第28章 ── 第28話
問題は山積みだが、最重要なのは他都市同盟との戦争をまず解決することだ。
このあたりはヴィクトールの掴んでいる情報とセントブリーグ側の防衛準備如何で臨機応変に対応しよう。
「それでは軍事会議だ」
俺がいきなり話を振ったのでヴィクトールが笑顔のままビクリとする。
最初はしどろもどろだったヴィクトールだが、セントブリーグの軍備計画についての話では緊張が大分解けてきた。
計画が思いの外順調なので気分が良くなってきたのだろうか。
軍備が順調な理由は、この場所が元々首都という重要地点だったお陰で防衛用の武具がかなり蓄えられていたからだ。
衛兵団の詰め所や王城、軍の駐屯地などで比較的上等な武具の備蓄を接収できたらしい。
とはいっても、王と王子の内戦のために殆どが持ち出された後だから、まともな数があるわけではない。
一応、兵士志願の一般人を何とか武装させられる程度だ。
チラリと志願兵の一団を見たけど、防具のパーツが揃ってないだとか、各兵士の武器が
国内事情が落ち着いたらおいおい統一すればいいだろう。
これでも他の街の事情よりもマシというのだから他の街同盟は一体どんな軍隊を組織しているのだろうか。
「今回の戦いで国内を統一する方向に舵を取るという事ですが、一番の問題はファーディヤ王女の例の噂が最大の問題となります」
本人がいる前で歯に衣着せぬ物言いなので、ちらりとファーディヤを確認する。
こういうのは言われ慣れている感じのようだが、彼女自身も内心ではこれが大きな問題になるだろうと思っているらしい。
彼女が生まれて五年もしない内に国が割れて支配者層が瓦解していった事を考えれば、国中に駆け巡った彼女の噂の根が深いのは容易に想像できる。
「確かに問題になるだろうなぁ。
だが、こういうネガティブ要素はマーケティング戦略で結構ひっくり返せるんだよ」
ニヤリと笑う俺に周囲は怪訝そうな顔だ。
「どういうことでしょうか?」
「噂には噂で対抗さ。
彼女のポジティブな噂をばら撒く。
今までの噂だって相当に不確かな情報だったのだから、彼女の肯定的な情報だって少なからず影響を与えられるはずだ。
そうして当然の話として定着させる」
ポジティブな情報を信じさせるにはステルス・マーケティングを流用すればいい。
「ファーディヤの願いを聞き届けたレオンハート商会が再び国に秩序を取り戻す……とかいうキャンペーンから始めればいい」
「秩序をですか……」
「そうだ。治安維持、社会福祉、流通経済などを一手に引き受けたって流れを作れ。
実際、ファーディヤを擁立すれば正当性は申し分ない。
他の兄姉が担ぎ出されてきた時には、ネガティブ・キャンペーンで対抗する。
実は呪われていたのはファーディヤではなく、そいつらだったとすれば完全に民衆の忌避感はそちらに移るだろう」
いわゆる情報戦略だが、こちらには情報戦で大いに活躍できる忍者ハリスやアラクネイア、人間に扮しているブリギーデと幸運の女神フォルナがいる段階で失敗するとも思えない。
「ブリギーデ、君は踊りと歌でファーディヤの高潔さ、聖女の如き清廉さを民衆に売り込め。
そのくらいはできるよな?」
「と、当然です! 一瞬でファーディヤの権勢に夢みる群衆を作ってみせます!」
まあ、こういった世界だと
社会の仕組みなどを教えてくれる学校がないんだから、情報はその手の職業のモノが一手に引き受けてるんだよな。
酒場の噂程度だった情報が、
商人も担っている分野ではあるが、流通や経済に関係する情報ばかりで、正確な国政情報とかは伝わりにくい。
なにせ地方領主などは中央の情勢を
だから最新情報をもたらす
一瞬で情報が伝わる現実世界と同様だと思っていると、情報がすごく古かったりして足を掬われることになる。
本来、地方の領地なら国内中央の情報を得る為にも
その為、いつまでも呼び出しがないので痺れを切らした
だが、俺自身が最重要機密のように扱われているので、クリスや役人は
まあ、魔法工房とかは完全にトリエンの生命線だし、新たな産業であるシンジ関連の情報も最重要機密なので仕方ない。
外に出る情報は少ない方がいいってのは理解できるので俺もその方針を支持しているしな。
そんな状況なので、トリエンに来る
不確かな情報が社交界で錯綜していたのはそのためだよ。
人間、情報の選別には訓練が必要だ。
巷に溢れる情報から正確な情報を拾い出して構築し直すのは、非常に難しい作業なのだ。
見ている風景に何らかの色がちょっと交じるだけで判断を誤り大損害を受けたなんて話はビジネス業界にはいくらでも転がっているからね。
情報の取捨選択を訓練されていない貴族相手たちが俺を見下すような態度だったのは記憶に新しい。
彼らは何らかの色に染まったフィルターを通して俺を見ていたから判断をミスった。
エマを誘拐したなんてのは最たるもので、俺が仲間に何かされた時の塩対っぷりについての情報を仕入れていなかったのは完全にトスカトーレ派の落ち度だね。
でまあ、現在のオーファンラントや周辺国における
巷に溢れる噂ですから誇張も多く、尾ひれだけでなく背びれまで付いてましたって感じの情報がまかり通っているそうだ。
だが、その噂も俺の真実を一〇分の一も伝えきれていないのが事実なんだから困ったものだ。
例えば「俺一人で一万の軍隊を敗走させた」とか言われているそうだが、実際には仲間たちもいたし戦ってた。
だけど噂以上に一万どころか一〇万、いや一〇〇万の軍隊を俺一人で相手にできるのが真実だったりするんですよ。
こんな噂、何の先入観なく判断したら普通は信じないし、ごく一部を信ずると決めたとしても、かなり割り引いて判断されているはずだ。
こんな現状を情報の取捨選択から正確に判断できるヤツなんてまずいないだろうな……
一般的に考えても。
そんな取るに足らない俺の情報を心の片隅にでも置いておこうと判断したヴィクトールの有能な事……
推して知るべし! なワケですよ。
あの英雄大好き船長連が集めてきた根も葉もないと思われる噂なのにね。
「幸運の女神フォルナもいるし、運良く事が進むような気がするね」
「そうですね……」
俺がフォルナににこやかに視線を向けると、当該のちびっこ巨乳に目を逸らされた。解せぬ。
その後、具体的に巷に流す噂の検討に入る。
まず、今までレオンハート商会がやってきた事は、ファーディヤの後ろ盾があったからという感じにする。
これで、レオンハート商会の善行が実は王女ファーディヤのご意向だったとする。
これは関係する商会関係者全員に徹底させるようにヴィクトールに通達してもらう。
また、ファーディヤの冒険譚をでっち上げる。
ファーディヤは王城を追われたが、その後は冒険の日々を送って美しく成長し、オーファンラントの冒険者貴族と知り合う。
そしてその協力を得て王都へと戻ってきたという話にするわけだ。
これならファーディヤにオーファンラントの後ろ盾がある王族って立ち位置が手に入る。
ついでに俺が協力しているって理由にもなるだろう?
他の兄や姉にはない協力なバックボーンになるはずだ。
俺が協力したって事になれば、後々支配者になったファーディヤがオーファンラントと正式に国交を結ぼうとした時に、王や宰相、上級貴族たちは西の小国の申し出を無視できなくなる。
確定事項としてオーファンラント王国はアゼルバードの後ろ盾になるわけだ。
俺自身としては相当に自意識過剰かなって思うけど多分そうなるよね。
俺の正体を王も宰相も知ってるからねぇ……
苦労したファーディヤが大きな力を手に入れて祖国に帰ってきたという情報が、呪われ王女という不名誉な風聞とは相容れないポジティブなモノである事は間違いない。
そしてヴィクトール率いる商会の躍進ぶりを見れば、民衆は王女をどう見るだろうか?
神の呪いは真実だし、現在でも彼女は呪われているのだと言えるだろうか?
考える事を訓練されていない人間に、理解できない物事を突きつけると思考は停止して操りやすくなる。
洗脳に近いんだが、現実世界の歴史では古い時代から民衆を支配するために使われてきた技法の一つだ。
民衆自身が支配されて当然と考えるのだから統治が簡単になるって寸法です。
だからこそ、民衆に教育を与えないようにしてきたのだ。
例を上げるなら民衆が子羊でなければならなかった宗教があったでしょ?
地球が回っちゃうと困る人がいたんですよ、中世時代のヨーロッパには。
ま、今はそんな考えはしてないと断言できそうだけど。
ファーディヤを信じれば幸福が待っていると噂を聞かせ、実際そうなれば民衆は容易く信じるはずだ。
俺が民衆はバカなんだと思っているように聞こえるかもしれないな。
そう思われても仕方ないんだが、現実にそういう世界に転生すれば理解できると思う。
自分の画策通りに相手が動く面白さに。
教育の大切さを切に感じる。
考える力や知識がどれだけ大切なのかもね。
そういう意味で、俺に教育を施してくれた両親、学費を負担していたと聞く砂井の親には感謝だな。
世間体とかが理由なんだだろうけど、そんな事はどうでもいい。
結果、俺に考える力を与えたのは間違いないからな。
ま、権謀術数を駆使して世界を動かすのは確かに面白い。
だからといって、気ままに力を行使するようになるつもりは毛頭ない。
その辺りの自制が効かないと暴君とか独裁者とかに成り下がるので気をつけないとね。
格好悪いのだけは勘弁なので。
この手の事はヴィクトールにもしっかり叩き込んでおこう。
まあ、出会ってからの彼の行動を考えると心配する必要はないかもしれんが。
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