第28章 ── 第30話

 部屋に籠もり、今回の計画で使おうと思っている魔法道具の制作をしていると、ノックと共にヴィクトールが入ってきた。


「辺境伯さま、新しい情報が入ってまいりました。

 どうやらステックロルスの街を中心として軍隊が動き出したようでございます」


 計画通りなのでヴィクトールはニコニコ顔だ。


「やっとか。

 もう少し早いと思ってたんだけどな」

「レベッカさまの手の者からの情報でございます。

 あと一週間程度でロック鳥の巣へ到達するとの事です」

「ふむ……一週間か。

 では迎撃準備をして出発してくれ。

 えーと……」


 俺は作業しているテーブルとは別の地図が広げられているテーブルに歩いていく。


「ステックロルスから主力が出たとすると……」


 指で街道の線を


「他の街の軍隊と合流する地点はここになるんだろうね?」


 ロック鳥の巣と各街の中間地点となる街道のあたりで俺は指を止める。


「多分そうなるでしょう。

 人の手の入っていない砂漠がロック鳥の巣のある場所まで一番短くなるのがこの地点となりますから」


 彼の言う「人の手の入ってない砂漠」というのは、「毒素がてんこ盛りな砂漠」って意味だ。


 手を入れる事で毒素を抜く事はできなくもないのだが、抜いた大量の毒素で人が死んでしまうのでは本末転倒といえる。

 この毒素は少量ならば服を漂白するような事にも利用できるが、その程度の作業で広大な砂漠の毒を全て抜くには万年単位で掛かる大事業になる。

 そんな先の見えない事業に誰が金も手間も掛けるのだろうか。


 まあ、俺ならそこまで掛からずにできると思うんだけど、まだその方法を考えついてないんだよね。

 まずは、サンプルを工房に持ち帰って色々実験してからにしたい。


「では、明日までに隊に通達して出発する事。

 セントブリーグからなら二日の距離だから、あっちが完全に集結する前に側背を突けるね」

「はい。左様手配します。

 ところで辺境伯さま……」

「ん? 何だい?」

「あちらのテーブルは何をしていらっしゃるのでしょうか?」

「ああ、アレは魔法道具を作っているんだよ」


 キラリとヴィクトールの目が輝く。


「今回の作戦に使う予定でね。

 使い終わったらアゼルバード王国に進呈しよう」

「おお、ありがたき幸せ!」


 既に影の支配者として活動を開始しているので自分の手に入ったような喜び用ですな。


「まあ、後で説明するけど、売って金にするとか止めてね」

「勿論でございます。

 で、どのような魔法道具なのでしょうか?」

「えーと、こっちの装置を向けた風景とか人物を、こっちの装置の上に大きく立体映像で映し出す装置だな」


 取り込んだ三次元データを指定した空間にそのまま映写する装置は現実世界では珍しくもない技術だが、こっちの世界にはないモノだ。

 魔法で再現できそうなので作っているわけ。


「こいつを使って敵軍にファーディヤの演説を見せてやろうと思ってね」


 俺はニヤリと笑う。


「それはまた突拍子もない考えでございますね……」

「だが、凄いインパクトを与えることになるだろうね。

 それでなくてもばら撒いた『真相』の影響が出始めている。

 奴らが慌てて動き出した理由だろ?」

「そうですね。

 こんなに上手くいくとは思いませんでした」

「そりゃ人間、信じたい情報を信じるからだよ。

 セントブリーグの繁栄は旅商人によって他の街にも広まっている。

 他人の成功を羨ましく思うヤツにとっては、実はファーディヤが神の祝福を受けた選ばれた支配者だという噂の方が真実味があるのさ」


 まさに情報による敵対勢力への攻撃だ。

 俗にプロパガンダと呼ばれる情報戦略の基本だが、情報の大切さが理解されていない世界の住人にベクトルを持つ情報の流布の凄さは解らんだろうなぁ。


「間違いなくファーディヤの演説を見た敵陣は浮足立つのは間違いない。

 統制の取れていない軍隊は、ただの烏合の衆でしかないからね。

 あまり訓練が行き届いていないセントブリーグ軍でも楽に戦えるはずだよ」

「こちらの死傷する者が減るのは助かるのですが、できればあちら側の兵も死なせたくありませんね」

「そりゃねぇ。

 だけど、その辺りを訓練不足の兵隊どもに徹底させるのはかなり難しいぞ?」

「多少の人死が出るのは仕方ないとは考えています」


 まあ、俺は戦争は嫌いなので大量に兵隊が死に始める前に決着を付けますよ。


 そんな話をしているとブリギーデがやってきた。


「お世継ぎ様、少々よろしいでしょうか?」

「何? また何か言ってるの?」

「はい……」


 ブリギーデが困り顔で顎に手を当てる。


「ふむ。ではこう言ってやれ。

 次、駄々をこねるようなら、神としての力を剥奪しその容姿を醜女にして人間に転生させてやるとな」

「ひいっ」


 ブリギーデから悲鳴が漏れる。

 まあ、今現在俺にそんな能力はないんだが「創造神の後継」として俺を認識した彼女ら女神たちには効果てきめんなんだよねぇ……


 今回、ファーディヤと正式な契約書面を取り交わす為に、国璽こくじをハリスに取ってきてもらったんだが、彼はプロセナスごと攫ってきてしまったんだよね。


 ハリス曰く「女性の懐から……モノを取るのが……少々面倒だった……から……」と言われてしまえば仕方ない。

 妖艶な美女であるプロセナスの巨乳に手を埋めるのは男としては些か心躍る気がするが、彼女は美の女神なので籠絡される可能性を否定できないので「触らぬ神に祟りなし」を実践したわけだね。


 ハリスの元恋人はアナベルを凌ぐ巨乳だったそうなので免疫がありそうなもんだけどな……ハリスって結構紳士なんだね。


「で、ファーディヤの様子はどうだ?」

「はい。以前と比べると格段と明るくおなりですね。

 今では『神々の呪い』を受けし王女などと陰口を叩く者すらいなくなりました」


 俺はニヤリと笑った。

 それを見てヴィクトールは苦笑を浮かべる。


「噂には聞いた辺境伯さまの逸話の数々が真実なのだと今では完全に信じることができます」

「まあ、本気だしたらもっと凄いんだけど『能ある鷹は爪を隠す』んだよ」

「何じゃと!? ケントの世界の格言じゃな!?」


 壁際のソファの上でゴロゴロしていたマリスに久々に食いつかれた。


 そのうちドーンヴァースにリンクして、インターネットから格言集でも纏めて渡した方が良さそうだな。

 しかし、そんな事をするとマリスが格言を多様してトンチンカンな用法をするキャラになるのが目に見えるんだよなぁ。

 アニメにトンチンカンな格言を使うキャラっているじゃん。

 マリスにそのキャラが似合うか考えると少々躊躇しちゃうんだよね。


「マリス。今回の件が終わったらそのまま南下して世界樹の森に入るからね。

 君の故郷に寄って古代竜たちと会合をしておきたんだよ」

「おう。我の実家に来るのじゃな!?

 父と母、兄に挨拶周りじゃ。中々熱い展開じゃ!」


 いや、別にお付き合いしていますとかいう挨拶じゃないので熱い展開にはならないと思いたいんだが。


「じゃが気をつけるのじゃ。我が祖父は難敵ぞ」

「む。そうなのか?」

「我を氏族の長にしようと画策する老獪な邪竜じゃと考えるとよろしいのじゃ」

「邪竜なのかよ! 討伐していい?」

「構わんぞ」

「構わんのかよ!」


 あっけらかんと言い放つマリスがどこまで本気なのか解りません。

 ただ、相当マリスを可愛がっていたらしいので、孫ラブな爺の鬱陶しさは想像できる気がする。

 多分「孫はやらん!」とか言い出すキャラに違いない。

 そんな気は毛頭ないが……


 いやまて。

 半ドラゴン化した時の彼女から推察すると、マリスさんは成人認定されて成長したら相当な巨乳美女が約束されているのでツバは付けといた方がいいかもしれん。


「なんかイヤらしい事を夢想中かや?」


 あどけない顔で俺が「ムフフ」顔をしているのを見て指摘してくるマリスさんに困ってしまいます。


「そんな事はあるが、そういうのは見て見ぬ振りをするのが淑女のマナーでございますよ、マリスさん」

「ふむ。目がアナベルの巨大な胸を見ている時と同じ感じじゃったし……

 図星じゃったのじゃなぁ。

 これは失敬」


 テヘッと舌を出すマリスさんのこめかみを両拳でグリグリ制裁しておく。


「あうあう……止めるのじゃ」

「では準備でき次第、私も出発致します」


 俺たちの微笑ましいやり取りを静かに見ていたヴィクトールが、キリが良さそうと見たようで口を開いた。


「やはり一緒に行くのか」

「はい。この目で行く末を見なければなりませんので」

「普通、旗頭たる者は後方に控えているものなんだけどねぇ」

「私はそんな偉くはないので……

 兵士たちと同じ飯を食べておきたいのです」


 彼の言いたいことは解る。

 影の支配者といえば聞こえは良いが、彼がこの国の舵取りをする決心をしたのは、アゼルバード王国という第二の故郷を失いたくないという理由からだ。

 別に人の上に立ちたいとかいう欲求からではない。

 国の存続が確定すれば、他の平民と同じように生活していくつもりらしい。


 ただ、ファーディヤ一人で国を動かして行くことはできないだろうから、影の支配者として彼女のバックアップをしていくと約束している。

 一応、アゼルバード王国の運営は彼にとっては「神の試練」なので疎かにはしないだろうと思うよ。


 俺も少々手を貸してやるつもりなので大丈夫じゃないかな。

 まず、四〇体ほどのストーン・ゴーレムを貸し出す事は確定済みなので、ファーディヤの住まう場所の防衛は完璧になるはず。

 本当は買い取ってもらいたかったんだが、とても払いきれないと言われてしまったので五〇年リースの契約です。


 あと、例の発掘権の契約ですが、契約者の主体はファーディヤになってるけど、ヴィクトールの名前が契約書に列記されているのでこれが国民にバレると首謀者の一人とみなされます。

 ま、どうみても領土の切り売りをしているように見えるから、他者には極秘事項ですな。

 もちろん発掘する時は秘密裏に行うように要請はされたのでそのようにしますけどね。


 発掘の際には経験者を連れて行く予定なので大丈夫でしょう。

 誰を連れて行くって?

 アリーゼに決まってるじゃないですか。


 彼女は古代遺跡発掘者としてのキャリアがありますし、古代の遺物アーティファクトの取り扱いも知ってるし、親父どのから隠れて発掘していただけあって、発掘チームを秘密裏に組織する事も心得ているのですよ。

 意図していなかったにしろ、うってつけの人員を既に雇っていたのです。


 俺の抜け目の無さも神がかってると思わない?

 変なところに神の片鱗を感じさせて申し訳ないんだけどね。

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