第28章 ── 第29話

 様々な準備と根回しを終え、ちょうど一週間後にセントブリーグでヴィクトールのレオンハート商会から現在の街の状況と様々な出来事の顛末が発表された。

 いわゆる様々な噂における事のってヤツだ。


 ちなみに、この準備はハリス、アラクネイアを筆頭に、レベッカとトリエン情報局員の面々も動員して用意周到に進められた。


 一週間も掛けて練り上げられて仕込みまでしてあるので、物語や様々な事象の矛盾点などは一切ない。

 内乱での戦闘など数多い事件シーンにおける実際の目撃者の記憶すら手玉に取る見事な出来である。


 の流布直後は「嘘だろう」とか「信じられない」とかいう意見が大半を占めていたのだが、時がたつに連れ、この「事の真相」における顛末に補強証言や状況証拠などが発見されたり、物事の流れの辻褄が合うなど住民が信じ始める。

 その後、着飾ったファーディヤがレオンハート商会の施設にて住民にお披露目された時はセントブリーグの住民のほぼ全てが納得するに至った。

 それだけファーディヤの美しさや儚げな様子が住民たちの心を捉えたって事ですな。

 ちなみに、ここまでで二週間も経っていない。

 民衆とは現金なモノである。

 お膳立てされた虚飾にまみれた偶像だろうと、信じ込んでしまうのだから。


 まあ、まだまだ砂上の楼閣ではあるが、今後も失敗のない安定した治世さえ約束できるなら堅固な本物の石造りの楼閣に変わっていくだろう。


 この「事の真相」は後々「アゼルバード王国顛末記」という本に纏められ、アゼルバード王国の正式な歴史書として、周辺各国にも広められることになるがそれは別の話だ。


 この情報は噂として他の街にも伝わり始め、他の街同盟の協力体制が不安定化し始めた。

 神々の呪いがファーディヤに由来するものではなく他の王族に掛かったモノという噂はかなりのインパクトで迎えられたのだ。

 何故ならセントブリーグの安定感は他の街を圧倒しているし、とても神々の呪いを受けた人物を擁立しているようには見えないのだから仕方ない。


 そして、その街には他国の後ろ盾まで得た王家の者が戻ってきた。

 小国ながら長いアゼルバード王国の王家を慕う民衆たちは少なからずいる。

 当代の王たちが愚王だったからといって、王国の全ての歴史が否定されるものではない。

 それどころか、噂では王国史でも最も神に愛され影響力を持つ王族が出現したという噂は甘美な美酒に似たものでもあったのだ。


 他の街連合を率いていた商人たちは相当焦ったようである。

 早い内に自分たちの治める民衆たちの希望を叶えねばならなくなった。

 要は食料配給を急かされた訳だ。


 しかし、ロック鳥の討伐へ向かうにはまだまだ掛かる。

 何せ砂漠のど真ん中への遠征になるのだから、水や食料、毒となる砂への対処など様々な準備が必要なのだ。


 だが、今回の「事の真相」の流布は、討伐計画を前倒しして行わなければならないほどの影響を民衆に与え、今や抑えられないほどの緊張が燻っているほどになった。





 アゼルバード王国第二の街ステックロルスの一番大きな宿屋の最上階に、何人かの商人と比較的身なりの良い男と綺羅びやかに着飾った女が顔を突き合わせていた。


「大変な事になりました、殿下」

「よもや妹君が台頭して来ようとは思いませなんだ」


 不機嫌そうな男が椅子に持たれて商人たちの話に耳を傾けている。


 彼はアゼルバード王国第二王子の肩書を持つ人物である。

 彼の横には妖艶な美女が一人、王子に撓垂しなだれ掛かっている。


「ふふ、アルジャン王子。お気にする必要はありませんよ」


 美女が耳元で囁くと、第二王子アルジャンは「ふん」と鼻をならす。


「ファーディヤか。

 あいつは禄に父にも母にも構ってもらえなかった味噌っかすのはずだぞ。

 それが噂ではまるで聖女のようではないか。

 今流れている話通りの女なワケががない。

 何せ教育も殆どされていなかった愚妹なのだぞ?」


 アルジャンの言葉に商人たちは頷く。


「神々の呪いを受けた王女殿下などを担ぎ出したとしましたら……

 セントブリーグは既に滅ぶ直前のような状態のはず。

 プロセナス様の言う通り気にする事もないのかも知れません」


 プロセナスはプロセナスと名乗り、王子を手懐けた美女としてこの街では有名な人物となっている。


 プロセナスは女神である自分の能力を当然ながら一切疑っていない。

 指導者を手懐けている以上、彼女に逆らう者など皆無である。

 プロセナスは人に傅かれるのが大好きである。


 彼女は美を体現する神々の末妹でワガママに育ったため、神界に押し込められたままなのが我慢ならなかったのだ。

 下界に降臨すれば人間どもからいくらでも持て囃されるのだ。


 その為に他の三柱の女神たちに他愛ない世間話を焚き付け、一緒に下界に降りてきたのである。

 一人では降りてこられない程度の小心の女神なのだが、小狡さは天下一品だったという事だろうか。


 地上に降りたプロセナスは、まずは有力者の横にいれば思う存分贅沢な暮らしと選り取り見取りの男を調達できると考え、アルジャンを籠絡した。

 この支配者層のいない滅びかけた国であれ、王子という肩書は利用価値が高い。

 金を持つ商人に正当な商業権を与えられる人物だからだ。

 このアルジャン、先の内乱のどさくさに紛れ国璽こくじを盗み出してきた人物である。

 その国璽こくじは今やプロセナスのオネダリで彼女のモノになっている。

 そう。既にプロセナスは王国の支配権を握ったも同然なのである。


 あとは国民たる民衆を従わせるだけなのだ。

 にも関わらず、民衆の心を奪う決定的な餌となる計画の準備に時間を浪費されていた。


「その王女はきっと偽物よ。

 だって不幸を呼び寄せる壊滅的な加護ギフト持ちなんでしょう?」

「そう言われておりますし、実際に王女に掛かった呪いに関する噂は枚挙に暇がありません。

 王と第一王子が諍いを起こし、国がこのような惨状になったのもも第二王女殿下の仕業だと以前から言われておりますな」

「ならば、早く噂を払拭すればいいじゃない」

「そう言われましても……」


 そう言われた商人は難しい顔をして考え込んだ。

 要はプロセナスは処分してしまえと言っているのだが、本物にしろ偽物にしろ簡単なことではない。

 街一つといえど、最大の勢力を持つセントブリーグに刺客を送り込むにはリスクが高い。

 そこまで有能な暗殺者アサシンが国内に皆無という状況もある。

 有能な者たちは、既に国外に脱出していってしまっているのだから。


 となれば、セントブリーグ内の人間をこちら側に引き込んで実行させるのが一番楽なのではないだろうか。

 金と食料をチラつかせれば、この国の民衆は簡単に集まるのだ。


 そこまで考えて目を上げた商人は自分の目を疑った。

 今さっきまでいたプロセナスが一瞬で影に沈んで消えてしまったのだ。


「こ、これは一体何事が……」


 その言葉にアルジャンが反応しプロセナスがいた場所に目を向けた。


「プロセナス!?」


 忽然と消えた愛しの女が消えてしまい、王子は慌てて立ち上がった。





──別の街。


「待って!」

「待たねぇよ」


 女が一人旅支度の男に追いすがっている。


 彼女はこの国の第一王女だ。

 王女の生活をしていた頃とは違って、薄汚れたボロを纏っている。


「アトレーヤ……私を捨てないで……」

「この街はもう駄目だ。

 噂によればセントブリーグが復興し始めたらしい。

 俺はセントブリーグに行く」

「あそこは呪われた街よ!

 私は二度と行きたくないのよ……」


 泣き崩れる第一王女に男は哀れみの目を向ける。


「セスターシャ。昔の事は忘れろ。

 王家が崩壊したのはファーディヤ王女の所為ではないという噂だ」

「いえ! 絶対妹の所為なのよ! 私は見たの!

 あいつの身体から異様な力が発せられるのを!」


 彼女は確かに見たのだろう。

 ファーディヤの神の力の一端を。


 それを見た彼女が王都から逃げ出したのは仕方がないのかもしれない。

 着の身着のままで街の外に出たセスターシャを拾ったのがアトレーヤだ。

 それ以来、アトレーヤはセスターシャの世話をしてきた。

 彼は第一王女セスターシャの美しさと持ち出してきた宝石などの財産を元手に一端の商人になったのである。

 セスターシャはアトレーヤに非常に強く依存しており、彼に命じられれば客の相手すら厭わなかった。

 そのアトレーヤに今、捨てられようとしてるセスターシャは、本当に全てを失う瀬戸際まで来ているのだ。


「貴方はファーディヤの治める街に行きたいのね……」

「ああ、その方が商売がやりやすい。

 どうだ、セスターシャ……

 もう一度本気で考えてくれ。

 一緒に行かないか?」

「だ、駄目よ! あの街にはファーディヤが居るわ!!」


 アトレーヤとしては本当は連れていきたい。

 何せセントブリーグの支配者たる人物の実の姉のパートナーなのだ。

 だが、セスターシャは頑なに拒んだ。


 彼女は出会った頃から言っていた。

 ファーディヤの呪いが城で働く者に襲いかかった瞬間を見たと。

 ファーディヤのいる場所に行くのは絶対に嫌なのだと。

 あの光景が心の傷となってしまったと。


 かれこれ出会ってから七年にもなるが、未だに拒絶反応が凄い。

 アトレーヤとしては、今いる街よりもセントブリーグに行った方が間違いなく儲かると考えている。

 だが、この女と一緒ではセントブリーグで待つ商機をモノにできないとも思った。


 だからアトレーヤはセスターシャを捨てる事を決めたのだ。


 彼女が持ってきた財産分は保護してやったという自負もある。

 もう彼女から開放されてもいいはずだ。

 元王女を養うのも金が掛かるからな。


 今では既にボロしか着せることができないほどに金が尽きかけているのだ。

 なけなしの財産をかき集めてセントブリーグに行かねばアトレーヤの未来も閉ざされてしまう。


 泣き叫ぶセスターシャを振り切りアトレーヤは街道へ向かう方向へ駆け出した。


 過去に怯え、そして嘆き続ける女と手が切れてアトレーヤは心底ホッとした。


「これで俺の未来も開けるはずだ!」


 アトレーヤの足は軽やかに地面を蹴り、そして彼は輝かしい未来へ続く道を進んでいく。

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