第28章 ── 第26話

 ヴィクトールは「ど、どうかお座り下さい」と必死で俺をなだめに掛かる。


 まあ、突然立ち上がったのも交渉の一貫で、こういう小芝居を交える方が商談が早く進んだりするんだよ。

 コミュ障の俺が、こういう姑息な茶番を使うのを意外に感じるかもしれないが、こうでもしないと生きていけない状況ってのは存在する。

 人間、死ぬ気になると結構いろんな事ができる。


 だからって心穏やかのままってわけじゃないのだけは言っておく。

 俺の心はストレスでボロボロになったからな。

 だから仕事を辞めた後に引き篭もりニート生活していたのもあるんだよ。

 棚ぼたで大金を手に入れたから遊んで暮らしてたわけじゃないんだぞ。

 あ、いや、そういう側面も否定はしないが……


 俺は勿体ぶりつつもヴィクトールに促される形でソファに座り直す。

 仲間たちも俺に従ったのでヴィクトールもホッと息を吐いた。


「ヴィクトールさん。

 君はなにか勘違いしているかも知れないが、アゼルバードの滅亡は既定路線なんだよ」


 俺がそう言うとブリギーデも寂しそうに頷いた。


「神々が自ら出てきている段階で、本来は人間の手を離れているんだ」

「その通りです……いえ、でした」


 ブリギーデは「はぁ」と深く溜息を吐く。


「私が人々を集めて街を維持してきました」


 ほう……それは初耳。


 ブリギーデによると、内乱によって貴族社会も国民たちも崩壊してしまう寸前だったらしい。

 自らの争いで王国が潰れるのは仕方ないにしろ、そこに暮らすブリギーデ信者が死んでいくのは悲しいから降臨したと女神は言う。

 女神の踊りと歌で人々には希望を、そして団結する事を促し、街々が残れるようにこの一〇年ほどは活動していた。

 結果、守ったはずの信者たちが自分の聖獣を狩る狩らないでいがみ合い、戦争にまで発展しようとは皮肉なもんです。


 神も万能ではないという事ですかなぁ。

 一人で大事業を成そうとしても上手くいくことは少ないのです。

 やはり、色々な人の助けは必要になるって事だね。


「辺境伯さまは先程、『トリエンの魔法工房』と仰られましたが、新しい魔法道具の生産まで行っておられると解釈しても問題ないのでしょうか?」

「そうだね。

 俺の設計で結構色々な製品を作っているよ」


 俺の言葉に本を取り出して読みがじめていたエマが顔を上げて頷いた。


「ケントの言っている事は本当よ。

 私が魔力の付与を担当しているけど、道具の設計も魔法術式もケントがやっているから」


 あまり表舞台に出たがらないエマだが、自分の担当する仕事に対しては嘘は言わない。


「私も自分で設計しようと色々勉強しているのだけど、まだまだケントには程遠いわね。

 世の中、天才っているもんなのよ。叔母様もそうだったみたいだし」


 シャーリーは俺も認めるマジ天才だからな。エマもその叔母に追いつこうと必死で勉強とレベルアップに勤しんでいるわけだ。


「こちらのお方は……」

「ああ、紹介してなかったっけ?

 そういやエマは、そういう行事に無頓着というか無関心だよな」

「私の欲しい力には関係ないもの」


 すっぱりと切り捨てますね、エマさんは……


「彼女はトリエン魔法工房の主席担当官、エマ・マクスウェル女爵です。

 忙しい俺に変わって工房を一手に担ってくれている俊英です」


 苦笑しつつ紹介してやると「フン」とか皮肉を込めて鼻を鳴らすエマさん。

 ツンツンなお嬢さまだけど勘弁してやって下さい。


「よ、よろしくお願いします」


 ヴィクトールも苦笑しつつ挨拶は欠かさない。

 アレでも一応爵位のある貴族家の当主だと、俺の紹介の仕方から判断できたのだろう。

 名前にしっかりと爵位つけたしな。

 貴族家の人間ってだけなら「◯◯家息女、エマ」とか紹介するからね。


「個人的に魔法道具の注文などもできるのでしょうか?」

「そうだね。俺に直接言ってくれれば対処するし、俺を通さなくてもトリエンの役場で申請してくれれば買える手筈にはなっているよ」


 ヴィクトールの目に希望の光が見える。


「では、発掘権の譲渡に関しては問題ありません」

「ほう。思い切りが良いけど、意見を翻した理由は?」

「確かに遺物アーティファクトは商人にとって非常に魅力です。

 壊れていても売り物になりますから」


 だが、彼は「しかし」と付け加えた。


「壊れていた場合でも売り物にはなりますが価格は下落します。

 稼働品が出ることは殆どありませんし、たとえ稼働品が見つかっても整備や部分修理、使用法の調査など、売れるまでに掛かる費用が尋常なものでなくなります」


 お陰で遺物アーティファクトというで非常に高価なモノとなってしまうのだと彼は言う。


 大した性能でもないのに巷に出回る魔法道具よりも高価になるので、新品の魔法道具が手に入るなら遺物アーティファクトは不要なのだそうだ。


 まあ、アーネンエルベ時代の大量の遺物アーティファクトに新品の魔法道具以上の価値がないとは言いませんが、安定して手に入らないと思えば仕方ないと彼は笑う。


 ふむ。実利主義の商人は切り替えが早いな。


「という事は、ウチの工房に注文できるなら、古臭い遺物アーティファクトなどはいらんわけか」

「そうなります」


 単純には言えないが、彼にとってはそうらしい。


 世の中にはというだけで価値を見出す好事家や蒐集家もいるので、一概には言い切れないものだが。

 得てして好事家や蒐集家は巷の価値基準とは別の基準が働いていて、金払いも良いものなのは現実世界でも一緒のはずなんだが。


「それはそうですが」


 ヴィクトールはこう付け加えた。


「手に入れる為に手段を選ばないって人種も多いので扱いに困る事がありますから……」


 みなまで言うな。言いたいことは解った。


 この世界の職業クラスシステムの中で冒険とかできる戦闘系職業クラスではない彼にしてみれば、そういう輩と関係を持たないのが最大の防御だそうだ。


 まあ、現実世界の日本にも「触らぬ神に祟りなし」という言葉がありますからな。

 大いに納得できました。


 ここまで話が進めばあとは早い。

 俺は発掘権の譲渡契約をファーディヤと交わすことにした。


 この契約は国の支配者たる王族とされなければ効果はないので、ファーディヤに名を連ねてもらわねばならない。

 影の支配者に就任予定のヴィクトールではなくね。

 まあ、ファーディヤも既に担ぎ上げられること確定に対して諦めの境地に入っているようなので「否」とは言わなかった。


 本来、こういう国が絡む契約には国璽こくじが必要になる。

 だが、今、この場にそのようなモノはない。


 話を聞けば、国璽こくじは内乱の際に王が持ち出したまま戻ることはなかった。


 王と王子の戦争で失ったなら、どっちかがまだ持っているのではないだろうか?


 この国の王と王子は現在行方不明だそうだ。


 ふむ。その二人はまだ生きてるのだろうか?


 俺はファーディヤに家族の名前を聞いて大マップ画面で検索をしてみた。


 父である国王は白い光点が立ったのでクリックしてみたら死亡確定。

 戦場跡に「国王のむくろ」と表示されたから間違いない。

 長兄の王子は生きていた。

 ただ、隣の国カシューラン王国で奴隷階級に落ちていて剣闘士グラディエイターになってた。

 犯罪奴隷に落ちた結果だろうか。

 次兄の人は隣の街にいるらしい。

 長女の人も他の街に健在。

 母親も生きているが、国境の小さい宿場町の娼館で娼婦をしているようです。


 うーむ。

 支配者として名乗りを上げているわけではなさそうですが、問題はなさそうですが、後々何かしでかしそうではありますね。


 次にアゼルバード王国の国璽こくじを検索してみる。


 ピンがポスっと落ちた所は、次兄がいる街……というより次兄の隣にいる人物に落ちた。


 光点をクリックして名前を確認して俺は頭を抱える。

 行方不明の二人目発見だ。

 その光点の名前は「プロセナス」だったが、説明文フレーバー・テキストで正体がまるわかりだ。

 どこに「春の女神プロセナスの仮の姿」で理解しないヤツがいようか。

 というか、名前がほぼ、っすよ。


 まさか、他にこの国の問題に関わってる行方不明の神はおるまいな?


 俺は行方不明の女神メティシアと幸運の女神フォルナを検索してみる。

 するとピンが二本アゼルバードのとある地点に落ちた。


 一つは砂漠のど真ん中。

 もう一つはセントブリーグ……今いる近くに落ちた。

 といってもファーディヤのいる場所ではない。

 この屋敷のすぐ外……というか塀の外だな。


「ハリス!」


 俺はハリスを呼び大マップ画面を彼に見られるモードにする。


「この光点の人物を拘束してここに連れてきてくれ!」

「……承知……」


 ハリスは直後に影に沈んだと思ったら、直ぐに戻ってきた。

 戻ってきた彼の腕には小さな子どもが抱えられていた。

 子供の目は恐怖に染まっており、周囲をキョロキョロと窺っている。

 そして、その大きな涙の溜まった瞳にブリギーデが写った瞬間に泣き出した。


「ブリギーデ! 助けて!」

「はぁ?」


 さすがのブリギーデもビックリして変な声を上げた。

 しかし、直ぐにその正体に気付いた。


「あ! 女神フォルナ!?」


 女神フォルナは必死にブリギーデに手を伸ばす。

 ハリスは女神フォルナを床に下ろしてやると彼女はポテポテと必死に足を動かしブリギーデの豊満な胸に飛び込んだ。


「やはり女神だったか」

「……らしいな……」


 さすがのハリスも女神を拘束していたと知り苦笑気味だが、顔からは血の気が引いていた。

 さすがに幸運の女神から不興を買ったら今後の人生が怖いのだろう。


 怯える女神フォルナが「この人たち誰!?」という目で見てくるし何か居心地悪いね。


「怯える必要はないですわフォルナ。

 あの方は後継……お世継ぎ様よ」

「誰の?」

「創造神様の」


 そう聞いてフォルナの目がクワッと広がった。

 そしてブリギーデから離れて俺の前にテクテクとやってきた。


「お初にお目に掛かります! お世継ぎ様!」


 幼児に五体投地された俺の身になれ。

 事情を知らぬ者に見られたら変態ロリコンにしかみえんぞ。


「顔を上げなさい。

 つーか、幸運の女神って幼女なの?」


 俺はアナベルとブリギーデに視線を向けた。


「いえ、幸運の女神様の御姿は女性だと伝わっていますよ?」


 それは美女とか美少女とか年齢的なエッセンスは含まれてないんですね?


「いえ、神界にいた頃は、ちゃんと成人の姿だったはずです」


 ブリギーデは神の目で見たので正体が直ぐに解ったそうだ。


 神の目で見ると解るのか。


 早速俺も神の目で見てみる。


 確かに普通の人間とは組成エネルギーが違うかな?

 エネルギー総量が半端ないからか、神って凄い光って見えるのね。


 俺は自分の手の平も見てみる。

 だけどそこには普通の手の平しか見えない。


 ファルエンケールの女王も俺の存在を見破ってたから、普通とは見かけが違うのかと思ったんだけどなぁ。

 いや、自分の光は見えないのかもしれないぞ。

 良くは判らんが。


 二人目の女神出現に、既にヴィクトールは驚くのを辞めた。

 凄い笑顔でだが、表情がそれの状態で固まっている気がしてならないが。

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