「承知……」

「これも上手くいきますか?」


 ハリスと一緒に現れたアラクネイアが心配そうに口を開く。


「悪事千里を走るといってな。悪い噂の広まるのは凄い早いんだよ」

「おー、本日二つ目の素敵用語じゃ!」


 ニヤリと笑う俺の言葉尻に乗るマリスはこめかみをグリグリされても全くめげない強者ですなぁ……さすがは鉄壁美少女か。


「今度は、ファーディヤではなく王子に悪評がついて回るようになるし、彼にはファーディヤの一〇年近い心労をそのまま追体験してもらおうかね」


 心底可笑しそうに笑いながらアモンがお茶をいれている。

 流石に肩を揺らしながらお茶をカップに注ぐのは難しいようで、変な所で苦労している。


「ククク……それは中々痛快な企みでございますね」

「それも致し方あるまい。

 彼の者は、我が主をどこの馬の骨とも知れぬ偽貴族と呼んだとアラクネイアが報告してきておりましたからな」


 アラクネイアのまとめていた報告書を呼んだらしいフラウロスが憤慨しつつ鼻を鳴らす。


「ほう。それは聞き捨てならん情報だね」


 アモンの瞳孔が縦割れの異様な状態になる。

 つられるようにマリスさんまで縦割れ瞳孔に……


「まあ、落ち着け。

 それを後悔するほどに地獄を見せてやればいい」

「それは名案じゃな。さすがはケントじゃ」


 縦瞳孔のまま満面の笑みを浮かべるマリスさんがかなり怖いです。


「まあ、どんな地獄が待っているかは、アゼルバードの国民に決めてもらえばいい。

 かなり愉快な地獄が用意されるんじゃないかな?」


 話によればアゼルバードの拷問刑は結構陰惨なモノが多いらしい。

 スプラッタとか血が飛び散るような場面があまり好きじゃない俺としては、詳しい拷問方法までは聞かないようにしている。


 イメージできちゃうと映像が脳裏に浮かぶしねぇ……


 そうそう。

 知恵の女神メティシアだが、こいつもアーネンエルベ時代の某遺跡群の一つからハリスに攫って来てもらいました。

 彼女は「発掘王に私はなるのだ!」とかワケのワカラン事を口走るちょっと変わった女神でした。


 人魔大戦を経験した女神は四柱の内ブリギーデくらいで、後の三柱は大戦未体験の比較的若い女神たちだそうだが、その中でもメティシアが一番若い。

 レベルも七五しかないし、容姿も一〇歳くらいでエマやマリスと同じくらいだ。


 彼女はアーネンエルベ魔導王国時代の後に生み出された存在なので、魔導王国の遺跡が見たくて下界に来て早々に砂漠へと繰り出したらしい。

 ついでに他の女神に協力した理由は、人体錬成実験をしたかっただけだそうだ。

 その理由に怒る気も失せたほどに呆れたと言っておく。


 ただ、知恵の女神の一柱なので、相当に頭は切れる。

 実行中の計画手順や準備などをまとめたのは女神メティシアだ。

 今回、予定は若干早まったが、彼女の計画に隙はない。

 成功率が若干上下する程度で計画は滞りなく推移するだろう。


 で、当の知恵の女神ですが、エマが読んでいた俺が書いた魔法術式集を見て大興奮し、エマを教師にして砂漠で魔法実験をしてくるとかで外出中だったりする。


 基本的に子供で何にでも興味を示す女神だが、エマが一緒なら大丈夫だと思う。

 見た目は八歳程度の幼女だが、中身は二〇歳を越えた成人女性だし、お姉さんキャラだから幼女キャラは上手くぎょすと信じている。

 もちろん、御目付役兼護衛としてトリシアを付けているのは安全装置って意味合いが強いのだが。


 しばらく魔法道具の開発に専念していると、トリシアから報告が入った。


「ケント、ちょっといいか」


 パーティ・チャットなので、いきなり声を掛けられるとビクッとなる。

 小心者のさがだから仕方ないが、俺の護衛を自称するマリスさんにニヤッとされるのが不本意です。


「どうした?」

「メティシアの魔法実験を町の者や行商人に見られているんだが問題ないか?」

「何の実験をしているんだ?」

「まず……砂を魔法で岩塊にし、それを造形して人形にしてゴーレムを作り出している」

「ほう。

 それは新生アゼルバードが立ち上がった時に貸し出すのに使えそうだね」

「いや、無理だな」


 俺が後で利用できそうと口にした瞬間に否定された。


「え? 無理なの?」

「作った先から破壊しているからな」

「は?」


 トリシアの話によると、作り出したストーン・ゴーレムの耐久度を調べるという名目でメティシアの攻撃魔法とエマの攻撃魔法の標的にされているらしい。


 なんという勿体ない所業でしょうか。

 材質が無尽蔵にある砂を素材とした石だとしても人造ゴーレムは金貨一〇万枚以上の価値があるんですが……

 まあ、作った本人が納得ずくで破壊しているのなら、誰も止めようがないんですけどね。


 ただ、ストーン・ゴーレムを殲滅できる程の魔法の使い手がセントブリーグ陣営にいる事が他の町にバレるのは間違いない。


 それも敵軍兵士の士気を挫くのに一躍買いそうではあるな。


 魔法使いスペル・キャスターが貴重な世界だけに、魔法は何でもできると思っている人間は多い。

 俺もその一人だが……


 そして、高レベル魔法使いスペル・キャスターという存在は想像すらできない超常の力を実際に自由自在に行使する事ができる。

 敵軍にそう思わせられたら、こちらの軍の被害は確実に減らせるだろう。


 しかし、それを行っているのが知恵の女神の一柱となると話は別かもしれん。

 イルシスに準ずる神だから、どんな魔法が生み出されるか解ったもんじゃない。

 新たなセンテンスとか生み出されかねないしな。


「エマは何をしている?」

「一緒に魔法を撃っているが……」

「ふむ……

 事態は了解した。少しだけ自重させてくれ。

 まあ、ストーン・ゴーレムを倒す程度なら大した魔法は必要ないだろうけど、敵に流れる情報でこっちが強力すぎるとなったら、相手の動きに影響がでかねない」

「了解だ。そのように伝える」


 トリシアの返事を聞いて、俺は付け加えた。


「もし新しいセンテンスをメティシアが生み出すようならエマにメモさせておいてくれ」

「それは私も是非手元に置いておきたいのだが?」


 トリシアも魔法が使えるので気持ちはわかる。

 というか、エマがあまり自重してないのは、彼女もそれが目当てのような気がする。

 エマは魔法に関して俺と考えが似ているところあるからね。


「それは構わないよ。

 エマにしろトリシアにしろ、女神のお守りなんて役目を押し付けられているんだし、そのくらいの役得は何の問題もないよ」


 俺がそう言うとトリシアは口笛を吹いて驚きを示す。


「気前がいいな。新しいセンテンスってのは魔法道具なんて比べ物にならない程の価値があるものなんだがな」


 そうなの?

 でも使われないんじゃ何の意味もないし、そのセンテンスが使える特性を持っていなければもっと意味がないじゃん。


 ただ、どんなセンテンスにしろ、知っておいて損はないと思うのでメモは必須だと思うワケですが。

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