第28章 ── 第27話

 神の時代のごとき出来事の連続でヴィクトールは既に驚くのを止めたが、ファーディヤはそうもいかない。

 ハリスが幼女を攫ってきたと思ったら、それは神だったとか言われても頭が付いてこない。


 人魔大戦の頃ならともかく、神の降臨など歴史上でも殆ど例がない出来事なのだ。

 古い時代の記録や伝承で何度かあったと言い伝えられているが、近年に降臨されたという話は噂にも上がらない。

 だというのに、この数時間で二柱もの神が目の前に降臨している。

 こんな状況に理解が追いつかないのは仕方がないのかもしれない。


「んで、女神フォルナ。なんで地上に降臨してんのかな?」


 幼女という姿なので首をかしげると非常に可愛いが、誤魔化そうとしても許しません。


「女神デュリアからの情報によれば、ここにいるファーディヤが君の生まれ変わりだと聞いていたんだが?」

「えっと、あの……それは違います……」


 フォルナはしょんぼり顔で左右の人差し指同士をチョンチョンと突き合わせている。


「実は……ファーディヤさんを観察するため下界に来ています……」

「え!? 私を!?」


 観察対象のファーディヤが驚いて声を上げる。


「はい……実はファーディヤさんは女神メティシアの発案で作り出された実験体なのです……」

「は?」


 俺は事態が飲み込めずに聞き返してしまう。


「ですから、彼女の体と魂は四人の女神の神力を注いで作られたのです……」


 俺はその倫理観の無さに目の前が真っ暗になった。


 神ってそんな事許されるの?

 いや、アイゼンの例もあるから、人を一人くらい作り出すのは何の問題にもならんのかもしれん。

 しかし、フォルナは実験体と言ったぞ?

 人体実験も神ならアリなのか?


「で、肝心要の……実験の理由を聞きたい」

「それは、神の肉体を作るための実験です」


 フォルナは少しだけ得意げに言った。


 やはりここ一〇年、あるいはそれ以上、神界を留守にしている所為で情報に疎くなっているな。

 他の神にも内緒に勧めた実験だとすると、コッソリ下界に降りてきている理由がよく理解できたよ。


 俺はブリギーデにジロリと視線を向ける。

 俺の目が向くと同時にブリギーデが視線を逸らした。

 そしてその目は泳いでた。


 俺は盛大な溜息を吐くしかなかった。


 こいつはアイゼンとかヘパーエストたちとは次元の違う大問題だ。

 秩序の神の許可も得ず、下っ端の神々たちが共謀して下界に無許可の人間を作り出したのだ。

 それも神の肉体を作り出すための依代とかいうお題目を掲げてだ。


 それが正当なモノであれば、他の神々に申告し、正々堂々と実験すればいい話だが、この女神らはそれをしていない。

 という事は、神界の規律、あるいは法律のようなものに違反した行為だと一瞬で理解できた。


 ファーディヤという人間の神託の巫女オラクル・ミディアムとしての実力がどの程度かは知らんが、不思議現象を無意識で起こしている段階で、女神らの狙いは達成できているとは思われる。

 だが、神界でも違法だよな?

 この辺りは秩序の神に聞いてみるか。


「君たち。

 肉体を失った神々の依代を作ろうとしたのは理解した。

 だが、そこに思考が至った経緯が判らん」

「それはプロセナスが……」


 フォルナが口を開いた瞬間、ブリギーデが滝汗を流しつつも笑顔で彼女の口を塞ぐ。


「い、いえ……ちょっとした思いつきで……」


 どうやら言えぬ理由らしい。


「ブリギーデ?」


 俺は笑顔だが、こめかみに青筋が浮き出るほどの怒気を溜めつつもう一度質問した。


「す、すみません! ほんの出来心だったのです!」


 俺の怒りが伝わったのだろうか、ブリギーデが体を投げ出して土下座モードになった。


「もう少し胸が欲しかったのです!」

「私は身長が……」


 観念した二人の女神が口を割った。


 彼女らは自分たちの本来の姿に少しだけコンプレックスを持っていたようだ。

 それを改善する為に肉体創造を実験するに至ったという。


 彼女ら全員が眷属神なため、創造神から与えられた肉体を持つ古い神々とは違い、自分たちの肉体にそれほど愛着も敬意も無かったのかもしれない。


 まず、肉体創造を実験し、上手く行ったら神々にその技術と知識を提供して、自分たちの肉体を破棄して作り直すなんて事を画策した。

 あと一〇年くらい実験を続けてお披露目を考えていたらしい。


「女神たちよ。今まで誰も神界に戻らなかったのか?」


 トリシアが相当に呆れた口調で二柱の女神に問いかけた。


 ただの妖精族のエルフに上から目線で言われ、フォルナもブリギーデも少しカチンと来た感じだが、俺の前でもあり口答えなどの行動には出なかった。


「何度も降臨を繰り返しては、他の神々に見咎められる可能性がありますから」


 ふむ……確かにそれは道理だな。

 神々は下界の様子を誰かしら監視しているもんらしいからな。

 だが、幸運の女神が味方陣営にいるなら、運良く「目撃者無し」とかにならんのかね?

 なにせの女神なんだし。

 やはり悪巧みには運が味方しないのかなぁ。

 まあ、よく判らんが何か制約とかがあるんだろう。


 そして俺は新たな疑問が湧いた。


「あれ? フォルナは今幼女だけど、以前は成人だったんでしょ?

 なんで肉体作り直そうなんて考えたんだ?」


 姿が変えられるなら、肉体創造必要なかろう?


「いえ、これは変化の魔法なので……」


 ポフンという音がして魔法が解けた。

 見れば、フォルナが居た場所には身長一五〇センチほどの小さめの美人さんが座り込んでいた。


 ブリギーデと同様に美人だが……

 スレンダーな踊り子女神と比べると結構な巨乳だ。

 と、最初に視線が胸に行ってしまうのは男の子のサガというモノでしょうか。


「なるほど、ちびっこ巨乳女神だな」


 つい口に出る。


「そうですね……ははは……だからもう少し身長が欲しかったのです……」


 乾いた笑いで返答するフォルナ。


 いや、非常にいいと思うけどな。

 俺はリアルもこの身体も一七〇センチないので、自分の身長には少しコンプレックスがある。

 やはり女性の身長は自分よりも低いと嬉しい。


 ウチの女性陣ではトリシアとアラクネイアは俺より背が高い。

 ハリスですら一七五センチくらいなのでトリシアの身長はずば抜けて高いんだ。

 まあ、平均一九〇センチを超えるハイエルフの面々よりは低いけど。


 それにアナベルは俺と並んでも身長はほぼ同じくらいなんだけど、俺の目測では俺より一センチくらい背が高い疑いがある。

 彼女の靴の底は結構ペッタンなのだ。

 俺のブーツの革の底は厚重ねで一センチ以上あるんでね。

 どう計算しても俺の方が身長が低いんじゃないかと思われるのだ。


 そんな俺のコンプレックスから思うに、一五〇センチの巨乳美女はベストではないか?


 何故そう身長が欲しいと思うのか。

 いや、俺も欲しいですが、肉体を作り変えてまで手に入れたいかと問われれば些か疑問だ。


 まあ、俺のコンプレックスはどうでもいいんだが、この身長を伸ばすという部分……女神フォルナの画策した身長延伸計画には大きな問題がある。


 俺は一七〇ない身長で生きてきたので、脳のシナプスがそのように組み上がっている。

 いきなり身長をプラスされた肉体を渡されても、上手く操れる自信がない。

 というか操れないのだ。


 実は他のVR-MMOで長身キャラを作った時、身長のギャップで上手く自キャラを操作できず、初級モンスターに惨敗して他のプレイヤーに笑われた経験があるのだ。

 甚だ格好悪い出来事だったので俺の封印されし黒歴史の一つだったりする。

 というかゲームごと封印されたのは言うまでもない。


 まあ、運動神経抜群のヤツとかだと、感覚のズレを一瞬で補正して上手く身体を操れるのかもしれないけど、俺にはできない芸当だったとだけ言っておく。


 って、そんな事はどうでもいいんだよ。


「概ね理解した。

 これは色々と問題……いや大問題なので、後で秩序の神ラーマに報告させていただこう」


 女神二柱がピキリと固まる。


「実はね。

 肉体を失った神々の身体なんだけど、既に俺が作って提供したんだよ」

「「え!?」」


 俺はその反応に苦笑しかない。


「さっきトリシアが質問しただろう?

 誰も神界に戻らなかったのかと」


 女神たちの目に理解の色が徐々に浮かんでいく。


「そう。もう肉体の無い神は神界に存在しないんだよ」


 そして女神たちの目はさらに絶望に染まる。


 そうなるのも当然だろう。


 実験は神界の規則に反するモノ。

 だけど、その反則行為に肉体創造という手柄がセットであれば、罪一等を許される公算は高かった。

 なにせ料理程度のことで神界が二分されるような論争に発展するのだ。

 肉体を失った神々の心には忸怩じくじたる思いがあったに違いない。

 できれば再び肉体を取り戻したいと思っている神々はいたはずだ。


 俺が肉体の提供を実施した時に「要らない」ってヤツは一人もいなかったしね。

 ま、神の肉体創造が創造神の専売特許という規則でもあったのか、誰も彼女らのような実力行使をしようとした神はいなかったのですがね。


 その手土産を封殺された以上、彼女らには確実にペナルティが待っている。

 顔が青くなるのも仕方ない事なのだ。


 神力が宿った短剣ダガー一つでヘパさんが謹慎処分を食らうくらいだ。

 彼女らのペナルティは、想像できんほどのモノになるだろう。


 ガックリと項垂れる女神たちには気の毒だが、仕方のない事である。


「ま、気を落とすなよ。

 今直ぐに報告するつもりはないから」


 細やかながら希望の籠もる俺の言葉にほんの少しだけ目の輝きを取り戻す女神たち。


「アゼルバードの係争を終わらせる事、他の二柱の神を見つけて連れ戻す事が最優先事項になる。

 神界に送り返すのはその後だ」

「はっ!? そうでした!!」


 ブリギーデは我に返ったように顔を上げる。


「我が神獣に危機が迫っているのでした!」


 そういう事です。

 まずは目の前の問題を片付けていく事が重要です。

 どれもこれも一遍に問題を解決しようとしても上手くいかないもんですからね。

 まずは一つずつ解決していきましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る